気分変調症(気分変調性障害)はうつ病の類縁疾患の1つです。
うつ病よりも症状は軽度であるものの、数年単位で症状が続きます。これはつまり「治りにくい」という事です。
気分変調症が治りにくい理由はいくつかあります。
- 症状が軽度であるため発見が遅れる事
- 経過が長いため考え方をなかなか変えられない事
- お薬があまり効かない事
などが挙げられます。
気分変調症は元々が治りにくい疾患であるため、その治療方針は慎重に考える必要があります。「気分が落ちているから抗うつ剤で良いだろう」といった薬物治療だけでは不十分である事も多く、思うように回復していきません。
では気分変調症の治療はどのように行えばいいのでしょうか。
ここでは気分変調症の治療法について紹介していきます。
1.気分変調症の治療の要点
気分変調症の診断を受け、治療を行う際にはいくつか重要なポイントがあります。
その中で、特に重要な事を3つ紹介させていただきます。
- 治りにくい疾患だと理解しておく事
- お薬は補助的なものだと考える事
- 病気の症状と自分の本来の性格をしっかりと見分ける事
気分変調症の治療ではこの3つがとても重要です。
まず1つ目に、気分変調症は「治りにくい疾患だと理解しておく事」が大切です。
気分変調症は発症してから数年単位で症状が持続する疾患です。発症から10年以上経ってやっと病院を受診されるような方も珍しくありません。
このように経過の長い疾患は、治療もそれなりの時間がかかるのが普通です。10年患ってきた症状が1週間で治る、なんてことはまずありません。
そのため治療にはある程度の時間(少なくとも数カ月、長い場合は数年)が必要だという事を治療の最初に理解しておく事が大切です。
長い治療を乗り切るにはモチベーションも必要です。「すぐに治るだろう」といったあやまった期待を抱いて治療を始めてしまうと、期待と現実のギャップから徐々に治療のモチベーションもなくなってしまい、病院受診も続かなくなってしまいます。こうなってしまうと治療経過は余計に悪くなってしまうのです。
気分変調症の治療では「腰を据えて、ゆっくり治していこう」という気持ちを持ち、焦らずに「治療には時間がかかるものだ」と受け入れた方が結果的に早く治るものです。
2つ目は、気分変調症に用いられるお薬に過度な期待をしない事です。気分変調症はうつ病の類縁疾患ですので、治療薬としては「抗うつ剤」が用いられます。
抗うつ剤は気分変調症の治療を助けてくれる重要な治療手段の1つではありますが、劇的に効くものではありません。
ちなみにうつ病に対する抗うつ剤の有効率がどのくらいかご存知でしょうか。様々な報告があるものの抗うつ剤の有効率というのは、「1/3の患者さんに効く」「1/3の患者さんには一部効く」「1/3の患者さんには効かない」というのが一般的な見解です。
うつ病であっても抗うつ剤がしっかり効く患者さんは1/3程度で、1/3の患者さんは多少効く程度、そして残り1/3の患者さんには全く効かないのです。
そして気分変調症に対する抗うつ剤の効果は、うつ病よりも更に低くなります。
気分変調症の治療が抗うつ剤だけで完結する例は少なく、多くは抗うつ剤以外の治療法も併用していく必要があるのです。
抗うつ剤などによるお薬の治療は「受け身の治療」です。自分から何かしなくともただお薬を飲みさえすればお薬が勝手に効果を発揮してくれます。このような受け身の治療は自分自身が何か努力や工夫をしなくても良いため「楽」という面があります。
反対に、お薬以外の治療は「能動的な治療」です。例えば生活習慣を改善したり、今までと異なる考え方を身に付けていくような治療は、自分自身の工夫や努力が必要になり、お薬と比べると手間という面では大変になります。
気分変調症では、「お薬を飲んでいれば、それだけで少しずつ治っていく」というものではなく、受け身の治療だけでは回復は難しく能動的な治療を行う必要があるのです。
最後の3つ目に「病気の症状と自分の本来の性格をしっかりと見分ける事」も重要です。
気分変調症は経過が非常に長いため、疾患によって生じている精神状態を「元々の自分の性格」だと錯覚しているケースが多く認められます。
毎日気分が晴れずに、やる気が出ない。仕事の集中力も散漫になりがちでミスも多い。常に漠然と「死にたいな」と考えてしまう。
これらはいずれも気分変調症の「症状」なのですが、このような症状が何年・何十年と続くと、これは自分の性格であり、病的なものではないのだと錯覚してしまうのです。
これらが病気によって引き起こされている症状なのだと自覚できれば、そこから脱するためにはどうすればいいのかを考えていく事になり、治療にもつながっていきます。
しかし「性格なのだ」と錯覚してしまうと、「自分はこういう人間なのだから、治しようがない」と治療する方向に考えなくなってしまいます。
自分自身では、「これは症状なのか」「それとも元々の性格なのか」という判断は難しいと思います。長い間、気分変調症の症状と共に過ごしてきた患者さんにとって、気分変調症の症状はもはや「自分の一部」となってしまっているからです。
そのため、専門家である精神科医のアドバイスを受けながら両者を見分けていく事が大切です。
気分変調症をしっかりと治していくには、この3つの事を特に意識して下さい。
2.気分変調症で用いられるお薬
気分変調症を治療するためには、お薬も用いられます。主に用いられるのは、気分を持ち上げる作用を持つ「抗うつ剤」になります。
気分変調症における抗うつ剤の位置づけは、「治療の補助的な役割」になります。抗うつ剤だけで気分変調症がすぐに良くなるという事はほとんどありません。
抗うつ剤を用いながら他の治療法も併用していく事が基本ですが、抗うつ剤は気分を多少持ち上げてくれたり、楽にしてくれる効果は十分に期待できますので、使う価値はあります。
気分変調症に対してまず用いられる抗うつ剤は、
- SSRI
- SNRI
- NaSSA
などが挙げられます。
これらは新規抗うつ剤と呼ばれる比較的新しい抗うつ剤で、古い抗うつ剤と比べると重篤な副作用が比較的少なく、安全に用いる事が出来ます。
これらの新規抗うつ剤では効果不十分なケースでは、
- 三環系抗うつ剤
といった、古い抗うつ剤が検討される事もあります。ただし古い抗うつ剤は副作用も多めであるため、使用にあたっては慎重に考える必要があります。
では、それぞれの抗うつ剤について詳しく紹介します。
Ⅰ.SSRI
SSRIは「選択的セロトニン再取り込み阻害薬」と呼ばれるお薬です。
新規抗うつ剤の1つで、効果と安全性のバランスに優れ、気分変調症に対する薬物療法の第一選択として用いられるお薬です。
抗うつ剤は、気分に影響を与える神経伝達物質を増やす作用を持ちます。気分に影響を与える神経伝達物質は「モノアミン」と呼ばれ、
- セロトニン(不安や落ち込みに関係)
- ノルアドレナリン(意欲ややる気に関係)
- ドーパミン(快楽や楽しみに関係)
といったものがあります。
SSRIはモノアミンの中でもセロトニンを中心に増やします。そのため、落ち込みや不安が目立つ例ではSSRIがよく検討されます。
- デプロメール・ルボックス(一般名:フルボキサミン)
- パキシル(一般名:パロキセチン)
- ジェイゾロフト(一般名:セルトラリン)
- レクサプロ(一般名:エスシタロプラム)
などがあります。
Ⅱ.SNRI
SNRIは「セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬」と呼ばれるお薬です。
同じく新規抗うつ剤の1つで、効果と安全性のバランスに優れ、、気分変調症に対する薬物療法の第一選択として用いられるお薬です。
SSRIと異なり、セロトニンだけでなくノルアドレナリンも増やしてくれるため、落ち込みや不安の改善のみならず、意欲低下・気力低下にも効果が期待できます。
一方でノルアドレナリンが増えるために、動悸、血圧上昇、頭痛、尿閉といった副作用が生じることがあります。
- トレドミン(一般名:ミルナシプラン)
- サインバルタ(一般名:デュロキセチン)
- イフェクサー(一般名:ベンラファキシン)
などがあります。
Ⅲ.NaSSA
NaSSAは「ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬」と呼ばれるお薬です。
SSRI、SNRIと同じく効果と安全性のバランスに優れ、気分変調症に対する薬物療法として第一選択で用いられるお薬です。効果はSSRIやSNRIよりも若干強めで、特に眠りを改善する作用・食欲を上げる作用に優れます。
そのため不眠や食欲低下を伴う方には有用ですが、一方で眠気や体重増加といった副作用を起こしやすいというデメリットもあります。
NaSSAもセロトニンとノルアドレナリンの両方を増やします。
また、SSRIやSNRIがセロトニンやノルアドレナリンを「吸収・分解させないようにする」ことで増やすのに対して、NaSSAはセロトニンやノルアドレナリンの「分泌を促進する」ことでこれらの濃度を増やします。SSRIやSNRIと作用機序が違うため、SSRI/SNRIが効かない例にも効果を発揮する可能性があります。
- リフレックス・レメロン(一般名:ミルタザピン)
などがあります。
Ⅳ.三環系抗うつ剤(TCA)
三環系抗うつ剤は1950年頃から使われ始めた「最古の抗うつ剤」です。非常に強い抗うつ効果を持つのが特徴ですが、その分副作用も強力です。副作用が多いというだけでなく、命に関わるような重篤な副作用も(稀にではありますが)生じる可能性があります。
「最後の切り札」としては非常に頼れるお薬ですが、副作用の問題から極力使いたくないお薬でもあります。
三環系抗うつ剤にもいくつかのお薬があり、
- 主にセロトニンを増やすもの(アナフラニール)
- セロトニンとノルアドレナリンを増やすもの(トリプタノール)
- 主にノルアドレナリンを増やすもの(トフラニール、ノリトレン、アモキサン)
がありますが、全体的にはノルアドレナリンを増やすものの割合が多めです。
三環系は副作用の危険性を考えると、第一に使うお薬ではありません。一般的に三環系は、新規抗うつ剤が効かない難治症例に限って、慎重に用いられるお薬になります。
3.お薬以外の気分変調症の治療法
気分変調症は抗うつ剤だけで治せる疾患ではありません。
抗うつ剤は症状をある程度和らげるためには有効ですが、それだけでは不十分です。抗うつ剤を使いながらも次のような治療法を併用していくようにしましょう。
Ⅰ.生活の改善
あらゆる精神疾患に共通する事ですが、生活習慣を規則正しく整える事は精神状態を安定させるために欠かす事は出来ません。
寝不足が続いたり、不規則な食生活が続くと、誰でも気力が低下したりイライラしがちになるものです。
生活習慣の乱れがある場合は、疾患の治療を始める前にまずは生活習慣を正してみましょう。それだけでも精神状態は幾分安定するはずです。
夜はしっかりと眠れているでしょうか。ダラダラと夜更かしをしていないでしょうか。ベッドに入ってもスマホなどをいじってしまい、睡眠の質を悪化させていないでしょうか。
過度に飲酒や喫煙をしていませんか。特に寝る前の飲酒・喫煙は睡眠の質を悪化させますので、避けた方が良いでしょう。
朝はちゃんと起きれているでしょうか。多少辛くても朝はベットから出て、起きるべきです。
食事は3食食べているでしょうか。少量でもいいので、3食規則正しく食べるようにしましょう。
日中は適度に身体を動かしているでしょうか。
気分が低下していると、生活習慣の全てをすぐにただす事は難しいかもしれません。しかし出来そうなところだけでもただしてみる事は、精神状態を少しでも安定させるためにとても意味のある事です。
Ⅱ.休養・ストレスの軽減
気分変調症は、慢性的にうつ症状が続いている疾患です。
その原因の1つとして、慢性的にストレスがかかりすぎている可能性があります。
長期間ストレスがかかり続けていると、自分自身でもそれをストレスだと自覚していない事がありますので、自分の生活の中にストレスとなるものがないかを今一度見直してみる事は大切です。
ちなみに「ストレス」をより具体的に言うと、「自分にとって不快な刺激」の事です。
それは仕事であったり、人間関係であったり、人によって様々ですが、どのようなものであっても本人が「不快」と感じるものはストレスになりえます。
生活していくに当たって、ストレスをゼロにする事は困難です。仕事がストレスだからといって仕事をすぐに辞められる人は少ないでしょう。人間関係がストレスだからといってスパッと関係を断つ事も現実的には難しいものです。
しかし諦めず、「少しでもストレスを軽減させる工夫は出来ないか」と考えてみて下さい。ストレスをゼロに出来なくても、少しでも減らせれば、気分変調症もその分治りやすくなるのです。
Ⅲ.精神療法
気分変調症は精神療法も有用です。むしろ精神療法が気分変調症の治療の「核」と言ってもいいでしょう。
精神療法とは、心理的側面へのアプローチで精神症状の改善をはかる治療法の事です。
上記の生活習慣の改善やストレスの軽減が、自分の外側の要因(環境要因)を改善させる治療法であるのに対して、精神療法は自分の内面を改善させる治療法だという事が出来ます。
精神療法にも様々なものがあり、患者さんの状況や症状によって用いられる精神療法は異なります。そのため主治医と相談しながらどのような精神療法を取り入れていくのかを考えていってください。
精神療法の一例を挙げると、
などがあります。
認知行動療法とは、「自分の精神を傷付けているようなものごとのとらえ方を修正していく」治療法です。
気分変調症の方は、毎日の事象に対して「過度にマイナスに考えてしまう」「ストレスと感じ取りやすい受け取り方をしてしまう」といった傾向があります。これは一般的な思考と比べると、「物事のとらえ方がネガティブな方向に歪んでしまっている」とも言えます。
認知行動療法は、歪んでしまった認知(物事のとらえ方)を修正していくことを目的とします。
例えば、「上司に怒られた」という事象1つをとっても、「自分は無能だから怒られるのだ」と受け取るのと、「上司は忙しいのに、自分を育てるためにちゃんと指摘してくれたのだ、ありがたい」と受け取るのとでは、どちらがストレスになるでしょうか。
非常に簡単に言ってしまえば、前者のようなストレスになりやすい思考回路を後者のようなストレスになりにくい思考回路に変えていくのが認知行動療法です。
認知行動療法では、まずは自分に生じている落ち込みや不安といった症状が生じるメカニズムを学び、これらが生じやすい状況を客観的に見ていきます。
その中で自分の考え方のクセ(自動思考)を把握し、落ち込みなどを過剰に生じさせなくするにはどうしたらいいのか、あるいは落ち込みが起こりそうな時・起こった時にはどのように考えればいいのかを見直していきます。
認知行動療法については、詳しくは「認知行動療法はどのような特徴を持つ治療法なのか」をご覧ください。
対人関係療法は、人との付き合い方・接し方について見直す事で、精神状態の安定や自尊心の回復を目指す治療法です。
よく誤解されるのですが「コミュニケーション能力を付ける訓練」「人付き合いのテクニック」を学ぶような治療法ではありません。
自分にとってキーパーソンである「重要な他者(家族や親友など)」と自分との現在の関係性を見直し、そこに大きな問題が隠れていないかを探していきます。
例えば本来自分の一番の理解者であるべき親や配偶者に、自分の悩みなどを相談できないような状況なのであれば、修復が必要になります。
また、自分にとって重要な他者に該当しないような人に対して必要以上に深い関係となっていないかも確認していきます。
例えば、休日に自分の配偶者とコミュニケーションを取る時間よりも、仕事の同僚との打ち合わせの時間などを優先しているのであれば、これも重要な他者との対人関係に問題がある可能性があり、修復が必要な可能性があります。
気分変調症をはじめとした精神疾患に罹患している方は、このように重要な他者との関係に問題が生じている事が少なくありません。その問題点をしっかりと解決していき、重要な他者と良好な関係を再構築していく事で症状の回復を目指していく治療法です。
森田療法は本来は神経症の治療法になります。気分変調症は以前は「抑うつ神経症」とも呼ばれており神経症に近い側面がありますので、森田療法の効果が期待できる事があります。
森田療法は、落ち込みや不安といった症状を無理に抑え込もうとするのではなく、「受け入れる」事で共生を目指していく治療法です。
森田療法では、症状を無理に治すことはしません。ストレスを受けて落ち込みや不安が生じてしまう事は、生理的な反応(正常な反応)であると考えます。
落ち込みや不安、意欲低下などといった正常に生じた反応を「これらは悪い症状だ」と無理矢理閉じ込めようとするのではなく、これらの症状をあるがままに受け入れる事が大切だと考えます。
問題は「症状が出ている事」ではなく、「そのような反応にとらわれてしまうこと」なのです。
そもそもストレスを受けて落ち込み・不安といった症状が現れるのは、「人から良く思われたい」「より良く生きたい」という欲望があるです。
「自分はダメな人間だ・・・」と落ち込むのは、「素晴らしい人間」になりたいから落ち込むわけです。今の自分を問題だと感じていなければそもそも落ち込まないはずです。
という事は、「自分はダメな人間だ」と落ち込んでいる方は、「素晴らしい人間になりたい」という前向きな気持ちを持っているという事になります。そしてこの「前向きな気持ち」に気付く事が大切です。
うつ症状を「悪いもの」として無理矢理閉じ込めるのではなく、「このような症状が生じるのはよりよく生きたいからなのだ」という事に気付く事で症状を受け入れ、精神状態を改善させていくのが森田療法です。
森田療法は、神経質、心配性、完璧主義などの神経質的な性格傾向を持つ方に、特に有効であると考えられています。