双極性障害(躁うつ病)に遺伝は関係あるのか

双極性障害は、気分が高揚する躁状態と、気分が落ち込むうつ状態を繰り返す疾患で、生涯有病率(一生のうちに病気を発症する確率)は1~2%と報告されています。100人中1~2人が発症する疾患で、決して稀な疾患ではありません。

双極性障害は、以前は「躁うつ病」(MDI:Manic Depressive Illness)と呼ばれていましたが、近年は「双極性障害(Bipolar Diorder)」という名称が主流となっています。

双極性障害がなぜ生じるのか、その原因ははっきりとは分かっていません。しかし何か1つの特定の原因があるわけではなく、複数の原因が重なった結果として発症するのは間違いないと考えられています。

双極性障害の発症原因となるものの1つとして「遺伝」が挙げられます。多くの研究から、双極性障害は遺伝性の高い疾患だと考えられています。

今日は双極性障害と遺伝の関係について紹介させて頂きます。

1.双極性障害の遺伝の影響はどのくらいか

双極性障害の原因の1つとして「遺伝」があります。双極性障害は遺伝でのみ発症するわけではありませんが、遺伝の影響は高い疾患です。

同じ気分障害に「うつ病」がありますが、うつ病は遺伝の影響はそこまで高くはありません。しかし、双極性障害はうつ病と比べると遺伝の影響の強い疾患だと言う事が出来ます。

もちろん原因の100%が遺伝というわけではありません。双極性障害の両親を持ちながらも、双極性障害を発症しない方もいらっしゃいます。

双極性障害の遺伝性は1920年頃、ドイツの精神科医であるエミール・クレペリンが初めて指摘しました。以後多くの精神科医・研究者が双極性障害と遺伝について研究・報告をしていますが、それらの結果をみると、双極性障害に遺伝性があるのは間違いないと言えます。

では、双極性障害と遺伝はどのくらい関係しているのでしょうか。

遺伝の影響がどれくらいあるのかを調べるためには「双子」で比較すると分かりやすいため、双極性障害においても双子間で比較した研究(双生児研究)が行われています。

具体的には、一卵性双生児(双子間の遺伝子が100%同じ)と二卵性双生児(双子間の遺伝子が50%同じ)で比較を行うのです。

一般的に一卵性双生児は双子間で遺伝子が100%同じです。そのため、遺伝の影響が大きい疾患であれば片方が発症すればもう片方も発症することになります。対して二卵性双生児は双子間では遺伝子は50%程度しか共有していないと考えられています。そのため、片方が発症したとしてももう片方が発症する可能性は一卵性と比べると低くなります。

一卵性双生児と二卵性双生児の発症一致率を調べることで、

  • 一卵性の発症一致率の方が高ければ、遺伝的要素が大きい
  • 両者の発症一致率が変わらなければ、遺伝以外の要素(環境・心理的な要素など)が大きい

という事が分かります。

また、この両者の発症率の差から、単一の遺伝子が関わっているのか、複数の遺伝子が関わっているのかをある程度推測することができます。1つの遺伝子しか関わっていないのであれば、両者の率の差は2前後になるはずです。

双子間での一致率を調査すると、おおむね次のようになっています。

・二卵性双生児の一致率は13%
・一卵性双生児の一致率は80%

ここから、やはり双極性障害は遺伝の影響が少なくないことが分かります。そして1つの遺伝子によって発症が決まるのではなく、複数の遺伝子の影響で発症するという事が推定されます。

ところで双子というのは大抵同じような環境で育てられます。そのため双生児研究では、「遺伝したというわけでなく、同じような環境で育ったからどちらも発症するのではないか」という反論も出てきます。この「環境が原因で発症した」という可能性を除外するのため、養子研究というものがあります。

養子研究では、養子として育てられた方が双極性障害を発症してしまった時、義親が双極性障害なのか、生物学的な本当の親が双極性障害なのかの率を調べる研究です。義親が双極性障害である事の方が多いのであれば環境が原因だと言えますし、本当の親が双極性障害である事が多いのであれば遺伝が原因だと言えます。

養子研究においても、双極性障害は遺伝の影響が大きいという結果が出ています。

このような種々の研究から双極性障害は、その発症において遺伝が強く関わっている事は間違いないと考えられています。

2.双極性障害の原因は遺伝が全てではない

「双極性障害の発症は遺伝の影響が大きい」

こう聞くと、双極性障害の親を持つ方や、双極性障害が多い家系の方は心配になってしまうかもしれません。

双極性障害の家族歴がある場合、双極性障害の発症リスクが高くなるのは残念ながら事実です。数々の調査でも報告されていることですし、精神科医として双極性障害をみている実感としても感じることです。

双極性障害の家系の方は、ショックを感じることもあるとは思いますが、「自分は双極性障害を発症するリスクが高め」という事実が分かっているという事を武器にして、元に今できる工夫をしていただければと思います。

家族歴があるからといって双極性障害を必ず発症するわけではありません。

先ほど「一卵性双生児の一致率は80%」というお話をしました。この双生児は、2人ともほぼ100%同じ遺伝子を持っているはずです。遺伝子が同じ2人なのに、必ず両者に発症するわけではなく発症しない例もあるのです。つまり遺伝の影響は少なくはありませんが、遺伝が全てではないのです。双極性障害の家族歴があるからといって、必ず発症するものではありません。

双極性障害の原因にはいくつかの要因が指摘されています。その中には

・自分の工夫次第で避けることのできるもの
・自分がいくら工夫しても変えられないもの

があります。

遺伝は後者であり、自分がどんなに生活を工夫しても避けることはできません。しかし、自分の工夫次第で避ける事の出来るものもあるわけです。例えば原因の1つと言われている「ストレス」「環境」などは自分の工夫次第で改善する事が可能です。

双極性障害の家族歴を持つ方は、なるべく発症しないように、

・ストレスと上手に付き合えるように工夫していく
・ストレスが過剰にならない環境を意識する

といった工夫をしていくことで、双極性障害の発症の確率を低くすることができるでしょう。

双極性障害は、「早期に治療を開始すること」「治療を継続して再発させないこと」がとても大切で、これが出来れば健常者とほぼ変わりのない生活を送ることが可能です。反対に発見が遅れてしまったり、何度も再発を繰り返していくと、症状も悪化しやすいですし、治りも悪くなりにくいと考えられます。そのため、あらかじめ「自分は双極性障害になるリスクが普通の人よりは高いらしい」という事を知っておくことは意味のあることです。

自分だけでなく他の家族についても同様で、家族でお互いに早めに発見できる体制を作っておくことも有用です。そうすれば万が一発症してしまったとしてもすぐに治療を導入することができ、普通とほとんど変わらない生活を送り続けることができます。

「自分に双極性障害発症のリスクがある」と考えると、ついその事実から目をそらしてしまいたくなります。良い事実とはいえないため、否定したくなる気持ちは十分分かります。しかしせっかく医学が進歩して双極性障害と遺伝の関係がここまで分かってきているのですから、この事実に対して目をつぶるのではなく、この知識を武器にして自分の人生に生かしていくことを考えていきましょう。

また少し良い面に目を向けると、双極性障害の方には有名人の方が少なくありません。特に想像力を発揮する画家や作家の方には、「双極性障害」であると思われる方は多くいらっしゃるのです。また実業家など高いバイタリティーを持っている方にも双極性障害が疑われている方もいらっしゃいます。

それは躁状態とうつ状態という苦しい病的体験から生じている可能性もあるため、一概に「良い面」とは言えないかもしれません。一つの事実してこのような側面もあります。

3.双極性障害の発症は複数の遺伝子が関わっている

双極性障害は、遺伝的な要素もある疾患だという事をお話しました。

しかし「ではどの遺伝子が関わっているのか」という事に関しては、未だほとんど特定されていません。

双極性障害の遺伝子については、多くの研究が行われてきました。「この遺伝子が双極性障害の原因なのではないか?」というものは多く報告されているのですがいずれも再現性が乏しく、再試験をしてみると「関連しているとは言えない」という結果になってしまうことも多いのです。つまり、どの遺伝子も双極性障害に間違いなく強く影響しているというものではなく、「多少影響しているかもしれない」という程度のものです。

現在も双極性障害の原因遺伝子を特定する研究は行われていますが、未だ「これだ!」と言える遺伝子は見つかっていません。

このような背景から考えると、双極性障害というのは原因となる強い遺伝子があるわけではなく、「この遺伝子があったら双極性障害のリスクが少し上がるよ」という遺伝子がたくさんあり、それらがある程度重なった際に発症するのではないかと考えられます。

例えば、10個の原因遺伝子を持っていたら双極性障害を発症してしまうと仮定しましょう。両親がそれぞれ5個ずつしか持っていなかったとしたら、両親には発症しません。しかし子供にその5個ずつが受け継がれてしまった場合は、子供には原因遺伝子が10個存在することになりますから、発症してしまう可能性が高くなります。非常に簡潔な説明の仕方ですが、このようなことだと思われます。

また興味深い事に、報告されている双極性障害の原因遺伝子は、統合失調症の原因遺伝子とも関係しているものが多く、両疾患はある程度共通の機序で発症するのではないかと最近では考えられています。

統合失調症と双極性障害は、異なる疾患ですが、共通点が多いのも事実です。統合失調症ではエネルギーの高い「陽性症状」が出現する急性期と、エネルギーの低くなる「陰性症状」が出現する時期があり、時期によって全く正反対の症状が現れます。双極性障害もエネルギーの高い躁状態と、エネルギーの低いうつ状態が出現し、まったく正反対の症状が現れるという点で共通しています。

また近年では、統合失調症の治療薬として用いられていた「抗精神病薬」が、双極性障害にも効果がある事が次々と報告されています。これも両者が共通の機序を持っているという推測を裏付けるものとなります。

現時点で報告されている双極性障害の遺伝子は数多くありますが、いくつか代表的なものを紹介します。なおいずれも双極性障害に「弱く」影響する可能性があるという程度のものであり、「間違いなく双極性障害の原因遺伝子」と呼べるものではありません。

Ⅰ.G72(DAOA)遺伝子

DAOAとはD-Amino acid Oxidase Activator(D-アミノ酸酸化酵素作動薬)の事で、13番染色体長腕(13q)に存在する遺伝子です。

D-セリンという統合失調症に関係があると言われている物質を代謝するのがDAOという酵素なのですが、これを活性化させるのがDAOAです。DAOAによってDAOが活性化するとD-セリンが増えにくくなるため、病気の発症を予防してくれるとも推測されています。このG72遺伝子が変異してしまうと病気が発症しやすくなるというものです。

G72遺伝子は、統合失調症の原因遺伝子と考えられていましたが、その後双極性障害の発症にも関与していると報告され、一時双極性障害の原因遺伝子の1つとして注目されました。

DAOAと双極性障害の発症に関係があるとされ一時盛んに研究が行われていましたが、一方で関係がないとする報告も見られるようになり、現在では「関連がある遺伝子の1つかもしれない」という程度の認識となっています。

Ⅱ.DISC1遺伝子

DISC1とは「DISrupted in Schizophrenia 1(統合失調症で壊れている)」という意味の略になります。こちらも統合失調症の原因遺伝子の1つとも考えられている遺伝子になります。

統合失調症と気分障害(双極性障害を含む)が多い家系を調査したところ発見されたのがDISC1遺伝子で、1番染色体長腕(1q)と11番染色体長腕(11q)の転座点(すり変わってしまう)から発見されました。

その後の研究から神経回路を作るために必要な遺伝子だと推測されています。DISC1遺伝子が変異してしまうと、神経回路の形成に何らかの異常が生じるため、統合失調症や双極性障害を発症しやすくなると推測されます。

DISC1はGSK3(グリコーゲン合成酵素キナーゼ3)のはたらきをブロックすることで神経細胞の増殖を亢進させる作用があるという報告があります。DISC1に変異があると、GSK3がはたらきすぎてしまい神経細胞が正常に増えることができなくなってしまうのです。

双極性障害の代表的な治療薬にリーマス(炭酸リチウム)がありますが、興味深いことにリーマスにもGSK3をブロックする作用があると考えられています。リーマスはDISC1遺伝子の変異で抑えることができなくなったGSK3を抑えてあげることにより、双極性障害を改善させているのかもしれません。

DISC1遺伝子も、「確実に双極性障害の原因遺伝子の1つ」と言えるものではありません。

Ⅲ.ANK3

ANK3は細胞膜を裏打ちするタンパク質である「アンキリンG」を作る遺伝子になります。裏打ちタンパクにより、細胞の膜の構造が強化され、細胞はしっかりとはたらくことが出来るようになります。また、細胞膜というのは様々なイオン(ナトリウム、カルシウム、クロールなど)を通過させるはたらきもあり、このイオン流入・流出によって興奮し、様々な活動を行います。

ANK3に変異があると、アンキリンGが正常に合成できなくなるため、神経細胞などの細胞膜が正常に作られなくなります。イオンの通過もうまく出来ないようになり、それによって神経が正常に活動できなくなります。

ANK3もいくつかの研究によって、双極性障害との関連が指摘されています。

また多くの気分調整薬(双極性障害の治療薬)は、神経細胞を保護したり、細胞膜のイオン通過性を調整する作用があることが知られています。もしかしたら、双極性障害の方の脳では、ANK3の異常で正常にはたらけていない神経細胞を気分調整薬が補助してあげているのかもしれません。

Ⅳ.XBP1遺伝子

XBP1遺伝子は、細胞内小器官(細胞内にある器官)である小胞体のはたらきに関わっている遺伝子ですが、双極性障害において変異している可能性がある事が報告されています。

神経の成長を促進する物質としてBDNF(脳由来神経栄養因子)というものがあるのですが、他にもXBP1遺伝子は、このBDNFのはたらきを助けて神経の成長や増殖を活性化させるはたらきがあります。

XBP1遺伝子のはたらきを無くしたマウスでは、BDNFを投与しても神経が成長しなくなる事も確認されています。XBP1が変異していると、神経の正常な成長・増殖が出来なくなる事により双極性障害が発症するのではないかとも考えられています。

Ⅴ.ミトコンドリア関連遺伝子

双極性障害の患者さんの死後の脳を検査したところ、ミトコンドリア関連遺伝子が低下しているという報告があり、ミトコンドリア関連遺伝子が双極性障害の発症に関わっているのではないかという推測もあります。

ミトコンドリアも細胞内小器官の1つですが、ミトコンドリアのはたらきが悪くなってしまう疾患として「ミトコンドリア病」があります。この疾患もミトコンドリア関連遺伝子の異常によって生じると考えられています。ミトコンドリア病の患者さんは、精神疾患にかかる率が高いことが報告されており、これもミトコンドリア関連遺伝子と双極性障害の関連を示唆しています。