私達は普段、日常生活の中で「ストレス」という言葉を良く使います。
「最近、ストレスになることばかり・・・」
「今日の仕事はストレスだな・・・」
など、みなさんもふとつぶやくことがあるのではないでしょうか。このように「ストレス」という言葉は日常的に使われています。
しかしこの「ストレス」の正体について、あまり深く考える方は少ないのではないでしょうか。
精神科・心療内科とストレスは、切っても切り離せないほど深く関わっています。多くの精神疾患は発症の一因として「ストレス」が挙がりますし、また疾患の治療中も「ストレス」は経過を悪化させる主要な因子になります。
このようにみてみると、普段何気なく使っている「ストレス」というものについて正しく理解すれば、それはこころを健康に保つために役立つことが分かります。
今日は「ストレス」というものの正体を詳しくみてみましょう。
1.ストレスという用語が生まれた背景
ストレスについて深く知るためには、まずはストレスという用語が使われるようになった背景を知っておいた方がいいでしょう。
ストレスとは、元々は工学の世界の用語だったそうです。
ある物体に力を加えて形を変形させようとすると、その物体には元の形に戻ろうとする力が生じます。これは応力(ストレス)と呼ばれます。物体を変形させようと加えられた力と、物体が元に戻ろうとする力の間で緊張状態が生じ、これは「ストレス状態」と呼ばれます。
分かりやすい例でいえば、風船を握ると風船は変形します。この時、風船には元に戻ろうとする力が生じており、これが応力(ストレス)になります。加えられた力がなくなると、応力(ストレス)によって風船の形は元に戻ることが出来ます。
元々はこのような現象に対して「ストレス」という言葉が用いられていました。ストレスは物体に対する用語で、外部から力が加わった時に、それに反応する形で生じる力の事だったのです。
これをヒトに置き換えて用いるようになったのが、私たちが普段使っている「ストレス」の始まりです。
ヒトに対して「ストレス」という用語を用いるようになったのは、ハンス・セリエという学者が最初だと言われています。セリエは、動物に様々な種類の不快な刺激を加えると、それに反応する形に生じる症状があることに気付きました。
更にセリエは、物体のストレスは元に戻ろうとする力という決まった反応になりますが、動物(人間含む)のストレスはそう単純ではなく、「不快な刺激の種類に応じた特異的な症状」と、「不快な刺激の種類によらず出現する同じような(非特異的な)症状」があることに気付きました。
例えば不快な刺激として、動物の皮膚にばい菌を感染させたとしましょう。すると、その部位は赤く腫れます。あるいは動物の四肢を氷に長時間つけるという不快な刺激を与えると、その部位は凍傷を起こします。
これらは「刺激の種類に応じた症状」です。皮膚をばい菌に感染させたからといって凍傷になるわけはなく、これは特異的な症状だと言えます。セリエはこのような症状を「局所適応症候群」と呼びました。
一方で不快な刺激の種類に関わらず、同じように出現する症状もあります。先ほどの例で言えば、ばい菌に感染させることと凍傷を起こすことは全く別の不快な刺激ですが、どちらもそれによって血圧が上がったり、胃が荒れたり、焦り・イライラなどの行動を取るようになったりといった共通の症状が出現するのです。
この不快な刺激によって生じる共通の症状は「全身適応症候群」と呼ばれました。そしてこれは工学の「ストレス」とよく似ていたため、同じように「ストレス」という言葉で表されるようになったのです。
その後の研究から、この全身適応症候群は副腎皮質から分泌されるホルモン(コルチゾールなどのいわゆるストレスホルモン)や自律神経系の活動によって生じると考えられています。
2.ストレス(Stress)とは何か?
ストレスという用語が生まれた背景について紹介しました。
ストレスとは、不快な刺激によって生じる反応のうち、刺激の種類に関係なく生じる心身の反応だということになります。
不快な刺激であればどんな刺激であれ生じるもので、騒音でも、対人関係の葛藤でも、仕事の負荷でも、「不快と感じる刺激」であれば生じます。そしてストレスは、恐らく副腎皮質ホルモンや自律神経系のバランス異常によって生じると考えられています。
副腎皮質ホルモンや自律神経系は局所ではなく全身に作用しますので、ストレスという反応も全身に様々な症状を来たすのです。
例えば騒音という不快な刺激を受けて、刺激に対応する局所の症状(難聴などが生じる)のはストレスではありません。これは局所適応症候群になります。しかし騒音によって血圧が上がったり、胃がキリキリ痛んだり、イライラしたりするのは全身適応症候群(ストレス)になります。
ちなみに精神的に不快な刺激は、局所の反応のというものは認めないものが多く、ストレスのみが生じることが一般的です。例えば、「悪口」「嫌がらせ」などの不快な刺激を受けても、こころはそもそもが局所ではないため対応する症状というのがありません。この場合、血圧が上がったり、胃がキリキリ痛んだり、イライラしたりするという全身適応症候群(ストレス)のみが生じます。
私たちは普段、不快な刺激の事を「ストレス」と呼ぶ傾向にありますが、正確には不快な刺激によって生じる反応が「ストレス」なのです。
3.ストレスとストレッサー
ストレスというのは、不快な刺激によって生じる共通する(非特異的な)反応だとお話しました。
つまりストレスは、不快な刺激があってはじめて生じる反応になります。ではこの不快な刺激の事は何と呼ぶのでしょうか。
この不快な刺激は「ストレッサー(ストレス因)」と呼ばれます。
ちなみにストレッサーは「不快」という主観性を含む概念になっているため、何がストレッサーになるのかは人によって異なります。
一般的に不快な刺激に該当するもの、例えば、
- 極端に暑い・寒いなど
- 騒音
- 病気(風邪を引いたり、胃腸炎にかかったりなど)
- 悪口
などは万人にとってのストレッサーだと言えます。
しかし、ある人によってはストレッサーになるものでも、別の人によってはストレッサーにならないものもあります。例えば、
- 食べ物
- 音楽
- 人間関係
- 仕事内容
などなど、日常で経験する多くの刺激は、ある人によっては不快でも別の人にとっては不快でない(場合によっては快ですらある)ことがあるのです。
4.ストレスの本当の意味
ここまで読むと、実は私たちが普段使っている「ストレス」の使い方は、厳密には正しくない事が分かります。
ストレスというのは、不快な刺激によって生じる心身の「反応」なのです。血圧が上がったり、イライラしたりという反応が「ストレス」なのです。
対して普段私たちは、主にこの「不快な刺激」の事を「ストレス」だと呼んでいます。
「今の職場がストレスなんだよね」
「最近ストレスばかり・・・」
などというのは、正確に言えば正しいストレスの使い方ではないわけで、これは正しくは「ストレッサー(ストレス因)」になります。
つまり、
「今の職場がストレッサーなんだよね」
「最近ストレッサーばかり・・・」
という方が正しい言い方になるのです。
しかしこのサイトでも他の記事では「ストレス」という用語は一般的な使い方で記載しており、上記のようにストレスとストレッサーを厳密に区別していません。厳密に分けて書くと、それがたとえ正しい使い方であっても普通に読んだときに文章が分かりにくくなってしまうからです。
ですが、厳密にはストレスというのは「不快な刺激に対する身体の反応」で、「ストレス」と「ストレッサー」は異なるものなのだということは、知っておいた方が良いでしょう。
なぜならば「ストレス」と「ストレッサー」の違いを理解していることが、心身を健康に保つ方法を考えるにあたって非常に重要なことだからです。
「ストレスと上手く付き合う方法」「ストレス対処法」などは、多くの方が関心を持っていることです。しかし漠然と「ストレス対処法」について考えてもなかなか良い答えは導きません。
ここまで理解したみなさんは、単に「ストレス対処法」といっても、
- ストレスを対処する
- ストレッサーを対処する
という2つの観点があることが分かります。
漠然と「ストレス対処法」を学ぼうとするよりも、何か不快な刺激を受けて、それに対して私たちの身体が反応をした時、
- 「私たちの身体の反応」に対して対処する(=ストレスを対処する)
- 「不快な刺激」を対処する(=ストレッサーを対処する)
という2つの視点で理解し、それぞれについて有効な対策を考えた方がより良い対処法が導けるのです。
5.なぜストレスが生じるのか
不快な刺激を受けることで、ストレス(非特異的な反応)が生じるのは何故でしょうか。「ストレス」というと悪者のように扱われていますが、果たして本当にストレスは悪いヤツなのでしょうか。
実はストレスは身体を守るために出ている症状であり、私たちにとって必要な反応なのです。
不快な刺激を受けると、私たちの身体には非特異的な反応が生じます。それは具体的に言うと、
- コルチゾールなどのストレスホルモンが分泌される
- 自律神経のうち、交感神経が優位になる
という変化が身体の中では起こっています。
これらはいずれも、不快な刺激と「闘う」ために生じている変化になります。
コルチゾールは血糖を上げたり、血圧を上げたり、炎症反応を抑えてくれるなどのはたらきがあります。血糖が上がれば脳へ糖分(栄養分)が届きやすくなるし、血圧が上がれば全身へ血液を送りやすくなります。炎症を抑えてくれることで身体の痛みやつらさを感じにくくなります。いずれも身体が「不快な刺激」と闘うために生じている変化です。
自律神経には交感神経と副交感神経があります。ざっくりと言うと交感神経が「緊張させる」神経、副交感神経が「リラックスさせる」神経です。交感神経が優位になると、瞳孔は開き、脈拍が上がり、呼吸も早くなります。これらも身体が「不快な刺激」と闘うための準備です。
不快な刺激を受けることで、「この不快な刺激に勝たなければ!」という反応が身体に生じるのです。
例えば仕事で失敗出来ない時、ここ一番の大切な時というのは、このような反応(ストレス)が生じてくれることで、私たちは乗り切ることができます。いつもより脳に血液や糖分が届くため、頭がしっかりとはたらき、痛みを抑えてくれることで集中すべきことに集中できるようになるのです。
このように考えるとストレスは一概に悪者とは言えません。もし大切な会議の時にストレスが生じなければ、高い集中力を発揮することができません。これでは困りますよね。
6.ストレスは何が問題なのか
ストレスは、不快な刺激に打ち勝つために身体が起こす反応です。
しかし身体を守るために出ているこれらの症状も、度が過ぎてしまうとかえって心身を痛めてしまいます。
「ここ一番!」という頑張りが必要な時に適度なストレスが生じると、ストレスが一時的に身体を頑張らせてくれることで重要な場面を乗り切ることができます。
しかし何事も過度は良くありません。
過度にストレスが生じてしまうと、今度はストレスが心身を痛めつけてしまうことになるのです。常にコルチゾールが高値になっていれば、常に血圧が高く、血糖値も高くなります。これは高血圧や糖尿病を発症するリスクになり、更に言えば脳梗塞や心筋梗塞を起こしやすくなることにつながるでしょう。
また過度なコルチゾールは脳の神経細胞を傷付け、うつ病などを発症させるリスクにもなると指摘されています(HPA仮説を参照)。
常に交感神経が優位になって瞳孔が開き、脈拍が早く、呼吸も速い状態が続けば、いつまでもリラックスできずに疲労がたまる一方でしょう。夜もゆっくり眠れませんし、身体はどんどん傷ついていきます。
このようにストレスは必要な時のみ適度に生じれば、私たちに有利に働いてくれるものなのですが、過度に生じてしまうと私たちの身体も心も害してしまうものなのです。
ちなみに、過度なストレスによって身体の病気が生じてしまうことを「心身症」と呼びます。また、過度なストレスによってこころが疲弊すれば「適応障害」「うつ病」などのこころの病気も生じます。
過度なストレスは身体にとってもこころにとっても良くないものなのです。