お薬の中には、副作用でうつ病を引き起こしてしまうものがあります。お薬がうつ病の原因になってしまうことを「薬剤性うつ病」や「薬剤惹起性うつ病」と呼びます。
お薬の副作用でうつ病が生じた場合、その原因は明らかです。そのため、原因薬を中断することによってうつ病は改善させることができます。
しかし薬がうつ病の原因だということになかなか気付かないこともあります。そうなると、うつ病がどんどん増悪してしまったり、本来であれば必要のない抗うつ剤が投与されてしまったりと様々な問題が生じてしまいます。
お薬で誘発されたうつ病は、原因が分かれば比較的速やかに改善させることのできるものです。そのため、私たちはうつ病を引き起こす可能性のお薬についてしっかりと知り、また薬剤性うつ病にはどんな特徴があるのかを知っておかないといけません。
うつ病を引き起こす可能性を持つお薬は何も特別なお薬に限りません。血圧を下げるお薬だったり、喘息の治療薬だったり、胃薬だったりと、日常的に使われる一般的なお薬でうつ病が生じることは十分にあるのです。そのため薬剤性うつ病は、誰にとっても他人事ではありません。
今日はうつ病を引き起こす可能性のあるお薬と、薬剤性うつ病の特徴についてお話します。
1.薬剤性うつ病の原因となるお薬
薬剤性うつ病の原因となりえるお薬というのは、実はたくさんあります。ここでそれを全てを紹介することはしません。全て知りたいという方は精神科の医学書を読んで頂くのが良いでしょう。
ここでは、特にみなさんに知っておいて欲しい代表的な薬剤性うつ病の原因薬について紹介します。
Ⅰ.ステロイド
ステロイドは副腎皮質ホルモン剤であり、その免疫抑制作用、抗炎症作用から様々な疾患に用いられます。関節リウマチを代表とする自己免疫性疾患をはじめ、喘息や花粉症(アレルギー性鼻炎)などのアレルギー疾患にも用いられます。
ステロイドで薬剤性うつ病が引き起こされることは比較的よく知られています。また、投与量が多いほどうつ病発症リスクも高くなると報告されています。
【商品名】プレドニンなど
Ⅱ.降圧剤
高血圧の患者さんに使われるお薬です。血圧を下げる作用を持つお薬にはいくつかの種類がありますが、そのうちの多くが薬剤性うつ病を引き起こす可能性があることが確認されています。
・ACE阻害薬(商品名:レニベース、タナトリル、コバシルなど)
・β遮断薬(商品名:メインテート、インデラル、アーチストなど)
・カルシウム拮抗薬(商品名:アムロジン、アテレック、アダラート、ベルベッサーなど)
・αメチルドーパ(商品名:アルドメット)
・レセルピン(商品名:アポプロン)
・クロニジン(商品名:カタプレス)
などに副作用にうつ病の報告があります。
Ⅲ.胃薬(H2受容体遮断薬)
胃潰瘍などの治療に用いられる、胃酸分泌抑制剤にも薬剤性うつ病のリスクが報告されています。
【商品名】ガスター、ザンタック、タガメットなど
Ⅳ.インターフェロンα(IFNα)
インターフェロンαは、免疫や炎症などの調整をするサイトカインの一種です。主にC型肝炎の治療薬や抗がん剤として使われます。
C型肝炎にインターフェロンα治療を行った場合、1~3割ほどに薬剤性うつ病が認められるという報告もあり、その頻度は少なくありません。インターフェロンαによって誘発されるうつ症状は、インターフェロンα中止後も続きやすく、比較的長期化しやすいという特徴があります。
そのためインターフェロンの副作用としてうつ病が生じたら、場合によっては抗うつ剤などを一時的に使用することもあります。
また、似たお薬で、主に抗がん剤として使われるインターフェロンβがあり、これもうつ病を引き起こす可能性があります。
【商品名】スミフェロン、オーアイエフ
Ⅴ.抗がん剤
一部の抗がん剤は、副作用としてうつ病を起こす可能性があります。
・インターロイキン2製剤(商品名:セロイク、イムネース)・・・腎癌、血管肉腫に投与
・タモキシフェン(商品名:ノルバデックス)・・・乳癌に投与
などがあります。
Ⅵ.GnRH誘導体製剤
正確には、性腺刺激ホルモン放出ホルモンアゴニストと呼ばれます。性ホルモン(エストロゲンやアンドロゲン)の分泌を減少させる働きがあり、子宮内膜症や前立腺癌などに使用されます。
【商品名】スプレキュア、ナサニール、ゾラデックス、リュープリンなど
Ⅶ.抗結核薬
日常的に使われるお薬ではありませんが、結核の治療薬にもうつ病を引き起こす副作用があります。
【商品名】イスコチンなど
2.薬剤性うつ病の特徴
うつ病を引き起こす原因となりやすい代表的なお薬を紹介しました。しかし、これらのお薬を投与しても、うつ病が生じるのはそこまで頻度が高いことではありません。ステロイドやインターフェロン、抗がん剤などのでは比較的高頻度にうつ病が出現しますが、胃薬や血圧を下げるお薬などでうつ病が生じるのは稀です。
そのため、薬剤性うつ病は見落とされやすい現状があります。
血圧を下げるお薬を考えても、これを処方するのは多くが内科医でしょう。精神科専門の医師ではないため、知識として「副作用でうつ病を起こす可能性がある」と知ってはいても、見落とされてしまうことがあるのです。
薬剤性うつ病に特徴的な症状などはあるのでしょうか。
全ての薬剤性うつ病に当てはまるわけではありませんが、「このようなうつ病は薬剤性を疑う必要がある」という特徴のようなものはいくつかあります。薬剤性うつ病を見落とさないためにも、代表的な特徴を紹介したいと思います。
Ⅰ.薬剤の使用経過とうつ症状経過の関連が大きい
薬剤性うつ病は、お薬が原因で生じるので、お薬の使用経過と大きく関連します。当然の事なのですが、あるお薬を投与してからうつ病の症状が出てきて、そのお薬を増量したら更に悪くなって、という様に、原因薬物の使用経過とうつ病の症状経過の関連が大きいのが一般的です。
お薬をいつから使用開始して、いつから増量して、というのはカルテにも記載していますし、お薬手帳を見ればすぐに分かりますから、確認は容易に出来ます。
しかし、いつからうつ病の症状が出てきて、いつくらいから特に悪くなってきたかというのは、本人にしか分かりません。
そのため、患者さん本人がうつ症状の経過についてある程度しっかりと覚えておく、あるいは記録を取っておくことが、薬剤性うつ病の診断を行うためには非常に重要になります。
Ⅱ.うつ病の症状が典型的でない
薬剤性うつ病は、お薬で不自然に誘発されたうつ状態であるため、典型的なうつ病の経過とは異なることが多くあります。
典型的なうつ病では、発症の原因となるような精神的ストレスを発症前に認めることが多いですが、薬剤性うつ病ではそのようなことはありません。
また、典型的なうつ病では抑うつ気分や興味・喜びの喪失などが中核症状となる事が多いのですが、薬剤性うつ病では必ずしもそうはならず、焦燥感や幻聴といった、本来であればうつ病の中核的な症状にならないものが目立ったり、場合によってはうつ病の診断基準を満たさないような症状の出方をすることもあります。
Ⅲ.うつ病の経過も典型的でない
薬剤性うつ病は、うつ状態が出現してからの経過も典型的なうつ病とは異なることが多くあります。
うつ病改善の典型例は、まずはイライラや焦燥感が改善し、次に落ち込みや不安が改善し、最後に意欲が改善する、と言われていますが、薬剤性うつ病は薬剤が原因ですのでこのように典型的な回復過程を取ることはほとんどありません。
私たちからすると「うつ病っぽいんだけど、なんだか不自然なうつ病」なのです。
3.薬剤性うつ病の治療
薬剤性うつ病の治療は原則として、原因薬物の中止に尽きます。
お薬が原因でうつ病が出現したのだから、それを中止するという当たり前の対処法になります。
基本的にほとんどの薬剤は、中止することで比較的速やかにうつ症状が改善していきます。
しかし、中には中止してもしばらくうつ症状が持続するものもあります。例えば、C型肝炎などの治療で使われるインターフェロンは、時に副作用として薬剤性うつ病を引き起こしますが、インターフェロン治療が終了されてからも、そのうつ症状は数か月以上持続することも多いのです。
このように、原因薬物を中止してからもしばらくうつ症状が続く場合は、一時的に抗うつ剤などを使用することもあります。
また、薬物が原因でうつ病を発症しているのは分かっているのだけども、原因薬物を中止できないという例もあります。例えば、癌治療に抗がん剤を使っていて、それでうつ病が引き起こされてしまった場合などです。抗がん剤を中止すればうつ病が改善する可能性は高いですが、しかし癌が悪化してしまうというリスクがあります。
このような場合は、患者さん本人と相談の上、原因薬を続行しながら、抗うつ剤などを併用することも現状ではあります。