無気力症候群の原因|どんな人が、どうして無気力症候群になるのか

無気力症候群は、特定のことに対しての無気力・無関心などが続いている人達に用いられている用語です。無気力の対象は学生ならば学業、社会人ならば仕事といった「本業」に向くことが多く、無気力の状態が長引けば登校拒否や出社拒否に至ることもあります。自然と気力が回復していく例もありますが、生活に様々な支障が出てしまうこともあるため、無気力症候群は時に問題となります。

無気力症候群は、うつ病や不安障害などの疾患と比べると、疾患としてあまり確立されたものではありません。様々な病態で生じると考えられているため、「症候群」というくくりで扱われています。我が国では、笠原先生が提唱している「退却神経症」とほぼ同じ病態だと考えられています。

ここでは、無気力症候群について、どんな状態でどのような原因でなってしまうのかについてお話していきます。

1.無気力症候群(アパシーシンドローム)とはどんな病気か?

大学に合格して、大学生になったばかりの学生の一部に、急に学業に対して無気力となってしまう人たちがいることは以前から知られていました。専門家はこれを「スチューデント・アパシー(学生の無気力)」と名づけました。これは「五月病」のようなもので、それまで大学合格という目標を持って熱心に勉強をしていた学生が、合格途端に目標を見失ってしまった結果、無気力になってしまうものだと考えられていました。

その後、大学生に限らず中高生や新社会人などにも同様の症状が見られることが分かり、これらに対して「無気力症候群(アパシーシンドローム)」という名称がつきました。また、詳しく調べていくと、無気力症候群の方には、特定の傾向があることも分かってきました。

無気力症候群は、次のような特徴を持つ症候群だと考えられています。

Ⅰ.症状が無気力・無関心・無感動に限定

症状は、無気力、無関心、無感動など、特定のものに限定されます。

例えばうつ病だったら、落ち込んだり、やる気がでなかったり、食欲が落ちたり、眠れなかったり、自分を責めたり・・・、と症状が多岐に渡りますが、無気力症候群の場合は、「無気力」とその周辺の症状に限定されることが多いようです。

気力は沸かないけど、そんなに焦りや不安もないし、自分では落ち込んでいるとも感じない。ご飯も食べれるし、夜も普通に眠れる。これが典型的な無気力症候群の症状です。

Ⅱ.本人は困っていない

無気力症候群で特徴的なのが、無気力であることに対して本人が困っていないという点です。

無気力が続けば「気力が出ない。このまま治らなかったらどうしよう・・・」と不安を覚えそうなものですが、当の本人は悩んだり苦しんだり焦ったりしていないことがほとんどです。

困っていないので、無気力症候群の方は、自分から積極的に治療を受けようとはしません。中には見かねた家族が無理矢理病院に連れてくることもありますが、本人は治す必要性を感じていないため、治療にもあまり協力的ではありません。

うつ病では、自分の症状に対して「つらい」「苦しい」と感じるのが一般的です。つらいからこそ、何とかしたいと思い病院を受診します。しかし無気力症候群の方は、無気力に対して危機感をあまり持っていないことが多いのです。

Ⅲ.特定の対象にだけ無気力

無気力症候群では、無気力に対象があります。

例えば、うつ病で意欲低下が出現した場合、その対象は「全てに対して」の無気力です。家事もやる気がしないし、仕事も行く気がしない。友達の誘いもおっくうだし、好きだったゲームもしたくない。このようになります。

しかし、無気力症候群の場合、特定の対象に対してのみ無気力となります。そしてその対象は主に本業に向きます。具体的には学生であれば勉強、社会人であれば仕事に対してです。しかしそれ以外のこと、例えば友人と遊びに行ったりとか、趣味のゲームをしたりなどはしっかりと興味を持って行えます。

Ⅳ.主体性がない、人格形成がまだ未熟

大学に合格したり、会社に入社した途端、次の目標が見えずに無気力になってしまうのは、その先の目標を自分で決めていなかったからです。「親が言うから」「先生が喜ぶから」という理由だけで勉強を続け、自分の意見をないがしろにしたまま大人になってしまう方に多いようです。

成人すれば、自分の意見が必要な段階が必ず来ますが、その時に自分の意見がない、つまり主体性がないと無気力になってしまいます。自分の意志でその場所までたどり着いたわけではないため、そこから「後は自分の自由にどうぞ」と言われても、何も思い浮かばないのです。

また、人生においては、必ずしも理論通りにいかないことや自分の思い通りにいかないことがたくさんあります。私たちは、成長していく中でそのような事を経験していき「人生とはそういうものなのだ」と学び、上手に適応していきます。その中で人間としても成長し、人格も成熟していきます。

しかし、その過程が不十分な場合、問題となります。挫折を経験しないで成長してしまったり、親が作ったレールだけに乗って成長してしまった場合などでは、自分の思った通りの結果にならない状況に出会った時、自分の存在意義を保てなくなります。失敗や挫折を知らないまま成長してしまうと、現実と理想のギャップに耐えきれなくなり無気力となってしまうことがあります。

2.無気力症候群になりやすい原因

無気力症候群の原因は一つではありません。その原因として、

・人格形成がまだ未熟である
・理想と現実のギャップを受け入れられない感情
・主体性のなさ

などが指摘されています。

無気力症候群になりやすい人には次のような特徴があることが指摘されています。

Ⅰ、若年・男性に多い

圧倒的に多いのが、若い男性です。特に10代後半~20代前半に多いと言われています。

その理由は、後述する特徴とも重なるのですが、

・若いうちはテストなどで他者と比較される機会が多いこと
・男性の方が競争・勝ち負けで評価される機会が多いこと
・若いため、人格的にまだ未熟であること

などがあります。

Ⅱ.勝ち負けに敏感な人がなりやすい

勉強や仕事というのは、どうしても優劣がついてしまいます。試験であれば点数という数値によって優劣が明確に出ます。仕事も、営業成績などで順位付けされるところは少なくありません。

自己の価値を勝敗や成績の優劣で評価する人だと、良い結果を出しているうちはいいのですが、他者と比べて自分が劣っているという結果になった時に、自分のアイデンティティが崩れます。それを受け入れられないと無気力になってしまうことがあるのです。

また、「負けることが怖い」「負けることが許せない」という背景から、無気力になることで負けることへの恐怖を回避することもあります。これは無意識下で行われることも多く「自分は本気を出していないから負けて当然なのだ」と自分が負けたことに対して理由づけすることで、自分を保とうとします。

無気力症候群が男性に多いことを前述しましたが、これは男性の方が「順位づけされやすい」「競争が多い」こともあるのでしょう。

適度に「妥協できる」とことは生きていく上で必須のスキルです。誰でも一番になりたいものですが、実際には一番になれるのは一握りの人のみです。仮に一度トップになったとしても、生涯にわたってそれを維持するのはほぼ不可能と言ってよいでしょう。

けれども多くの人は、「自分は一番ではないけど、それだけが人生の価値じゃないよね」と考え、自分に一定の価値を感じることで人生を生きていきます。しかし、これが上手くできない方は無気力症候群を発症しやすいのです。

Ⅲ.完璧主義の人がなりやすい

完璧主義の方は、何事も完璧にやろうとします。それは裏を返せば完璧でないことを許せない、自分の失敗を許せないということです。当たり前ですが人間である以上、完璧であり続けることは不可能ですし、誰でもいつかは失敗をします。

完璧主義の人も必ず失敗することはあります。その時、自分の失敗を認められない場合も、自分のアイデンティティを保てなくなり、無気力が発症しやすくなります。

これも適度な「妥協」ができないことが原因です。何でも完璧にできる能力があれば良いのですが、現実的にそんなことが出来る人間はいません。どんなに優秀な人でも時には忘れたり、失敗したりします。

多くの人は「失敗することもあるけど、でもだからといって俺の価値が無いってことにはならないよね」と考えます。これがうまく出来ないと無気力症候群を発症しやすくなるのです。

Ⅳ.「良い子」に多い

無気力症候群は、時に「それってただの甘えじゃん」と言われてしまう事があります。勉強や仕事には無気力だけど、趣味や遊びはしっかり楽しんでいる。この様子を見れば、そのように感じてしまうのも無理はありません。

無気力症候群の方は、昔から「勉強にやる気がなくて、遊んでばかりいる」のであれば、それは確かに甘えなのかもしれません。しかし実際はそのようなことは稀です。むしろ、発症する前は「良い子」で、親や先生に言われた通りに勉強をするという方が多いのです。多くの場合、大人からの評判も良く、それまでの成績も優秀です。

しかし、良い子の頑張りは、「大人の期待に応える」ための頑張りで、自分の意志ではないことがあります。大人が自分の目標を決めてくれる間は良いのですが、大学生や社会人になり、自分の意志で自分の将来の目標設定をしなくてはいけなくなった時、目標が決められず無気力になってしまうのです。

3.うつ病とは違うのか

無気力(Apathy:アパシー)自体は様々な疾患で認められる症状です。

例えば、統合失調症の慢性期は、無気力となることもあります。認知症やパーキンソン病で無気力になることもあります。また、病気でなくても、嫌な出来事が続けば、数日ほど「何もやる気がしない」と無気力になってしまうことだってあるでしょう。

うつ病においても、無気力が出現することが珍しいことではありません。

無気力症候群は、「うつ病と何が違うのか?」とうつ病と比較されることがよくあります。うつ病も無気力症候群も、「無気力」という共通した症状が出現するからです。中にはうつ病も無気力症候群も同じようなものだと考えている方もいらっしゃいます。

しかしうつ病と無気力症候群は、全く別の病態です。分類的にも、うつ病は「気分障害圏」に分類されますが、無気力症候群(退却神経症)は、「神経症圏」に分類されることがほとんどです。

無気力症候群とうつ病の相違点を紹介します。

Ⅰ.治療への意向が乏しい

うつ病は、無気力に対して本人が困っており、「この無気力を治したい」と考えています。そのため、みずから病院などを受診し、治療を求めることも少なくありません。

しかし無気力症候群の場合、本人は無気力であることにあまり困っておらず、治療を求めない傾向にあります。

本人に治療の意欲がないと、治療は困難です。薬を処方しても用法通り飲んでくれないでしょうし、そもそも病院にもすぐに来なくなってしまいます。

Ⅱ.無気力の対象の限定

うつ病は、日常生活全般に対して無気力となります。仕事もできないし家事もできない、大好きだった趣味も全く興味が持てなくなります。

しかし無気力症候群の場合、無気力の対象は特定の本業に限られます。仕事や学業に対してのみ無気力状態となりますが、その他のことに対しては比較的良好に行えます。

Ⅲ.周囲に援助を求めない

うつ病は、そのつらさから、「分かってほしい」と周囲に助けて欲しいと感じます。中には「迷惑がかかるから」といって他人に援助を求めないケースもありますが、そんな場合でも本心では「誰かにそばにいて欲しい」「誰かに自分の気持ちを分かってもらいたい」という気持ちがあるのが通常です。

しかし無気力症候群の場合は、周囲から距離を取ることが多いのです。

無気力症候群は、うつ病とは異なる疾患概念です。しかし、近年言われている「新型うつ病」とは重なるところが多く、無気力症候群と新型うつ病は、一部共通する疾患ではないのかとも考えられています。

無気力症候群で見られる、「特定の対象(学業や仕事)にのみ無気力になる」というのは、新型うつ病の「気分反応性(興味のあることにはやる気を出す)」という症状に良く似ています。また、どちらも抗うつ剤の効果がいまひとつであり、精神療法(カウンセリング)などで人格の成熟を促していく点も共通しています。

Ⅳ.薬があまり効かない

無気力症候群は、うつ病と比べて抗うつ剤なのもお薬があまり効きません。ここもうつ病と無気力症候群が異なるものであるということを表しています。

うつ病では、抗うつ剤などの薬物療法を中心として、精神療法(カウンセリングなど)も併用していくのが一般的ですが、無気力症候群の治療は、精神療法が主になります。抗うつ剤などを使うこともありますが、十分な効果が得られないことがほとんどです。