病気で療養中の方や高齢者の身の回りの世話をする「介護」は、とても大変な作業です。
それはプロである医療職や介護職であっても簡単に出来ることではありません。ましてや一般の方が自分の仕事や生活の合間にするとなれば、それは極めて困難な事だと言えるでしょう。
近年、高齢化社会になるに連れて、自分たちで高齢となった親の介護をするご家庭が増えてきました。
「出来る限り家族が見てあげたい」
「自分の親なのだから、自分が責任を持ってみなければ」
と一生懸命自分の親を介護される方は大勢いらっしゃいます。
年を取っても自宅で過ごせるというのは、ご高齢の方にとっても非常にありがたいことでしょう。
しかし一方で介護は非常に大変なものです。長年の介護が続くことによって、介護者(介護する人)に精神的不調が生じたり、本業の仕事への支障が大きくなってしまったり、自分の人生の意味が分からなくなってしまうというケースも少なからず見受けられます。このような状態は「介護うつ」と呼ばれたりもします。
近年では、精神科・心療内科の外来にも介護うつだと思われるような方が多くいらっしゃるようになりました。今後、高齢化が更に進行していくことが予想される日本では、これから更に介護うつで苦しむ方が増えていく可能性があります。
介護うつにならないように、そして介護を出来るだけ無理なく行うためにはどのような事に気を付ければいいのでしょうか。今日は介護うつについて考えてみたいと思います。
1.介護の現状
厚生労働省の平成24年度の報告によると、介護が必要な高齢者(要介護・要支援に該当する方)は561.1万人にも達すると報告されています。
そしてこれらの要介護者(介護が必要な方)を介護している「介護者」は、「家族」が大半を占めています。具体的には介護者のうち60%が家族となっており、その内訳は配偶者が26%、子供が22%、配偶者の妻が11%となっています。多くの家庭において家族が自分たちの親の介護をしているのです。一方で老人ホームなどの事業者で介護を行っている割合は15%程度にとどまっています。
もちろん家族が無理なく介護できる環境にあるのであれば、何も問題はありません。ご家族が無理なく自分の親を介護できれば、これはお互いにとって一番いいことでしょう。
しかし現実はそうではないようです。
介護者のうち、「介護ストレスがある」と回答している方の割合は実に70%にも上っています。つまり介護をしている方の多くはストレスを抱えながら介護を続けているという事です。更に平成26年度の日本の自殺者は25,533人と報告されていますが、そのうち「介護・看病疲れ」が原因の自殺は246人に上ると報告されています。介護がいかに精神的ストレスを来たすものかが分かります。
介護サービスの利用状況を見ると、軽いサービスも含めれば約80%の方が何らかの介護サービスを利用している事が分かっていますが、逆に言うと20%(5人に1人)は、何のサービスも利用せず、全て介護者が背負って介護していると考えることも出来ます。
総務省の報告によれば、家族の介護が理由で会社を辞めたり転職したりした方は年間10万人もいると報告されています。また介護を理由とした転職では、転職後には収入が大きく低下してしまっている現実も報告されています。
このように介護というのは、大きなストレスがかかるものであり、生活への大きな支障を来たすものでもあるのです。
実際に介護を頑張りすぎて介護うつを発症してしまった方のお話を聞いても、介護をいうのは介護者の人生に大きな影響を与えるものだと強く感じます。
2.介護うつって何?
介護うつというのは、正式な医学用語ではありません。
しかし近年、介護のストレスを契機にうつ病を発症してしまう方が多く、そのような状態を「介護うつ」と呼ぶことがあります。
介護うつは、「うつ」の名前が入っている通り症状としては、次のようなうつ病症状が認められます。
- 気分の落ち込み
- 興味や関心の低下
- 食欲低下
- 不眠
- 焦り、不安
- 疲労感、倦怠感
- 無価値観、罪責感
- 思考や集中力の低下
- 死にたいなどといった考え
介護ストレスが原因で、このような症状が続くような状態を介護うつと呼びます。
介護うつの場合、このような症状が生じている原因は明らかです。しかし介護は仕事と違い、途中で止めることが出来ません。仕事でうつ病になったのであれば、「では一時休職しましょう」と言えますが介護はそうはいきません。自分が介護を止めてしまえば、誰も世話する人がいなくなってしまうからです。
そのため何がうつ病の原因か分かっているのに、それを解決できない矛盾があり、介護うつは治療の難しいうつ病になります。抗うつ剤を服薬すればそれで治るということはありません。介護うつになってしまうと、強いストレスを抱えながらも、そこから離れることが出来ないのです。これが介護うつの大きな問題となります。
3.介護の問題点
「自分の親を自分で介護してあげたい」
「病院や老人ホームに入れるのではなく、住み慣れた家に居させてあげたい」
介護を頑張るご家族は、このような優しさを持っている方がほとんどです。
もちろん、これは素晴らしい事です。何も間違っている事はありません。誰だって、住みなれない病院や老人ホームよりも出来るだけ最後まで自宅で過ごしたいに決まってます。このような願いをかなえてあげようと日々一生懸命介護を頑張るご家族には本当に頭が下がります。
しかし一方で介護は片手間で出来るほど簡単なものではありません。特に寝たきり状態になってしまったり認知症などにかかってしまうと、1日中付きっきりでお世話をしなくてはいけません。これを1人で行うことはまず不可能です。
私たちプロの医療者・介護者でさえ、病気によって生活レベルが落ちてしまっている方のサポートをする時は複数人で交代交代で行っているのです。プロでさえそうなのに、一般の方が24時間一人体制で介護を行うなど極めて困難なことなのです。無理して一人でやろうとすれば、生活の多くの事を犠牲にしなくてはいけなくなります。
この、「介護をしてあげたい」という気持ちと、「介護によって自分の生活が失われていく」という現実のはざまで生じる苦しみが介護うつの原因です。
介護には、うつ病になりやすい特徴があります。そして、まずはそれを知ることが介護うつを予防する第一歩になります。介護にはどのような問題点があるのかみていきましょう。
Ⅰ.終わりが見えない
どんなにつらい事でも、終わりが見えていれば頑張れます。
「今週でこの仕事は終わる!」
「1か月後には受験が終わる!」
と分かっていれば、現状が辛くてもまだ頑張れます。
しかし介護というのは、人間を相手にしている事ですから、終わりが見えません。
いつまで介護を続ければいいのか分からず、そのためモチベーションも続きにくいのです。
更に「終わり」というのは、具体的に言ってしまうと「介護される方が亡くなった時」になります。これは「終わりが来たら、それで幸せ」と言えるような終わり方ではありません。そのため、「早く介護が終わってほしい」と倫理的には思えないものなのです。仮に「介護が早く終わってほしい」と思ったとしても、それを口に出してしまうと、それは「介護される方に早く亡くなって欲しい」という意味にも取れてしまうため、周囲にも相談しずらいという特徴があります。
終わりが見えないし、「終わり」を想像する事は罪悪感を感じるようなものであるというのは、介護におけるストレスが高くなってしまう1つの要因になります。
Ⅱ.休みがない
普通の仕事には、昼休みの休憩もあるし、週に1~2回は休日もあります。何故かというと、このくらい休みを取らないと心身がどんどん疲れてしまうからです。どんなに過酷な仕事でも、全く休憩や休日が取れないという仕事はほとんどありません。
しかし介護はどうでしょうか。
- 24時間勤務でいつでも呼び出しの可能性あり
- 休日なし
という勤務体系です。
そして一般的な仕事などであればもらえる給料なども特にありません。
介護と仕事は異なるものですから、比較するものではありませんが、このように見てみると介護というのは、いわゆる「ブラック企業」よりも過酷な勤務体系で働き続けているようなものだとも考えられます。
その背景には「おじいちゃん、おばあちゃんに元気でいてもらいたい」という気持ちがあるため、介護をブラック企業と同じだと言うつもりは毛頭ありませんが、少なくとも大変さやストレスのかかり具合でいえば、ブラック企業並みがそれ以上なのだという事です。
どんなに仕事に熱い想いを持っていたとしても、不眠不休で働ける人などはいません。職場自体が24時間稼働しているところであっても、必ず何人かで交代して稼働させているはずです。
このように考えてみると、24時間たった一人で介護と向き合うということは、明らかに不可能な事なのです。
Ⅲ.頑張っても頑張っても要介護者は衰弱してしまう
どんなにつらくても、それに見合う結果が出れば、私たちはモチベーションを保って頑張れるものです。
つらい仕事でも、「この仕事をやり遂げたら昇進できる!」と思えば、頑張ることもできます。勉強が大変でも、「これが出来るようになれば志望校に合格できる!」と思えば、つらい勉学も頑張れます。
しかし介護というのは、このような結果を求めにくい側面があります。
失礼な言い方になってしまい恐縮ですが、ご高齢の方はどうしても年を取ると共に衰弱していきます。これは生き物である以上避けられない事です。しかし、毎日毎日頑張って介護を続けているにも関わらず、どんどんと弱っていく方をみると、「自分のしている事は意味がないのではないか」と考えやすくなってしまいます。
実際は、一生懸命介護しているから今の状態を保てているのに、自分の努力に意味がないような錯覚を起こしやすいのです。
Ⅳ.本業に支障を来たす
介護は、一人の人間のお世話を24時間体制でするわけですから、片手間で出来ることではありません。
一人で介護をしようとすると、必ず何かを犠牲にしなくてはいけません。そして多くの方が介護で犠牲にするのは「仕事」です。
先ほども紹介したように、毎年約10万人の方が介護を理由に退職・転職をしています。何か目標を持って仕事や活動をしていても、介護が始まるとそれを諦めないといけなくなるのです。
自分が一生懸命取り組んでいたものをあきらめて介護を始めるとなると、人生において大切な「生き甲斐」を失うことにつながります。
これは精神衛生上、あまり好ましい事ではありません。
Ⅴ.一般社会に理解されていない
介護がどれくらい大変かというのは、よく考えれば誰でも分かることですが、世間的にはまだまだ理解されていません。
安心して介護が出来るようにと、国は「介護休業制度」を設けています。この制度自体知らない方が非常に多いのですが、一応「介護が必要な時は仕事を休んでもいいですよ」という法律があるのです。
この制度では対象家族1人につき、通算3か月間まで介護休業が取得できるようになっています。しかしこの制度で介護休業を所得したというのは、現状わずか数%と非常に低い数値となっています。
その理由は、
「職場に言いにくい」
「介護で休むといったら退職を強制的に勧められる」
といったものです。
これは介護の大変さが世間でまだまだ認知されていないという事を如実に表しています。
確かに職場も職場の都合がありますから、社員に休まれるのは困るでしょう。しかし介護がどれくらい大変な事なのかを多くの方が理解するようになれば、もう少しこのサービスの利用率も増えるのではないかと感じます。
Ⅵ.認知症の症状
高齢者の介護となると、その高齢者が認知症になっているという事も少なくありません。
認知症になってしまうと、脳が委縮し、物忘れが出現したり、怒りっぽくなったりします。そしてこの症状が介護者のやる気をそいでしまう事があります。
例えば認知症の方に多い物忘れとして、「物取られ妄想」というものがあります。これは自分の持ち物をどこにしまったのか忘れてしまい、それを埋め合わせるために「誰かが自分の持ち物を盗んだ!」と考えてしまう妄想です。そして物取られ妄想は、大抵身近にいる方に向けられます。
毎日一生懸命介護していたのに、高齢者の方から「お前、俺のお金を盗んだだろう!」とあらぬ疑いをかけられてしまうことがあります。これは大きなショックを受けてしまいます。
また物忘れが進むと、様々な事を忘れてしまうため、時には自分の子供の名前まで忘れてしまうこともあります。毎日一生懸命親の介護していたのに、「あなた、誰ですか?」「私の子供はあなたではありませんよ」などと言われてしまう事もあるのです。これも介護者は大きなショックを受けてしまいます。
認知症では易怒性(怒りっぽくなる)や興奮が生じることもあります。これによって介護をしている時に殴られたり、噛みつかれたりということもあります。これも介護者はとてもショックを受けるでしょう。
いずれも認知症の症状であるため、仕方がないところなのですが、このような症状を目の当たりにするとショックを受け、モチベーションを保ちにくくなってしまうことがあります。
4.介護うつにならないために大切な考え方
介護はストレスがかかるものです。実際に大変なことですから、介護においてストレスをゼロにすることは出来ません。
しかしなるべくストレスを低くすることは工夫次第では可能です。
介護うつにならないために、どのような事を工夫すればいいでしょうか。
Ⅰ.完璧に出来なくてよいと考える
介護というのはそもそも一人で完璧に出来るものではありません。大切なご家族の介護ですから「完璧にやりたい」という気持ちは痛いほど分かります。しかし一人で完璧に介護をするというのは、「不可能」だと認識を改めなくてはいけません。
医療施設・介護施設の現状を見ればそれは明らかです。医療現場・介護現場では、訓練を受けたプロですらも「複数人で」「交代勤務をして」介護をしています。
1人で24時間体制で勤務しているような施設はありません。
プロでもそうなのです。ましてや一般の方が、一人で24時間介護し続けるという事は不可能なのです。
多くの場合、介護が必要な方というのは、自分の親であったり配偶者の親であったりと自分にとって大切な方になります。そのため、つい自分で全てを背負って頑張ってしまいがちですが、「介護は決して一人でやれる事ではないのだ」と考えて下さい。
相手の事が大切だから全て自分でやらないといけない、という事はありません。また、自分で全てやっていないと、相手を大切に思っていないという事にもなりません。
自分が大きなストレスを受ける事なく、介護に協力出来るラインをしっかりと見極めましょう。その上で、出来る範囲で介護を行うのが理想でしょう。それ以上は、他の人にも手伝ってもらったり、サービスをできる限り導入したりと、なるべく自分に無理な負担がかからないように工夫しましょう。
実際は、自分一人でやらざるを得ないという方もいらっしゃるかもしれませんが、「本当に協力してもらえる人はいないのか」「本当にこれ以上使えるサービスはないのか」という事は今一度再検討してみる必要があります。
Ⅱ.プロを利用し尽くす
本来、介護というのは、医療者・介護者といったプロであっても大変な仕事です。それを一般の方が一人でやろうとしてはいけません。
実は、日本の医療サービス・介護サービスというのは結構充実しています。一般の方は、どのようなサービスを利用できるのか分からない方も多いと思いますが、「ケアマネージャー」に相談すれば、自分に適切なサービス、使えるサービスを紹介してくれます。ケアマネージャーに相談することで、意外と使えるサービスがある事に気付くことは少なくありません。
毎日毎日介護ばかりしていると、介護する方も疲れてしまうし、介護される方も一人に依存してしまうようになります。これは良い関係とはいえません。
例えば、週に何回かはデイサービスに行くようにすれば、要介護者本人も家族以外の多くの方と接したり、活動量が増えることで気持ちも安定してきます。そして介護者も自分の時間が出来るため適度な息抜きができ、これによって安定した気持ちで介護に取り組めるようになります。
ある程度の期間休みたい時は、数日~数週間預かってもらえるショートステイを利用してもよいでしょう。
毎回通院に付き添うのが大変であれば、訪問診療を使ってもいいのです。日々の介護を手伝ってくれる存在として訪問看護やヘルパーさんを利用するという方法もあります。最近では訪問入浴といって、風呂桶を家まで持ってきてくれてお風呂に入れてくれるサービスや、訪問リハビリ・マッサージなどもあります。
使えるサービスはしっかりと利用し、自分ひとりで何でも抱え込まないようにしないといけません。
Ⅲ.プロに教えてもらう
介護は大変なものですが、その中でもちょっとしたコツというものがあります。
高齢者の方を抱え上げる時はこうすると楽とか、認知症の方に暴言を吐かれた時はこうやって受け流すと良いとか、知っていれば多少介護が楽になる知識というのは少なくありません。
また認知症の家族を介護している方であれば、医師に「認知症とはどういった病気なのか」をしっかりと教えてもらう方が良いでしょう。先ほどもお話したように認知症は物取られ妄想や易怒性・興奮・介護抵抗など、介護者がショックを受けやすい症状がいくつもあります。
これをあらかじめ知っていて対処法も分かっているのといないとのでは、介護のモチベーションは大きく異なってくるでしょう。
Ⅳ.自分の時間を作るのも介護の一環です
介護が始まると、介護中心の生活になってしまう事が少なくありません。しかし、一日中介護を続けていると、誰でも気が滅入ってしまいます。介護というのは通常、長期戦になります。数年続くのは当たり前で、長いと数十年と続くこともあるのです。介護は短距離走ではなく、マラソンのようなものです。
何十年も全力疾走し続けられる人などいませんから、介護では適宜休憩をしなくてはいけません。良い介護をするためには、介護者が適度な休憩を取って精神状態を安定させておくというのは非常に重要なことなのです。
定期的に介護から離れて、自分の時間を作るようにしなければいけません。そしてそれに罪悪感を感じてはいけません。適度に息抜きをすることは長期にわたる介護を続けるために欠かせないものなのです。つまり休憩も介護に必要な行為の一環だと考えなければいけません。
ショートステイなどを利用して、一時期要介護者を預かってもらうと、「自分が追いやってしまったみたいで申し訳ない」「自分は親不孝なのではないか」と罪悪感を感じる方がいますが、それは違います。
どんなに大切な相手であったとしても、毎日毎日顔を合わせていればストレスが溜まってしまうのは当然です。毎日毎日24時間介護を続けていれば疲れてしまうのも当然です。それは相手を大切にしていないという事ではありません。頑張りすぎているのですから、仕方がない事なのです。あなたも適宜休憩をしないと良い介護が出来るはずがありません。休憩や自分の時間は必要なものなんだと意識を改めて下さい。
必ず、定期的に自分の時間を作るようにしてください。