精神疾患に対する診断基準や検査などがほとんななかった昔は、「診察所見」のみが診断の唯一の手掛かりでした。
その頃の精神科医は患者さんの表情・態度・言動といった小さな所見も見逃さず、「うつ病の患者さんは〇〇といった所見が認められることが多い」と様々な記録を残しています。
現在は、昔と比べると診断を補助するツールが充実してきています。精神疾患は内科疾患のように血液検査や画像検査では分からないものですが、それでも現在は診断基準が明確化され、また一定の精度を持つ検査(心理検査や光トポグラフィー検査など)も開発されてきており、昔と比べれば診断はしやすくなったと言えるでしょう。
これはとても良いことなのですが、一方で診断基準や検査を重視しすぎると、患者さんから得られる診察所見が重視されにくくなってしまう危険もあります。
どんなに診断基準や検査が発達したとしても、患者さんから得られる所見に勝る情報はありません。
昔の精神科医がうつ病患者さんを診断する時、所見の1つとして見ていたものに「フェラグートの皺(しわ)」と言うものがあります。
現在ではほぼ聞く事のなくなってしまった用語ですが、これは一体どういった所見なのでしょうか。
今日はフェラグートのしわについて紹介させて頂きます。患者さん自身でも簡単に確認できる所見ですので知っておくと精神疾患の予防にも役立ちます。
1.フェラグートの皺(しわ)とは?
フェラグートのしわ(Otto Veraguth)というのは、眉間に認められるハの字(あるいは三角形)のしわのことです。
これは眉間周辺の筋肉が常に緊張しているために生じます。
フェグラートのしわは健常な人であっても一時的には認めるものです。
健常な人であっても、泣いている時や悲しいことがあると、眉間にしわがよります。悲しい時の顔を意識的に作ってみると、眉間にしわが寄っているのが分かると思います。また怒ったりイライラした時も、ここにしわが出来ることもありますね。
慢性的にストレスがかかっている方は、ここの筋肉が常に緊張してしまうため、しわが出来ていることが多いという事に昔の精神科医は気付いたのです。昔はフェラグートのしわは、うつ病の方に認められやすい所見の1つとして挙げられていました。
2.フェグラートの皺(しわ)は何を意味するのか?
フェグラートのしわは、それがあれば必ずうつ病だと言えるような所見ではなく、うつ病を診断する際に参考となる所見の1つに過ぎません。顔の筋肉の緊張によって生じているものですから、「常に緊張している状態が続いている」というときに出来やすいものです。
そのため、うつ病に特徴的な所見というよりは、緊張状態が高い人に見られる所見、つまりストレスが慢性的にかかりすぎている人に見られる所見がフェラグートのしわだと考えるのが、より適切でしょう。
フェラグートのしわを認めるということは、「慢性的にストレスがかかっている可能性が高い」と言うことを意味しています。
3.フェラグートの皺(しわ)があったらどうすればいい?
フェラグートのしわは、専門家でないと判断できないような所見ではありません。
鏡で自分の顔を見れば、自分自身で気付けることもあるでしょう。
今回、現在ではほとんど使われることのない「フェラグートのしわ」という所見をあえて取り上げたのは、この所見は精神科を受診しなくても自分自身で気付くことができる所見だからです。
こころの健康を保つためには、自分自身で自分の精神状態を把握できることが非常に大切です。それを知るための1つの手がかりになるフェラグートのしわは、現在においても知っておいて損のないものだと思っています。
フェラグートのしわがあったからといって即座に「自分はうつ病なんだ」とまで考える必要はもちろんありません。しかし、「最近ストレスがかかりすぎているのかもしれない」「このまま放置しておくと精神的に不調を来たすかもしれない」と考える必要はあるでしょう。
自分のフェラグートのしわに気付いた場合、どのようなことに気を付ければ良いでしょうか。
Ⅰ.日常に大きなストレスがないかを見直す
フェラグートのしわが出来ていることが多いけども、他にうつ病のような精神症状がない場合は、まずは生活の中で大きなストレスになっているものがないかを見直し、ストレスの軽減をはかるようにしましょう。
仕事のストレスや家庭のストレスなど、ストレスだと分かってはいても簡単に解決できないようなものもあるとは思います。この場合も「どうしようもない」と諦めるのではなく、少しでも軽減できる方法はないかを探すことが大切です。
例えば、上司が自分と合わなくてストレスだという場合、上司を自分の判断だけで変えることは確かに難しいでしょう。しかし、
- 休みの日にストレス解消できる趣味をはじめる
- 同僚や友人・家族に定期的に相談してストレスを溜めこみすぎないようにする
- 上司の立場に立って考えてみる
などの方法で少しでも軽減することは可能です。
ストレスが軽減されれば、フェラグートのしわも少しずつ自然と消えていきます。またこの時点でストレスを軽減できれば、将来うつ病などに進展してしまうリスクを減らすことも出来ます。
Ⅱ.筋肉をリラックスさせる
フェラグートのしわは、顔や頭部の筋肉が過剰に緊張しているために生じています。
そのため、フェラグートのしわはただの「所見」ではなく。それ自身がいくつかの症状を引き起こす可能性があります。
具体的には
- 頭痛
- 不眠
などが挙げられます。
顔面・頭部の過緊張が慢性的に続いていれば、筋肉の緊張による筋緊張性頭痛が生じやすくなります。また上手くリラックス出来ない状態が続くと、深い眠りを得ることが出来なくなります。すると不眠や日中の倦怠感の原因となってしまいます。
これらの症状はうつ病に併発しやすい症状でもあり、うつ病を悪化させる因子にもなります。
そのため、筋肉の緊張をほぐすような工夫をしてみることも大切です。
筋肉の緊張をほぐすためには、筋弛緩法(リラクゼーション)というトレーニングがあります。また筋緊張性頭痛にも効果がある頭痛体操などを行ってみるのも良いでしょう。
Ⅲ.精神科で相談する
フェラグートのしわもあって、更によく考えてみるとうつ病のような症状もある場合は、一度精神科で相談することが安全でしょう。
うつ病のような症状とは具体的には、
- 気分が晴れない、落ち込んでいる
- 普段より不安が強い、恐怖を感じやすい
- 以前より何も楽しめない、興味を持てない
- 疲れやすい
- 眠れない、眠りが浅い
- 食事がおいしくない、食欲が出ない
- 死にたいと考えてしまうことが多くなった
などがあります。
この場合、うつ病の所見の1つとしてフェラグートのしわが出ている可能性がありますので、早めに精神科を受診し、適切な治療を受けることをおすすめします。