適応障害とは、ある環境と自分の価値観のズレが大きいために、その環境に適応しようと努力するも適応できず、様々な不調を来たしてしまう障害です。
適応障害は一般の方には、その概念が非常に分かりにくい疾患です。
その理由として、適応障害は症状ではなく、「適応できない事」が障害の根本であるためです。一般的に疾患は、病気を診断するにあたって「症状」が重視されます。しかし適応障害は症状ではなく「適応できない事」が重視されるため、特徴的な症状が乏しいのです。
実際、適応障害の症状は非常に多岐に渡るため、症状だけをみて適応障害を理解しようとすると「何だかよく分からない病気」という事になってしまいます。
今日は適応障害における症状の位置づけや、適応障害ではどのような症状が現れることが多いのかについて紹介してみます。
1.適応障害に特徴的な症状はない
適応障害は、ある環境変化に対して適応できないことが発症の原因となります。
ある環境と、自分の中の価値観・常識のギャップがあまりに大きすぎて、適応しようと努力しても適応できない時、適応障害が発症してしまうのです。
例えば、恋人と別れてしまい、恋人がいない生活が今の自分の価値観・常識とあまりにかけ離れているために適応障害を発症してしまうこともあります。職場を異動になり、新しい職場が今の自分の価値観・常識とあまりにかけ離れているために適応障害を発症してしまうこともあります。
適応障害は、このように「環境に適応できないこと」が障害の根本になります。適応できない環境に居れば毎日大きなストレスがかかりますから、様々な不調が生じます。適応障害の症状は「適応できないストレス」によって生じているのです。
ストレスを受けた時というのは多彩な症状が生じます。落ち込む人もいればイライラする人もいるでしょう。暴力的になる人もいれば、頭痛・胃痛など身体に不調が出る人もいます。適応障害もこれと同じですから、症状は多岐に渡るのです。
普通、疾患を診断するためには、特徴的な症状があることが大切な所見になります。
例えば、うつ病であれば、
- 抑うつ気分
- 興味と喜びの喪失
- 食欲の減退あるいは増加
- 不眠あるいは過眠
- 精神運動焦燥あるいは制止
- 疲労感
- 無価値観・罪責感
- 思考力・集中力の低下
- 死についての思考
などの一定の症状を認めることが診断基準上も重要です。
統合失調症においても、
- 妄想
- 幻覚
- まとまりのない行動・緊張病性の行動
- 陰性症状(感情平板化・意欲欠如など)
といった症状が、診断のためには大切になってきます。
しかし適応障害には、「診断に当たって〇〇という症状が必要」というものはありません。繰り返しますが、適応障害は症状が重要なのではなく、「適応できない」ことで不調が生じ、本人が苦しい思いをしていて、生活にも大きな支障を来たしているという事が重要なのです。
そのため「適応障害ではどんな症状が生じるのですか」と聞かれれば、「ストレスで出現しうる症状であれば何でも生じます」というのが答えになり、特徴的な症状というのはあまりありません。
2.適応障害で出現することが多い症状
適応障害は、診断に当たって症状が重要なのではなく、「適応できない結果生じている」という事が重要なのだとお話しました。
そのため、適応障害で出現する症状は多岐に渡ります。適応できない環境で大きなストレスを受けて発症するのが適応障害ですから、ストレスで生じえる症状は適応障害で全て生じる可能性があります。
しかしそうは言っても、臨床で患者さんをみていると比較的認めやすい症状というものはあります。
適応障害の患者さんが認めることの多い症状をいくつか紹介します。
Ⅰ.抑うつ気分
ストレスを受け続けると、うつ病のように気分の落ち込みや絶望感といったものが出現してくることは多いものです。適応障害においても「落ち込み」は頻度の多い症状になります。
適応障害で抑うつ気分が前景に立つと、しばしばうつ病との鑑別が難しくなることがあります。
鑑別のポイントとしては、「明らかな環境変化に対して適応できずに生じている」「その環境から離れれば比較的速やかに改善することが予測される」という可能性が高い場合は適応障害になります。
診断基準的には、うつ病の診断基準を満たすのであれば適応障害ではなくうつ病になります。適応障害を診断するためには「他の精神疾患の基準を満たさない事」というのがあり、これはつまり他の精神疾患の診断基準を満たした場合は、その精神疾患の診断になるという事なのです。
Ⅱ.不安
強いストレスを受けると人は、不安が強くなります。
適応障害においても同様で、不安感が増大しやすく、いつもより神経質になったり、些細なことで心配になってしまったり、小さな物事にも過敏に反応するようになることがあります。
Ⅲ.素行の障害
適応障害の症状は、環境に適応できないストレスから生じます。
私たちも普段、ストレスが溜まるとムシャクシャしてしまうことがあるでしょう。適応障害もそれと同じくイライラしがちとなり、衝動的な行動を起こしたいという感情に襲われます。
具体的には、
- アルコールの暴飲
- 暴飲暴食
- 無断欠勤・無断早退
- 危険運転
- 薬物乱用
- けんか・口論
などが挙げられます。
これらの衝動的な行動を実際に起こしてしまうこともありますし、「起こしたい」という気持ちはあるけども踏み留まることもあります。
また、主に未成年の適応障害では「赤ちゃん返り」「指しゃぶり」などといった退行症状が認められることもあります。
Ⅳ.自殺企図
適応障害は、うつ病・不安障害など他の精神疾患の診断基準を満たさない場合にはじめて診断されるものであるため、しばしば「うつ病まではいかない、程度の軽い病気が適応障害なんだろう」と誤解されることがあります。
しかし実際はそんなことはありません。
適応障害はうつ病などの他の気分障害と比べて重症度は同等であるという報告あります。決して軽くみて良い障害ではないのです。
適応障害は、自殺に関連した行動を起こしやすいという報告もあります。臨床で適応障害の患者さんをみている印象では、明らかに自殺率が高いという印象は個人的にはありませんが、このような報告もあるため一定の注意は必要でしょう。
Ⅴ.身体症状
ストレスを受け続けると、こころだけでなく身体の症状が出ることもあります。
- 疲労感、倦怠感
- 頭痛
- 肩こり
- 胃痛
- 動悸
など症状は多岐に渡ります。
ただし身体症状が中心となる場合は、適応障害ではなく「心身症」と診断されることもあります。
【心身症】
ストレスが原因で生じる身体の病気。例えば、食生活の問題で胃潰瘍になるのは心身症ではないが、ストレスで胃潰瘍になるのは心身症となる。
3.症状そのものよりも症状の経過が重要
適応障害で症状を診る場合は「どのような症状が認められるか」という症状の性質よりも、その症状が「環境によってどのように変化していくか」という症状の経過が重要になります。
今までお話してきたように、適応障害は頻度の多い症状というものはあるものの、症状は非常に多岐に渡るため、「この症状があれば適応障害」と症状から適応障害かどうかを判断することはできません。
しかし適応障害で生じている症状は、環境に適応できないというストレスによって生じているわけですから、その問題となる環境に置かれれば症状が出現し、そこから離れれば比較的速やかに改善するはずです。
ある環境変化が起こったことで明らかに症状が出現し、その環境から離れると明らかに症状が改善する。
このような症状の経過が適応障害に典型的なもので、症状がこのような経過を取る場合、適応障害かどうかを判断するための有力な材料となります。
また、問題となる環境変化がもしなかったならば、このような症状は発症しななっただろうとほぼ確実に予測できることも重要です。