非定型うつ病の原因と発症しやすい傾向について

非定型うつ病(Atypical Depression)とは、典型的なうつ病(いわゆる定型うつ病)とは異なる特徴を持つうつ病に対して付けられた疾患名です。とは言ってもうつ病には違いなく、うつ病の中の一型という位置づけになっています。

非定型うつ病は、世界的には1950年ごろより指摘されていた概念です。日本では近年「新型うつ病」が注目されるようになったこともあり、非定型うつ病も注目されるようになってきました。

非定型うつ病は10~20代の若い方に生じやすいうつ病であり、両親から「育て方が悪かったのでは」「原因は何なのでしょうか」と相談されることが少なくありません。

今日は非定型うつ病が生じる原因や、発症しやすい人の特徴をお話させて頂きます。

1.非定型うつ病って何?

非定型うつ病とは、うつ病(抑うつエピソード)の診断基準を満たす症状は認めるものの、その特徴が従来の典型的なうつ病と異なるタイプのうつ病に付けられた疾患名です。

従来の典型的なうつ病(定型うつ病)は、メランコリー親和型という性格傾向、つまり真面目で几帳面、他者に配慮し衝突を嫌うような性格を持つ方が多く、休息と抗うつ剤が効果を認める事が知られていました。また症状としても、抑うつ気分(落ち込み)、食欲低下、不眠など「下がる」方向の症状が大半でした。

しかし非定型うつ病は、うつ病症状は認めるものの、

・気分反応性がある(楽しい出来事があれば気分が上がり、悪い出来事があれば落ちる)
・過食・過眠の傾向がある
・鉛様の倦怠感(身体が鉛のように重い)
・対人過敏性がある(他者の評価を過剰に気にする)

という特徴を認め、定型うつ病と大きく異なっています。

また、休息や抗うつ剤などの治療にもあまり反応しません。全体的に軽症例が多く、重症化は稀であるものの、治りにくいため慢性化しやすい傾向にあります。そのため治療はカウンセリングなどをはじめとした精神療法が中心になります。

2.非定型うつ病が生じる生物学的原因

非定型うつ病はどのような原因で発症するのでしょうか。

実はこれはあまりよく分かっていません。

定型うつ病は、脳内のモノアミン(セロトニンやノルアドレナリン、ドーパミンなど)が減少して生じるといったモノアミン仮説や、コルチゾールの過剰によって生じるというHPA仮説、また最近では脳のBDNF(脳由来神経栄養因子)の欠乏で生じるというBDNF仮説など、いくつかの生物学的な原因が提唱されています。

どれもまだ仮説に過ぎず、未だ決定的なものは解明されていませんが、「こういう原因なのではないか」という仮説は年々進化しており、徐々に真実に近づいている印象があります。

しかし非定型うつ病に関しては、その原因はほとんど分かっていませんし、有力な仮説もありません。

実はこれには理由があり、そもそも非定型うつ病がまだ曖昧な要素を多く含んでいる疾患だからなのです。

非定型うつ病の位置づけは、診断基準上はうつ病の一型としてカテゴライズされていますが、定型うつ病とあまりに特徴が異なるため、

・パーソナリティの要素が大きいのではないか
・双極性障害の派生ではないか
・不安障害の派生ではないのか

など様々な議論があります。

どれも確かに一定の根拠があります。

非定型うつ病は、お薬が効きにくく、カウンセリングや認知行動療法といった「考え方を修正していくような」精神療法での治療が中心となります。ここから、定型うつ病とは違った原因で、パーソナリティ(人格)の問題なのではないかと考えられることもあります。

また、最近ではsoft bipolar spectrum(双極スペクトラム)という概念が提唱された事で、非定型うつ病もこれに属するのではと考える専門家もいます。実際、非定型うつ病には気分反応性という波がありますし、双極性障害のように気分安定薬が効果を示す例もあります。

不安障害から派生しているのではないかという考えもあります。実際に非定型うつ病は高い確率で、パニック障害などの不安障害を合併する事が報告されています。

このような事から、もしかしたら非定型うつ病というのは、単一の原因で生じる疾患ではなく、様々な原因で生じたものを全て総括した概念だと考えることも出来ます。様々な原因を含んでいる概念なのであれば、その原因も様々であるため、原因を解明する事の意味も薄れてきます。

非定型うつ病は、ある程度抗うつ剤(SSRIなど)が効果を示し、またMAO阻害薬と言うモノアミンを増やすお薬が良く効くという報告もあるため、定型うつ病とある程度共通した発症機序はある可能性があります。
(注:MAO阻害薬はその副作用のため、日本ではうつ病に対して使用できません。)

しかし一方で双極性障害に使用する気分安定薬が効く例があったりもし、それを見ると確かに「双極性障害の要素を含んでいるのでは」と感じずにはいられません。

また、定型的なうつ病は明らかな誘因(ストレス因子)がなくても生じることもあるのに対し、非定型うつ病は発症に際して明らかな誘因をも認めることも多い傾向があります。ここからも非定型うつ病は内因性の原因というよりもパーソナリティの要素が高いような印象も受けます。

全体的にみれば、定型うつ病と比べると明らかに薬物療法の効果は乏しく、治療の中心はカウンセリング・認知行動療法などの精神療法になるため、定型うつ病と比べると脳の神経伝達物質の異常などの生物学的な障害の程度は低いのではないかと考えられます。

3.非定型うつ病を生じやすい要素

非定型うつ病はなぜ生じるのか、その明確な原因は分かっていない事をお話しました。

しかし「こういった人が非定型うつ病になりやすい」という傾向は指摘されています。

非定型うつ病になりやすい傾向について紹介します。

Ⅰ.ストレスに弱い

非定型うつ病には、拒絶過敏性という特徴があります。

対人関係において拒絶される事に対して過敏にとらえてしまうため、社会生活でストレスを感じやすくなります。

例えば、相手が悪意なく言った事に対しても悪意を感じてしまったり、仕事のミスで叱られただけなのに自分の全人格を否定されたように感じてしまう、など「過敏」に「拒絶」を感じてしまいます。

これは一つの性格とも考えることが出来ますので、精神療法などを通して徐々に修正していくことが理想です。

Ⅱ.性格傾向は?

定型うつ病は、メランコリー親和型の性格傾向を持つ方が多いという特徴がありました。メランコリー親和型とは、

・真面目、几帳面、完璧主義
・責任感が強い、秩序を守る
・他者への配慮が強く、人に迷惑をかけないようにする

などの傾向を持つ性格の事です。

対して、非定型うつ病の方は、

・手のかからない「良い子」だが、自己主張が出来ない
・プライドが高い
・自信がない
・人の目が気になる
・他責的

などの傾向があります。

子供の頃は成績優秀で親や先生の言う事を聞く「良い子」なのですが、自己主張をしたり自分の意見を言ったりする事が不得意であるため、自信が低いところがあります。それなりに成績優秀で高学歴であり、プライドも高いのですが、内面は自信が持てない事も多いため、失敗を強く恐れます。また実際に失敗してしまうと、少し叱られただけでも大きく落ち込んでしまいます。

これはあくまでも典型例のひとつですが、このような性格傾向を認めます。

Ⅲ.女性に多い

うつ病は元々女性に多いと報告されており、定型うつ病も女性の方が約2倍多く発症することが知られています。

非定型うつ病では、更に女性に高く発症する事が知られており、女性に2~3倍多く発症すると報告しているものもあります。

Ⅳ.10~20代に多い

非定型うつ病は好発年齢が早く、10~20代前半に発症することが多いと指摘されています。

ちなみに、典型的なうつ病は中年(40代前後)が好発年齢ですので、好発年齢は定型と非定型で大きく異なります。

Ⅴ.多少の遺伝性はある

定型うつ病にも多少の遺伝性がありますが、非定型うつ病も同じく多少の遺伝性があると考えられています。

しかしその程度は大きいものではありません。親が非定型うつ病であったら自分も必ず非定型うつ病になる、という事はなく、遺伝性は多少はあるものの、その影響はかなり小さいと言っても良いと思います。

定型うつ病を発症した方は、親にも定型うつ病の既往がある事が認められますが、非定型うつ病の場合は少し事情が異なります。

非定型うつ病の発症した方の親は、非定型うつ病のみならず、気分変調症などの異なる疾患の既往を認める場合が多いのです。これは、非定型うつ病がうつ病と異なる原因で生じている可能性も示唆しています。

3.非定型うつ病って、いわゆる新型うつ病の事?

新型うつ病は、近年メディアで報道される事が多くなり、急速に広く知られるようになった「新しいタイプ」のうつ病です。

従来のうつ病と違い、

・遊びなどの好きな事は楽しめるが、仕事などイヤな事になると落ち込む
・抗うつ剤があまり効かず、長期化しやすい
・他責的、逃避的なところがある

という特徴があります。これは確かに、先ほど説明した非定型うつ病の特徴と似ています。

そのため、「非定型うつ病って新型うつ病の事ですか?」、という質問を患者さんからも時々聞かれます。

この回答は難しくて、そもそも「新型うつ病」という名称はメディアが作った造語であり、正式な医学用語ではないため、「新型うつ病とは何か?」に対する明確な定義がありません。非定型うつ病は医学上の定義がありますが、新型うつ病は定義がないため、定義がないものと定義があるものが同じかどうかを回答することは困難です。

確かにメディアで報道されている新型うつ病の特徴と非定型うつ病に共通点が多いのは事実です。しかし新型うつ病は最近増えてきた、という言い方をされますが、非定型うつ病というのは世界的に見れば1950年代より提唱されていた概念であり、決して「新型」とは言えないでしょう。

近年増えているタイプとして、逃避型うつ病、現代型うつ病、未熟型うつ病、ディスチミア親和型うつ病などの概念が提唱されており、これらがいわゆる「新型うつ病」に該当するものだとも考えられます。

広義でみれば、非定型うつ病も新型うつ病に入ると考えてる事は間違いとは言えませんが、ここは曖昧なところです。

繰り返しますが、新型うつ病はメディアが作った造語に過ぎないため、「そもそも新型うつ病とは何か」が曖昧ですので、「非定型うつ病って新型うつ病なの?」という質問は、回答が出来ないというのが正確な答えになるでしょう。

近年は精神科を受診する敷居が低くなってきたため、軽症例でも精神科を受診して下さる方は増えています。そうなると、非定型うつ病を診察する機会も増えてきているのは確かに事実で、以前から認める疾患であるものの、最近「目にする機会が多くなってきた」疾患という意味では、非定型うつ病も新型と言えるのかもしれません。