何かを精力的に一生懸命頑張っていた人が、ある日「燃え尽きる」ようにやる気がなくなり、動けなくなってしまう。
このような状態を「燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)」と呼びます。
燃え尽き症候群は精神疾患として定義されているものではありませんが、心への無理強いを続けた結果として生じてしまうものであり、精神科的なケアが望まれる状態です。
精神科に来院する方の中には、医学的には「適応障害」「うつ状態」などという診断名になるものの、その本質は「燃え尽き症候群」に該当するような方は少なくありません。
今日は燃え尽き症候群とはどのような状態なのかを紹介したいと思います。
1.燃え尽き症候群とはどのような状態か
燃え尽き症候群は、精神疾患として定義されている疾患ではなく、明確な診断基準などがあるわけではありません。
燃え尽き症候群(バーンアウトシンドローム)という概念を初めて提唱したのは、アメリカの精神科医であるハーバード・フロイデンバーガーだと言われています。
彼は保健施設で勤務している同僚が、当初は意欲を持って働いていたのに、次第に「燃え尽きて」しまう傾向が多い事に気付き、これを「燃え尽き症候群」と名付けました。
彼は燃え尽き症候群を
エネルギーを使い果たした結果、疲れ果ててしまった事を意味する
と説明しています。かなり漠然とした定義にはなりますが、この定義は現在でも燃え尽き症候群の根本となるものです。
その後、フロイデンバーガーの「燃え尽き症候群」という概念は広く受け入れられ、多くの研究が行われました。
現在では燃え尽き症候群は、
「精力的・活力的に取り組んできた事に対して、期待・目標とかけ離れた結果が続くことで、これ以上頑張れなくなってしまう状態」
といった認識で用いられています。
頑張れなくなることを「燃え尽きる」という表現を用いていますが、これは非常に的を得た表現です。メラメラと大きな炎を灯して夢や希望に向かって燃え続けていた人が、ある日突然火が消えてしまったかのように、意欲や活力を無くしてしまうのは、まさに「燃え尽き」たように見えます。
「燃え尽き症候群」という言葉を聞くと、まるで何かの病気であるかのような印象を受けるかもしれません。燃え尽き症候群が適切なケアの必要がある状態であるのは確かですが、これは病気というよりは「正常な心因反応」であることがほとんどです。
燃え尽きてしまった方のお話を聞くと、「何でそんな事で燃え尽きてしまうの?」「普通はそんな事で燃え尽きたりしない」と感じるような事はほとんどありません。むしろ「そこまで過酷な状況で頑張り続けていたのか・・・」「そこまで辛い思いを続けてきたのだったら燃え尽きてしまうのも仕方がない」と感じるようなものばかりです。
燃え尽き症候群は心の正常な防御反応の1つなのです。無理な燃え方を続けていると「これ以上燃え続けたら壊れてしまうよ」と心はサインを出します。それでも自分をだまして頑張り続けてしまうと、心は自分を守るために強制的に活力を燃え尽きさせて、自分を守ろうとするのです。
何かに信念・希望を持って頑張っている時、その燃え方が適切であれば、燃え尽きることは多くはありません。しかし適度に燃えていれば燃え尽きるはずのない活力が、無理な燃え方をしていたり、過剰な燃え方をしていたりするといつか燃え尽きてしまうのです。
2.燃え尽きの原因
燃え尽き症候群に当てはまる方の診察をしていると、燃え尽きるパターンには大きく分けると3つのパターンがあることに気付きます。
何かを「燃えるように」一生懸命頑張るのは良いことで、何も間違ったことではありません。しかし燃え方に無理があると、長くは燃えていられずいつかは燃え尽きてしまうのです。
この3つのパターンは全て自然な燃え方ではなく、「無理な燃え方」をしていることが分かります。
どのようなものがあるのか、具体的に見てみましょう。
Ⅰ.過度に燃えすぎている
いわゆる「オーバーワーク」「過重労働」を続けていて、燃え尽きてしまうパターンです。
私たちは、延々と頑張り続けることは出来ません。頑張ったらその分休憩を取らないと、いつしか身体も心も壊れてしまいます。毎日深夜まで残業して休日も当然のように仕事をする。このような生活を続ければいつかは限界に達し、燃え尽きが生じます。
過度に燃えすぎたことで燃え尽きるというのは、元々活動的な方、責任感が強い方、燃える対象に強い思い入れを持っている方などに見られやすいものです。
このパターンで燃え尽きてしまう方は、途中で燃え尽きないように周囲が休養を勧めても、方向転換をしにくい傾向があります。ガンガン仕事を頑張っている時に「もう少し休んだ方がいいよ」と周囲が諭しても、聞く耳をもってくれないからです。そのため完全な燃え尽きにまで至ってしまう可能性は高いタイプです。
しかし活動の量の問題で燃え尽きてしまった場合、しっかりと休養を取り、次は燃え尽きないようなやり方に見直すことが出来れば、予後はそこまで悪いものではありません。
Ⅱ.無理して燃えている
本来、自分にとって燃える事の出来るものではないのに、自分を欺く事で無理矢理自分を燃えさせているパターンです。燃え尽きてしまう人をみていると、このパターンが一番多いように感じます。
例え労働量が適正内であったとしても、どうしてもやりがいを感じられない事を続けていると「私の人生って何なんだろう・・・」といった虚しさが強くなっていき、燃え尽きてしまうことがあります。
例えば親の介護をしている方などに良く見られます。人の介護をするというのはとても大変です。
同じように家族の面倒を見るのでも、子供の面倒を見るのと、高齢者の面倒を見るのでは大きく異なります。子供の世話では、世話をしていく過程で子供は成長していきます。これは「やりがい」につながりやすいと言えます。
反対に高齢者の介護は、(失礼な言い方で大変恐縮ですが)頑張って介護をしても、高齢者は徐々に衰えていきます。自分が介護という労力を使った分だけの結果を感じにくく、一生懸命頑張っても頑張っても高齢者はどんどんと衰えていくため、「私のやってることは何なんだろう・・・」と感じてしまいやすいのです。
更に高齢者が認知症などにかかっていると、やりがいは更に感じにくくなってしまいます。認知症という疾患は物忘れや物取られ妄想、興奮や易怒性(怒りっぽくなる)といった症状があり、この対象は一番身近な介護者に向きます。
一生懸命介護しているのに、
・「俺のお金を盗んだだろう!」とあらぬ疑いをかけられたり
・殴る蹴るといった認知症症状による暴力を受けたり、
・感謝の言葉ももらえず、介護しても暴言ばかり吐かれたり
という事は起これば、「私は何でこんな人を一生懸命介護しているのだろう・・・」と感じてしまいやすくなります。これは介護される高齢者の方が悪いわけではありません。認知症の症状なので仕方がないのですが、そうは言っても介護する方はやはりやりがいを感じられなくなってしまうのです。
あるいは、自分のやりたい仕事があって、それを目指して努力を続けていたけれど、実際にその仕事を始めたらあまりに理想と違うということで発症してしまうこともあります。
一生懸命努力してやっとやりたかった仕事に就いたのに、実際は思ったような仕事ができず、自分の思っていたものと異なる労力ばかり使う。本来したいはずの仕事が全く出来ない。このような状態です。
最初はそれでも「自分がやりたかった仕事につながるはず」「いつかはやりたい仕事が出来るはず」と頑張るのですが、一向に仕事の状況が変わらなかったりすると徐々に「自分って何がしたかったんだっけ・・・」「こんな事をするために今まで努力してきたのか・・・」という虚しさに襲われるようになり、徐々に燃え尽きが始まってしまいます。
いずれも、自分の期待・目標に沿った燃え方をしておらず、無理矢理自分を納得させて燃えているため、いつかは燃え尽きてしまう可能性が高いのです。
Ⅲ.極端に燃えている
ある事に対してのみ燃える、といった極端な燃え方をしてしまうと、その「ある事」が無くなった時に自我を保てなくなります。これは、あまりに極端に燃えてしまっていることが問題となるパターンです。
例えば、志望校の合格だけを目標にしていた受験生が、見事合格したのを機に燃え尽きてしまうといったパターンが挙げられます。
本来志望校の合格は、そこからが夢に向かってのスタートであり、終わりではないはずです。しかし「志望校合格!」が人生の全てになってしまい、極端な燃え方をしてしまうと、その対象が無くなった途端に燃え尽きてしまうのです。
他にもオリンピック選手が、やっとの思いで金メダルをとったにも関わらずそこから燃え尽きてしまうというケースもあります。輝かしい結果を残した事は非常に素晴らしいのですが、その方にとっては「金メダルを取る事」が全てであったため、その対象が無くなった途端、全てにやる気がなくなってしまうのです。
このパターンは他に燃えられる対象を見つけることが出来れば、比較的早く回復していきます。
3.燃え尽きてしまう心理とは
燃え尽き症候群では、どうして燃え尽きてしまうのでしょうか。
先ほど紹介した3つの燃え尽きのパターンでそれぞれ見てみましょう。
Ⅰ.肉体的・精神的疲労が限界を超えてしまって
過度に燃えすぎることで燃え尽きてしまうというのは、原因として分かりやすいと思います。
人間は誰だって、無限にエネルギーを持っているわけではなく、限界があります。その限界を超えた活動を続けていれば、エネルギーは枯渇してしまうのは明らかです。
この場合は、しっかりと休養をとってエネルギーを充てんすることが大切です。そしてエネルギーが回復してきたら、今度は燃え尽きないように、自分の限界を知り、その範囲内で活動をすることをしっかりと意識する必要があります。
Ⅱ.自分を欺けなくなってしまって
本来自分が燃えるべきものでない事に燃えているのは、明らかに不自然な燃え方です。
ある程度までは耐えることが出来ますが、この不自然さが強く・長く続けば、いつか心が悲鳴を上げ、燃え尽きが始まります。
しかし誰もが好きで不自然な燃え方をしているわけではありません。不自然に燃えなくてはいけない事情がそれぞれあるのです。このパターンの場合、無理な燃え方をせざるを得なかった背景には様々なものがあり、治療法も背景によって様々です。
例えば、人から頼まれると断れないような優しい人は、本来自分がすべきことでないことを断れずにやる羽目になってしまうことがあります。ここで「それは出来ない」と無理なものは断れればいいのですが、「あの人が喜んでくれるだろう」「周囲に迷惑をかけないように頑張ろう」と本来燃えるべき対象でないものに燃えてしまうと、これは燃え尽きのリスクになります。
このような方は自分を犠牲にしてでも他者に尽くすため、いつの間にか自分の本来の活動よりも、その他者から頼まれた活動が主になってしまうことがあります。そのような生活が続けば、無理な燃え方が続き、いつかは燃え尽きてしまうのです。
この場合は、「自分が本来したい事は何なのか」と改めて考えなおし、自分にとって大きな負担となるような頼み事は断るような生き方を身に付けていく必要があります。
あるいは、「親は自分が責任を持って看なくてはいけない」という強い正義感を持った人が親の介護を始めたとします。介護は大変ですから、本来やりたい仕事もあっても、それよりも介護を優先しないといけないこともあるでしょう。
自分の両親の介護をしようと考えることはもちろん素晴らしいことです。しかしその結果、介護が全てという人生になってしまい、それでも「親は自分で見るのが責任なんだから」「仕事の事は忘れよう」と無理して燃え続ければ、この無理な燃え方もいつかは限界が来ます。
この場合は、「介護も大切だけども自分の人生も大切」という考え方を持つようにすることが大切です。「親の介護は出来る範囲でやる。でも仕事も自分にとって大切だから、手が回らないところは介護職の人にお願いする」という考え方に抵抗を持たないように考え方を修正していきます。
介護で燃え尽きてしまう方は「親の介護を介護師に任せるなんて、子供として無責任」と考えてしまう方が多いのですが、介護は片手間で出来ることではありませんし、一般の方が完璧にできるものでもありません。専門職の方と協力していきながら、自分が出来ることをやるというだけでも十分責任を果たしていることになります。
Ⅲ.自我の崩壊
1つの事に過剰な生き甲斐を求めてしまうと、それが無くなった時に「自分の生きる意味」が分からなくなってしまいます。
大学に合格することが人生の全てになっている人は、大学に受かってしまったらそこで自分の生きる目標が終わってしまうのです。
これは「自分の生きる意味」の設定を間違えている事が問題です。大学合格を最終目標にしていた人は、本来はその大学に入ってやりたい事があったはずです。あるいは本当にやりたいことは何なのかを考え直せば、その大学以外の大学の方が向いていることに気付くかもしれません。
このような場合は、自分を見直したりカウンセリングを受けたりして、「自分の生きる意味」を再度考え直すことが大切になります。
4.どんな人が燃え尽きやすいのか
どんな人が燃え尽き症候群になりやすいのでしょうか。
実は燃え尽き症候群になりやすい性格、職種や環境などがいくつか指摘されています。燃え尽きに特に注意すべき人はどんな人なのかを見てみましょう。
Ⅰ.人を援助するような仕事
無理な頑張り方をしていれば、どんな仕事も燃え尽き症候群になる可能性はあります。
しかし燃え尽きは特に、「人を援助するような職種」で多いと言われています。
具体的には、
- 医療職
- 介護職
- 教師
- 人事職
などです。
その理由は、人を援助する仕事は、
- 目に見えた結果が出にくく
- 努力が必ず報われるとは限らず
- 失敗が許されない
などの特徴があるからです。
どんな仕事であったも手を抜いてはいけませんが、人が相手の仕事は特に手を抜く事ができません。機械が相手の仕事であれば、ある程度自分のペースで進められますが、人が相手だとそうはいきません。どんな時も全力で取り組む必要があり、ゴールはありません。
また人を援助する仕事には、自分の努力だけではどうにもならない事が多々あります。
いくら一生懸命援助しても、本人がやる気になってくれなくて何も変わらないという事もあります。また、そもそもが難治性の疾患の方を援助している場合、いくら手厚くサポートしても、病気を治すことが出来ないこともあります。
人に関わる仕事はクレームを受けやすいという問題もあります。
例えば物を扱う仕事であれば、不良品であれば交換すればそれで解決します。
しかし、医療や教育は「人」に対して行うことですので取返しがつかないことも多々あります。また結果に個人差が大きく、結果が読みにくいという傾向もあります。そのため、患者さんの家族や生徒の親などから、クレームを受けてしまいやすいのです。
自分に非があるクレームであれば仕方がありませんが、
「出来る限りの精一杯を尽くしたけど、患者さんは回復しなかった」
「一生懸命教えたけど、志望する学校に落ちてしまった」
などに対して「あなたのやり方が悪かったのではないか」とクレームを言われてしまうと、「自分は何のために頑張っているのだろう・・・」と燃え尽きてしまいやすくなります。
このような限界が多いことから、燃え尽きやすいのだと考えられています。
Ⅱ.悩みを話せる人が少ない
燃え方に多少の無理があっても、定期的にストレスを吐き出すことが出来たり、周囲のサポートがあれば、まだ燃え尽きずに頑張れることもあります。
反対に、孤立してしまったり人間関係が希薄であると、誰にも相談できないため燃え尽きやすいと考えられます。
ストレスを溜めこまないために、「人に話すこと」「信頼できる人が近くにいること」といった要因は非常に重要です。
燃え尽き症候群といった概念が生まれたのは1970年台ですが、この頃より世の中は核家族化・機械化などが進み、人間関係が希薄となりやすい社会に変わりました。このような社会の変化によって燃え尽き症候群に該当する方が増えてきたのかもしれません。
Ⅲ.神経症性格
性格傾向で言えば、神経症傾向を持つ性格の方が燃え尽き症候群になりやすいと言われています。
神経症傾向とは、
- 不安が強い
- 心配性
などの傾向を持つ方の事です。