不眠症の過剰医療を防ぐために大切な5箇条【Choosing Wiselyより】

アメリカでは2012年から、「Choosing Wisely(賢く選択しよう)」という活動が行われています。

これは近年増加してきた過剰医療や有害な医療行為に対して、「本当にその医療行為は必要なのか」ということを見直し、不要な検査や治療を減らしていくことを目的としています。

アメリカの多くの領域の学会が参加しており、その内容も多くの領域に渡っています。一例を挙げると、

「ただの風邪には抗生物質を使ってはいけませんよ」
「頭の軽い外傷であれば頭部CT検査までする必要はありませんよ」

などといったことが啓蒙されています。

不眠症領域においてもChoosing Wiselyをアメリカ睡眠学会が提言しています。そこで啓蒙されている事はアメリカのみならず日本においても当てはまる事です。日本は睡眠薬処方量が非常に多いことが問題となっていますので、特に私たち日本人はChoosing Wislyを熟読し、不要な医療を防がなくてはいけません。

今日は不眠症治療において、過剰検査・過剰治療にならないためのChoosing Wiselyを紹介します。

1.Choosing Wiselyとは?

「Choosing Wisely」とはアメリカにおいて2012年から始まった啓蒙運動で、「賢く選択しよう」という意味になります。

医学の進歩に伴い、年々検査や治療というものは進歩しています。これらは私たちに大きな恩恵をもたらしてくれましたが、近年では「お薬の処方しすぎ」「検査のやりすぎ」という新たな問題も出てくるようになりました。

医療の進歩に伴い、経営的理由で必要のない検査や投薬が行われてしまったり、患者さんが心配するからという理由だけで検査が行われたりするという事態も生じており、「これは本当に正しいのか」と疑問が持たれるようになってきました。

「医療は本当に必要な分だけ受けるようにしましょう」という情報を一般の方へ啓蒙しているのがChoosing Wiselyになります。また、医療者へも「その検査や治療が本当に必要なのか」を考え直すきっかけにするものとしても期待されています。

アメリカでは様々な学会がChoosing Wiselyに対して勧告を表明しています。一例を挙げると、

  • 自覚症状のない低リスクの患者に対し、毎年のように心電図検査やその他の心臓検査を行う必要はない(米国家庭医学会より)
  • ウイルス性呼吸器疾患(副鼻腔炎、咽頭炎、気管支炎)と思われる場合は、抗生物質を投与すべきではない(米国小児学会より)
  • 頭部の軽い外傷に対し、CT撮影は不要である(米国小児学会より)
  • 頭痛に対し、脳波測定は不要である(米国神経学会より)

などがあります。漫然と行われてしまいがちな医療行為に対して、「その検査はほとんど意味がないよ」「その治療はかえって有害だよ」ということを啓蒙しています。これは有害な検査から患者さんを守るというメリットだけでなく、無駄な医療費を抑えることで医療費の削減にもつながります。

よくある光景として「風邪を早くなおしたいから、抗生剤が欲しい」と患者さんが要求されることがあります。しかしそれがウイルス性呼吸器疾患なのであれば、抗生剤は無益なばかりか、副作用や医療費などを考えるとむしろ有害とすらいえます。

また子供がちょっと頭をぶつけただけでも、母親は心配してしまい「CTを撮って欲しい」と医師に要求する事があります。しかしそれは放射線被曝というリスクがあることを忘れてはいけません。CT検査には高額な医療費がかかることも考えると、全ての軽度頭部外傷にCTを撮るのは害の方が大きいと言えます

私たちが漫然と行っている検査・治療でも、実はそのメリットが薄いものは少なくありません。本当は検査の必要もないのに、「患者さんが心配しているから」という理由だけで「とりあえず採血しましょうか」「とりあえずCTを撮ってみましょうか」となってしまえば、メリットはほとんどなく、検査の合併症リスクと医療費の増大というデメリットだけが生まれます。

2.不眠症(睡眠障害)に対する5つのChoosing Wisely

精神科領域においてもChoosing Wiselyによる勧告が2つ発表されています。

1つは抗精神病薬(統合失調症の治療薬)の使用に関する勧告であり、これは「精神科の薬を適正に使用するために覚えておきたい5箇条」で紹介させて頂きました。

そしてもう一つが今回お話している不眠治療に対する勧告です。

Choosing Wiselyはアメリカで発表されたものではありますが、その内容は日本の不眠症患者さんにも当てはまることばかりです。

それでは、不眠症に対するChoosing Wiselyを見てみましょう。一般的な不眠症の方によく読んで頂きたいのは特に、ⅡとⅢになります。

Ⅰ.合併型の睡眠障害が疑われる場合を除いて、慢性不眠症患者へのPSGは避けるべき

PSGとは睡眠ポリグラフ検査のことで、睡眠中の脳波、呼吸、眼球運動、身体の動きなどを計測し、睡眠の質を測る検査のことです。

不眠が長く続く慢性不眠症の場合、ついPSG検査をして睡眠状態を測りたくなりますが、そもそも慢性不眠症という疾患の診断は診察や既往歴などから行うものです。PSGは必ずしも慢性不眠症の診断に必要な検査ではありません。

PSG検査を行うことが、どんな時も間違っているというわけではありません。睡眠時無呼吸症候群や睡眠時夢遊病などが疑われる時にPSGを行うことは意味のあることですが、慢性不眠症患者さん全員に行う検査ではありません。

Ⅱ.成人の慢性不眠症に対して、第一選択として睡眠薬を使うことは避けるべき

「眠れないんです」

と訴えてきた人に対して、

「はい、睡眠薬出しましょう」

といきなり睡眠薬による薬物療法を行うことは避けるべきです。

お薬を絶対に使ってはいけないというわけではありませんが、まずは原因を探索すべきでしょう。睡眠が障害されるような病気が隠れていないか、生活習慣の中に睡眠の質を悪くするものはないか。こういった原因探しをまずは行い、原因があればその改善を第一にすべきです。

また、不眠症治療は睡眠薬だけではありません。最近では、認知行動療法(CBT-i)なども注目されています。

不眠症に対する認知行動療法は、睡眠薬を中心とした薬物療法と同等かそれ以上の治療効果があることが報告されています。また睡眠薬よりも長期間治療効果は続き、副作用が無いのも利点です。

当サイトでも、睡眠薬以外の不眠症治療法を「薬を使わずに不眠症を改善する!不眠に効く4つの非薬物治療」で紹介していますので、ぜひご覧ください。

Ⅲ.小児の不眠に対して薬物を処方してはいけない

子どもの不眠症に対して、睡眠薬などのお薬は「使ってはいけない」とまで書かれています。

現状としては、どうしてもやむを得ない時は、本人・親の同意を得た上で少量を使用を検討せざるを得ないケースはあるでしょう。しかしそれは「本当に最後の手段」にすべきで、少なくとも安易に使っていいものではないことが分かります。

小児の不眠のほとんどが親子関係に原因があります。そのため睡眠薬などの薬物による治療ではなく、行動療法による治療が良いと考えられています。

Ⅳ.むずむず脚症候群の診断にPSGをしてはいけない

むずむず脚症候群(RLS:Restless Legs Syndrome)は、足がむずむずして落ち着かなくなるという疾患です。症状は特に夜間に悪化しやすく、そのため患者さんは不眠となりとても苦しい思いをします。

むずむず脚症候群を診断するため、PSGが行われることがありますが、これはほとんどが無意味であるためChoosing Wiselyでは「行ってはいけない」と明言されています。

むずむず脚症候群の診断をするために、PSGを行ったからといって有益な情報が追加できるわけではないからです。ただし、病歴がはっきりしない方であったり、周期的な脚の動きを評価する必要がある時は、PSG検査を行ってもよいとされています。

Ⅴ.体重が安定している睡眠時無呼吸症候群患者に対し、無症候性・接着性であるならば、CPAPの再度の圧調整を行ってはならない

睡眠時無呼吸症候群(SAS)の患者さんには、CPAP(Continuous Positive Airway Pressure)というマスクが治療に用いられることがあります。

これは患者さんの自発呼吸を検出して、必要に応じて空気を送り込む機で、気道閉塞を防ぎ、無呼吸状態を減らしてくれます。

CPAPを使う前は、その人に対して適切な圧を決めるための調整を行うことがあります。しかしCPAPを使いはじめて、体重が安定し、症状もなくなり、マスクもしっかりと接着していて空気漏れもないようであれば、その後に何度も圧調整のための検査を行う必要はないとされています。

3.勧告しているのは当たり前の事ばかり

不眠症に対するChoosing Wiselyを読んで、みなさんはどう思ったでしょうか。

PSG検査や睡眠時無呼吸症候群など、一般的な不眠と異なる点への勧告も多かったため、イメージが沸きにくかったかもしれませんが、実は言っていることは誰でも分かるような当たり前の事ばかりです。

比較的一般的な不眠にも関係するⅡとⅢをかんたんに言い直してみると

・不眠症に対して、いきなり睡眠薬を出すんじゃなくて、まずは他の治療法を考えてね
・子供に睡眠薬を出しちゃダメだよ

という事になります。

「そんなの当たり前でしょ」と言いたくなるような普通のことですよね。

でもこれは「Choosing Wisely」という活動の中で、アメリカ睡眠学会が公式に発表している提言なのです。

つまり、当たり前の事ではあるけども、それが十分に出来ていない現状があるという事です。私たち医師が漫然とこのような推奨されない医療をしてしまわないように、常に注意を払って診療に望まないといけません。

日々進歩している医療において、当たり前の医療を当たり前に提供する、というのは普通の事であるようで実は非常に大切なことなのです。