向精神薬(精神に作用するお薬)には、服用すると眠気を引き起こすものがたくさんあります。
多くの向精神薬は気持ちをリラックスさせる方向に作用します。神経が落ち着き、リラックス状態になると緊張が取れるため眠くなってしまうのです。
このリラックス作用は、程よく効けば気分を楽にしてくれますが、効きすぎてしまうと「眠気」「ふらつき」「めまい」といった副作用として現れてしまう事もあります。
実際、患者さんからも「先生、この眠気は何とかなりませんか」 と相談されることは少なくありません。様子を見れる程度の軽い眠気であればまだ良いのですが、生活に支障をきたすほどの眠気だと患者さんにとっては苦痛となってしまいます。
クエチアピンは、「セロクエル」というお薬のジェネリック医薬品ですが、向精神薬の中でも眠気が生じる事が多いお薬ですので特に注意が必要です。
ここではクエチアピンでなぜ眠気が生じるのか、また眠気に対して有効な対処法はあるのかといった事について考えてみたいと思います。
1.クエチアピンで眠気が生じる理由
まずクエチアピンはどうして眠気が生じるのか、その原因について見ていきましょう。
クエチアピンは、2001年から発売されている「セロクエル」という抗精神病薬のジェネリック医薬品になります。
ジェネリック医薬品というのは先発品(セロクエル)の特許期間が切れた後に他の製薬会社から発売されたお薬の事です。効果は先発品と同じですが、お薬の開発費・研究費がかからない分、薬価が安くなっているというメリットがあります。
そのためクエチアピンの作用・副作用はセロクエルのそれとほとんど同じです。「ほとんど」と書いたのは、セロクエルと主成分は同じだけど、添加物が多少異なる事があるためです。
クエチアピンで眠気が生じるのは、クエチアピンの持つ「抗ヒスタミン作用」というはたらきが主な原因だと考えられています。抗ヒスタミン作用とはヒスタミンのはたらきをブロックしてしまう作用です。
より具体的に言うと、ヒスタミンが作用する部位であるヒスタミン受容体にクエチアピンが「フタ」をしてしまう事で、ヒスタミンがくっつけないように遮断(ブロック)してしまうのです。
ヒスタミンは様々な作用を持つ物質ですが、その作用の1つに「脳の覚醒作用」があります。ヒスタミンがヒスタミン受容体に結合すると脳の覚醒レベルが上がります。これによって、日中に作業に集中しやすくなったりといった効果が得られます。
このヒスタミンがブロックされると、脳の覚醒レベルは上がりにくくなるため、眠気が生じます。
これがクエチアピンで眠気が生じる基本的な機序です。
ちなみに花粉症などのアレルギー疾患で処方されるお薬に「抗ヒスタミン薬」と呼ばれるものがあります。商品名で言うと、
- アレグラ(一般名:フェキソフェナジン)
- アレロック(一般名:オロパタジン)
- タリオン(一般名:ベポタスチン)
- アレジオン(一般名:エピナスチン)
- ザイザル(一般名:レボセチリジン)
などです。
「アレグラ」「アレジオン」などは市販薬にもありますので、花粉症の時期になるとCMなどで耳にした事のある方もいらっしゃると思います。
これらのお薬を服用すると眠くなることは良く知られていますが、抗ヒスタミン作用を持つお薬が眠気を引き起こすことがここからも分かります。
クエチアピンはヒスタミン受容体をブロックする作用(抗ヒスタミン作用)が特に強いため、眠気を引き起こしやすいのです。
またクエチアピンによって生じる眠気は抗ヒスタミン作用のせいだけではありません。その他の作用もある程度関与しています。
具体的にはクエチアピンが持っている、
- α1受容体遮断作用
も眠気の一因となります。
αとは「アドレナリン」のことで、α受容体遮断作用とはアドレナリン1受容体がブロックされる作用です。アドレナリンは血圧を上げるはたらきがありますので、アドレナリン1受容体が遮断されると血圧が低下し、ふらついたり、ボーッとしたりします。
ちなみにα1受容体遮断作用を持つお薬は、このような作用機序から降圧剤としても使われています。商品名としては、エブランチルやカルデナリンなどがあります。
またこれ以外にもセロトニンに対する作用も眠気に関与していると考えられています。
クエチアピンはMARTA(多元受容体作用抗精神病薬)という種類に属するお薬で、その名の通り、多くの受容体に作用するという特徴があります。
たくさんの受容体に作用するということは、様々な効果が得られる一方で、様々な副作用が出やすいということでもあります。
クエチアピンは様々な受容体に作用するため、眠気に関係する受容体にも影響を与えやすいのです。特にヒスタミンをブロックする作用は抗精神病薬の中でもトップクラスであるため、眠気が多いお薬になっています。
2.他の抗精神病薬との比較
クエチアピンの眠気は、他の抗精神病薬と比べるとどの程度強いのでしょうか。それぞれの抗精神病薬の眠気の強さを表にして比較してみましょう。
抗精神病薬 | 眠気 |
---|---|
コントミン | +++ |
セレネース | + |
リスパダール | + |
インヴェガ | + |
ロナセン | ± |
ルーラン | + |
ジプレキサ | ++++ |
セロクエル | ++++ |
エビリファイ | ± |
クエチアピンは「セロクエル」のジェネリック医薬品ですので、眠気の強さもセロクエルと同等と考えて頂いて問題ありません。
抗精神病薬は大きく分けると、第1世代と第2世代があります。
第1世代は1950年ごろより使われ始めた古い抗精神病薬で、作用も強いけど副作用も強いという特徴があります。
この表では、
- コントミン(一般名:クロルプロマジン)
- セレネース(一般名:ハロペリドール)
が第1世代になります。第1世代にも眠気の副作用は認められます。
第1世代の中でも特にコントミンが属する「ブチロフェノン系抗精神病薬」は、クエチアピンのように多くの受容体に作用するため、眠気の頻度は多めです。
一方でセレネースが属する「フェノチアジン系抗精神病薬」は比較的ドーパミン受容体を選択的に狙うため、眠気の頻度は第1世代の中では少なくなっています。
第2世代は1990年ごろより使われ始めた比較的新しい抗精神病薬で、第1世代のような効果の強さは保ったまま、余計な部位への作用を減らして精度を高め、副作用を軽減させたものになります。
第2世代には主に、
- SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬)
- MARTA(多元受容体標的抗精神病薬)
- DSS(ドーパミン・システム・スタビライザー)
の3種類に分けられます。
第2世代の中でも、SDAと呼ばれるお薬はドーパミン受容体とセロトニン受容体を選択的に狙うため抗ヒスタミン作用は弱く、眠気は少なめです。この表ではリスパダール、インヴェガ、ロナセン、ルーランがSDAになります。
MARTAはヒスタミン受容体、アドレナリン受容体などの様々な受容体に作用するため、眠気の強いものが多いのが特徴です。この表では、ジプレキサ、セロクエル、シクレストがMARTAになります。
DSSはドーパミンの量を丁度いい具合に「調整する」という作用を持つお薬であるため、ヒスタミン受容体への影響は少なく、眠気も少なめです。この表でエビリファイがDSSになります。
3.クエチアピンの眠気の対処法
最後にクエチアピンで眠気が生じてしまったときの対処法について考えてみましょう。
とは言ってもクエチアピンの眠気に特化した対処法というのは無く、他の精神科のお薬で生じた眠気と同じような対処法が取られます。
なお、これらの対処法は独自の判断で行ってはいけません。必ず主治医と相談の上で行うようにしましょう。
Ⅰ.様子を見てみる
まだクエチアピンを飲み始めたばかりなのであれば、少し様子を見てみるのも方法です。お薬の副作用は、時間が経つと「慣れてくる」ことがよくあるからです。
1~2週間様子を見ていたら副作用がだんだんと軽くなってきた、ということはよく経験します。何とか様子がみれる程度の眠気なのであれば、少し様子を見てみましょう。
様子を見るかどうかを判断する一つの目安は、その眠気が「何とか耐えられるかどうか」です。1~2週間程度なら何とか耐えられる、という眠気であれば様子をみても良いでしょう。
しかし眠気があまりにひどく、生活において支障が出ているのであれば、様子を見るのではなく早めの対処が必要なこともあります。
Ⅱ.増薬スピードを緩めてみる
クエチアピンは一日量50~75mgから開始し、基本的には150mg~600mgで維持、必要に応じて750mgまで増量されます。
いきなり600mgや750mgといった高用量から開始することはありません。それは急に高用量のお薬が入ると身体がびっくりしてしまい、副作用が生じやすくなるからです。
眠気に関しても同じで、いきなり高用量のクエチアピンが身体に入ると眠気は生じやすくなります。
薬の効きやすさには個人差もありますから、中には用法通りの量から開始しても強い眠気が出てしまう事もあります。
このような場合は、増薬のペースを緩めてみることが効果的です。
増薬ペースを緩めると効果が得られるのも遅くなってしまうのが欠点ですが、身体がお薬に少しずつ慣れていけるため、副作用も生じにくくなるというメリットがあります。
もしゆっくりと増やしても何とかなりそうな精神状態なのであれば、増薬ペースを緩める事も検討してみましょう。
例えば、クエチアピン50mg/日から開始したら眠気が強すぎたという事であれば、25mg/日や12.5mg/日から始めてもいいでしょう。
それで1~2週間様子をみてから再び50mg/日にチャレンジすれば、身体が少量のクエチアピンに適応している分だけ、眠気の程度も軽くなります。
Ⅲ.睡眠を見直す
基本的なことですが、そもそもの睡眠に問題がないかを見直すことを忘れてはいけません。
そもそもが不規則な睡眠リズムだったり、極端に短い睡眠時間なのであれば、ちょっとしたことで眠気が出てしまって当然でしょう。眠気は副作用だけではなく、クエチアピンを飲み始めたことで睡眠の問題が表面化しただけなのかもしれません。
睡眠環境や睡眠時間に問題がないかを見直してみましょう。もし問題があるのであれば、その問題を解決することが先決です。
Ⅳ.併用薬に問題はないか
併用薬によっては、クエチアピンの副作用を強くしてしまうことがあります。
患者さんがよくやってしまうのがアルコールとの併用です。お酒は抗精神病薬の血中濃度を不安定にします。
飲酒をしながらクエチアピンを飲んでいたら、 血中濃度が不安定になるため眠気が強く出る可能性があります。この場合、断酒しない限りは改善は図れません。
他にもクエチアピンの作用・副作用を増強してしまうお薬はいくつかあります。
少し専門的な話になりますが、クエチアピンはCYP3A4という代謝酵素で代謝されるため、CYP3A4をジャマするはたらき(阻害作用)を持つものはクエチアピンの血中濃度を上げやすくなります。
日常で摂取する可能性あるCYP3A4のはたらきをジャマするものとして、薬ではありませんが「グレープフルーツ」があります。クエチアピンを服薬中はグレープフルーツジュースの過度な摂取は控えないといけません。
またマクロライド系と呼ばれる抗生剤もCYP3A4阻害作用があるため、クエチアピンの血中濃度を上げてしまいます。具体的にはクラリス(一般名:クラリスロマイシン)やエリスロシン(一般名:エリスロマイシン)などです。
カルシウム拮抗薬と呼ばれる降圧剤の一部もCYP3A4阻害作用を持つため、これもクエチアピンの血中濃度を上げてしまう可能性があります。具体的にはワソラン(一般名:ベラパミル)やヘルベッサー(一般名:ジルチアゼム)などです。
これらとクエチアピンを一緒に服薬することは、絶対にダメというわけではありません。しかし両方服薬している場合は相互作用するということも考えながら慎重に服薬量を決める必要があります。
その他にも相互作用してしまうお薬はありますので、主治医とよく相談にて服薬内容を決めていきましょう。
Ⅴ.服用時間を変えてみる
眠気を軽減させるには「飲む時間を変えてみる」という方法もあります。
クエチアピンは添付文書には「1日2回から3回の服用」と記載されており、いつ服薬するかについては明言されていません。
ひとつの方法として、眠気を改善させるという目的であれば、夕食後や眠前に飲むようにするのは手です。そうすれば、眠気が出ても就寝時間と重なるため、問題がなくなります。
しかしクエチアピンは薬効が短いため、あまり夕食後~眠前に集中させてしまうと朝や日中の薬の効きが悪くなるというデメリットもあるため、ここら辺は主治医とよく相談する必要があります。
あるいは、副作用は血中濃度の変動が大きいと生じやすくなるという傾向もあるため、血中濃度の変動を小さくする工夫として、より複数回に分けて服薬するというのも方法になります。1日4回に分ける、などですね。
しかし、これらはいずれも独断でやっていいものではありません。主治医とよく相談してから行ってください。
Ⅵ.減薬・変薬をする
上記の方法をとっても眠気が軽減しない場合で、眠気が生活に支障を来たしているような場合は、減薬や変薬も考える必要があります。
クエチアピンの効果を感じているのであれば、薬を変えてしまうのはもったいないので、まずは量を少し減らしてみてもいいかもしれません。
量を少し減らしてみて、症状の悪化も認めず、眠気も軽くなるようであれば成功です。その量で維持していきましょう。
クエチアピンの効果も不十分で眠気がひどいということであれば、別の抗精神病薬に切り替えるのも手です。
どのお薬に切り替えるかは、主治医とよく相談して決めるべきですが、「眠気が少ないもの」でいうと、SDAのロナセン(一般名:ブロナンセリン)やDSSのエビリファイ(一般名:アリピプラゾール)などが挙げられます。
ただし、どの抗精神病薬も一長一短ありますので、眠気の副作用だけで考えるのではなく、総合的に判断することが大切です。やはり主治医とよく相談して決めるようにしましょう。