うつ病は、クリニックなど外来通院で治療していくことが多いのですが、時には入院加療が必要になる事もあります。
精神科の疾患の入院適応というのは他の病気の入院適応と少し異なるところがあります。身体疾患の場合、「入院する=重症」ですが、精神科の場合は必ずしもそうとは限りません。精神疾患は重症度と入院は必ずしも一致せず、軽症であっても入院した方が良いケースあります。
うつ病で入院治療を考えるのは、どんな場合でしょうか?
ここではうつ病で、どんな時に入院を考えるべきかについて考えてみましょう。
1.基本的には外来通院の治療が良い
入院の話なのに、いきなりこんな事を言うのもなんですが、うつ病は基本的には外来で治療をした方が良い疾患です。
うつ病の治療は、
〇 安静
〇 薬物療法(おくすり)
〇 精神療法(カウンセリングなど)
が3本柱です。この中で一番大切なのは「安静」です。
これは当たり前の事で、こころが疲れたり壊れかけているのがうつ病なのですから、まずはこころを安静な環境に置かなければいけません。気持ちが落ち着かない環境では、いくら抗うつ剤を使ったとしても、元気になるわけがありません。
多くの人にとって、一穏やかに過ごせるのは自宅でしょう。住み慣れた場所、信頼できる家族が近くにいるだけで気持ちは安らぐものです。そのため、うつ病は基本的には外来通院で治していく方が望ましいのです。
入院はというと、慣れない場所での生活を余儀なくされます。病院という慣れない場所で、他患者さんという慣れない人たちと生活し、慣れないベッドで寝ないといけません。これは安静という意味ではどうしてもマイナスになってしまいます。
もちろん、どうしても必要な時は入院加療をすべきなのですが、「入院すれば外来よりも良い治療が受けられる」「入院さえすれば良くなる」というものではありません。
2.こんな時は入院を考えよう。
出来れば外来で治していくのが良い、とは言っても入院が必要な事もあります。では、どんな時に入院を考えるべきでしょうか。
個々の状態によって異なるため、「これが絶対的な入院の条件です!」と言い切る事は出来ませんが、主に次のような状況であれば入院を検討する必要があります。
Ⅰ.自殺に至る可能性が否定できない時
Ⅱ.家庭環境が休息できない環境である時
Ⅲ.重症度が高い時
Ⅳ.抗うつ剤などへの治療反応性が悪い時
Ⅴ.食事を取れないなどで衰弱が著しい時
Ⅵ.他の身体疾患を合併している時
Ⅶ.その他主治医が必要と判断する時
それぞれ詳しくみてみましょう。
Ⅰ.自殺に至る可能性が否定できない時
うつ病の治療中にもっとも避けなくてはいけないものが自殺です。自殺は取り返しがつかないため、絶対に起こさないようにしなければいけません。
うつ病は気分が落ち、意欲が無くなり、自分を責めて否定的になるため、「死んでしまいたい」「死んだ方がいい」と考えがちな精神状態になります。しかしこれは病気で気分が落ちているからこう考えてしまうだけであって、元気になれば消えていくものです。
うつ病の真っただ中にいる時は気づきにくいものですが、「死にたい」という気持ちは患者さんの本心ではありません。病気の症状なのです。これを絶対に誤解してはいけません。
しかし、どうしても死にたいという気持ちが抑えられない場合は、入院をすべきです。自殺は他の症状とは違い、遂行してしまえば取り返しがつきません。だから予防するしかないのです。
通院治療で自殺を予防するには、家族がしっかりと見守ってくれる事が大切になります。しかし、家族だって24時間365日常に目を光らせていられるわけではありません。
入院であれば、24時間365日医療者がしっかりと見守る事ができます。また、自殺に利用できてしまうものをあらかじめ身の回りから遠ざけておくことで、物理的に自殺を予防できます。自殺したい気持ちがどうしても抑えられない時にすぐにおくすりを使うこともできます。
このように入院は外来と比べて、自殺を予防する手立てが多く取れるのです。
Ⅱ.家庭環境が休息できない環境である時
先ほど説明した通り、うつ病治療で一番大切なのは安静です。だからこそうつ病は外来で治療するのが基本なのです。
しかし、家庭が安静と遠い状態なのであれば、この理屈は成り立ちません。家族仲が悪かったり、隣で工事をやっていて気が休まらなかったり、理由は様々あると思いますが、家庭が「安静」を得られる状況でないのであれば、入院した方がまだ安静でいられるでしょう。
そのような場合は、入院をした方が良いでしょう。入院治療の方が早く改善が得られます。
Ⅲ.重症度が高い時
重症度が高い場合は、総合的に考えて入院治療が望ましい事が多いです。
重症であれば、改善させるために様々な要素を見直す必要があります。食事はバランス良く食べているのか、生活リズムは規則的なのか、日中の過ごし方は健康的なのか、おくすりは用法通り飲めているのか・・・、などなど。
これらすべてを管理するには外来では難しいところがあります。外来では、患者さんの日常生活にアドバイスは出来るけど、実際の介入はできないからです。
重症のうつ病の場合、いくらアドバイスをして患者さん自身も頭ではそれを理解していたとしても、気持ちが落ちていてアドバイス通りに日常生活を送れない事が多々あります。このような場合は入院して頂き、医療者が直接日常生活に介入する必要があります。
また重症度が高いと、どうしてもサポートする家族の負担も多くなります。結果として家族が疲弊してしまうようでは困ります。入院する事で家族負担を軽減できるというメリットもあります。
Ⅳ.抗うつ剤などへの治療反応性が悪い時
抗うつ剤などのおくすりの効きが乏しい時も入院が望ましい事があります。おくすりの効きが悪い時は、場合によっては強い抗うつ剤を使わざるをえないこともあります。しかし、強いおくすりはたいてい副作用も多いため、危険度がどうしても高くなります。
おくすりで重篤な副作用が起きた時、自宅だと処置に時間がかかり、最悪の場合手遅れになってしまう事もあるかもしれません。しかし入院であれば万が一重篤な副作用が生じた時にも迅速に対応することができます。
また、電気けいれん療法など入院の上で行った方がよい治療法もあるため、入院すると治療の幅が広がるというメリットもあります。
Ⅴ.食事を取れないなどで衰弱が著しい時
うつ病の症状のひとつに食欲低下があります。中には食事を全く取れないほどの方もいて、この場合も入院が望ましいといえます。
食事を取れずに衰弱していけば、うつ病が良くなるはずがありません。栄養失調になれば、それだけでも気分は更に落ちていきますし、そもそも身体的にも危険な状態です。
入院すれば、点滴から栄養を入れたり、場合によっては鼻から細いチューブを胃まで入れてそこから栄養を流したりと、本人が食事を取れなくても身体に栄養を入れてあげる手段が取れます。
Ⅵ.他の身体疾患を合併している時
他の大きな内科系疾患などを合併している場合も入院が望ましいでしょう。合併している疾患にもよりますが、入院していた方が各科の医師の連携も取りやすくなります。
3.うつ病の外来患者数と入院患者数
うつ病で入院というのは珍しい事なのでしょうか。そもそもうつ病で治療中の患者さんはどれくらいいて、そのうちどのくらいの人が入院しているのでしょうか。
この統計については、厚生労働省が公表していますのでみてみましょう。
平成23年度の統計で
〇 気分障害で医療機関を受診している患者数は95万8000人
〇 気分障害で入院している患者数は2万5500人(参考資料:厚生労働省ウェブサイトより)
気分障害というのは、気分が障害される疾患全体を指し、うつ病だけでなく双極性障害(躁うつ病)なども含まれています。そのため、厳密にうつ病の患者数だけもみたものではありませんが、おおよその数として参考になる値です。
日本には、約100万人のうつ病患者さんがいて、そのうちの約2.5万人が入院している、という事です。