軽症うつ病を決して軽く考えてはいけない理由

うつ病は重症度によって「軽症」「中等症」「重症」と3種類に分けることが出来ます(最重症を入れて4つに分けることもあります)。

頻度としてはやはり軽症が一番多く、重症度が高くなるにつれ患者さんの数は少なくなっていくように感じます。特にクリニックなどの外来診療で診ることが多いのは、やはり軽症から中等症のうつ病が多いようです。

うつ病の難しいところは、重症度に応じてそれぞれ異なるリスクがあり、治すためのアプローチもやや異なってくるところです。そのため、必ずしも「軽症だから大丈夫」「軽症なら気合で治せる」という事にはなりません。

主に軽症うつ病において、「軽症」という言葉から「放っておいても問題ないもの」「別に治療しなくても大丈夫」「気合で治せるレベル」と理解している方がいらっしゃいますが、これは大変に危険な誤解となります。

軽症うつ病は、確かにうつ病の中では症状は軽度になりますが、「病気」です。決して放置して良いものではありませんし、適切な治療が必要なものです。また軽症であるためのリスクというものも存在します。

「軽いなら放っておいて良いだろう」と言えるものではないのです。

今日は軽症うつ病はどのようなうつ病なのかを説明し、軽症うつ病にはどのような問題点があるのかをお話しします。

1.軽症うつ病とは

まず軽症うつ病とは、どのようなうつ病を言うのでしょうか。

軽症うつ病はうつ病に含まれる一型になり、まずはうつ病の診断を満たす必要があります。うつ病である上で、重症度が「軽症」だと判断されるものが軽症うつ病になのです。

ではまずはうつ病の診断基準を見てみましょう。

診断基準として有名なDSM-5のうつ病の診断基準を紹介します。

  1. 抑うつ気分
  2. 興味または喜びの著しい低下
  3. 食欲の増加または減少、体重の増加または減少(1か月で体重の5%以上の変化)
  4. 不眠または過眠
  5. 強い焦燥感または運動の静止
  6. 疲労感または気力が低下する
  7. 無価値感、または過剰・不適切な罪責感
  8. 思考力や集中力が低下する
  9. 死について繰り返し考える、自殺を計画するなど

これらの5つ以上が2週間のあいだほとんど毎日存在し、またそれによって社会的・職業的に障害を引き起こしている場合、うつ病と診断される

(DSM-5 うつ病の診断基準より)

うつ病に見られる代表的な症状が5つ以上認められ、それが2週間以上ほぼ毎日続く場合、うつ病と診断することになります。

そしてうつ病の中で「軽症」というのは、

うつ病の診断基準を満たすけど、何とか生活を送れているもの

と考えて頂くと分かりやすいと思います。

うつ病の範疇には入っており精神的につらい毎日を過ごしているけども、表面上は何とか仕事にも行けているし、必要な活動も何とか出来ている。

これがざっくりと言うと軽症うつ病になります。

2.軽症うつ病で問題となりやすいこと

軽症うつ病はうつ病の中では重症度が低いため、中等症や重症と比べると治りやすいのは事実です。一般的に重症よりも軽症の方が早く治りますし、治るまでの期間も短くなります。

しかし「軽症うつ病」はうつ病であり、病気の1つです。「軽いから」という理由でちゃんとした治療をしなかったり、適切なサポートを行わないのは大変危険なのです。

病気である以上、

「軽いんだろうし、普通に仕事をさせても大丈夫だろう」
「軽いから放っておいてもいいだろう」

このように考えていいものではありません。

軽症うつ病の患者さんを診ていて、問題となりやすいことを紹介します。

Ⅰ.日常生活がなんとかできてしまうため、病気だと思ってもらえない

軽症うつ病は、表面上はうつ病だと気付きにくいうつ病です。

うつ病はこころの病気ですから、ただでさえ外からは分かりにくい性質を持った疾患です。しかしうつ病でも重症であれば、寝たきりで動く事も出来ず、頭が全く回らないといった症状から「何かおかしい」とさすがに周囲の人も気付きます。

しかし軽症うつ病は、必要な活動は何とかギリギリ行えてしまうため、外から見れば「普通」に見えてしまうのです。心の中は毎日つらいけども、表面上は「普通」に近いため、周囲からほとんど気付かれません。

「最近、落ち込みがひどい」と相談しても、周囲からは普通に映っていますから「そういう時もあるよ」「すぐに良くなるよ」「大変なのは皆一緒だよ」と流されてしまい病気だとは思ってもらえないのです。

何とか生活が送れているため、自分自身でも「気のせいかな」「最近気がたるんでいるだけなのかな」と考えてしまうことも少なくありません。

軽症うつ病は、正常範囲内の「ゆううつ」との見分けがつきにくく、病気だと認識されにくいのです。そのため、適切な治療を導入する事が遅れてしまい、その間にどんどん症状が悪化してしまうことがあります。

Ⅱ.エネルギーが残っているため自殺・自傷などの衝動的な行動に至りやすい

軽症うつ病は、衝動的な行動に至りやすい傾向があり、これは他の重症度のうつ病と比べて軽症うつ病の大きなリスクになります。

うつ病は精神エネルギーが低下してしまう疾患ですが、その中でも軽症うつ病は精神エネルギーがまだ少しだけ残っています。そのため、そのエネルギーが負の方向に向いてしまい、衝動的に自傷行為をしたり自殺行動をしてしまうことがあるのです。

うつ病でも中等症や重症になると、「死にたい」と感じてしまう症状はあるものの、それを実行に移すエネルギーが残っていないため、自殺行動を実行することが出来ません。

一方でエネルギーが若干残っている軽症うつ病は、「死にたい」という症状から、実行に移してしまうリスクがあるため、非常に注意が必要なのです。

Ⅲ.治療法も外からみて分かりにくい

精神科で軽症うつ病と診断されたら、治療が始まります。

うつ病の治療は、抗うつ剤の服用が主ですが、実は軽症うつ病においては安易に抗うつ剤を使わない方がいいのではないかと考えられています。

軽症うつ病の場合、プラセボ(何の成分も入っていない偽薬)と抗うつ剤の治療成績に差が乏しく、抗うつ剤を使ったからといって治りが良くなるわけではないケースが多いことが指摘されています。

もちろん、症例によっては軽症うつ病に対してもお薬を使うことはありますが、一般的には軽症うつ病に対してはお薬以外の治療から行っていきます。

お薬以外の治療法というと、具体的には

  • 安静・休養
  • 精神療法(カウンセリングなど)

が挙げられます。

安静・休養や精神療法といった治療法は、お薬と比べると、周囲からみて治療しているかどうか分かりにくいという欠点があります。

お薬を飲んでいるところを見れば、誰がみても「病気があって治療しているんだな」と分かります。しかし休養は周囲からみると、ただ怠けているのと違いが分かりにくいのです。

また精神療法も目にみえる治療法ではないので、「治療をしている」という感じが周囲に伝わりにくいところがあります。

このような軽症うつ病の治療法からも、「病気ではないのではないか」という誤解を与えてしまうことがあります。

3.軽症うつ病なのか?正常内の憂うつなのか?

軽症うつ病は、うつ病の中ではもっとも重症度が低いため、

  • 正常範囲内の憂うつなのか
  • それとも軽症うつ病なのか

の判定が難しいことがあります。

精神科を受診して、精神科医に判定してもらう事が一番正確な方法ですが、軽症うつ病と正常内の憂うつはどのように見分ければいいのでしょうか。

両者の違いを紹介します。

Ⅰ.正常な憂うつには原因があることが多い

正常内の憂うつというのは、何らかのストレスに対する反応として生じることがほとんどです。

「仕事で大きな失敗をしてしまって落ち込んだ」
「信頼していた親友にひどい事を言われて落ち込んだ」

などと、落ち込んでしまう原因があり、それに対する反応として憂うつが生じます。

対して軽症うつ病では、原因がある事もありますが、明らかに落ち込むような原因がないにも関わらず憂うつが出現することがあります。

Ⅱ.正常内の憂うつは、1〜2週間ほどで徐々に改善していく

うつ病の診断基準の1つに、「期間」が設けられています。

うつ病は、うつ症状が「2週間以上」続いている必要があります。

これは逆に言うと、正常内の憂うつというのは、2週間以内に症状は徐々に改善していくという事です。

1~2週間程度で徐々に改善していくような憂うつであれば、それは正常内のものとして様子をみてもいいかもしれません。しかし2週間経っても改善の兆しが見られなかったり、むしろ悪化の傾向にあるようであればそれはうつ病の可能性があります。

Ⅱ.正常な憂うつは死にたい、消えたいとまで思わない

一般的に健康な精神状態では、私たちは本気で「死にたい」とまでは思わないものです。

言葉として「もう死にたいなぁー」と比喩的に言ってしまうことはありますが、これは一つはの例えとして使っているのであり、本気で自殺を検討しているわけではないはずです。

対して軽症うつ病では、本気で「死にたい」「消えたい」「自分なんてこの世にいない方が良い」と考えてしまいます。また「死にたい」と思うだけでなく、死ぬための方法を具体的に考えたりしてしまったり、死ぬための準備をしたりといった「行動」をしてしまう点も、正常の憂うつと異なるところです。

4.軽症うつ病を放置してはいけない理由

軽症うつ病は、症状の程度が軽いというのは確かです。しかし症状が軽いというだけで、病気には違いありません。軽いから放置をして良いものにもなりません。

軽症とは言え、うつ病はうつ病であり、適切な治療すべきものなのです。様子観察を続けることで幸運にも自然と改善する例もありますが、中には放置してしまったがために重症化してしまう事もあります。

そのため、軽症うつ病が疑われたら「気持ちの問題」「甘えているだけ」と思わず、一度精神科を受診してしっかりと専門家の指示を受ける必要があります。

軽症うつ病は何故放置してはいけないのでしょうか。また放置してしまうとどのような問題が生じるのでしょうか。

Ⅰ.社会から不当な扱いを受けてしまう

また先ほども書いたように軽症というのは周囲から理解されにくく、そのために不当な扱いを受けてしまうことがあります。

うつ病という病気で仕事のミスが増えているのに、「最近のあいつはやる気がない」「たるんでいる」と評価されてしまうことだってあります。これは非常にもったいない事です。

「病気の症状」を「本人のやる気のなさ」として評価されているのですから、明らかに不当な扱いを受けています。最悪の場合、解雇(クビ)になってしまったりすれば、その方のその後の人生に大きな傷を残してしまいます。

そのため、軽症であってもしっかりと医療につなげ、適切な評価を受けられるように配慮しなければいけません。

やる気がなかったり、甘えているのではなく、「病気としての症状なんだよ」という事を専門家によって正しく証明してもらう事で、社会から不当な扱いを受けることを避けることができます。

不当な扱いを受ければ本人にとって大きな損失であるだけでなく、社会にとっても大きな損失です。

本来、適切に治療をすれば、また元通りのパフォーマンスで仕事が出来る方なのに、「やる気がない」と誤解して解雇してしまったとしたら、これは会社側としても非常にもったいないことをしているのは明らかです。

Ⅱ.患者さんの命を奪う危険がある

先ほどもお話したように、軽症うつ病はエネルギーがまだ残っているため、時に衝動的な行動を起こしてしまうことがあります。これは具体的に言えば、自傷行為や自殺行動などになります。

特に自殺行動などは取り返しのつかない行動になるため、絶対に食い止めなくてはいけません。

実はこのような衝動的な行動は、重症うつ病よりも軽症うつ病の方が発生しやすいのです。

もちろん、重症うつ病の方も「死にたい」という辛い気持ちを抱えています。しかし重症うつ病は精神エネルギーが完全に無くなっているため、実際に自殺行動を起こすエネルギーがありません。「自殺」というのはある程度エネルギーが残っていないと出来る行為ではありませんので、実は重症うつ病の方にとってはなかなか実行できないものなのです。

しかし軽症うつ病の方は、死にたいという気持ちを持ちつつ、それを実行できるエネルギーがまだ残っているのです。とても危険な状態だということが分かるでしょう。

実際、うつ病の自殺というのはすごく悪い時よりも、少し改善してきた時に起こりやすいと言われています。

軽症だからといって軽く見て良いということでは無いのです。

Ⅲ.早期治療が早期改善につながる

どんな病気でもそうですが、軽いうちから治療した方が早く治ります。うつ病においてもこれは例外ではありません。

軽いからと放置しておくと徐々に悪化し、日常生活や社会生活がだんだんと出来なくなってきます。そうなってから初めて治療を始めると、最初から治療を始めていた場合と比べて長く時間がかかってしまうことにもなるのです。

軽症のうちから発見し、適切な治療を導入できれば、うつ病の重症化を防ぐことが出来るのです。