精神科や心療内科に通院治療中の若い患者さんから、
「頭がボーッとする」
「頭がはたらかない」
「物忘れがすごいんです」
このような訴えを頂くことは少なくありません。
あまりに頭がはたらかないため、中には「若年性の認知症になってしまったんじゃないか・・・」と心配される方もいらっしゃいます。
実際は若年性認知症であることは稀で、ほとんどがうつ病などの精神疾患の症状、あるいはおくすりの副作用で頭がボーッとしてしまうのが原因です。しかしそれでも物忘れが起こっている当の本人は心配でしょう。まだ若いのに、朝何食べたか思い出せない、昨日何したか思い出すのに時間がかかる。
「これって本当にうつ病だからなの?もしかして脳に何か異常があるのでは・・・」
このような不安を感じるのも当然でしょう。
今日は、うつ病で通院治療中の若い方に物忘れが生じたとき、若年性認知症の可能性が高いのはどんな時なのか。若年性認知症を疑うポイントを考えてみましょう。
1.うつ病治療中の患者さんに物忘れが起こる原因
うつ病の患者さんが「物忘れがひどい」と訴える原因は二つあります。
一つは、うつ病は脳のはたらきが低下する病気だからです。
思考制止といって、ものごとを考えられなくなってしまうのです。
もう一つの理由は、抗うつ剤などのおくすりの副作用で頭がボーッとしてしまうからです。
精神科のおくすりはほとんどが脳をリラックスさせる方向にはたらき、その結果ボーッとしやすくなってしまうのです。
20-40代くらいの若い患者さんが
「最近ものわすれがひどいんです、若年性認知症っていうのがあるって聞いたんですけど・・・」
このように心配された時、その原因のほとんどが上記理由によるものです。
これらの物忘れはうつ病が治って、おくすりを飲むのが終われば治りますので心配はいりません。
しかし、若年性認知症の可能性が絶対にないのかというと、断言はできません。うつ病で治療中であっても、中には「これは若年性認知症かもしれない」と疑われる場合もあります。
うつ病やおくすりに伴う物忘れなのか?
若年性認知症なのか?
この鑑別はどのように考えたらいいでしょうか。
このことを考える前に、まずは若年性認知症という疾患について詳しくみてみましょう。
2.若年性認知症とは
若年性認知症とは、原因を問わず65歳未満で発症した認知症を指します。
日本における若年性認知症患者数は、3.78万人と推計されています(10万人当たり47.6人)。
平均年齢は51.3±9.8歳であり、やはり若年の中でも40-60代という高齢で起こりやすいと考えられています。
基礎疾患(原因)としては、
- 脳血管性認知症 39.8%
- アルツハイマー病 25.4%
- 頭部外傷後遺症 7.7%
- 前頭側頭葉変性症 3.7%
- アルコール性認知症 3.5%
- レビー小体型認知症 3.0%
となってます。
高齢者の認知症ではアルツハイマー病が原因として最多ですが、若年性は脳血管性が多くなっているのが特徴です。
また、若年性認知症として最初に出現する症状としては、
- もの忘れ 50.0%
- 行動の変化 28.0%
- 性格の変化 12.0%
- 言語障害 10.0%
の順になっています。
(データは、厚生労働局が発表した2009年度、若年性認知症の報道発表資料より引用)
3.若年性認知症を疑う4つのポイント
若年性認知症は、頻度の高い疾患ではありません。
もちろん絶対に起きないとは言えませんが、患者さんが「私って若年性認知症なんじゃないだろうか」と心配するケースのほとんどが、うつ病によるものわすれであったり、おくすりの副作用で物忘れが出ているのが現状です。
特に20-30代の若い方の場合は、若年性認知症であることはかなり稀です。
初期の若年性認知症とうつ病を鑑別するのは難しいところもありますが、「こんな時は若年性認知症を疑う」というポイントをいくつか紹介します。
Ⅰ.元々血管性の疾患を持っている
若年性認知症の原因として一番多いのが脳血管性です。原因の内訳をもう一度みてみましょう。
- 脳血管性認知症 39.8%
- アルツハイマー病 25.4%
- 頭部外傷後遺症 7.7%
- 前頭側頭葉変性症 3.7%
- アルコール性認知症 3.5%
- レビー小体型認知症 3.0%
脳血管性とは、脳の血管が詰まったりといった脳血管のトラブルが起こったことで脳がダメージを受け、認知症を発症してしまうというものです。
原因の約4割をも占めており、元々脳の血管がダメージを受けやすい素因を持っている人は若年性認知症の発症リスクは高いと言えます。
具体的には高血圧症・高脂血症などを持っていたりり、脳梗塞や心筋梗塞などの既往がある方です。
Ⅱ.症状が進行している
認知症の特徴は、物忘れなどの症状がどんどん進行していくことです。自然に改善していくことはなく、少しずつ確実に悪化していきます。そのため、徐々にであっても程度が確実に悪化していってる場合は、若年性認知症の可能性があります。
一方、
- ずっと同じ程度の物忘れ
- 精神科のおくすりの増減のタイミングでものわすれが悪くなったり良くなったりする
- うつ病の治り具合で物忘れも良くなったり悪くなったりする
ようであれば、若年性認知症ではない可能性が高いでしょう。
Ⅲ.生活習慣が極めて悪い
偏った食事、アルコールやタバコを多く摂取している。これらは動脈硬化を促進し、血管性の認知症の原因になります。
また、アルコールの大量・長期摂取もアルコール性認知症の発症リスクになります。
生活習慣の乱れが著しく、その状態が長期に渡っている場合は若くても脳がダメージを受けている可能性があり、若年性認知症が発症する可能性も高まります。
Ⅳ.精神症状に乏しい
うつ病で脳のはたらきが低下することを思考制止と呼びますが、この症状は一見すると認知症の物忘れと見分けがつきません。
しかし、思考制止はうつ病の症状のひとつです。うつ病であった場合、思考制止の他にも気分が落ち込んでいたり、やる気が出なかったり食欲が落ちていたりと様々なうつ症状が出現します。様々なうつ症状があり、その中のひとつとして物忘れも生じていることが一般的です。
対して、若年性認知症の場合は、落ち込みなどの精神症状がないのにも関わらず物忘れが出ることがあります。
(精神症状を伴うこともあります)
物忘れの症状が主体で、その他の精神症状が乏しい時は、若年性認知症を疑ってもよいかもしれません。
4.若年性認知症が疑われたら
若年性認知症の可能性が高いと判断されたら、どうすればいいでしょうか。
まずは主治医に相談することです。主治医からみても若年性認知症が疑われる場合、主治医が必要な検査をしたり、脳神経外科などへの紹介状を作成してくれます。
若年性認知症の診断をするためには、病歴を詳しく聞き、必要に応じて様々な検査を行います。
血液検査などで物忘れの原因となる異常がないかを調べ、
CTやMRIなどの画像検査で脳の委縮、梗塞巣の有無などを調べます。
MMSEやHDS-R(改定長谷川式簡易知能評価スケール)と呼ばれる質問紙検査も行われます。
もし、若年性認知症と診断されたら、その治療は認知症に準じます。
認知症の進行を抑えるおくすりを中心に薬物療法を行い、 環境調整や生活指導なども行われます。