非定型うつ病はうつ病に属する疾患ですが、定型うつ病(普通のうつ病)の治療法とは大きな違いがあります。
定型うつ病の場合、治療は休養とお薬が中心であり、それで多くの患者さんは回復していきます。しかし非定型うつ病の患者さんに同じような治療を行ってもうまくはいきません。
では、非定型うつ病の治療はどのように行っていけばよいのでしょうか。
非定型うつ病を克服するための治療法と、治療にあたって患者さんに知っておいて欲しい事、特に意識して欲しいことをお話します。
1.生活習慣の改善は必須
どんな病気でも、治療効果を最大化するためには「生活リズムを規則正しくすること」が重要です。中でも、非定型うつ病においてそれは特に重要になります。ここをしっかりと整えるだけで大きく改善する患者さんも珍しくありません。
それは非定型うつ病が、過眠や過食といった症状から生活習慣が特に乱れやすい疾患である事、そして生活習慣の乱れで増悪しやすい疾患である事が関係しています。
過眠・過食・強い疲労感などで生活リズムが不規則になると、更に不眠・過食・疲労感が増悪するという悪循環には陥ってしまいます。ここから脱却するには、やや強制的にでも生活リズムを整えるしかありません。
生活リズムを整えるためには、漠然と「規則正しくしよう」と考えるだけでは不十分です。自身の治療経験から言っても、非定型うつ病においてこのような漠然とした対応はほぼ失敗します。
生活リズムをしっかりと整えるためには、明確なルールを作ることが重要です。
・朝は7時に起きる
・1日3食食べる
・日中は必ず30分は散歩にいく
・読書を1日30分はする
・夜は23時までには必ず寝る
このように明確にルールを作り、出来るだけこれを守るようにしましょう。可能であれば、自分ひとりで作るのではなく治療者や家族と一緒に作る方がいいでしょう。自分ひとりで作ったものだと、「まぁ少しくらい破ってもいいか」と管理が甘くなってしまいがちだからです。また、誰かと一緒に作った方が、「ちゃんと達成できたか」「ルールに無理はないか」などの見直しも定期的に行えます。
生活リズムの安定化は、「出来ればやった方がいいもの」といった軽いものではありません。非定型うつ病において、これは重要な治療法のひとつであり、「生活リズムを整える事は、お薬やカウンセリングと同じような治療なんだ」といった意識で行わなくてはいけません。
生活リズムを安定化させるだけでかなりの改善が得られるケースもあり、その効果は決して侮れません。
2.休養は必要だが、適度な負荷も必要
普通のうつ病(定型うつ病)の治療においては安静・休養が大切です。そのため、治療の一環として休職や自宅安静などを指示されることもあります。
非定型うつ病においても休養が重要であることに変わりはないのですが、定型うつ病と比べると「ちょっと頑張る」「適度な負荷をかける」方が治りが良いことが経験的に知られています。
そのため就労中の方は、なるべく仕事は休職せず継続できるようにがんばってみる必要があります。もちろん、職場と相談して負荷を軽減してもらうなどの適切な配慮は必要ですし、あまりに症状が重篤であれば休職が必要なこともありますが、非定型うつ病の場合は仕事を続けるメリットも少なくないため、基本的には「なるべく休まない」ことを意識します。
仕事をしていない方であっても同様で、1日中安静にしているよりは何か目的を持って適度にがんばってみる方がよいでしょう。
目標は自分なりに立てたものでも構いませんが、出来れば主治医など治療者と相談しながら決めていけるとなお良いです。これも今の病状を把握している主治医に現在の適切な負荷を教えてもらうというメリット、そして適度な負荷をちゃんとかけることができているのかを定期的にチェックしてもらえるというメリットがあります。あまり負荷が高すぎないものとして、散歩や掃除、ジム通いなどの身体を適度に動かすものが行われる事が多いです。
適度な負荷をかけると言う事は、日中の活動になるため生活リズムの改善にもつながり非定型うつ病の治療のひとつとして有効です。
3.精神療法(カウンセリングなど)が治療の中心
生活リズムを整えつつ、適度な負荷をかけるということが、非定型うつ病の改善における大原則となります。
更に非定型うつ病の方に行われる治療として、中心になるのは精神療法です。
精神療法はカウンセリングのように、治療者と話していく中で様々な気付きを得ていき、少しずつ自分の中の問題点となっている事を修正していく治療法になります。精神療法にはたくさんの種類があり、どれを用いるかはその人の症状や状況によって変わってきますが、ここでは非定型うつ病に用いられることの多い精神療法を紹介します。
Ⅰ.生活リズムのコントロール
先ほども書いたように、非定型うつ病においては生活リズムを規則正しくすることは非常に大切で、これは病気の改善に大きく寄与します。
・朝は起きて、日中に適度な活動をして、夜は眠る
・食事は規則正しく食べる
・適度な社会的活動(人と会ったり、仕事に行ったり)を行う
こう書くと何も特別なことはなく、普通の生活をするだけなのですが、うつ病の真っ只中にいる方にとっては、このような行動をするのも難しく感じてしまうこともあります。一人だと計画もうまく立てられませんし、ついつい「まぁいいか」と考えて不規則になりがちです。
そこで治療者が一緒に計画を立て、その計画を実行できたかを確認するという適度な介入(生活指導)を行うことは非常に有効です。
たかだか生活リズムだと甘くみてはいけません。実際にうつ病の方で生活リズムを自分で整えられず不規則になってしまっている方は少なくありません。それを改善するだけで病気が大きく改善する可能性があるのであれば、出来る限り成功率を高める工夫をしなくてはいけません。
Ⅱ.対人関係へのアプローチ
非定型うつ病の方は、拒絶過敏性という対人関係上の傾向を認めることがあります。これは他者の発言に対して、過剰に「拒絶された!」と解釈してしまうという事です。
そもそも相手は拒絶するような意味合いで言っていないのに、患者さんが「拒絶」と受け取ってしまって落ち込んでしまうというパターンがほとんどで、これは患者さんの認知(ものごとのとらえ方)の歪みがあると考えることが出来ます。
本当は拒絶されていないのに、拒絶されたと誤解して落ち込んでいるのだとしたら、これはもったいことですよね。本来であれば落ち込む必要のないことで落ち込んでしまっているのですから。
そのため、この認知の歪みに焦点を当て、適切な認知や不要に落ち込まないような認知に修正していく治療は有効で、これは認知行動療法と呼ばれます。また、他者の目や評価を過剰に気にする背景には「自分への自信のなさ」があるケースもあります。この場合も自己評価を適正に行えるように認知の修正を行う必要があります。
認知行動療法では、自分の考え方のクセ(スキーマ)とそこから生まれる自動思考を客観的に見直し、病気悪化の原因になっていると考えられるものは修正をしていきます。
また、非定型うつ病は対人関係に大きな障害を認めている事が少なくありません。これも対人関係における拒絶過敏性から生じているものが多いのですが、「対人関係」に焦点を当てるような精神療法もあります。
対人関係に焦点を当て、関係性を改善させていく治療法を対人関係療法と呼びます。非定型うつ病の方は、拒絶過敏性から対人関係に問題が生じているケースが少なくありません。対人関係療法を通して対人関係を見直し、良好な対人関係を得るためのコミュニケーションの方法を一緒に考えることで対人関係の安定化や自尊心の回復を促します。
これらの精神療法というものは最低でも数か月の時間をかけて、定期的にじっくりやっていく必要があるため、患者さん自身にも根気が必要です。自分の考え方のクセや今までの対人関係における考え方が、一瞬で変わることなどありえません。
精神療法で考え方を学んだり、自分の思考のクセを見直して、どのように修正していったらいいのかを相談し、それを生活において実践する。そして上手くいかないところは更に相談して修正していく、という地道な繰り返し作業が必要です。
お薬と違って、「治療者の指示通りにしていればそれだけで結果が出てくる」というものではありません。治療者は改善させる方法を一緒に探し、提案はしますが、それを患者さんが日常の中で実行してくれないと効果は現れません。
これらの精神療法は、自分自身が実践する必要のある治療法であり、受け身の姿勢では効果は出ません。「治すんだ」という気持ちを持って、自分自身も努力する必要があります。
Ⅲ.適度な負荷をかけるサポート
非定型うつ病の方には、適度な負荷をかけた方が治りが良い場合が多いとお話しました。
しかし負荷というのは自分ではなかなかかけられないものです。これは健常の方でも同じですが、私たち人間はついつい楽な方に流れてしまいます。
それだといつまでも改善が得られませんので、治療者が適切な負荷をかけるサポートをしてあげるのも重要な役割になります。「ここはちょっと頑張ろう」「まだ休職はしないで仕事を続けてみよう」と、患者さんの負荷が適切かを確認しながら、適切な負荷をかけ続ける、ちょうどスポーツにおける監督やトレーナーのような役割です。
精神療法の中で「負荷の管理」「モチベーションの維持」を治療者が促してあげるのも大切なことです。
Ⅳ.問題行為に至っていないかの確認
非定型うつ病の方は、時として衝動行動という症状が出てしまうことがあります。
軽く物に当たるくらいだったり、軽くグチを言うくらいであればまだ良いのですが、暴言・暴力を起こしてしまったり、自傷行為や器物破損をしてしまったり、あるいは薬物・物質乱用、浪費などをしてしまうと問題になります。
衝動行為は、場合によっては職場を退職になったりと、その人の将来に大きな悪影響を与えてしまうこともあります。
そのため、そのような危険を早期に察知する事、そして万が一問題を起こしてしまったら早期に介入できる体制は必要です。
定期的に診察やカウンセリングで治療者と話し合う機会を設けることは、このような問題を早期発見・早期予防しやすくなるというメリットがあります。
4.非定型うつ病に使われるお薬
非定型うつ病の治療には、お薬も用いられます。
しかし非定型うつ病においてお薬の位置づけは高くはありません。重要なのは生活習慣の是正や精神療法であり、お薬は補助的なものだという位置づけになります。
非定型うつ病を治療する際、「お薬を飲んでいれば自然と治る」というスタンスで治療に望むとまず治りません。お薬である程度楽にはなりますが、それ以上は進むことが出来ません。お薬は一定の効果はありますが、治療の中心となる治療法ではないことを理解して服薬はしなければいけません。
非定型うつ病に使われるお薬を紹介します。
Ⅰ.抗うつ剤
うつ病と同じく、非定型うつ病でも、薬物療法でもっとも使用されるのは抗うつ剤です。
抗うつ剤の中でも新規抗うつ剤と呼ばれる、SSRI、SNRI、NaSSAなどがまず最初に用いられます。
SSRI:商品名ルボックス、デプロメール、パキシル、ジェイゾロフト、レクサプロ
SNRI:商品名サインバルタ、トレドミン
NaSSA:商品名リフレックス、レメロン
新規抗うつ剤で効果不十分の場合は、三環系抗うつ剤と呼ばれる昔の抗うつ剤が用いられることもありますが、非定型うつ病の治療の中心はお薬ではないため、積極的には用いられません。しかし専門家の中には「非定型うつ病は新規抗うつ剤より三環系抗うつ剤の方が効く」とおっしゃられる先生もおり、その場合は使用されることもあります。
抗うつ剤は抑うつ症状を改善するはたらきが期待できる他、併発しやすい不安症状の改善にも効果を示してくれます。
Ⅱ.気分安定薬
気分安定薬は、本来は双極性障害(躁うつ病)の気分の波を安定化させるために用いられるお薬です。
気分安定薬:商品名リーマス、デパケン、テグレトール、ラミクタールなど
非定型うつ病は気分の反応性があり、双極性障害のような気分の波が認められる症例もあります。非定型うつ病の方の全例に用いるものではありませんが、双極性の要素が大きいと判断された場合は、気分安定薬を用いることもあります。
Ⅲ.抗精神病薬
主に統合失調症の治療に用いられているお薬を抗精神病薬と呼びます。抗精神病薬は近年、双極性障害やうつ病などの疾患にも効果があることが確認されてきており、その適応範囲も広がりつつあります。
非定型うつ病においても抗精神病薬を用いることがあります。その用途としては
・気分の波を抑えるという気分安定薬的な作用を期待して
・抗うつ剤の増強(Augmentation)を期待して
などがあります(もちろん上記以外の用途で用いることもあります)。
また気分安定薬は催奇形性(胎児に奇形が発生する確率を高めてしまう)があるものも多いため、若年女性が多い非定型うつ病に使いずらいという事があります。このように気分安定薬が使えない症例には抗精神病薬を代わりに用いることもあります。
抗精神病薬は、古いお薬である第1世代抗精神病薬と、比較的新しいお薬である第2世代抗精神病薬がありますが、現在においてはまずは第2世代から使用することがほとんどです。第1世代も第2世代も一長一短ありますが、全体的に見れば新しい第2世代の方が副作用が少なく安全性に優れるからです。
第2世代抗精神病薬:商品名リスパダール、ジプレキサ、セロクエル、エビリファイなど
Ⅳ.MAO阻害薬は有効なのか?
非定型うつ病というのは、元々は「MAO阻害薬によく反応するうつ病」ということが注目されていた疾患です。
MAOとは「モノアミンオキシダーゼ」の事で、MAO阻害薬はモノアミンオキシダーゼ阻害薬という意味になります。モノアミンオキシダーゼはモノアミンを分解する酵素ですので、それを阻害するMAO阻害薬は、モノアミンの濃度を高める作用があり、これが抗うつ効果をもたらすと考えられています。
非定型うつ病の概念が初めて提唱されたのは1959年であり、三環系抗うつ剤や電気けいれん療法に比べてMAO阻害薬に良く反応するうつ病患者さんがいる事が報告されました。その患者さんの特徴が従来のうつ病の症状と異なっていたため、これを非定型うつ病と呼ぶようになったのです。
MAO阻害薬の非定型うつ病に対する効果を調べるため、当時はSSRIなどの新規抗うつ剤はなかったため、MAO阻害薬と三環系抗うつ剤と比較した研究が行われました。その結果をみると、確かにMAO阻害薬の方が三環系抗うつ剤よりも改善率は高いという結果が多く見られます。
しかしMAO阻害薬は副作用というデメリットがあることも忘れてはいけません。日本では以前はうつ病に対してMAO阻害薬を使用していましたが、致命的な高血圧や肝機能障害の副作用が生じる問題から現在では使用できなくなっています。またMAO阻害薬はチラミンを多く含む食べ物(ワイン、チーズ、チョコレートなど)を食べると前記の副作用が生じやすくなりことが知られており、食事にも気を付けないといけません。
その扱いの難しさも含めて考えると、たとえ非定型うつ病にMAO阻害薬を用いることが出来たとしても、安易に用いるべきではないでしょう。安全性を第一に考え、まずは副作用の少ない新規抗うつ剤から開始するのが良いと思われます。
(MAO阻害薬は、現在の日本ではうつ病治療に投与することは認められていません。)
まとめ
非定型うつ病の治療法は、定型うつ病の治療法とは異なる。
・治療者と協力して生活リズムを整えること
・治療者と協力して適度な負荷をかけること
・対人関係療法や認知行動療法などの精神療法
などが治療の中心となる。
抗うつ剤などのお薬も補助的に用いられるが、お薬は治療の中心になるものではない。