過食症は治すことが出来る疾患です。
しかし一方で過食症は治療法を間違えやすい疾患であり、治療を失敗しやすい疾患でもあります。
その理由は、過食症は疾患の本質を正しく理解しにくい疾患であり、それによって治療の方向性を間違えてしまいやすいからです。また過食症の治療にはある程度の時間がかかるため、早く治したいと焦りすぎてしまう事も治療の失敗につながります。
過食症は必ず治せます。しかし治すためにはある程度の時間が必要になります。数日や数週間で治すことはほぼ出来ません。
今日は過食症を克服・治療するためのポイントについてお話します。
1.過食症の治療の特徴
過食症を治療していくに当たって、知っておいて欲しい事がいくつかあります。
まずはそのことをお話させて下さい。
Ⅰ.時間をかけて治すことが一番の近道
過食症の治療は時間がかかります。
誰もがつらい症状から早く逃れたいと考えます。「治療に時間がかかる」と言われると、それを受け入れる事がなかなかできないかもしれません。
しかし治療に時間がかかることは変える事は出来ません。無理矢理急いで治そうとすれば治療に失敗してしまうだけです。
過食症の方は非常につらい気持ちを抱えて毎日を過ごしているため、「すぐに治したい」という気持ちは痛いほど分かります。しかしそれでも「過食症は時間をかけて治すものなのだ」「短期間で治すのは不可能なのだ」と諦める必要があります。
過食症は、ただ「過食」を治せばいいという単純な疾患ではありません。
過食症の背景には、
- 肥満恐怖(太る事への異常な恐怖)
- 身体像の障害
- 自己評価の低下
などがあります。更になぜこのような思考が生じているのかというと、幼少期の辛い体験があったり、過度なストレスを受け続けて考え方が偏ってしまっていたり、と患者さんによってそれぞれですが、決して単純ではない理由があります。
長い期間かけて形成されてきたこのような原因を修正するのには、同じように長い期間がかかるのは当然です。むしろ人の考え方が簡単に修正できてしまったらそれは恐ろしい事でしょう。
焦って短期間で治そうとすればうわべだけの表面的な治療を行う事になり、必ず失敗します。時間はかかっても確実に時間をかけて真の治療を行っていくべきなのです。
Ⅱ.失敗をしながら治っていくのが普通
過食症は、最終的には肥満恐怖や身体像の障害、自己評価の低下といった考え方の偏りを修正する事で、過食や代償行為(嘔吐、下剤乱用、過剰な食事制限・運動など)の悪循環を断ち切り、正常な食事習慣を取り戻すことが目標になります。
しかし先にお話した通り、この治療は時間をかけて少しずつ行われます。
そのため、いきなり過食症状がゼロになる事はありえません。いきなり代償行為がスパッと止められる事もありません。いきなりはやめられないけども、成功したり失敗したりを繰り返しながら少しずつ改善していくのが通常の治り方です。
特に治療初期においては、過食衝動を止められず過食をしてしまう事は度々あるでしょう。この時、その場その場の失敗に対して大きく落ち込むのは間違いです。いきなりきれいに治るわけはないのですから、失敗するのは当然なのです。にも関わらず失敗する事に毎回落ち込んでしまうと、自己評価の更なる低下につながり、むしろ治療経過を悪くしてしまいます。
この事を理解しておくことは非常に大切です。
摂食障害は完璧主義の方が多いと感じます。完璧主義の破綻によって過食が生じていると感じるようなケースもあるほどです。
完璧主義の方は、一回失敗しただけでも「なんて私はダメなんだ」「もう自分は治らないんだ」と考えてしまいがちです。しかし、それは間違った考え方で、そもそも過食症は成功と失敗を繰り返しながら少しずつ治っていくという疾患なのだとしっかり理解しておく必要があります。
Ⅲ.過食だけに目を向けていては治らない
過食症は、「過食症」という名前から過食が主症状のように誤解されており、過食を何とか抑えようと頑張ってしまう事が多く認められます。
しかし実は過食というのは過食症における表面的な症状の1つに過ぎません。そのため過食だけに焦点を当て、改善させようとするとまず上手くいきません。
よく見かける治療の間違いとして、過食を何とか抑えるために、食べる事を過剰に我慢するケースがあります。これはむしろストレスを溜め、空腹感により過食衝動を生じやすくさせますので逆効果になります。これも過食症の主症状を過食だと誤解しているために生じている治療法のあやまりでしょう。
過食は、過食症の根底の症状である、
- 肥満恐怖
- 身体像の障害
- 自己評価の低下
によって生じている表面的な症状に過ぎないのです。
過食だけを急いで治そうとするのではなく、これら根底の症状の修正をしっかりと行っていく必要があります。むしろ治療の初期においては、過食症状は放っておいた方が良い場合もあります。
2.過食症の治療法
ここからは過食症に行われている治療法について代表的なものを紹介します。
過食症に用いられる治療法は、患者さんの発症背景によって選択される治療法が異なってきます。自分にとってどのような治療法が良いのかは主治医とよく相談して判断しましょう。
Ⅰ.認知行動療法(CBT)
認知行動療法は、過食症で生じている歪んだ認知(物事のとらえかた)に気付き、それを修正する事で行動を変化させ、病気の改善をはかる治療法です。
過食症以外もうつ病や不安障害圏にもよく用いられる治療法の1つです。
過食症の方は、
- 肥満恐怖
- 食事内容のこだわり
- 対人関係
- 自己評価
などにおいて、認知が歪みが高確率で認められます。
例えば、過食症の方では普通の人が食べるくらいの量の食事でも「これを食べ続ければ太ってしまう」と誤った認知をしてしまい、このあやまった認知を元に、極端な食事制限や偏食をはじめます。すると空腹感に耐えきれなくなり、過食をしてしまうようになります。
この認知の修正を行うためには、「本当に普通量の食事を食べる事で太ってしまうのか」というのを改めて深く考えていきます。そのような食生活をしている方の体重の推移をみたり、あるいは自分自身でその食生活を一定期間してみる事で本当に太るのかどうかを確認します。
このような事を続けていくと、「適正な食事量であれば太るわけではないのだ」という事が分かり、歪んだ認知が修正されていきます。
認知行動療法ではこのように病気の原因となっている歪んだ認知を修正していく作業を行っています。
認知行動療法は、過食症の有効な治療法の1つです。認知行動療法について詳しくは「認知行動療法はどのような特徴を持つ治療法なのか」をご覧ください。
Ⅱ.対人関係療法(IPT)
対人関係療法(IPT:InterPersonal psychoTherapy)とは、対人関係に焦点を当てて改善をはかる事で病気の治療を行う方法になります。
実際、こころの不調は対人関係のストレスが原因となって発症する事が多々あります。またこころが不調になると、それに伴い対人関係も不良になっていきます。
このような場合、自身の対人関係の問題点について見直し、修正をはかることでこころの健康を取り戻していくのが対人関係療法になります。
特に過食症をはじめとした摂食障害では、ほとんどの患者さんが対人関係の問題を認めます。
その内容は様々ですが、一例を挙げると
- 重要な他者(親や配偶者など)との良好な対人関係が築けていない
- 対人恐怖によって通常の社会生活が出来ていない
- 感情不耐性によってすぐに対人トラブルを起こしてしまう
などがあります。
このようなストレスが一因となって、過食といった症状が出現してしまっているのです。この場合、このような対人関係の障害を改善する事が出来れば、生活におけるストレスが大きく軽減するため、過食症状も少なくなっていく事が期待できます。
対人関係療法を行うのであれば、しっかりと専門家の指導の元で行う必要があります。経験豊富な医師や臨床心理士(カウンセラー)と共に行うことが理想です。
Ⅲ.セルフヘルプ
セルフヘルプとは「自助」という意味になります。
これは治療にあたって患者さんが自分の力を最大限に発揮して病気の治療に取り組む事です。要するに、生活の中で自分で努力・工夫をして病気を改善させていくという事です。
過食症とはじめとした摂食障害は、治療にあたってセルフヘルプが欠かせません。なぜならば入院でもしない限りは、過食を我慢したり、適切な食生活を送ったりする事は、最終的には自分自身がやるかどうかにかかっているからです。いくら診察室で「こういった生活をしましょう」「このような事に気を付けましょう」と治療者からアドバイスを受けても、それを日常で患者さん本人が実践しなければ意味は全くありません。
ただしセルフヘルプと言っても、「一人で頑張りなさい」という事ではありません。セルフヘルプを行った事を定期的に主治医に報告してアドバイスをもらったり、自助グループに参加して意見交換をしたりというのも広い意味でのセルフヘルプになります。
セルフヘルプで出来る事はたくさんありますが、基本的には、
- 規則正しい食生活、睡眠時間などの生活習慣の改善
- 症状の記録
- 過食症についての正しい理解
などがよく行われる事になります。
どんな疾患でもまずは生活習慣を整える事は大切です。特に過食症の場合は、食生活が不規則になっているため空腹感に耐えきれず過食をしてしまう、極端な偏食や絶食をしているため過食衝動が出やすくなっている、などといった食生活に問題があってそれが症状を悪化させている場合が少なくありません。
この場合は食生活を規則正しくするだけでも症状の改善が得られます。
また睡眠不足、運動不足なども精神状態を悪化させる一因になりますので、このような生活習慣の適正化も治療においては非常に大切なものです。
過食症では、症状を「記録」する事が非常に重要です。なぜならば、記録することによって病気の客観的な事実が分かるからです。過食症の方のほとんどは認知の歪みがあります。それは例えば、
- 〇〇を食べると太るから食べれない
- 1日でこの量以上食べると自分は太ってしまう
- 食事の後には吐かないと太ってしまう
などというものがあります。これは摂食障害の肥満恐怖から生じる認知の歪みです。このような認知の歪みは、周囲の人がいくら「そんな事ないよ」と説得しても本人は納得しません。
しかし実際に自分で記録を取ってみると、この認知の歪みを修正する事ができます。実際に〇〇を食べて太ってしまうのかを、しっかりと記録を取っていけば、〇〇を食べるから必ず太るわけではないことが数字にはっきりと表れます。一般的に正常な量の食事であれば、毎日摂取してもどんどん太る事はないという事も分かるでしょう。
記録は過食症の症状の根底にある肥満恐怖に伴う認知の歪みを修正するために非常に有効です。
また記録は、過食を減らす助けにもなります。過食してしまった時の状況や原因などを毎回しっかり記録すれば、「どのような時に過食してしまうのか」がはっきりと見えてきます。例えば記録によって、「極端な食事制限をすると、その後必ず過食している」という事が分かれば、「極端な食事制限をしない方が過食を少なく出来るのではないか」と気付けます。
最後に過食症(神経性過食症/神経性大食症)という病気について正しい理解をするという事も大切です。過食症を病気ではなく、「気持ちの問題」「甘え」と誤解している方は今でも多いと感じます。
過食症は疾患であり、自分がダメな人間だからなっているわけではないのです。すべて自分のせいだ、と考えてしまうと自己評価が低下し過食症は更に治りにくくなってしまいます。過食症という疾患について正しく理解する事は過食症を克服するためには不可欠な事です。
Ⅳ.抗うつ剤
過食症にお薬が使われる事もあります。使われるお薬は「抗うつ剤」になります。
抗うつ剤のうち、特にSSRIの中には、過食や自己誘発性嘔吐の回数を減少させたという報告もあり、患者さんによっては検討してもよい治療法になります。
また過食症は、
- うつ病
- 不安障害
- 依存症
などを併発しやすいため、これらの予防・治療としても抗うつ剤は一定の効果を示します。
また衝動性が強い方には、衝動を鎮静させる目的で抗精神病薬などを用いる事もあります。ただし抗精神病薬の中には食欲を上げてしまったり体重増加を来たしやすいものもあるため、使用するかどうかは慎重に判断しないといけません。
お薬で体重が増えてしまうと、かえって患者さんの精神状態が悪化してしまう可能性もあるからです。
注意点として、過食症においてはお薬というのはあくまでも補助的な治療に過ぎず、治療の中心になるものではありません。そのため、お薬「だけ」で治療しようとすると間違いなく失敗します。
お薬を使う場合は、お薬だけではなく、他の治療法を行った上でお薬も併用する、という使い方をすべきになります。