うつ病で治療中の方は車の運転はしてもいいのでしょうか。
軽度のうつ病であれば、特に運転に制限があるという意識もないため、主治医に確認せずに普通に運転している方が多いというのが現状です。
しかし近年、精神神経疾患患者の自動車運転が制限されてきています。特に今年に入って、精神神経障害者の自動車運転に関わる2つの法が新たに施行され、対象患者さんの自動車運転が大きく制限される可能性が出てきました。
うつ病と診断されている方は、うつ病と自動車運転の制限についての知識は念のため知っておく方が良いでしょう。
1.主治医の判断に基づいて決められる
うつ病の患者さんは、運転免許の取得・更新の際、その他必要と判断された時、公安委員会から「質問票」「報告書」などを渡されることがあります。
これを渡されたら、病気を正直に記載してください。虚偽の記載は罰せられます。その記載の内容によって、主治医の診断書が求められることがあります。
その際の主治医が診断書が「安全な運転に必要な能力がある」という内容であれば運転免許取れます。しかし「安全な運転に必要な能力を欠く恐れがある」という内容であれば免許は取れない事があります。
なので、免許に関して公安委員会から何か言われたらまずは主治医に相談することです。
実際は主治医も「この人は車の運転しても大丈夫ですか?」と聞かれても絶対的な答えは出せない、という問題があります。
もちろん、誰がみても明らかに運転させたら危険な症状の方であれば「この方は安全な運転に必要な能力を欠く可能性が高い」と書きます。申し訳ないけども運転免許取得を許可するわけにはいきません。
しかしほとんどの方は「たぶん大丈夫だけど、絶対という保証はできないなぁ・・・」という状態です。
そもそも交通事故は普通の人だって起こします。患者さんが交通事故を起こした時、「これは病気が原因の事故かどうか」というのはきわめて判断が困難です。
居眠り運転が原因であったとしても、それがうつ病の症状で引き起こされたものなのか、それとも普通の人がしてしまった居眠り運転と同じく、ちょっとした居眠りが原因なのか、この判別はほぼ不可能と言ってもいいでしょう。
明らかに意識レベルが下がっている人が運転が危険なのは用意に判断できますが、精神症状というのはその時その時で波があるのが通常です。
今は精神的に安定している患者さんが、この先数年にわたって安全に運転できる状態を保ち続けていられるなんてことは、どんな名医であっても判断できません。かと言って、少し不安定な期間が一時あっただけで「あなたはこれから運転できません」と断定してしまうのもあまりに酷です。
「安全な運転に必要な能力があるか」というのは極めて判断が難しいものですが、誰かが判定しなければいけません。確かにその判断をするのは主治医が一番妥当ではあるでしょう。そのため、主治医が病態を診ながらできる限りの情報を集めて、それを元に判断しています。
2.うつ病の運転に関わる法律
現在の法律で主にうつ病と運転に関係するのは、「自転車運転死傷行為処罰法」と「改正道路交通法」のふたつです。それぞれ、うつ病に関わる部分を紹介します。
Ⅰ.自転車運転死傷行為処罰法(平成26年5月20日施行)
特定の疾患に罹っており、安全な運転に必要な能力を損なう可能性のある症状が認められるにも関わらず、その事を自分でも分かっていながら自動車を運転し、死傷事故を起こした場合に処罰対象なります。
「特定の疾患」とは、
- 統合失調症
- 低血糖症
- 躁うつ病(うつ病含む)
- 再発性失神
- 重度の睡眠障害
- 意識や運動の障害を伴うてんかん
を指し、うつ病も含まれています。
主治医が「運転は危険」と判断していたり、顕著な精神症状があって明らかに運転に支障がある状態で死傷事故を起こした場合は、同法に該当し、処罰対象になります。
人を死亡させた場合に懲役15年以下、負傷させた場合に同12年以下となるようです。
うつ病の方のすべてが同法の適応になるわけではありません。うつ病でも顕著な精神運動制止が見られ、明らかに判断能力に重大な障害がみられるなど極めて限られた状態です。
自分がこの状態に該当するか判断に迷う場合は、主治医に確認してください。事故を起こしてからでは遅いですからね。
Ⅱ.改正道路交通法(平成26年6月1日施行)
〇 公安委員会は、運転に支障を及ぼす症状のある運転者への対策として、運転免許を受けようとする人やすでに運転免許を受けている人に対して一定の病気に該当するか判断するための質問票を交付する事ができます。
ここでいう一定の病気というのは、Ⅰの自転車運転死傷行為処罰法の特定の疾患とだいたい同じだと考えて良いでしょう。(詳しく知りたい方は各都道府県警察のサイトで確認してください)
質問票を受けたものは、それに答えて厚生委員会に提出しなければいけません。この時、虚偽の記載があった場合1年以下の懲役または30万以下の罰金が課されます。
〇 医師は、診察したものが一定の病気に該当すると認知し、その者が免許を受けていると知った時は、診察結果を公安委員会に届け出ることができます。
つまり、医師から見て運転できる状態ではなく、それを伝えたにも関わらず、運転をやめない時は、本人の同意なく医師から公安委員会に届け出る事が出来るという事です。
〇 公安委員会は、一定の病気にっかっていると疑われる者の免許を三か月を超えない範囲内で期間を定めて停止する事ができます。
3.うつ病と向精神薬の副作用は別の問題
ひとつ、注意しなくてはいけないのは、
〇 うつ病の「症状」として運転ができるのか
〇 うつ病で使っているおくすりの副作用からみて運転ができるのか
はそれぞれ別の話になります。
今回のお話は、あくまで「うつ病の症状として」安全な運転に必要な能力を保っているか、というお話であり、使用しているおくすりに関してはまた話が異なります。
抗うつ剤や抗不安薬などのおくすりの副作用から見て運転ができるかは、おくすりの添付文書や、主治医の判断を確認する必要があります。
4.現法律の問題点
ちなみにこの精神神経障害者への運転を制限する法律ですが、日本精神神経学会は猛反対しています。反対の理由は、これらの法に医学的根拠が乏しく患者さんを不当に差別・制限しているからです。
まず、精神障害者に運転を制限していること自体、差別だと言えます。仮に、もし本当に精神障害者による運転の事故が健常者と比べて多いのであれば納得もできますが、実は、精神障害と交通事故の因果関係を証明した研究報告はないのです。
つまり「証拠はないけど、精神障害者の運転って何となく危険だよね」というような解釈もできる法律であり、これは精神障害者への差別につながる危険があります。
また、真面目に通院をしてしっかりと診断を受けてしまった人が不利になり、ちゃんと通院せずに診断があいまいになっている人の方が有利になるというのもおかしな話です。
自転車運転死傷行為処罰法では、危険運転による死傷事故と一定の病気による死傷事故を同列に扱っています。病気にかかってしまっている方の運転と、健常者の故意の危険運転を同じように扱うことだって患者さんに失礼でしょう。
もちろん、うつ病の程度がひどく、明らかに事故を起こすリスクが高い患者さんの運転を制限することは必要です。無関係の人を事故に巻き込む事は許されないことですし、何より本人の安全のためです。
しかしこれらの法によって患者さんが、不当に運転が制限されたり、差別的な不利益をこうむらないかは心配です。
自動車というのは、現代社会においては不可欠なツールであり、特に地方などでは車がないと生活が成り立たないという事は珍しくありません。
ましては車がないと通院すらできない患者さんであれば、運転を制限するのは本末転倒になってしまう事だってあります。
車が使えなければ仕事にも制限がかかってしまいます。運転免許が取れないがために仕事に就けなくなれば、精神的にも悪影響をきたす可能性があります。
医療の立場と法律の立場では相容れないところもあるのでしょうが、患者さんへの不利益がより少ないような法律になっていくといいですね。