抗うつ剤内服中に酒・アルコールは飲めるのか。これはよく患者さんから頂く質問です。どうしても飲みたいという方、接待や付き合いで立場上飲まざるを得ない方、様々な方がいると思います。
しかし、 結論から言ってしまうと「抗うつ剤とアルコールは併用すべきでない」が答えになります。
デプロメールも抗うつ剤ですから、やはり酒・アルコールとの併用は勧められていません。
デプロメール内服中はなぜお酒を飲めないのか、飲んだらどうなってしまうのか。我慢するためには、どんな工夫や対処法があるのか。
こういったことについて考えてみましょう。
1.デプロメールと酒・アルコールの相互作用について
まずはデプロメールの添付文書を見てみましょう。
アルコールとの相作用についてはこのように記載があります。
「本剤(デプロメール)服用中は、飲酒を避けさせることが望ましい。
相互作用は認められていないが、他の抗うつ剤で作用の増強が報告されている」
「絶対にダメ」とは明記されていませんが、「極力飲まないでね」という内容です。
ちなみに「相互作用は認められていない」という記載は「相互作用がない」という意味ではないと思います。
併用してしまった患者さんを見る限りでは、ほぼ間違いなく相互作用はあると感じます。
恐らく「そういった実験はしていない(できない)から報告はない」という意味でしょう。
「被験者に抗うつ剤とアルコールを一緒に飲ませてみました!」なんて実験は倫理的になかなかできませんからね。
抗うつ剤とアルコールは相互に作用し合い、お互いの効果を不安定にしてしまう傾向があります。
もちろんデプロメールもそうです。
アルコールは代謝酵素の活性を不安定にすることが知られています。
すると抗うつ剤がうまく代謝できなくなり、血中濃度が不安定になります。
お薬には、ちょうどよく効く血中濃度(=至適濃度)というものがあります。
アルコールが入ると、抗うつ剤の血中濃度が不安定になるため薬物の至適濃度を保てなくなる可能性が高くなります。
その結果、抗うつ効果が弱まって経過を悪くしたり、反対に強まって興奮・不穏状態にしてしまったりします。
これが病気の治療に悪影響を及ぼすのは明らかでしょう。
また、抗うつ剤の代謝がうまくいかないと、それはアルコールの代謝にも影響しますから、
お酒の血中濃度が高まって泥酔状態にしてしまったり、少しの飲酒量で二日酔いになったりもします。
このような様々な弊害が出るのです。
抗うつ剤とお酒を併用すると、互いの血中濃度を不安定にしてしまう。
そのため、極力併用しない方が望ましい
ということです。
2.デプロメールと酒・アルコールの併用実例
このように、抗うつ剤とお酒を併用することはデメリットの方が多く、
「抗うつ剤の内服中はお酒を飲まないように!」と私たちは患者さんに必ず指導します。
しかし困ったことに、こっそりアルコールを摂取してしまう人は少なくないのが現状です。
元々お酒が大好きで、どうしても我慢できなかったという人から、
仕事の接待でどうしても飲まざるを得なかったという人まで理由は様々ですが、
併用してしまうケースは決して稀ではありません。
では実際、デプロメール内服中にお酒を飲んでしまうと、どうなってしまうのでしょうか。
ちょっとのアルコールであれば「その場は」大きな問題にならないこともあります。
だからこそ、併用してしまう方が少なくないのでしょうね。
ただ前述の通り、抗うつ剤の効きやアルコールの効きがどちらも不安定になりますから、翌朝の体調が悪くなることが多いようです。
普段お酒を飲んだ時よりも、翌日だるかったり、落ち込みやすかったり、なんとなくソワソワしたりします。
お酒の抜けも悪くなるため、この状態が数日続くこともあります。
少しのアルコールなら、このように「翌日の多少の調子の悪さ」で済みますが、
たくさんのアルコールを摂取してしまうと、更に症状はひどくなります。
朝起きれずに翌日の仕事を欠勤してしまったり、強い抑うつ状態や疲労感に襲われたりする事もあります。
抗うつ剤の内服中に飲酒をすると、
「いつもよりお酒がまわりやすくなる」
「翌日に気分の落ち込みや疲労感が強くなりやすい」
というのが、飲酒を白状してくれた患者さんのお話から感じる印象です。
短期的にはこのような影響ですが、実はもっと問題となるのが長期的な影響です。
長期的に抗うつ剤と酒・アルコールの併用を続けていると、抗うつ剤の効果が不安定な状態が続くわけですので、
治療経過が悪くなることは想像に難くありません。
実際、難治性うつ病などなかなか精神疾患が治らない方の家族などからお話を伺ってみると
「先生には隠してるけど、家ではこっそり飲酒してます」というケースが少なくありません。
また、アルコールの代謝も不安定になりますから、アルコールの耐性・依存性形成が起こりやすくなり、
アルコール依存症になってしまうリスクが高まります。
このように、一時の快楽を得るために、その後につらい思いをすることになりますので、できる限り飲酒は控えるようにしたいものです。
抗うつ剤にて治療中に酒やアルコールを飲みたくなってしまった時、
「飲酒をすればするほど、病気の治りが悪くなる」という認識を必ず持ってください。
あなたが抗うつ剤を飲んでいる理由はなんでしょうか?
一刻も早く、病気を治したいからではないでしょうか?
お酒を飲むということは、それを自らの手で遅らせているということ。
どうしても飲酒をするのであれば、これを理解した上でしてください。
支えてくれる家族のため、
協力してくれている同僚のため、
そして何よりも自分のため
「一日でも早く病気を治すこと」
それが今、あなたがしなくてはいけない一番のことではないでしょうか。
不要な飲酒を続ければ、抗うつ剤が効きずらい期間が続きます。
それはいつまでも病気が治らない期間を自ら作っているということです。
本当にそれでいいのでしょうか?
一時の快楽に流されるのではなく、これらのことをしっかりと考えて
本当に飲酒していいのかどうか、決めてください。
あともう一つ。
お酒を飲んだら、ほとんどの人は医師に隠そうとします。
しかし実を言うと、医師に隠すメリットはほとんどありません。
私は飲んでしまったものは仕方ないので正直に言った方がよいでしょう。
「先生が怒るだろうし」「もう診察してもらえなくなるかも」と
怖がる人もいると思いますが、実は正直に白状する方がメリットが大きいのです。
飲酒をしていて、うつ病の治りが悪い場合と飲酒をしていないのにうつ病の治りが悪い場合では、治療の方針が変わってきます。
飲酒をしていれば、抗うつ剤の効きが不安定になっていることが予想できるので、治りが悪いのは当然の結果と言えます。
飲酒を続ける限りは、別の抗うつ剤に変えても効果が乏しいと思われますし、抗うつ剤の量を増やしても、より血中濃度が不安定になり、更に悪化する可能性もあります。
しかし、飲酒をしていないけど抗うつ剤があまり効いていないのであれば、別の抗うつ剤に変えたり、お薬の量を増やしたりした方がいいかもしれません。
本当はお酒を飲んでいるのに「お酒は飲んでいない」と言われたらどうなるでしょう。
医師の治療の判断が曇ってしまいますよね。
「お酒は飲んでない」という言葉を信じて増薬したら、より血中濃度が不安定になり、より経過が悪くなってしまいます。こうなると治療が迷走してしまうし、あなたの治療予後を更に悪くしてしまう可能性があります。
飲酒してしまったら正直に白状しましょう。
もちろん、飲酒しないのが一番ですけどね。
3.どうしても飲酒したくなったら
抗うつ剤の内服中のお酒を飲んではいけないことは分かった。
でも、どうしても飲みたい・・・
あるいは、職場で飲まなきゃいけない状況にある・・・
こんな場合、どう対処したらいいでしょうか?
1.我慢
身も蓋もない言い方ですが、やはり「我慢」が基本になります。
お酒を我慢することで病気は早く治ります。
あなたの病気が治ることで喜んでくれる人がたくさんいるはずです。
その人たちのためにも、早く治したいですよね。
頑張って我慢しましょう!
2.抗酒剤を使う
あまり知られていないのですが、抗酒剤というものがあります。
これは、「お酒を飲めなくするお薬」です。
いくつか種類があるので紹介します。
ノックビン、シアナマイド
昔からある抗酒剤です。
ノックビンやシアナマイドを飲んでからお酒を飲むと、
少量の飲酒で顔面紅潮、血圧低下、心悸亢進、呼吸困難、頭痛、悪心、嘔吐、めまいなどが
生じるようになります。
これらのお薬はアルコールを分解するアセトアルデヒド脱水素酵素を阻害することで、
アルコールを分解しにくくし、少量のアルコールで体がまいってしまうようにするのです。
懲罰的な方法ですが、飲酒する自分を自制したいんだけど、つい欲求に負けてしまう、と
いう人には効果があります。
これらの薬を服用してしまえば、お酒を少し飲んだだけで不快症状が出現しますから、
実質、お酒を飲めなくなるのです。
レグテクト
中枢神経のNMDA受容体を阻害したり、GABA-A受容体を刺激することで
「飲酒欲求を抑える」と言われているお薬です。
ノックビンやシアナマイドのように懲罰的に飲めなくするのではなく、「飲酒したい気持ちが少なくなる」というものです。
まだ発売されてから浅いため、データの蓄積が少ないお薬ですが、効果は強くはないと感じます。
「あともうひと押しがあれば、お酒を我慢できるんだけど・・・」
といった方にはいい適応かもしれません。
3.ドクターストップだと言う
病名などは言いずらいかもしれませんが、
「医師から飲酒を止められている」と言ってしまいましょう。
医者のせいにすることで、あなたが責められる可能性を少なくできます。
残念なことに、お酒を飲まないと「付き合いが悪いやつだなぁ」と嫌味を言ってくる人が未だにいます。
そんな時は、自分のせいではなく医者のせいで飲めないんだと責任を医師になすりつけちゃって構いません。
「次、お酒を飲んだら出勤停止ですよ、って医師から脅されてるんです」
くらい言っちゃっても、私が主治医なら全然許します。
ここまで言えば、たいていの人は無理に勧めてこないでしょう。
無理して飲ませてしまったら、その人のせいで出勤停止になります。
お酒を勧めた人は「医師の治療を故意に妨害した」と判断されます。
会社の産業医体制がしっかりしているのであれば、産業医にも事前に相談しておくと、より安心です。
4.周囲の協力にしてもらう
飲酒を我慢するのは、自分の意志との戦いになります。
でも、人間一人の意志というのは弱いものです。
自分の意志だけで折れそうな時は、周囲にも協力してもらいましょう。
例えば私の患者さんで、夫がうつ病になって抗うつ剤を内服したのを機に
奥さんも飲酒をやめた、というご家庭がありました。
この夫婦は二人そろってお酒好きで、毎晩二人で晩酌するのが楽しみだったそうです。
そんな中、夫がうつ病になってしまい、抗うつ剤が始まったので飲酒ができなくなりました。
妻は飲酒できますが、夫の前で飲酒をしちゃったらあまりに酷だと思ったそうで、
夫が治るまで一緒にお酒を我慢することを決めたそうです。
妻がお酒が大好きなことを知っている夫は、妻のこの行動にとても心を打たれ、
それが断酒を続ける大きな力になったそうです。
「一日でも早く治して、妻とまたお酒を飲みたいですね」
そうおっしゃっていた彼は、順調に改善し今では通院終了となっています。
きっと奥様とおいしいお酒を飲まれていることでしょう。
周囲の協力って、とても大きいですよ。