過呼吸・過換気症候群が生じる原因は何か

強い不安などを感じたとき、急に呼吸が早くなり、思い通りに呼吸が出来なくなってしまうことがあります。これは過呼吸症候群(過換気症候群)と呼ばれています。

過呼吸・過換気症候群とは、発作的に生じる、自分では制御できない頻回な呼吸を呈する症候群です。若い女性に多いと言われており、強い不安やストレスなどに伴って生じることが多いことが知られています。

過呼吸・過換気症候群はなぜ生じるのでしょうか。今日は過呼吸・過換気症候群が生じる原因について紹介します。

1.身体的な原因で生じるものではない

過呼吸・過換気症候群では、身体的な原因を認めることはほとんどありません。

身体的な原因で呼吸が早くなる場合は、臨床的には過呼吸ではなく「頻呼吸」と呼ぶ事が多いのですが、これは主に心臓や呼吸器の疾患で生じます。

例えば呼吸器疾患である気管支喘息の喘息発作が生じると、頻呼吸が見られます。気管支喘息はアレルギー疾患の一つであり、アレルギー反応によって気管が収縮して狭くなってしまうために、呼吸しずらくなり呼吸回数が増えるのです。喘息発作では、「気管が狭くなっている」という身体的な異常が生じており、これにより頻呼吸が生じていると説明が出来ます。

また心不全などの心臓の疾患においても急性増悪時には頻呼吸を認めます。これは心不全によって肺に水が溜まってしまうため、十分な呼吸が出来なくなり頻呼吸が生じます。

しかし過呼吸・過換気症候群は、このような身体的に異常は認められません。器質的には何の異常も生じていないのに、息苦しさを感じるのです。

喘息や心不全など身体的原因で生じる頻呼吸は、実際に酸素が足りない状態であるため、十分な酸素を取り込もうとして呼吸回数が頻回になります。そのため、酸素濃度を測定すると実際に酸素濃度の低下が認められます。

対して過呼吸・過換気症候群では、十分な酸素があるにも関わらず、自律神経の異常が生じて「酸素が足りない!」と脳が誤認識して生じます。そのため、酸素濃度を測定しても低下しておらず、むしろ正常よりも上昇していることもあります。

2.過呼吸の主な原因は精神的ストレス

では、過換気・過呼吸症候群の原因は何でしょうか。

一番多い原因としては、精神的ストレスが挙げられます。主に不安・恐怖・緊張などの精神的ストレスが原因となり過呼吸が誘発されます。また、精神的ストレス以外の原因として激しい運動や入浴後、発熱時などを契機として生じることもあります。

過呼吸発作と類似した病態としてパニック発作がありますが、パニック発作もパニック障害の患者さんが強い恐怖や不安を感じることで誘発されます。過呼吸発作もそれと同様であり、パニック発作と過呼吸発作はオーバーラップしている点が多いことが指摘されています。

パニック発作も過呼吸発作も同じ病態だと言う専門家もいますし、異なる病態で生じていると言う専門家もいます。その決着はついていませんが、類似した病態であるのは間違いないでしょう。

パニック発作はパニック障害の症状のひとつであり、予期不安・広場恐怖などの症状を認めている患者さんが、過呼吸のみならず、動悸・呼吸苦・めまい・冷感などの様々な症状と呈するのに対し、過呼吸発作は過呼吸が主な症状になります。

3.過呼吸が生じる病態生理

過呼吸発作では、呼吸が頻回になるだけでなく、意識がボーッとしたり、手足がしびれたりと様々な症状も出現します。そしてこれらの症状によって患者さんは更に不安・恐怖を感じるようになってしまいます。

過呼吸発作が生じている時、私たちの身体の中ではどのような変化が生じているのでしょうか。簡単にではありますが、過呼吸発作が生じる病態や、過呼吸発作中に私たちの身体で生じている病態について紹介します。

Ⅰ.精神的ストレスで過呼吸が誘発される

不安や恐怖など、強い精神的ストレスを感じると、呼吸器系の自律神経のバランスが乱れて過活動となり、過呼吸が誘発されます。

Ⅱ.過呼吸で血液がアルカリ性になり、血管が収縮する

呼吸というのは酸素を取り入れ、二酸化炭素を出すというはたらきがあります。そのため、過呼吸になると、血液中の酸素が過剰に増え、二酸化炭素が過剰に低下します。二酸化炭素が過剰に低下すれば血液はアルカリ性に傾きます。二酸化炭素の低下による血液のアルカリ化を専門的には呼吸性アルカローシスと言います。

そして血液がアルカリ性に傾いてしまうと、血管は収縮することが知られています。

脳の血管が収縮すると脳の血流が減少して意識がボーッとします。また心臓の血管が収縮すれば動悸や胸痛を感じます。腸管に分布している血管が収縮して腹痛や悪心を来すこともあります。

Ⅲ.カルシウムイオンが低下してしびれ・けいれんが生じる

私たちの身体は異常な状態になると、何とかして正常に戻そうとする力が働きます(これを恒常性(ホメオスタシス)と言います)。呼吸性アルカローシスになると、何とか血液を酸性にして正常のpHに戻そうという力がはたらきます(ちなみに血液の正常のpHは7.4前後です)。

具体的には、血液中のアルブミンなどのタンパク質が水素イオンを遊離させることで血液を酸性にします。しかし水素イオンを遊離させた分、アルブミンはカルシウムイオンを結合してしまうため、今度は血液中のカルシウムイオンが低下してしまいます。

血液中のカルシウムイオンが低下すると、手足のしびれや硬直・けいれんが起こりやすくなります。これを専門的には「テタニー」と呼びます。

過呼吸で手足のしびれが生じるのはこのような機序が原因だと考えられています。

低カルシウム血症となると、心電図にQT延長などといった所見が認められるため、心電図検査が施行されることもあります。

4.過呼吸は悪循環メカニズムに陥りやすい

過呼吸・過換気症候群は、基本的には重篤な後遺症が残ることはありません。突然息が出来なくなるため、発作中は「このまま死んでしまうのでは」と思うくらい苦しいのですが、過呼吸が原因で死んだ人はいません。

しかし過呼吸は悪循環にはまりやすい傾向があり、これが発作を長引かせることがあります。

過呼吸・過換気症候群が生じる主な原因は、不安や恐怖などの精神的ストレスだとお話しましたが、発作が生じると「苦しい」「このまま死んでしまうのでは」と発作の不安や恐怖が更に加わってしまいます。

原因が不安や恐怖などの精神的ストレスですので、不安や恐怖を和らげることが発作を治めるために重要なのですが、発作自体が不安・恐怖を強く感じるものであるため、長引きやすいという性質を持っています。

しかし過呼吸・過換気症候群はたとえ長引いたとしても、後遺症が残ることはありません。発作は時間が経てば必ず落ち着きます。ほとんどの過呼吸発作は30分~1時間以内に治まり、1時間以上持続することは極めて稀です。

確かに発作中は苦しいのですが、その不安・恐怖にとらわれ過ぎず、「絶対に死ぬことはないから大丈夫だ」「いつかは必ず発作は治まるから大丈夫だ」としっかりと意識しておくことが大切です。