抗うつ剤を服用している方に知って欲しい5つの事

抗うつ剤は精神科における薬物治療の中心となっているお薬の1つです。うつ病や不安障害といった疾患に用いられています。

抗うつ剤には、服用する前に知っておいて欲しい特徴がいくつかあります。それを知らずに服用していると、あやまった考えから患者さん自身に大きな不利益が生じてしまう事があります。

抗うつ剤などの「精神科のお薬」にはどうしてもネガティブなイメージを持つ方が多く、そのため服用して何かマイナスの変化があると自己判断で減量してしまったり中止してしまったりする方は少なくありません。

しかし安易な中断や減薬は、かえって症状を悪化させてしまったり、病気を治りにくくさせてしまう事につながる事があります。

抗うつ剤は患者さんにとっての敵ではありません。患者さんのつらい症状を和らげ、穏やかな生活を取り戻してくれる手助けをしてくれる味方なのです。

このコラムでは、うつ病や不安障害の患者さんの診療をしている中で感じる事の多い、抗うつ剤について患者さんが誤解している事と患者さんに知っておいて欲しい正しい使い方についてお話しします。

1.抗うつ剤への誤解は治療に悪影響を与える

抗うつ剤はつらい症状を和らげてくれる可能性を持つお薬ですが、正しい知識を持って使わないと効果が半減してしまったり、場合によっては害をもたらしてしまう事もあります。

もちろん、私たち精神科医は抗うつ剤に対する正しい知識を持って患者さんに適切なお薬を処方しています。しかし実は私たち医師だけが正しい知識を持っていても、それだけでは不十分なのです。

医師だけでなく、服用する患者さん自身も「抗うつ剤というのはこのように使うべきお薬なのだ」という基本的な事は知っておかなければいけません。

なぜならば医師が抗うつ剤を処方したとしても、それを実際にどう服用するかの最終的な判断は患者さんに委ねられているからです(入院などの特殊な場合を除きます)。

患者さんが抗うつ剤についての正しい知識を持っていないと、抗うつ剤がしっかりと効果を発揮できないような服用法になってしまう可能性があります。そしてそれによって不利益を受けてしまうのは、他ならぬ患者さん自身なのです。

病気の経過が思わしくない患者さんのお話を聞いていると、このような「抗うつ剤のあやまった使い方」が一因ではないかと感じる事があります。

安易な転院を繰り返したり、「こっちの抗うつ剤の方がいいのではないか」と時期尚早に抗うつ剤に見切りをつけてしまったりすると、中途半端な用量の抗うつ剤が何種類も処方されているというよく分からない処方になってしまいます。

これは処方した医師にも責任はありますが、防止するためには患者さん自身が正しい抗うつ剤の知識を持つ事も大切な事です。

また自己判断で抗うつ剤を急にやめてしまったりすると離脱症状に苦しんだり、再発に苦しんでしまう事もあります。

どんなに優れた道具でも使い方をあやまれば凶器になります。それと同じでどんなに優れたお薬でも、使い方をあやまれば毒となってしまう事もあるのです。

抗うつ剤を正しく使い、つらい症状を少しでも早く改善させるには、患者さん自身が「抗うつ剤」という優れた道具を正しく使う知識を持たなければいけません。

次の項からは、抗うつ剤を服用する患者さんに、「最低限これだけは知っておいて欲しい」という事をお話させていただきます。

2.基本は単剤を最大量まで

日本は海外と比べ、お薬の量が多く多剤処方になりがちであるという事がしばしば批判されます。

このような背景から、最近では向精神薬(精神に作用するお薬)の多剤処方をした場合は診療報酬が減点されるなどの対策もされています。その影響もあり、近年は多剤処方が少しずつ減ってきている印象はありますが、それでも多剤処方はまだまだ見かける事が少なくありません。

やむを得ず多剤になってしまう方も一定数いらっしゃるのも事実であり、それは仕方がない面もありますが、基本的には抗うつ剤は単剤で使用すべきお薬になります

単剤で開始して効果が得られなければ徐々に増量していき、1剤で最大量まで増やしていくのが抗うつ剤治療の原則です。

抗うつ剤による治療を始めると、「お薬を飲み始めて少し経つけども、あまり効果が感じられない」という事があります。この時、「この抗うつ剤は効かないんじゃないか」「私には合わない抗うつ剤なのではないか」と感じるかもしれません。

しかしそこで、「服用を中止してしまう」「別の抗うつ剤に変える/別の抗うつ剤を加える」というのはいずれも間違いです。

基本的に抗うつ剤は、少量から開始し、少しずつ増量する事で治療用量(治療に必要な量)まで上げていくという使い方をするお薬になります。

飲み始めたばかりである場合、用量が少ないからまだ効いていないだけなのかもしれません。そのため、まずは最初に開始した抗うつ剤を増量していくのが正しい使い方になります。

別の抗うつ剤に変更したり、別の抗うつ剤を追加するという方法は、最初に開始した抗うつ剤を最大量まで投与して一定期間たっても効果が不十分な時にのみ検討される方法で、安易に選択される方法ではありません。

安易に抗うつ剤を追加する事を続けていると、あっという間に多剤処方になってしまい、お薬漬けになってしまいます。

中途半端な量の抗うつ剤が何種類を入っているような状態になってしまうと、結局どれが効いていて、どれが効いていないのかが分からなくなってしまいます。すると抗うつ剤をどう動かしていけばいいのかが分からなくなってしまうため、治療の精度が下がり難治性となりやすくなります。

また安易に抗うつ剤を変更してしまうのも同様に問題で、まだ中途半端な量しか使っていないのに「これはダメ」と次の抗うつ剤に次々と移ってしまうと、結局いつまで経ってもしっかりした治療とならないため、これも難治性となりやすくなってしまいます。

なお、抗うつ剤を1剤使っても効果が不十分の時は、2剤目を考えます。この時、1剤目に2剤目を加えた方がいいのか、それとも1剤目を中止して2剤目に切り替えた方がいいのかは、明確な回答はなく、個々の医師が経過に合わせて判断しています。

ざっくりというと、

  • 1剤目が多少効いている(一部寛解)のであれば、「追加」する
  • 2剤目が全く効いていない(無効)のであれば、「切り替え」する

というやり方がもっとも一般的かと思われます。

3.少しずつ増やし、少しずつ減らす

抗うつ剤は少しずつ増やし、少しずつ減らすのが原則です。

うつ症状がひどい時は「早く症状を取って欲しい」と増薬を急ぎたくなるものですし、症状がほとんどなくなった際には「早くお薬をやめたい」と減薬を急ぎたくなるものです。

いずれも気持ちは痛いほど分かりますが、急いで増薬・減薬をすると、症状を悪化させてしまったり、お薬の副作用に苦しむことになってしまう事があります。

増薬時に気を付けないといけないのは、「副作用」と「賦活症候群(アクチベーションシンドローム)」です。

抗うつ剤は様々な副作用が生じる可能性があります。一例を挙げると、眠気や口喝、便秘、性機能障害、しびれやふるえ、食欲亢進、吐き気などがあります。

また抗うつ剤の服用初期には「賦活症候群」という現象が生じる事があります。これは抗うつ剤によって急に気分が持ち上がる事で、イライラやソワソワといった不安定な気分の高揚が出現してしまう現象です。最悪の場合はイライラなどから自傷行動に至る事もあります。

いずれも急いで増薬をすると生じやすい事が知られています。

症状がつらいからと慌てて増薬をすると、このような副作用にかえって苦しむことになってしまうのです。

また減薬時に気を付けないといけないのが「離脱症状」です。

これはお薬の血中濃度が急激に下がる事で身体がびっくりして、様々な症状が生じる現象です。具体的な症状としては、手のしびれやふるえ、耳鳴り、動悸、発汗、イライラ、ソワソワ、不安などが挙げられます。

離脱症状は、抗うつ剤を自己判断で突然中断してしまった場合などで高率に生じます。このような副作用が出ないようにするには、やはり少しずつ減薬していく必要があるのです。

4.効果判定は最低2週間、出来れば1カ月

抗うつ剤は即効性のあるお薬ではありません。そのため、服用を開始してから効果を得られるまで、ある程度の期間は「待つ」必要があります。

症状がひどい時は、一刻も早くつらい症状を和らげたいため、数日で「このお薬はダメだ。全然効かない!」と判断してしまいがちですが、抗うつ剤は即効性はなく徐々に効いてくるものなのだという認識を持つ事は治療を正しく行うために大切な事になります。

十分な期間服用していれば効いていたはずのお薬を、数日服用して効かないからとやめてしまうのは、とてももったいない事です。

では抗うつ剤はどのくらいの期間で効いてくるのでしょうか。

まず「効き始めてくる」のは、服用してから2週間前後というのが一般的です。効き始めてくるというのは「あれ、そういえば少し楽になってきたかな?」と少し感じられるような程度です。

抗うつ剤によっても差があって、四環系抗うつ剤やNaSSAなどは効果発現は比較的早く、1週間程度で効果が出始める事もあります。また新しい抗うつ剤(レクサプロ、サインバルタなど)も比較的効果発現が早い印象があります。しかし原則としては、「2週間で効き始めてくる」という認識で良いでしょう。

一方で「しっかり効いてくる」のは、服用してから1~2か月程度と考えられています。実臨床では、さすがに2か月も患者さんに待ってもらうのは酷ですので、1か月を効果判定の目安とする事が多いようです。

ここから、抗うつ剤を開始しても、数日で「全然効かない」と判断するのではなく、最低2週間、出来れば1か月ほどは待ってみる価値はあるという事が分かります。

ただし増量をしていく場合は1か月待たずに行っても問題ありません。なぜならば、お薬の効果を毎回1か月待って判定してから増量していったら、とんでもない時間がかかってしまうからです。

例えばSSRIという抗うつ剤に属する「ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン)」は、25mgから開始し、25mgずつ増やして最大量は100mgとなっています。

それぞれの量で1か月間効果判定のために待つとすると、100mgまで到達するのに4か月もかかってしまいます。うつ症状でつらい毎日を送っている患者さんにここまで耐えさせるのはさすがに酷でしょう。

このような場合は、初診時の診察から「おおよそこのくらいまでの量が必要になるだろう」と推定して、1~2週間間隔で増量するのが一般的です。

5.効果はなかなか出ない、副作用はすぐ出る

前項で説明したように抗うつ剤は効果を確認できるまで、2週間以上かかります。

一方で抗うつ剤の副作用は服用した直後から現れます。特に服用初期に多いのが吐き気や眠気などの副作用です。また口喝(口の渇き)、便秘、性機能障害なども数日で認め始めます。

つまり服用を始めて1~2週間の間、抗うつ剤というのは「何の効果も感じられないけど、副作用ばかり出るお薬」だというわけです。

これは患者さんにとっては最悪の事です。ただでさえ精神状態が悪いのに、副作用で身体の調子まで悪くなってしまうのですから。

しかし2週間以上経過すると、抗うつ剤の効果が少しずつ出てきます。一方で副作用は徐々に軽減していきます(中には残ってしまう副作用もあります)。

抗うつ剤を服用する際に、この経過を事前に知っておくことは非常に大切です。

「最初の2週間は副作用が出やすいけども、それを乗り切れば効果が出てきて副作用は軽くなってくる事が多い」

これを知らないで服用をはじめてしまうと、「なんだこの副作用ばかりで、効果が全然ないお薬は!」とびっくりしてしまい、服用をやめてしまうでしょう。

抗うつ剤はこのような効き方をするお薬なのだと、服用する前にしっかりと理解しておきましょう。

6.症状が改善してもしばらくは継続を

抗うつ剤をはじめとした向精神薬(精神に作用するお薬の総称)は、多くの方にとって出来ればあまり飲みたくないものです。

そのため、症状が良くなると「お薬をそろそろやめる事は出来ませんか?」という相談を患者さんからいただく事はよくあります。

出来れば飲みたくないものですから、一刻も早くやめたいという気持ちは十分理解できます。

しかしそれでも私たちは、症状が治まってからも一定期間は服用を継続する事を勧めます。

これは時々「先生はお金儲けのために、服用を続けさせているのではないか」と誤解されてしまう事があるのですが、そうではないのです。

「症状が落ち着いた」と判断される状態を「寛解(かんかい)」と呼びます。寛解状態とは、お薬を服用下であっても、日常生活に支障をきたすようなうつ症状がほぼ生じていないような状態の事です。

この寛解状態に至ってからも、一定期間は服用を継続する事が望まれます。

この理由の1つに、うつ病は再発率が非常に高い疾患であるという事があります。うつ病は一度寛解したとしても、その後80%ほどの人が再発すると言われています。

そしてこの再発しやすい期間は、寛解直後の半年~1年にもっとも多いのです。

寛解というのは「お薬の力を借りて正常に戻っている状態」だという事が出来ます。お薬の力を加えた上で正常になっているという事は、自分の精神状態だけであればまだ十分ではない可能性があるという事ですから、この時期に再発しやすいというのは十分理解できる事です。

更にもう1つ理由があります。寛解直後の再発を何度も繰り返していくと、難治性のうつ病になりやすいのです。うつ病は再発しやすい疾患なのですが、再発を繰り返せば繰り返すほど、お薬も効きにくくなっていき、治りにくくなっていく事が知られています。

そのため、うつ病は再発を抑える事がとても大切で、とりわけ再発しやすい時期の「寛解直後の再発」を抑える事は非常に重要な事になります。

このような理由があり、私たちは寛解後も一定期間お薬を服用してもらいます。

ではこの「一定期間」というのは、どのくらいなのでしょうか。

これも明確な決まりはなく、主治医の裁量に任せられていますが、おおむねの目安としては、

  • 初発例(初めてうつ病になった方)は6か月前後
  • 再発例は1~2年前後

程度となっています。

ただし再発を何度も繰り返している方などでは、より長期にわたって抗うつ剤を服用する事もあります。