精神疾患の診断を行う時、指標のひとつになるのが「診断基準」です。
日本で主に用いられている診断基準は、世界保健機構(WHO)が発行しているICD-10とアメリカ精神医学会が発行しているDSM-5の2つです。
このコラムでは、非定型うつ病の診断の際に指標とされる「非定型うつ病の診断基準」を紹介させて頂きます。
なお、実際の診断基準はここで紹介するものよりも、専門用語でより詳しく書かれています。このコラムでは分かりやすさを重視しているため、多少砕いて書いていることをご了承下さい。
1.診断基準を読むに当たって大事なこと
診断基準を見る前に、ひとつ大切なことをお話させて下さい。
精神科において診断基準は診断の指標になる大切なものではありますが、絶対的なものではありません。目にも見えず個人差も大きい「こころの症状」を、箇条書きされた診断基準のみで規定するのは無理があるからです。
例えば、うつ病の診断基準の1項目である「抑うつ気分(落ち込んでいる気持ち)」一つをとっても、その程度や種類は人によって千差万別でしょう。「抑うつ気分」という項目を、どのレベルを超えればうつ病を満たすと判断してよいのかを言葉で表現することはとても困難です。
そのため精神疾患の診断というのは、診断基準を参考にはしますがそれを絶対的に盲信するのではなく、精神科医が「精神医学的に診断基準を満たす所見であるか」を判断しながら行っていくのが実際のところです。
見かけ上の基準を満たしているからといって必ず診断がされるわけではありませんし、逆もまたしかりです。
しかし、とは言っても基準が全くなければ困るわけで、診断基準が大きな意味のあるものであることに違いはありません。
2.DSM-5の非定型うつ病の診断基準
非定型うつ病の診断基準を見るとき、分かりやすいのはDSM-5の方です。DSM-5は非定型うつ病に認められる症状を項目として挙げており、それをいくつ以上満たせば非定型うつ病に該当すると明確に定義しています。
DSM-5においては、非定型うつ病は、まずうつ病の診断基準を満たしていることが前提となります。実際の臨床ではうつ病の診断基準を完全には満たさないことも少なくありませんが、一応DSM-5の診断法としては、まずはうつ病を満たしている必要があるのです。
そのため、まずはうつ病の診断基準を紹介しましょう。
Ⅰ.DSM-5のうつ病の診断基準
DSM-5は、うつ病の症状を9つ挙げ、それを一定数以上満たせばうつ病の診断基準を満たすとしています。
うつ病の症状については、次のようになっています。
症状 | 1.抑うつ気分 2.興味・喜びの著しい減退 3.著しい体重減少・増加(1か月で5%以上)、あるいはほとんど毎日の食欲の減退・増加 4.ほとんど毎日の不眠または睡眠過剰 5.ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止 6.ほとんど毎日の疲労感または気力の減退 7.ほとんど毎日の無価値観、罪責感 8.思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる 9.死についての反復思考 |
これらのうち、
・5つ以上が2週間以上続くこと
・1か2のどちらかは必ず認めること
・苦痛を感じている事、生活に支障を来していること
を満たすと「抑うつエピソード」であると判断され、更に
・他の疾患を除外している事(例えばお薬で誘発されたうつ状態など)
を満たすと、うつ病の診断基準を満たすこととなります。
Ⅱ.DSM-5の非定型うつ病の診断基準
DSM-5では、次の特徴が前項の抑うつエピソードの大半の日で認められる場合、「非定型の特徴を伴ううつ病」となります。
症状 | A.気分の反応性 B.以下のうち2つ以上 (1) 有意の体重増加または食欲増加 (2) 過眠 (3) 鉛様の麻痺 (4) 長期間に渡り対人関係上の拒絶に敏感で、意味のある社会的または職業的障害を引き起こしている C.同一エピソードの間に「メランコリアの特徴を伴う」「緊張病を伴う」の基準を満たさない |
気分反応性とは、非定型うつ病の最大の特徴で、落ち込んでいても楽しい出来事(遊びに行ったり、褒められたり)があると気分が改善するという症状です。
鉛様の麻痺というのは、身体に鉛が入っているかのように重いという事で、手足に重み・鈍さを感じ、重みでつぶれそうな感覚となることもあります。
また拒絶過敏性というのは、他者からの目を過剰に気にし、「拒絶」に対して過剰に反応するというものです。ちょっと注意されただけで「拒絶された!」と感じて大きく落ち込み、時には仕事を休んだり、衝動行為(リストカットや暴力など)に至ることもあります。拒絶過敏性は抑うつ状態にない時にも認めますが、抑うつ状態の時は一層悪化します。
また、Cは「他のタイプのうつ病ではない」という意味になります。
Ⅲ.DSM-5の非定型うつ病診断基準まとめ
1.まずはうつ病(抑うつエピソード)の診断基準を満たし
2.「非定型の特徴を伴う」の診断基準も満たす
ことで非定型うつ病の診断となります。
3.ICD-10の非定型うつ病の診断基準
前述のDSM-5は、非定型うつ病を定義する基準が分かりやすかったのですが、ICD-10には「これが非定型うつ病です」と明確に定義する基準がありません。
DSM-5は非定型うつ病を「抑うつエピソード」を満たした上で更に「非定型の特徴を伴うもの」を満たすものと定義しており、非定型うつ病はあくまでもうつ病に属する一型だという位置づけでした。
しかしICD-10は、うつ病エピソードの診断基準と別に非定型うつ病は分類されています。
ICD-10では、非定型うつ病はうつ病と同じ「気分障害」というカテゴリには入っているものの、うつ病エピソードと非定型うつ病の症状は異なるものだという位置づけになっています。
これはICD-10のうつ病の診断基準は、定型うつ病を意識して作られているため、非定型うつ病の方に当てはめようとすると、診断基準を満たさなくなってしまう事が多いという理由もあると思われます。
それではまずは、ICD-10における非定型うつ病の診断基準をみてみましょう。
Ⅰ.ICD-10の非定型うつ病の診断基準
ICD-10では非定型うつ病に対する診断基準の記載はなく、その判断は医師の診察に委ねられています。
診断コード的には、非定型うつ病は「F32.8 他のうつ病エピソード」という中に分類されています。
うつ病エピソードに適合しないが、全般的な診断的印象からその本質においては抑うつ的と示唆されるエピソードはここに含めるべきである
と定義されており、非定型うつ病もここに属すると記載されています。
うつ病エピソードには今ひとつ当てはまらないんだけど、精神科医が診察してどうも本質は抑うつであると判断した場合は、「非定型うつ病と診断してよい」という事であり、具体的に何と何を満たしたらOKというものではなく、精神科医の判断に委ねるような曖昧な診断基準なのです。
Ⅱ.ICD-10のうつ病の診断基準
ICD-10において非定型うつ病を診断する場合はうつ病診断基準を満たす必要はないのですが、参考までにICD-10のうつ病エピソードの診断基準を紹介します。
ICD-10では、うつ病の症状を「大項目」と「小項目」に分けています。
大項目 | 小項目 |
抑うつ気分(落ち込んでいる気分) 興味と喜びの喪失(興味を持てない、楽しめないという気分) 易疲労感(疲れやすい) |
集中力と注意力の減退 自己評価と自信の低下 罪責感と無価値感 将来に対する希望のない悲観的な見方 自傷あるいは自殺の観念や行為 睡眠障害 食欲不振 |
大項目2つ以上、さらに小項目2つ以上満たし、症状は著しい程度ではないものが軽症うつ病エピソードです。
大項目2つ以上、さらに小項目3つ以上満たし、そのうちの一部の症状が著しい程度であるか全般的に広汎な症状を認めるものが中等症うつ病エピソードです。
大項目3つ、小項目4つ以上満たし、そのうちのいくつかが重症であるものが重症うつ病エピソードです。
またうつ病の診断には、少なくとも2週間の持続が診断には必要とされています(症状が極めて重症であればより短期間であってもよい)。
ICD-10の診断基準は、DSM-5と異なり、興味と喜びの喪失を認めないと重症になりません。また、食欲は「不振」に限っており、過食や食欲増加の場合は該当しない事になります。
非定型うつ病は、興味と喜びの喪失は認めない事が多く、食欲も不振ではなく過食傾向になることが多いため、ICD-10の診断基準に当てはめると、診断基準を完全には満たさなかったり重症度が低く出てしまう事があります。
そのため、ICD-10では非定型うつ病をうつ病と別のカテゴリーで定義しているという理由もあるのでしょう。
患者さんがひとつの参考として診断基準をみる場合は、具体的に記載されているDSM-5を参考にした方が分かりやすいと思われます。
ただし冒頭にも書いたように精神疾患における診断というのは、診断基準を参考にはしながら、精神科医が「精神医学的に診断基準を満たす所見であるか」を判断しながら行っていくものであり、一般の方が「自分は診断基準に該当していそうだ」と感じるからといって、それだけで診断されるものではありません。
あくまでも参考程度にとどめ、実際にその診断基準を満たすのかどうかは病院を受診し、医師に判断してもらいましょう。