精神科の薬を適正に使用するために覚えておきたい5箇条

近年の医療の進歩は素晴らしいものがあります。

良いおくすりや優れた検査が次々と発明され、それに伴い人の平均寿命も年々伸び続けています。2013年度の厚生労働省の報告では、男性の平均寿命は80.21歳、女性の平均寿命は86.61歳と過去最高を記録しています。

しかし医学が発展したことで、新たな問題も生まれています。それは、検査や投薬の「やりすぎ」です。

優れた検査や治療が増えたことにより、わずかな異常でも精密検査を行ったり、ちょっとした症状でもおくすりを投与したりという事が起こっています。

臨床現場において、これら過剰医療は珍しいことではありません。近年では医療訴訟も増えているため、訴えられないためにあらゆる検査をする、あるいは患者さんが心配しているからと必要以上に検査をすることも見られます。

特に日本人は不安が強い国民性もあり、過剰検査・過剰治療に陥りやすい傾向にあります。結果、国民医療費は年々上昇を続け、現在は極めて深刻な状態です。

平成24年度の国民医療費は39兆円を超えており、これは平成元年の国民医療費(20兆円未満の)ほぼ倍の額になっています。

このペースで上昇を続ければ、いずれ限界が来るのは明らかです。過剰な検査・治療を漫然と行い続ければ、私たちは将来、自分のクビを締めることになってしまうのです。

精神科領域でも、特に投薬において過剰医療が指摘されています。

必要以上におくすりを投与するデメリットは経済的な問題だけではありません。副作用の頻度が増えることで、患者さんの身体を不要に害してしまうことにもなるのです。

医療は必要な分だけ行う
余計な医療は極力行わない

当たり前のことですが、現状の臨床現場では十分に行えていないこともあります。

今日は、特に精神科領域において、過剰医療に陥らないために医療者・患者さん両者が気を付けるべきことを紹介したいと思います。

1.過剰医療とはどんなものか?

まずは、過剰医療についてのイメージを持ってもらうために、具体例を挙げてみます。

「頭が痛い」と訴える患者さんが来院してきました。診察した医師は、「現状では大きな問題はなさそう。まずは鎮痛剤で様子観察」と判断しました。

しかし、患者さんは不安です。「重大な脳疾患の前兆である可能性は絶対無いと保障できますか?少しでも可能性があるならCTを撮ってください」と医師に訴えました。

可能性は極めて低い、とは言えますが、可能性が0かと問われれば、そうは言いきれません。人間の身体は何が起こるか分かりません。極めて低い確率ではありますが、今後重大な脳疾患が起こってしまう可能性もあります。

この場合、頭部CT検査をすべきでしょうか。ちなみに頭部CT検査はCTの性能によっても異なりますが約10,000円、診断料(読影料)に約4,500円かかります。

頭痛を自覚している方は日本でおおよそ4000万人いると言われています。全員が病院を受診するわけではないでしょうが、仮に半分が受診したと仮定すれば2000万人になります。これらの人全てに頭部CT検査をするとなれば

20,000,000人×14,500円=290,000,000,000円

簡易計算ではありますが、これだけで2900億円の医療費がかかることになります。この2900億円は、国民みんなで負担しなければいけないお金です。

もちろん、重大な病気を見落とさないようにすることは大切です。医師が医学的に見て「頭部CT検査をする必要がある頭痛だ」と判断したのであれば、CT検査は行うべきでしょう。

しかし、全員にCT検査を行ってしまうと医療費はあっという間に飛んでいきます。病院の売り上げのためや、患者さんが撮ってほしいというから、という理由だけで検査をしてしまうことは問題です。

しかも、CT検査を行ったからと言って、重大な脳疾患がないかを100%確認できるわけではありません。検査は万能だと思っている患者さんは多いのですが、大きな誤解です。頭痛の初期には画像的には何も異常が出ない頭痛だってあります。

またCT検査は放射線ですから被曝という危険を伴う検査です。あまり検査する必要がないのに検査を行うと、医療費を無駄にした上に被曝だけしてしまう、というデメリットだらけになってしまいます。

「不安だから出来る限りの検査をしてほしい」という気持ちは当然だし、理解できます。

しかし専門家の診察を受け、検査の必要がないと判断されるのであれば、検査を行うのは良い判断とは言えないでしょう。

これは一例ではありますが、現在でも臨床現場でよく見かける過剰医療です。

過剰医療は近年、全世界的に問題となっています。

それを受けて、アメリカでは2012年よりChoosing Wisely(賢く選択しよう)というキャンペーンが始まりました。Choosing Wiselyでは、不要な医療・むしろ害の方が大きいと考えられる医療を取り上げて、患者さんへ「その検査・治療をする意味はあまりありませんよ」と伝える啓蒙活動を行っています。

国が異なるため、米国Choosing Wiselyの内容が全て日本人に当てはまるわけではありませんが、日本人の方にもぜひとも一読していただきたい内容です。

2.精神科領域における過剰医療の適正化のために

精神科領域でも、過剰医療が行われてしまうことがあります。Choosing Wiselyでは、精神科領域についても提言がありますので、紹介したいと思います。

アメリカ精神医学会(APA)はChoosing Wiselyを通して、抗精神病薬(統合失調症の治療薬)の適正使用について提言しています。

抗精神病薬についての内容ではありますが、抗うつ剤や抗不安薬に置き換えて読んでも当てはまる内容です。みなさんもぜひ知っておいてください。

Ⅰ.適切な初期評価、経過観察が行われていない患者さんに対して抗精神病薬を処方してはいけない。

抗精神病薬とは、主に統合失調症の治療薬のことを指します。

患者さんへの診察がしっかり行われており、その中でしっかりと診断が行われ、経過も定期的に評価している中で、抗精神病薬の必要があると判断されるのであれば、投薬することに問題はありません。

しかし、「漫然と」とか「止めるのも何となく不安だから」という理由だけで継続しているのは良くありません。

抗精神病薬は、病気によって生じた精神症状を抑えてくれるはたらきがありますが、反面で代謝系・神経筋や心血管に負担をかけます。抗精神病薬を投与されている患者さんは、そうでない人と比べて心筋梗塞や糖尿病、高脂血症などが起こりやすいことが知られています。

抗精神病薬が必要ない人に投与を続けていると、ただ副作用のリスクを増やしているだけになります。最悪の場合、その副作用によって心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病などの別の病気が発症しまうこともあり、かえって有害なのです。

Ⅱ.2種類あるいはそれ以上の抗精神病薬をルーチン的に投与してはいけない

2種類以上の抗精神病薬を飲んでいる患者さんは少なくありません。外来患者の4~35%、入院患者の30~50%にも上るとも指摘されています。

しかし、多くの抗精神病薬を投与をしたからといって、どんどん治っていくわけではありません。多剤投与の有効性は限定的であるというのが現在の有力な見方です。一方で、多剤投与の問題は多く報告されています。

薬物が相互作用してしまうことで副作用が増え、服薬量が多くなることで服薬忘れが多くなります。

どうしても2種類以上が必要な患者さんは確かにいます。そういった方に対して、慎重に投与をするのは仕方がないことでしょう。しかしそれは全員ではなく、限られた患者さんのはずです。

一時的に増やしたおくすりをそのまま漫然と投与し続けたりすることも好ましくありません。定期的に「減薬できないか」と検討する必要があります。

Ⅲ.認知症の心理的・行動的症状に対して、抗精神病薬を第一選択としてはいけない

抗精神病薬には鎮静作用があるため、認知症で不穏になったり暴れたりする患者さんに役立つことがあります。効果も得やすいため、ついつい安易に使ってしまいがちですが、抗精神病薬は鎮静をかけたり錐体外路症状を起こすことで患者さんをふらつかせたり、転倒させてしまうことがあります。

ボーッとさせるため、食事のむせこみや誤嚥性肺炎を誘発してしまうこともあります。

また、代謝や脳血管・心血管系に負担をかけ、内科の病気(糖尿病や脳梗塞・心筋梗塞など)の発症リスクを上げてしまう危険もあります。

認知症に対して抗精神病薬を使うこともありますが、高齢者への抗精神病薬の投与は、有益性よりも危険性が上回る事も多く、安易に投与していいものではありません。

Ⅳ.成人の不眠症に対して、治療の第一選択として抗精神病薬の処方を継続してはいけない

不眠症に抗精神病薬が使われることがあります。

例えば、オランザピン(商品名ジプレキサ)やクエチアピン(商品名セロクエル)などは鎮静させる力が強く、また深部睡眠を増やしてくれる作用も報告されているため、しばしば不眠症の治療に併用されます。

しかし抗精神病薬は本来、不眠症の治療薬ではなく、最初から不眠症の治療目的で投与するものではありません。そのメリットとデメリットをしっかりと見極めて、どうしても必要な時にのみ使うべきです。

Ⅴ.適応のない児童の精神障害の感情的・行動的症状に対して、抗精神病薬をルーチン的に処方してはいけない

児童や青年の精神障害に対して、抗精神病薬が使われることはあります。特に破壊的・衝動的な症状に対しては有効性が認められており、様々な疾患で使用されています。

しかし、慎重な評価・診断のもとで処方されるべきであり、処方後も副作用や合併症が生じていないか注意深く観察を続けなければいけません。児童や青年に対しての抗精神病薬投与は、極力最小限にすべきであり、出来る限り薬物以外の方法での治療を行うことが望まれます。

また未成年の場合、患者さん本人にお薬の説明をしても十分理解できていないことがあります。未成年患者に対しては、保護者ともお薬の効果と副作用について必ず話し合わなければいけません。

3.基本を忘れない事が大切

Choosing Wiselyで提唱されていることは、何も特別なことではありません。

  • 薬はちゃんと適応を見極めて使ってね
  • なるべく少ない量にしてね
  • 特に未成年と高齢者に使う場合は気を付けてね
  • 統合失調症の薬なんだから、それ以外の病気に使う時は慎重にね

こうやってみると、至極当たり前のことばかりですね。しかし、これはアメリカ精神医学会が大々的に出している提言です。当たり前のことなんだけど、それができていない現状があるからこそ、このような提言がなされているということです。

・あまり必要がないけど、患者さんも希望してるし検査しちゃおう
・症状を訴えてるから、患者さんも安心するだろうし取り上えず薬出しとこう
・患者さんが心配しているから必要ない検査だけどやってしまおう

忙しかったり、余裕がなかったりするとこのように、必要のない検査・治療が行われてしまう事があります。

しかしそこでちょっとだけ考えてみる必要があるのです。「その治療をする意味は本当にあるのか」「むしろ患者さんに害を与えることにならないだろうか」と。

忙しい中でも、当たり前の心がけを忘れずに医療を行うことが大切です。

勘違いしてはいけませんが、お薬は悪者ではありません。抗精神病薬や抗うつ剤、睡眠薬や抗不安薬は今まで数多くの患者さんを救ってきました。お薬は人類の命を数えきれないほど救ってきた、とてもありがたいものです。

でも、必要以上に使えばおくすりは悪者になってしまいます。

私たち医療者はもちろん、医療を受ける患者さんも、「その検査をする意味は本当にあるのか」「その治療は本当に必要か」ということを考えながら医療を行っていかなければいけません。

このコラムは、私たち医師が初心を忘れずに常に意識しておくべきものです。自分自身これからも医者としてこのような姿勢を忘れないためという自戒の意味も込めて、今日は紹介させていただきました。