パニック障害と漢方薬。パニック障害に漢方薬は有効か

精神疾患の治療を行うとき、患者さんから「漢方薬で治療できないか」と相談されることがあります。精神科のお薬を飲むことに抵抗を持っていたり、漢方薬は生薬だから身体への副作用が少ないという考えから漢方薬を希望することが多いようです。

不安を和らげる作用を持つ漢方薬はあるため、パニック障害などの不安障害圏の疾患の場合、漢方薬での治療が行えることもあります。

しかし「漢方薬なら身体に害がないから安心」という誤解のみから漢方薬を希望している患者さんもいます。これはあやまりで、漢方薬だってお薬ですから副作用はあります。

「漢方は安心」「精神科のお薬は怖い」このような偏ったイメージ・印象だけで治療薬を決めてしまうのはもったいないことです。自分の状態に漢方薬を使うメリット・デメリットを主治医からしっかりと効き、どの治療薬を使うかは客観的に判断することも忘れてはいけません。

今日は、パニック障害において、漢方薬による治療やその位置づけについて紹介します。

1.パニック障害に漢方薬は効果がある

パニック障害は漢方薬でも治療することは可能です。

漢方薬の中には、不安に対して効果を認めるものがあるため、それをうまく使えば不安の軽減が期待できます。

例えば、以下のような漢方薬はパニック障害に用いられることがあります。この中で、どの漢方薬があなたに一番良いのかは患者さんの症状、状態や証などによって異なるため、診察した主治医でないと判断できません。

証は漢方独特の概念で、かんたんに言えば「体質」のようなものです。証にはいくつもの分け方がありますが、「虚実」と「寒熱」が代表的です。

虚実では、虚とは体力が弱いこと、実とは体力が強いことを表します。「実」「中間」「虚」に分けられます。寒熱は代謝の良さや患者さん本人が自覚する身体の熱感を表します。体温の高さではありませんので注意してください。これも「熱」「中等」「寒」の三段階に分けて考えます。

Ⅰ.半夏厚朴湯

【適応】気分が塞いで喉・食道部に違和感があり、時に動悸、めまい、嘔気を伴うものの諸症

【証】(虚実)虚~中間証 (寒熱)中等証

半夏厚朴湯は、特に喉に何かが詰まった感じがするという症状(ヒステリー球)に有効で、喉の違和感、呼吸苦などを起こすパニック障害に用いられます。詳しくは、半夏厚朴湯の記事もご覧ください。

Ⅱ.柴胡加竜骨牡蛎湯

【適応】比較的体力があり、心悸亢進、不眠、いらだち等の精神症状のあるものの諸症

【証】(虚実)実証 (寒熱)熱証

柴胡加竜骨牡蛎湯は、比較的体力があって代謝も良い方に適応があります。神経が高ぶって動悸を感じたり上腹部の胸苦しさを感じるようなパニック障害に用いられます。

Ⅲ.柴胡桂枝乾姜湯

【適応】体力が弱く、冷え性、貧血気味で動悸、息切れがあり、神経過敏のものの諸症

【証】(虚実)虚証 (寒熱)中等~熱証

柴胡加竜骨牡蛎湯よりも体力が弱く、冷えのある方に用いられます。

Ⅳ.桂枝加竜骨牡蛎湯

【適応】下腹直腹筋に緊張があり、比較的体力の衰えているものの諸症

【証】(虚実)虚証 (寒熱)中等証

体力が弱く、神経の高ぶりのある方に用いられます。高ぶった神経を鎮めるため不眠に対する効果もあります。

Ⅴ.加味逍遥散

【適応】体質虚弱な婦人で肩が凝り、疲れやすく、精神不安などの精神症状、時に便秘傾向のあるものの諸症

【証】(虚実)虚証 (寒熱)寒証

加味逍遥散は主に女性に用いられる漢方薬です。月経困難や更年期障害にも良く用いられ、体力が虚弱で冷えのある女性パニック障害患者に用いられます。

詳しくは、「加味逍遥散」の記事もご覧ください。

Ⅵ.加味帰脾湯

【適応】虚弱体質で血色の悪いものの諸症

【証】(虚実)虚証 (寒熱)中等証

体力が低下した方に用いられます。不安を和らげるだけでなく貧血や胃腸に対する効果も期待できます。

詳しくは、「加味帰脾湯」の記事もご覧ください。

2.パニック障害に漢方薬を使うときの注意点

パニック障害に漢方薬を使うのは、一つの選択肢ではあります。しかし世界的に見ればパニック障害に対する漢方治療は、主流ではなく標準的な治療ではありません。

世界中のガイドラインを見回しても、パニック障害の薬物療法にはSSRIなどの抗うつ剤を使うのが主流です。パニック障害への漢方薬の使用はガイドラインや精神科の教科書などには、ほとんど記載されておらず、記載されていても参考程度にとどまっています。

その理由のひとつは、漢方薬を薬として使用している国は日本以外少なく、パニック障害を漢方薬で治療したデータが少ないことが挙げられます。海外で使っていないから悪い治療だと言うことにはなりませんが、抗うつ剤と比べると、データやエビデンス(根拠)が少ないのは漢方薬の欠点です。

また、これは私見ですが、漢方薬は薬効としては穏やかで弱めです。そのため軽症のパニック障害であれば良いのですが、重症のパニック障害の場合は力不足になってしまうことがよくあります。

これらの理由から、抗うつ剤での治療に抵抗が少ないのであれば、まずは抗うつ剤による治療から始める方が標準的でしょう。抗うつ剤は怖いものではありませんが、どうしても抵抗がある方で、比較的軽症の方は、漢方薬で治療することも一つの方法にはなります。

3.漢方薬は絶対に安全、という誤解

漢方薬は自然から作られた生薬だから、副作用が無い

このように考えている方が非常に多いのですが、これは誤解です。「漢方薬は西洋薬と比べて、比較的副作用が少ない」という言い方が正解で、漢方薬にも副作用はあります。お薬である以上、どんなものにでも副作用はあります。それは漢方薬でも同じです。

漢方薬の副作用で、時々経験するのが肝障害や偽性アルドステロン症などです。

偽性アルドステロン症は、電解質のバランスが崩れてしまい、血中のカリウムが低くなり不整脈、脱力、腸閉塞、多尿などを生じる疾患です。漢方薬の中では特に「甘草(かんぞう)」という生薬を含んでいるものに多く認められます。

また、稀にですが間質性肺炎という重篤な副作用が漢方薬で起こることもあります。間質性肺炎は放置しておけば命に関わることもあるな副作用であり、実際に死亡例の報告も複数あります。

上記に紹介したもので言うと、柴胡桂枝乾姜湯、加味逍遥散、柴胡加竜骨牡蛎湯などでは間質性肺炎の報告があります。

漢方薬だから絶対に副作用はないと考えるのは大きな誤解です。副作用が少ないのは確かですが、漢方薬だって薬ですので副作用は起こり得るのです。

4.パニック障害で漢方薬を考えるケースは

先ほども書いた通り、パニック障害の標準的な薬物療法は抗うつ剤(主にSSRI)による治療ですので、まずは抗うつ剤を使うことを検討します。

抗うつ剤ではなく、漢方薬の使用を考えるケースには次のようなケースがあります。

Ⅰ.軽症で、比較的時間に余裕がある

漢方薬は効果が発現するのに時間がかかるものが多くあります。麻黄や生姜など低分子成分を多く含む漢方薬は即効性がありますが、精神に作用する漢方薬の場合、効果の発現はある程度の時間がかかることを理解しておきましょう。

臨床で漢方薬を使用している印象だと、2週間~1か月程度は様子を見る必要があります。また、場合によってはより長くかかることもあります。

そのため、それまでの間、効果が十分に出なくても何とか耐えられる程度の軽症のパニック障害の方には使いやすいと言えます。

反対に、なるべく早急に不安を取ってあげないとどんどん悪化してしまう恐れが高い時は、漢方薬だけでは不十分なことがあります。

Ⅱ.患者さんがどうしても抗うつ剤に抵抗がある

抗うつ剤は怖いものではないのですが、その効果や副作用、作用機序などをしっかり説明しても、「どうしても精神科のお薬を飲みたくない」と抵抗される場合は、まずは漢方薬から始めてみることがあります。

本人が抗うつ剤に強い抵抗を持っている中で無理矢理飲処方してしまうと、結局飲んでくれない事が多く、意味がないからです。またか、嫌々服薬するとノセボ効果が強く出てしまうこともあり、これも治療上好ましくありません。
(ノセボ効果・・・おくすりに悪い印象を持ちながら服薬すると、実際に副作用などの害が出やすくなること)

この場合、まずは漢方薬で治療してみることがあります。それでうまくいけばそれでいいですし、もし漢方薬が効かなければ、その時は「自分は抗うつ剤が必要なんだ」と改めて認識してくれることもあります。

Ⅲ.妊娠など特殊な状況

特に妊娠初期(妊娠4週~15週)は、赤ちゃんの様々な臓器・器官が作られる時期のため、この時に強いおくすりを使うと赤ちゃんへの害が大きくなる可能性があります。

実際は漢方薬も妊婦に絶対に安全という報告は無く、「有益性が危険性を上回ると判断される時のみに使うこと」という扱いです。抗うつ剤より明らかに安全性が高いというはっきりした見解はありませんが、全体的な副作用は抗うつ剤の方がやはり多いので、漢方薬の方がまだ安全性は高いことが考えられます。漢方薬の方が妊婦さんも安心してくれるため、必要があれば妊娠(特に初期)は漢方薬に切り替えることがあります。