大切な家族がうつ病を患ってしまったとき、どのように接していくべきなのでしょうか?
最近はうつ病に対する理解も徐々に進み、家族も一緒に来院されることが増えてきました。その時、家族から必ず聞かれるのが「私はどのように接したらいいのでしょうか」という質問です。
実は、家族の接し方でうつ病の経過は大きく変わります。
と言っても、難しい知識が必要なわけではありません。日々接していく中で、ちょっと気を付ける程度のことで全然いいのです。
大切な人だからこそ、一日でも早く治って欲しいですよね。ここでは、身内がうつ病になってしまった時、家族はどのように接すればいいのかについてお話していきます。
1.うつ病における「家族」「家庭」の位置づけ
そもそも、「家族」や「家庭」とはどういう役割があるのでしょうか。
これが分かれば、家族がとるべき対応も分かってきます。
多くの人にとって、家庭は「安らぎの場」であり
家族は「一緒にいて安らげる人たち」です。
仕事でクタクタになっていても、上司に怒られて泣きそうになっていても、
家に帰って家族に「おかえりなさい。今日もお疲れ様。」と迎えられれば、
ホッと暖かい気持ちになれます。
仕事中ずっと張り巡らしていた緊張感が一気に溶けるでしょう。
家族と暖かいご飯を食べて、今日あった他愛もない出来事なんかを話して、
お風呂に入って、眠りにつく。
こうして私たちは癒されて、翌日もまた元気に仕事に行くことができるのです。
家庭は「癒し」「安らぎ」などの暖かさを与えてくれます。
実際、独身者に結婚したい理由を聞くと、
「一人だと寂しいから」「暖かい家庭を築きたいから」との答えが多く返ってきます。
やはりみなさん、家庭に癒しや安らぎを求めていることが分かります。
家庭というのは、肩肘張らず、素のままの自分を受け入れてくれる安らぎの場所なのです。
反対に、家族仲が悪くなったりと家庭が「癒し」としての機能を果たさなくなると、
うつ病を発症するリスクは高くなります。
癒される場所がなくなってしまったために、精神的疲労がどんどん溜まってしまうからです。
ということは、
身内がうつ病になってしまったとき、家族がすべきことというのは
「癒しや安らぎを与えること」だということが分かります。
2.基本は普通に接するべき
「私の一言でこころを傷つけてしまわないか心配」
「変なことを言っちゃって、自殺でもされたら大変」
こういった気持ちから、および腰になってしまい
うつ病になってしまった家族に対して「腫れ物に触るように」接する方は多いようです。
本人をなるべく刺激しないように、恐る恐る話しかけ、
本人に気づかれないようにこっそりと様子を見ます。
今何を考えているのか知りたいけど、直接聞くのは心配だからと、
本人の日記やブログをこっそりとのぞき見するご家族もいらっしゃいます。
「日記にこんなこと書いてるみたいなんですけど、大丈夫でしょうか」
と本人に内緒で医師に相談されるご家族もいらっしゃいます。
気持ちは分かります。
うつ病ってなんだか分からない怖い病気だし、うかつな接し方はできない。
だから、このような接し方になってしまうのでしょう。
でもこれって良くない接し方です。
腫れ物も触るように接されていることは、絶対に本人には伝わってしまいます。
それは、いつもの家庭とは違う雰囲気を作ってしまいます。
家庭が変な緊張感に包まれてしまい、「癒しと安らぎの場」ではなくなっていきます。
もし、日記やブログをこっそりのぞき見されていることに本人が気づいたらどう思うでしょうか。
家族に対して不信感を感じるには間違いないでしょう。
家庭で「こっそりと監視されている」ことが分かれば、安らげるわけがありません。
「私は、家族にも迷惑をかけてしまっているんだ・・・」
「家族にまで迷惑をかける自分なんていない方がいいんじゃないか・・・」
ただでさえ精神的に落ち込んでいる患者さんは、こう考えてしまいます。
では、家庭を癒しと安らぎの空間にするためにはどうしたらいいでしょうか。
実は特別なことなんてしなくていいんです。
普通が一番です。
いつも暖かい家庭を続けてください。
暖かい家庭ではなくなっているのであれば、暖かい家庭を取り戻してください。
普通に会話をして、一緒にご飯を食べて、一緒にお出かけして、
いつも通りに接せばいいのです。
いつもの「普通の家庭」が一番落ち着きますよね。
気を使われたり、ギスギスした家庭は落ち着きません。
ただし、いくつか気を付けて欲しいことはあります。
ひとつ目は、「断定的なアドバイスをしないこと」です。
人は悩んでいる人をみると助言をしたくなります。
その人のためを思ってのことですが、時として助言は相手を否定する意味を含んでしまいます。
そしてうつ病の方は、助言に対してとりわけ否定的にとらえてしまいます。
「こうすればよかったのに」「こうこうだから失敗したんじゃないの?」
と言ってしまうと、「自分が否定されている」と感じてしまいやすいのです。
「私はこう思うけど、まぁでも考え方はひとそれぞれだよね」
「あなたがそう思ったんならそれでよかったんじゃないかな。」
など、相手を認めてあげる発言を意識的に入れることで、誤解をさせないようにしましょう。
また、「強制的に何かを誘うこと」もしない方がいいでしょう。
元気がない人を見ると、人は善意から気晴らしに誘ってしまいがちです。
「パーッと飲みにでもいかない?」
「おでかけしたら気分も晴れるよ」
とついつい誘ってしまうのですが、うつ病はエネルギーが低下しているので、
やる気が出なかったり楽しみを感じられなかったりします。
その状態では無理して気晴らしをしても楽しめないばかりか疲れてしまうだけです。
もちろん、患者さんが自分から「出かけてみたいなぁ」なんて言ってくれた時は、
お出かけするのは全然構いません。強制しない方がいい、ということです。
3.規則正しい生活のサポートをしてあげよう
うつ病で精神的なエネルギーが低下すると、不眠や倦怠感などから生活のリズムが崩れてきます。
また、抗うつ剤や抗不安薬を使うと、初期に眠気やだるさの副作用などが起きることもあり、
これも生活リズムの乱れにつながります。
生活リズムの崩れはホルモンバランスなどを崩し、うつ病の治療経過を悪くします。
生活リズムの是正は、治療経過に大きく影響することですが、
入院でもない限り私たち医師は管理しきれないところであり、
ここは家族のサポートをぜひお願いしたいところです。
朝、いつまでも起きてこないようであれば起こしてあげる。
自分から食事を取らないようであれば、「ご飯作ったからどう?」と促してみる。
一日中、自宅にこもっているようであれば、
「無理はしなくていいけど、少し身体を動かした方が早く治るみたいだよ」
と活動を促してみる。
決して無理強いをしてはいけませんが、生活リズムを整えるサポ―トはとても重要です。
うつ病の経過が悪い方は、高い確率で生活リズムが不安定です。
生活リズムの崩れが良くないと分かっていても患者本人は、自分だけの力ではなかなか治せません。
ぜひサポートしてあげてください。
4.診察に同伴してくれると医師は助かります
私たち精神科医は、うつ病治療のエキスパートです。
でも、そんな私たちでも患者さんの状態すべてを診察で把握することはできません。
家でどのように過ごしているのかは、私たちには分からないのです。
患者自身が話してくれますが、うつ病の真っただ中にいるときは
話すこともつらくて、十分に医師に伝えられないことがよくあります。
また、うつ病の患者さんは基本的には「人様に迷惑をかけてはいけない」と考えがちなので、
とてもつらい毎日を送っていたとしても、
私たちが「何か問題はありませんか?」と聞いても「問題ないです」と答えてしまうことがあるのです。
そんなとき、家族が「家ではこんな感じの生活です」と的確に教えてくれれば、
患者さんも助かるし、私たちも治療の大きな参考になります。
入院などの特殊な状況を除けば、病院にいる時間と自宅にいる時間では
圧倒的に自宅にいる時間の方が多いでしょう。
診察は多くても週1回くらい。
それに対して自宅にはほぼ毎日いるのが普通です。
患者さんの状態を診察室だけで100%判断するのは困難です。
家での状況を教えていただけることは、私たちもとても助かるのです。
5.「励ましてはいけない!」の真意は?
「うつ病患者さんは励ましてはいけない!」
これはとても有名ですね。
でも、この言葉の表面だけをうのみにして、本当の意味を取り違えてはいないでしょうか。
そもそも、なぜ励ましてはいけないのでしょうか。
この言葉の意味は
「うつ病患者さんにプレッシャーを与えすぎてはいけない」
ということです。
精神的に限界に近い時、さらなるプレッシャーを受けるととてつもなくつらいですよね。
頭をかきむしりたくなるし、気持ちが完全に空回りしてしまいます。
プレッシャーは適度な状況であれば、いい効果をもたらすこともありますが、
精神的につらいときには悪い影響を起こすことの方が多いのです。
うつ病患者さんは、精神的に限界どころか、限界を超えてしまってうつ病を発症してしまった状態です。
その状態でのプレッシャーがいい影響を起こさないことは想像に難くありません。
励ますことが何でも悪いわけではなく、プレッシャーや焦りを与えてしまいそうな発言が問題なのです。
「あなたが早く治ってくれないとみんな困るの!がんばって!」
これはプレッシャーになりますが、
「私たち家族はあなたが元気になるのを待ってるよ。一緒に治していこうね」
これは必ずしもプレッシャーにはならないでしょう。
「励ますのはいけないと聞いたから、何も言わないようにしています」
というご家族が時々いますが、これは間違いであることが分かります。
励ますこと全てが悪いわけではなく、励ましの中に本人を焦らせる要素が強い発言が
問題なのです。