軽症!?重症!?うつ病の重症度の意味とそこから分かること

うつ病は、重症度によって軽症・中等症・重症に分けることができます。

診察で医師から「軽いうつ病ですね」「うつの程度は中くらいでしょう」と言われた方もいるかもしれません。また診断書にも、「重症うつ病」と、病名だけでなく重症度も合わせて記入されていることもあります。

しかしこの重症度ってどうやって決まっているのでしょうか。そして重症度を分けることにどんな意味があって、そこから言えることにはどんなことがあるのでしょうか。

今日はうつ病の重症度について考えてみたいと思います。

1.重症度の大体の目安

まずはイメージを持ってもらうため、それぞれの重症度はどれくらいの状態を指すのか、ざっくりと書きます。

軽症:うつの症状は認めるが、日常生活は何とか支障なく行えている

中等症: うつの症状を認め、日常生活にも支障が出始めている

重症:うつの症状により、日常生活がほぼ行えなくなっている

おおむねこのようなイメージを持ってもらうと分かりやすいと思います。

症状はあるけど、何とか生活を送れているのが軽症です。
軽症は、うつ症状はあるけど仕事や家事、学業などの必要な活動は何とか行えています。何とか日常は送れているため、本人にはつらい気持ちがありますが、周囲の人は気づかないこともあります。

症状があってそれが生活に支障をきたし始めているのが中等症です。
中等症になると日常生活に支障が出始めます。遅刻や欠勤などをするようになったりして、周囲も「最近のあいつは何かおかしいな」と気づき始めます。

明らかに生活に支障が出ているのが重症です。
重症になると、日常生活に明らかな支障が出ていたり、日常生活がほぼ行えなくなります。仕事に行かなきゃとは思うけど身体は動かず、ご飯を食べなきゃとは思うけどどうしても食欲が沸きません。周囲も明らかにおかしいと気づくレベルであり、放置すると非常に危険な状態です。

だいたいのイメージを持って頂けたでしょうか。

このように精神科の重症度というのは、結構ざっくりとした分け方をします。「数値が〇〇以上だと重症」ではなく、「こういうことがこれくらいできなくなってきたら重症」というように分類します。

精神症状というのは、明確に数値化できないという側面があります。例えば、血圧であれば「あなたの血圧は160/100mmHgですね」とはっきり数値として出ます。糖尿病も「血糖値が〇〇です」「Hba1cが〇%です」と数値として見ることができます。数値が出れば、それは誰が見ても同じ数値であり、評価は一定します。

しかし精神症状は、そうはいきません。

患者さんが「つらい」と訴えた時、そのつらさに対して「あなたのつらさは〇〇点です」と計測することは不可能です。つらい気持ちは主観的なものであり、そのつらさはその人にしか感じることができないからです。

つまり、精神疾患の重症度というのは、正確に計測する指標が無い以上、医師が総合的に評価するしかなく、必然的にある程度の「あいまいさ」が出てしまうことになります。きっちりと「ここからが軽症で、これを少しでも超えたら重症です」と分けられるものではありません。

もちろん医師も適当に評価しているわけではありません。診察での状態をはじめ、検査の数値なども参考にしながら診断基準と照らし合わせて総合的に判断していきます。それでは次に重症度を判断する指標となる診断基準や検査をみていきましょう。

2.診断基準での重症度分類

診断基準では、重症度についてはどのように記載されているのでしょうか。

我が国の精神科医療で主に使われている診断基準は二つあります。
WHO(世界保健機構)が発行しているICD-10と、アメリカ精神医学会が発行しているDSM-Ⅴです。

それぞれを見てみましょう。

ICD-10によるうつ病の重症度分類

ICD-10では、うつ病の症状を「大項目」と「小項目」に分け、それぞれをいくつ満たすかという「数」と日常活動・仕事などがどれくらい出来るのかによって重症度を分けています。

具体的には次のようになります。

大項目 小項目
抑うつ気分(落ち込んでいる気分)
興味と喜びの喪失(興味を持てない、楽しめないという気分)
易疲労感(疲れやすい)
集中力と注意力の減退
自己評価と自信の低下
罪責感と無価値感
将来に対する希望のない悲観的な見方
自傷あるいは自殺の観念や行為
睡眠障害
食欲不振

軽症うつ病エピソード ・・・大項目2つ以上、さらに小項目2つ以上。

中等症うつ病エピソード・・・大項目2つ以上、さらに小項目3つ以上(4つが望ましい)。

重症うつ病エピソード・・・大項目3つ、小項目4つ以上でそのうちのいくつかが重症でなければならない。

更にそれぞれの重症度については、次のようにも書かれています。

【軽症】
いかなる症状も著しい程度であってはならず、エピソード全体の最小の持続期間は約2週間である。軽症うつ病エピソードの患者は、通常、症状に悩まされて日常の仕事や社会的活動を続けるのにいくぶん困難を感じるが、完全に機能できなくなるまでのことはない。

【中等症】
いくつかの症状は著しい程度にまでなる傾向を持つが、もし全体的で広汎な症状が存在するならば、このことは必要事項ではない。エピソード全体の最小の持続期間は約2週間である。中等症うつ病エピソードの患者は、通常社会的、職業的あるいは家庭的な活動を続けていくのがかなり困難になるであろう。

【重症】
重症うつ病エピソードでは、制止が顕著でなければ、患者は通常かなりの苦悩と激越を示す。自尊心の喪失や無価値観や罪責感をもちやすく、特に重症な症例では際立って自殺の危険が大きい。重症うつ病エピソードでは身体症状はほとんど常に存在すると推定される。

しかしながら、もし激越や精神運動制止などの重要な症状が顕著であれば、患者は多くの症状を詳細に述べることをすすんでしようとしないか、あるいはできないかもしれない。このような場合でも全体的に、重症エピソードとするのが妥当であろう。うつ病エピソードは通常、少なくとも約2週間持続しなければならないが、もし症状が極めて重く急激な発症であれば、2週間未満でもこの診断をつけてよい。

重症うつ病エピソードの期間中、患者はごく限られた範囲のものを除いて、社会的、職業的あるいは家庭的な活動を続けることがほとんどできない。

DSM-Ⅴ

DSM-Ⅴは、うつ病の重症度について「抑うつ障害群の特定用語」という項目で定義しています。DSM-ⅤでもICD-10と同じように、 「症状の数」と「日常生活や仕事などがどのくらい障害されているか」の二つで重症度を評価しています。

うつ病の症状については、次のようになっています。

症状 1.抑うつ気分
2.興味・喜びの著しい減退
3.著しい体重減少・増加(1か月で5%以上)、あるいはほとんど毎日の食欲の減退・増加
4.ほとんど毎日の不眠または睡眠過剰
5.ほとんど毎日の精神運動性の焦燥または制止
6.ほとんど毎日の疲労感または気力の減退
7.ほとんど毎日の無価値観、罪責感
8.思考力や集中力の減退、または決断困難がほとんど毎日認められる
9.死についての反復思考

これらのうち、

・5つ以上が2週間以上続くこと
・1か2のどちらかは必ず認めること。

がうつ病の診断基準となっていますが、重症度分類は、

軽症は、症状項目数が5つ(診断基準には「診断基準を満たすために必要な数以上の症状はほとんどなく、」と記載)。
そして、症状の強さは苦痛をもたらすが何とか対応できる程度のものであり、その症状は社会的または職業的機能における軽度の障害をもたらすもの、です。

重症は、症状項目数が更に多く(診断基準には「診断を下すために必要な項目数より十分に多く、」と記載)、
そして、症状の強さは非常に苦痛で手に負えない程度であり、その症状は社会的および職業的機能を著しく損なうもの、です。

中等症については、「軽症と重症の間にある状態」と定義されています。

3.検査での重症度分類

うつ病の重症度は、検査でもある程度推測できます。

検査というと、血液検査や脳の画像検査をイメージする方も多いかもしれませんが、うつ病の検査の場合は、ほとんどが質問紙検査です。質問紙検査とは、質問に答えてもらって、その回答に点数を付けていき、重症度を判定する検査のことです。

画像検査や脳の血流を診る検査もありますが、重症度を測定するものではないためここでは紹介しません。また、血液中の物質でうつ病の程度が推定できるという研究も進められてはいますが、まだ実用段階には至ってはいません。

うつ病の検査は補助的な役割しか持っておらず、これらの検査結果のみで診断を下すことはできません。しかし明確に重症度を測りずらいうつ病には、検査結果は診断の大きな参考になるためしばしば施行されています。

すべてを紹介することはできませんが、代表的な検査を紹介します。

CES-D(うつ病自己評価尺度)

CES-Dは、米国国立精神保健研究所(NIMH)により開発されたうつ病の検査です。

この検査の良いところは、「自己評価尺度」という名前の通り、患者さんが自分で行えることです。マークシート式で自分が一番当てはまる状態にマルをつけるだけで、質問数も20問と多くはありませんので簡単にできます。

CES-Dは、当院のサイト上でも検査ができるようになっています。

CES-Dはこちらから出来ます。

CES-Dは60点満点で評価され、点数が高いほどうつ状態が強いと判断します。

・16点未満:正常
・16ー30点:軽症のうつ病 の疑い
・31ー45点:中等症のうつ病 の疑い
・46ー60点:重症のうつ病 の疑い

HAM-D

HAM-Dは「ハミルトンうつ病評価尺度(Hamilton Depression Rating Scale:HDRS)」が正式名称です。1960年に英国のマックス・ハミルトン氏が考案し、以後何回か改定が重ねられ、現在でも世界的に用いられているうつ病検査のひとつです。

CES-Dとは違い、検査者が患者の話を聞きながら点数を付けていきます。そのため患者さん一人では行えません。

HAM-Dについては別の記事で詳しく説明しています。

HAM-Dの点数と重症度の関係はおおよそ以下のようになっています。

0点~7点         正常 (Normal)
8点~13点       軽症 (Mild Depression)
14点~18点     中等症(Moderate Depression)
19点~22点     重症 (Severe Depression)
23点以上         最重症(Very Severe Depression)

その他のうつ病検査

今回は、CES-DとHAM-Dだけ取り上げましたが、うつ病の検査は他にもあります。

代表的なものに

・BDI(Beckのうつ病調査票)
・SDS(Self-rating Depression scale)
・MADRS(モントゴメリー/アスベルグうつ病評価尺度)

などがあります。

4.重症度が分かることにどんな意味があるのか

このように、診断基準や検査結果などを参考にしながら、最終的には医師が総合的に重症度を判断していきます。では、うつ病の重症度を判定することにはどんな意味があるのでしょうか。

一つは、重症度が分かることで、治療方針が立てやすくなることが挙げられます。

うつ病の治療の三本柱は、休息、精神療法、薬物療法と言われていますが、これら3つは好きな時にやればいいわけではなく、重症度や時期によって導入すべき治療が異なることがあります。

例えば、軽症のうつ病には安易に抗うつ剤などの薬物を使うべきではない、という意見があります。NICE(英国国立医療技術評価機構)、WFSBP(世界生物学的精神医学会)、Australia/New Zealandガイドラインなどでは、軽症うつ病治療の第一選択として抗うつ剤は推奨していません。

軽症である場合、まずは環境調整などを行い安静・休息が取れるように工夫したり、カウンセリングや認知行動療法などの精神療法を優先して治療をすることが多いのです。

反対に、重症である場合は、命の危険も出てきますから、のんきに「ちょっと家でゆっくり休んでて下さい」とか「これからカウンセリングで少しずつ治していきましょう」なんて言ってられない場合もあります。食事もとれずずっと寝たきりですから、入院なども考えないといけないでしょう。

また、症状が重く、話す気力もない重症患者さんにはカウンセリングはあまり意味がありません。それ自体がストレスになって悪化の要因になることもあります。精神療法ではなく、薬物療法を優先しなければいけないケースも多いのです。

このように重症度によって治療方針に違いが出てきます。

また重症度が分かると、治療の見通しがある程度推測できる、ということも挙げられます。

うつ病がどれくらいで治るのかは、個人差が非常に大きいところではありますが、それでも重症度が分かればだいたいの目安が付きやすくなります。軽症であれば数か月で治るでしょうと言えますし、重症であれば1年以上かかるかもしれません、と言わないといけないこともあります。

見通しがある程度推測できれば、治療者も治療計画を立てやすくなるし、患者さんも「いつまで治療を続ければいいんだ・・・」という不安から解放されます。

5.重症度は必ずつけなくてはいけないものではない

一言にうつ病といっても、軽い症状の患者さんもいれば重い症状の患者さんもいます。同じうつ病でも、症状の程度には大きな差があり、これらを同等な「うつ病」として扱うことには無理があります。そのため、うつ病を重症度で分類することには一定の意味があります。

しかし、重症度は必ずつけなくてはいけないものではありません。

重症度をつけてしまうことで誤解を与えてしまう場合は、あえて付けないこともあります。

当たり前ですが病気は、軽症だからといって軽く見てはいいわけではありません。あくまでも病気の中において程度が軽いというだけで、「問題ない」「放っておいてよい」というわけではないのです。うつ病の場合、「軽症」と言うと「大したことない」「甘えているだけ」と非常に問題のある誤解をしている方が時にいらっしゃいます。

これはとんでもないことです。

軽症であっても病気は病気であり、悪化しないためには適切な対応や治療が必要です。エネルギーがまだ残っている軽症の方が、自殺や自傷などの衝動的な行動に至りやすいこともあり、決して甘く見て良い訳ではないのです。

例えばある職場に対して「この方は軽症うつ病ですよ」という診断書を出すと、「なんだ、軽いのか。じゃあ大したことないな」「軽症だったら今までの仕事を続けさせていいだろ」と誤った判断をされてしまうことがあります。こうなると患者さんは、不当な扱いを受けてしまい、治療面でも好ましくありません。

このようなことが想定される場合は、あえて重症度をつけないこともあります。