うつ病はこころの症状を主に認めるため精神疾患に分類されており、その治療も精神科・心療内科で行われます。
このように「こころの症状」が主である場合、その原因は精神的なものだと考えられるのが一般的です。
しかし実は、身体疾患(内科疾患)が原因でうつ病のような状態が生じることもあります。
身体の病気で生じているうつ状態と、精神疾患であるうつ病をしっかりと鑑別することは非常に重要です。身体が原因なのに、精神疾患だとだと判断して治療してしまうとうまくいきませんし、逆もまた然りだからです。
うつ状態が生じる身体疾患にはどのようなものがあるのでしょうか。また私たち医師はどのように鑑別を行っているのでしょうか。
1.うつが生じる身体疾患にはどのようなものがあるのか
うつ状態が生じうる身体疾患というと、非常に多くの疾患が該当することになります。その全てを説明することは難しいため、ここでは代表的な疾患を紹介させて頂くこととします。
うつ状態が生じうる身体疾患は、大きく分けると次の3種類に分けられます。
・内分泌疾患(ホルモンバランスの異常)
・脳疾患(脳の異常)
・その他
内分泌、というのは「ホルモン」と考えてください。人の体内ではたくさんのホルモンが合成され、分泌されています。男性ホルモン、女性ホルモン、甲状腺ホルモン、副腎ホルモンなどなど、みなさんも名前は聞いたことがあると思います。
ホルモンは身体に様々な作用をもたらしますが、精神的な作用をもたらすものも少なくありません。代表的な例を挙げると、女性ホルモンのバランスが崩れる月経(生理)では、気分が落ち込んだり、イライラしやすくなりますよね。
このホルモンのバランスが崩れると、うつ状態が生じることがあり、そのため内分泌疾患の中にはうつ状態を起こす可能性のあるものがいくつかあります。
また、うつ病は脳の病気です。なんらかの原因で脳の神経伝達物質(セロトニンなど)の分泌が少なくなることがうつ病の原因のひとつだと言われています。そのため、同じく脳になんらかの異常が発生する脳疾患では、うつ状態が生じる可能性があるのです。
2.内分泌疾患で生じるうつ病
「内分泌疾患」というと分かりにくいですが、「ホルモンバランスが崩れる疾患」だと考えて頂くと分かりやすいと思います。
臓器の中にはホルモンを分泌するものがあります。ホルモンは気分に影響を与えるものが少なくないため、ホルモンのバランスが崩れると、うつ状態を呈することがあります。
うつ状態を生じうる、代表的な内分泌疾患を紹介します。
Ⅰ.甲状腺機能低下症
うつ状態を引き起こす内分泌疾患として代表的なものに甲状腺機能低下症があります。甲状腺は甲状腺ホルモンというホルモンを分泌していますが、この甲状腺ホルモンが少なくなる病気が甲状腺機能低下症です。
甲状腺ホルモンは、身体の代謝を上げる働きがあります。そのため甲状腺ホルモンが少なくなると、代謝が落ち、
・抑うつ気分
・倦怠感・疲労感
・寒気
・活動性低下
・集中力、記憶力低下
・便秘
・徐脈(脈が遅くなる)
・浮腫(むくみ)
などが生じます。精神症状を見ると、うつ病の症状と共通する症状も多いですね。
甲状腺機能低下症は、血液検査・超音波検査などで診断が可能です。精神科でも血液検査を行えますので、採血で甲状腺ホルモン値の異常が認められれば甲状腺機能低下症を疑い内科へ相談します。治療は甲状腺ホルモンの投与になります。
Ⅱ.クッシング症候群
クッシング症候群は、副腎(腎臓の上にある臓器)から分泌されるコルチゾールというホルモンが過剰に分泌されてしまう疾患です。
うつ病の原因のひとつとして提唱されている仮説にHPA仮説があります。HPA仮説によると、過剰なコルチゾールは脳の神経細胞に対して毒性があるため、うつ病の原因になります。
クッシング症候群はコルチゾールが増える疾患であるため、脳のコルチゾール濃度も増え、うつ状態を引き起こす可能性があります。
クッシング症候群の症状は、
・中心性肥満(体幹が肥満で四肢は痩せている)
・満月様顔貌(顔が丸くなってしまう)
・多毛
・皮膚線条(皮膚割れ)
などが有名ですが、精神症状として
・抑うつ気分
・意欲の低下
・不安、焦り
・不眠
などが認められます。
血液検査を行うと、コルチゾールなどのホルモンバランスの異常が確認できます。また画像検査(CT、MRIなど)で副腎や脳下垂体などの臓器の腫大が認められることもあります。
クッシング症候群の診断は、内科で様々な検査を行った上でなされますが、中心性肥満や多毛、皮膚線条などの身体的な症状も多いため、身体所見から疑われることも少なくありません。
精神科においても、身体所見からクッシング症候群が疑われて、血液検査にて異常が認められた場合は内科に紹介します。
治療はコルチゾールが過剰になっている原因によって異なりますが、腫瘍があり、それがコルチゾール過分泌の原因になっていることが多いため、腫瘍に対しての治療(手術など)が行われます。例えば、副腎に腫瘍があって、それがコルチゾール過分泌の原因なのであれば、手術で腫瘍を切除します。
Ⅲ.その他
その他の内分泌疾患でも、うつ状態を引き起こすものがあります。
・アジソン病(副腎皮質機能低下症)
・副甲状腺機能亢進症
などは、時にうつ状態を引き起こします。
3.脳疾患で生じるうつ病
うつ病は、脳のモノアミン(セロトニン・ノルアドレナリン・ドーパミンなど)の減少によって生じると考えられています(モノアミン仮説)。
脳疾患は脳に何らかの異常が生じているため、脳のモノアミン減少の原因にもなりやすいと考えられ、実際にうつ状態を発症する原因となります。
Ⅰ.パーキンソン病
パーキンソン病は、中脳の黒質という部分のドーパミンの減少が原因だと言われています。
・無動(動きが遅くなる)
・筋固縮(筋肉の持続的なこわばり)
・振戦(ふるえ)
・姿勢反射障害(身体のバランスを取りにくくなる)
などの症状が典型的ですが、精神症状として、
・抑うつ気分
・不安
・幻視
・感情鈍磨
・興味や関心の低下
・緊張
・集中力・記憶力低下
なども認められます。
治療はドーパミンの減少が原因であるため、ドーパミンを補充するはたらきを持つお薬を使用します。
Ⅱ.認知症
認知症には、
・アルツハイマー型認知症
・脳血管性認知症
・レビー小体型認知症
・前頭側頭型認知症
などいくつかの種類がありますが、どの認知症でもうつ状態を生じることがあります。
認知症は、脳の委縮や脳細胞の壊死が生じるため、
・意欲低下
・抑うつ気分
・妄想
・攻撃性
などの精神症状が生じます。
認知症を治すお薬はなく、進行を抑えるお薬を使用します。
Ⅲ.脳外傷・脳腫瘍
交通事故などで脳に強いダメージを受けたり、脳に腫瘍が出来ていたりすると、それにより精神症状を来すことがあります。
その症状は、外傷を受けた部位や腫瘍が発生した部位によって様々ですが、精神症状としてうつ状態が生じることがあります。反対に興奮・易怒性・攻撃性などが出現することもあります。
3.その他身体疾患で生じるうつ病
その他にもうつ状態を生じる身体疾患があります。
Ⅰ.糖尿病
実は糖尿病でもうつ状態が生じることがあります。その理由は、
・糖尿病という病気に対する不安・心配から
・高血糖が精神にも影響するから
などが指摘されていますが、どちらが原因なのかは明らかではありません。
糖尿病は、初期には重篤な症状は起こらないものの、進行すれば透析になったり、目が見えなくなったりと、将来的な合併症は侮れません。高血糖を放置していれば徐々に身体を蝕んでいく疾患であるため、自分の将来に対して悲観的になり、恐怖・不安を感じやすくなってしまうことが予測されます。
また食事制限やインスリンの注射などの毎日の管理も面倒であり、これも大きなストレスになります。
これらが原因でうつ状態が生じてしまう可能性は十分にあるでしょう。
Ⅱ.全身性エリテマトーデス(SLE)
膠原病に属する全身性エリテマトーデス(SLE)は、様々な臓器が障害される疾患であり、その症状も多彩です。
・皮膚症状(蝶形紅斑・発疹)
・関節炎
・腎炎
・心膜炎
など、症状は多岐に渡ります。
精神症状を来すことも珍しくなく
・抑うつ気分
・気分高揚
・意欲低下
・幻覚妄想
などが生じる可能性があります。
SLEは、膠原病に属する自己免疫疾患です。自己免疫疾患というのは、本来は敵(ばい菌など)をやっつける働きを持つ免疫系細胞が、正常に機能しなくなってしまう疾患です。
自分の細胞を「敵だ!」と誤認識してしまい、自分で自分の身体を攻撃してしまうという疾患です。自己免疫疾患に対しては、ステロイドなどの免疫抑制剤で治療が行われます。
4.身体疾患によるうつ病を見逃さないためには
身体疾患によるうつ病は、精神的なうつ病とは治療法が異なるものも多いため、極力見逃さないようにしなくてはいけません。
例えば脳腫瘍でうつ状態が生じていケースを考えてみましょう。原因は脳の腫瘍なのに、これに気付かず「これは精神的なうつ病ですね」と考えて抗うつ剤で治療をしてしまうと、放置された腫瘍はどんどんと増大してしまいます。
これでは困ります。
身体的な原因で生じているうつ病を見逃さないようにするためにはどうすればいいでしょうか。
精神科では初診時に血液検査を行うことがありますが、実はこれが身体疾患によるうつ病を鑑別するために重要な役割を果たしています。
精神科で採血されると、「精神科なのに何で採血なんてするんだろう」と不思議に思う方もいらしゃると思いますが、実はこれは身体疾患によるうつ病を検出するために大切な検査なのです。甲状腺機能低下症やクッシング症候群などは、血液検査でホルモンバランスを調べると、高い確率で発見することが出来ます。
また、精神症状以外の症状をしっかりと診察することも大切です。身体疾患でうつ病が生じている場合、そもそもは身体疾患ですので身体症状が生じていることが少なくありません。例えばパーキンソン病であれば、固縮の症状だったり、歩き方などから疑うことができます。
つまり精神科医といえども、最低限の内科診療スキルは必要になってくるということです。そのため最近は、医師免許を取ったら最初の2年間は「研修医」としてあらゆる科を回るという「スーパーローテート制度」が導入されています。
研修医のうちに最低限の内科スキルを習得することは、精神科医になってからも役立つのです。
また、高齢者のうつ病であれば、念のため一度CTを撮影し、認知症の所見がないか、脳腫瘍はないかなどを確認できれば理想的です(クリニックなどではCTがないため、出来ないこともあります)。