死にたい・・・、もう、どうでもいいや・・・。
そんなつらい思いが続いたとき、「楽になりたい」という一心で過量服薬をしてしまうことがあります。
特に多いのが睡眠薬の過量服薬です。
過量服薬してしまった患者さんから聞くと、「とにかく楽になりたい」「現実から逃げたい」という気持ちが抑えられなくなり、やってしまうことが多いようです。
「睡眠薬を過量服薬すると死ねますか?楽になれますか?」これは、ネットの掲示板などでよく質問されています。
致死量のことをここに書くべきがどうかは、非常に悩ましい問題です。うかつに書けば過量服薬を助長してしまうことにもなりかねないからです。
しかし、「たくさん飲めば死ねる」「たくさん飲めばとりあえず楽になれる」という間違った知識をもとに過量服薬をしてしまう患者さんは未だ多いと感じます。
みなさんに睡眠薬への正しい知識を知ってもらうため、そして過量服薬が少しでも減る一助になればと思い、このコラムでは、睡眠薬の致死量について書かせていただきます。
睡眠薬の過量服薬などをしても楽にはなれません。余計に辛い思いをするだけです。いいことなど、何もありません。
過量服薬などする前に、私たち精神科医に相談してください。その方が、過量服薬なんかするよりも何倍も楽な気持ちになれることを約束します。
1.マイスリーに致死量はあるのか?
結論から言うと、マイスリーの過量服薬で自殺することは不可能です。
マイスリーに致死量がないわけではありません。大量に内服することができれば、呼吸停止に至る可能性はあります。しかし「大量」というのは、数千錠とか数万錠とかそういうレベルです。現実的にそんな量を一気に飲めるわけありません。
どんなに頑張っても一気に服薬できるのは数十錠が限界でしょう。数十錠飲んだ時点ですでに睡眠薬が効いて寝てしまいます。その量が致死量となることはまずありません。
睡眠薬の過量服薬で死のうとすることは不可能なのです。絶対にしてはいけません。
2.マイスリーを過量服薬したらどうなる?
実際にマイスリーを過量服薬して搬送されてきた人は、どんな経過をたどるのでしょうか。
まず、睡眠薬を過量服薬すると、寝てしまいます。まぁ、当然ですね。眠りこけているところを、家族が発見して救急搬送されるケースがほとんどです。
ちなみに過量服薬後に「楽な気持ちになれたか?」と聞くと、ほとんどの患者さんが「楽にはなれなかった」と答えます。
睡眠薬は適正量をつかうことで、ちょうどいい睡眠に導くように作られています。オーバーな量を飲んでしまうと効きすぎてしまい、何ともいえないイヤな眠りになるようです。
「眠っている中でも苦しい感じだった」
「身体全体が縛り付けられているような、重苦しい感じ」
という感想を聞いたことがあります。
救急搬送されて病院に到着すると、まずは救急室で初期治療を行います。
睡眠薬を内服してから数時間(1-2時間)以内であれば、「胃洗浄」を行うこともあります。
これは、鼻から太いチューブを胃に入れて、胃に残っている薬物を物理的に洗い出す処置です。
この胃洗浄は、非常に苦しい処置です。鼻に太いチューブを入れられ、そこから水を出し入れしてくすりを洗い出します。
あまりのつらさに「胃洗浄がイヤだから、過量服薬はもうしません!」と決意される患者さんもいるくらいです。
その後、活性炭という薬物を吸着してくれる働きのある物質を投与することもあります。これも真っ黒でドロドロした液体を鼻のチューブから胃へ入れるので、気持ちのいいものではありません。
あとは採血やレントゲン、CTなどの必要な検査をして大きな異常がなければ、点滴で水分をたくさん投与して、おくすりが身体から抜けるまで待ちます。点滴で水分をたくさん入れますので、尿がたくさん出ますから、尿バルーン(おしっこの管)も入れます。
睡眠薬の効きすぎで、万が一にも呼吸停止や重篤な不整脈などがあるといけないので、おくすりが抜けるまでは、体内の酸素濃度や心電図を常にモニターで管理します。
睡眠薬が抜けるまでは、頭がボーッとしてて身体も思うように動かず「もやもやしてて、とてもイヤな感じ」が続きます。
そして1-2日経ち、おくすりが体内からほとんど抜けたと判断されれば、退院となります。
しかしこれで終わりではありません。過量服薬をしてしまうと、その後の治療にも影響してしまいます。過量服薬を一回してしまうと「また過量服薬をするのでは?」とどうしても私たちも慎重になります。
そうなると、おくすりは最小限しか出せなくなりますし、強いおくすりも出せなくなります。「旅行に行くから長期間のおくすりを処方してほしい」と希望されても、応えられなくなります。
また、「強いおくすりを使った方が治る確率が高い」という状況でも過量服薬されてしまう事が心配で、強いおくすりを出しにくくなります。このように、過量服薬を一度してしまうと、色々な制約が発生してしまい、病気の治りも遅くしてしまう可能性もあるのです。
睡眠薬を過量服薬しても楽になどなれません。鼻から管を入れられたり、おしっこの管を入れられたり、点滴を刺されたりとつらい思いをするだけです。気分も最悪です。
過量服薬は絶対にやめましょう。
3.過量服薬したくなったら?
過量服薬をしてしまった方には、例外なくつらい思いが背景にあります。
おくすりを指示された量以上に飲んではいけないことは分かっています。
それでも飲んでしまうのだから、原因が何かあるのです。
だから、過量服薬をしたり、しそうになっている方に対して
「そんな事をしたらダメに決まってるじゃん」
「先生に言われた事をどうしても守れないの?」
なんて責めてはいけません。
ダメだなんてことは分かってます。
先生に対して申し訳ないのだって重々分かっているのです。
それでも現実から逃げたい気持ちが勝ってしまう。
つらさに押しつぶされてしまい「もう、どうでもいいよ・・・」と過量服薬に至ってしまうのです。
過量服薬をしたくなったときに大切なことは、その思考を責めるのではなく、
過量服薬したくなるほどのつらい思いを何とか改善できないかをみんなで考えることです。
みんなというのはあなた自身や家族、大切な友人、そして医療者である私たちです。
お話した通り、過量服薬なんてしても結局は逃げられません。
楽になどなれないのですから。
つらい思いに押しつぶされそうな時は、おくすりを大量に飲むことに逃げるのではなく、
少しだけがんばって勇気を出し、私たちに相談してください。
私たちに相談したからと言って、つらさの全てが魔法のように消えるわけではありません。
でも、つらい気持ちを話して吐き出すだけでも間違いなく楽になります。
あなたがつらいのは、つらい出来事があったからだけではなく、
そのつらさを話せる人がいないこと、そのつらさを分かち合ってくれる人がいないこともあるのです。
話したからと言って、つらい出来事を全て解決はできないかもしれないけど、
一緒に立ち向かっていくことはできます。
話せたこと、そして一緒に立ち向かってくれる人がいると感じられることだけでも気持ちは前に向けます。
時間をかけて一緒に治療していけば、必ず気持ちが楽になるときがきます。
「あの時、過量服薬なんて馬鹿なことをしなくてよかった・・・」
と思える日は必ず来ます。
これは適当なきれいごとを言っているのではありません。
過量服薬したい気持ちに負けず、勇気を出して私たちにお話ししてくれた方は
ほぼ例外なく、後日このような感想を言ってくれます。
「先生、今だってまだつらいけど、それでもあの時過量服薬なんて
しなくて良かったって思ってます」
そう言ってくれた人は一人や二人ではありません。
つらいときにすべきことは、くすりに逃げることではありません。
あなたも本当はそんなことをしてはいけないと分かっているはずです。
大切なのは誰かにそのつらい気持ちを話すことです。
近くに話せそうな人が誰もいない時は私たち医療者を頼ってください。
しつこいようですが、過量服薬は絶対にしないように。
文字通り、「百害あって一利なし」です。
お願いしますね。