不安というのはとてもやっかいな性質を持った感情です。
不安が病的レベルまで増大してしまっている疾患を「不安障害」と呼びますが、不安障害はなかなかスッキリと治らなかったり、長引いたりしてしまう事も多いものです。それは増悪した不安は、なかなか改善しにくいという性質を持っているからです。
生きていく上で多少の不安があるのは仕方ありません。適正な不安があるからこそ、私たちは慎重に行動して危険を回避することが出来ているわけで、適正レベルの不安は一概に悪者とは言えません。しかし過度な不安は害になり、こころに大きな苦痛を与えます。
不安は特別な状況でのみ現れる感情ではなく、日常の小さな行動からも普通に生じている感情です。そのため、日常生活で「不安をなるべく高めない工夫をしておく」ことは、メンタルヘルス的に意外と重要なポイントになるのです。
不安は、それ自体が病的な感情ではないため、日常のちょっとした工夫で軽減させることが十分可能です。
今日は不安を増悪させないための、ちょっとした毎日の心がけを1つを紹介させて下さい。特に不安が増悪しやすくなっている方、不安障害の方などはぜひ心がけて頂きたいことです。
1.保留・延期・後回しは不安を積み重ねる行為である
忙しい毎日を過ごしていると、ついつい面倒事を後回しにしてしまう事があります。
「あの人に連絡しなきゃいけないんだけど、また今度でいいかな」
「あの店の予約を頼まれているけど、明日でいいか」
「あれを買わないといけないんだけど、まだ大丈夫だろう」
このような小さなことの後回し、みなさんも経験があるのではないでしょうか。
今すぐやらなくても差し当たっては問題が生じないものに対して、私たちはついついそれを後回しにしてしまいがちです。
しかし、実はこのような「ちょっとした面倒事」に対して、「面倒でもなるべくその場で終わらせてしまう」という意識を持つ事はメンタルヘルスの向上にとても役立つのです。
なぜならば面倒事を延期するという行為は、小さな不安を積み重ねる行為になるからです。
「あの人に連絡しなきゃいけないんだけど、また今度でいいかな」という延期は、「今度、連絡をしなくてはいけない」という小さな不安を生み出すことになります。「あの店の予約をしなきゃいけないけど、明日でいいか」という延期も、延期した瞬間から「明日、予約しなくてはいけない」という小さな不安を生み出しているのです。
これらの不安1つ1つは小さなもので、あなたのこころを大きく苦しめるほどのものではないかもしれません。
しかし不安には2つの厄介な特性があるため、小さな不安であっても決して軽視すべきではないのです。
2.不安が持つ2つの性質
精神科診療で不安を治療していると、不安には厄介な2つの性質があることに気付きます。
それは、
- 不安が不安を呼び、どんどん膨らんでいく
- 小さな不安が積み重なると、漠然とした不安に変化し、治りにくくなる
というものです。
1つずつ詳しく説明していきます。
Ⅰ.不安が不安を呼び、どんどん膨らんでいく
不安には「不安が不安を呼ぶ」という性質があります。
先ほどの例で言えば、「あの店の予約を頼まれているけど、明日でいいか」という延期から小さな不安が生まれることをお話しました。この小さな不安が小さな不安のままでいてくれれば大きな問題はないのです。
しかし延期から生まれた不安はその後、
「本当は今日やらないといけないよな」
「明日はやらなきゃ・・・」
「もし間に合わなかったらどうしよう」
「後回しにした事でみんなに迷惑をかけていないか」
などといった新たな不安をどんどんと呼び込んでいくのです。
延期した直後は取るに足らない小さな不安であったのに、時が経つに連れてその不安はどんどんと大きくなっていきます。
Ⅱ.小さな不安が積み重なると、漠然とした不安に変化する
不安は、合体してより大きなものになるという性質があります。
例えば、後回し・延期をすることで、「1」の不安が生まれるものがあったとすると、2つの延期をするとその不安は「2」になるはずです。しかし実際は「3」になったり「4」になったりし、より大きな不安になってしまうのです。
1つの小さな不安であれば、「自分はあの事に対して不安になっている」と理解できており、「あれを終わらせればいい」と解決法も分かっています。解決法が分かっていれば不安に押しつぶされる可能性は高くはありません。
しかし小さな不安でもそれがいくつも重なると、不安同士が混ざり合ってしまい、「これが不安の原因だ」というものが曖昧になっていくため、解決法も曖昧になっていき、「不安でどうしていいのか分からない!」とパニックになってしまいます。
これが不安が積み重なると、より大きな不安になってしまう理由です。
こうなってしまうと厄介で、「不安であることが不安」という解決が困難な悪循環にはまってしまいます。こうなると1つ1つの不安要素を例え解決したとしても「よく分からないけど不安」という感情が残ってしまい、不安が長く続いてしまうこともあるのです。
3.日常の小さな不安を潰していこう
不安のこのような特性を考えると、日常的な不安に対してどのように接していけばメンタルヘルス上良いのかが見えてきます。
不安を増悪させないためには、日常の小さな不安が生まれないように気を付ければいいのです。今回の話で言えば、それは、
「面倒に感じても後回しせずにその場でやってしまおう」
「そうした方が不安が増悪しにくくなりますよ」
という事になります。
後回し・延期・保留をせず、なるべくその場で解決できるものは解決してしまった方がメンタルヘルス上は良い、という事です。
何かを後回しにしてしまう時、後回しにせざるを得ないようなやむを得ない事情がある場合は仕方ありません。
しかし、
「何となく」
「面倒だから」
「気が乗らないから」
といった理由で後回しにしてしまう事も多いのではないでしょうか。
その後回しは今の面倒事がちょっとだけ免除される代償として、不安増悪のリスクが付きまとうことは覚えておく必要があります。その上で、「それを後回しにする事は自分にとって本当に良い結果になるのか」をしっかりと考えてみましょう。
実際に不安が強い患者さんのお話を聞いていると、この小さな不安の積み重ねによって膨らみ続けた不安に押しつぶされてしまっている人が少なからずいらっしゃいます。
この場合、あまりに不安が増悪しきっていれば、一時的にはお薬などによる治療が必要になる事もあります。しかし、最終的にはこのような日常のちょっとした工夫を心がけることで、不安を適正なレベルに下げることが出来るのです。
4.不安をゼロにする必要はない
そうはいっても後回しにせざるを得ない事はあります。相手の返事待ちの案件であれば、自分のペースだけで進めることはできないでしょう。また、重要な契約など即決すべきでないものは何度か保留をするメリットの方が大きいと考えられるため、このようなものを「後回しにするな」と言いたいわけではありません。
今回の話でお伝えしたいのは、そういったものではなく、日常における些細な決断を後回しにしないようにしようという事です。
例えば、
「あの郵便物、今日出すの面倒だから後にしよう」
「本当は今日メールを送らないといけないんだけど、面倒だし明日にしよう」
とかそういったものです。
生きていく上で不安から完全に逃れることは出来ません。誰だって多少の不安を持ちながら生きています。不安をゼロにすることを目指すわけではありません。改善の余地のある不安は改善させていこうという事です。