デパケン(一般名:バルプロ酸ナトリウム)は気分安定薬に属し、主に双極性障害の気分の波を抑えるために用いられます。また双極性障害以外でもうつ病や認知症、自閉症スペクトラム障害(アスペルガー症候群など)の興奮や易怒性、イライラに用いることもあります。
デパケンは副作用として「眠気」が生じることがあります。眠気は精神科のお薬の多くに認められる副作用ですが、デパケンにも生じる副作用になります。多少の眠気であれば様子をみることも出来ますが、生活に支障を来たすほどの眠気である場合は何らかの対処をする必要があります。
今日ははデパケンで眠気が生じる理由や、その対処法について考えていきます。
1.デパケンではなぜ眠気が生じるのか
なぜデパケンを飲むと眠気が生じることがあるのでしょうか。その理由を知るために、まずはデパケンの作用について見てみましょう。
デパケンは、その作用機序が明確に解明されているお薬ではありません。デパケンはてんかんを予防する「抗てんかん薬」としても使用されていますが、抗てんかん作用の機序はある程度解明されているものの、双極性障害に対してはどのように効いているのかが十分にまだ分かっていません。
しかし眠気の原因になりうるいくつかの作用機序があるため、それをお話させて頂きます。
まず基本的にデパケンというのは、「脳神経の興奮をしずめるお薬」になります。脳神経の過剰な興奮によって、てんかん発作は生じますし、双極性障害の躁状態も脳が何らかの機序で興奮しているために生じると考えられます。
デパケンはこれを鎮静させる作用があります。興奮を抑えるということですから、「リラックスさせる」ということです。私たちは普段リラックスすると眠くなりやすくなります。それと同じようにデパケンで脳をリラックスさせれば、眠気が生じてしまうというのが、おおまかなデパケンの眠気の機序になります。
もう少し具体的に見てみると、デパケンには様々な作用がありますが、その1つに抑制系の神経物質である「GABA(ɤアミノ酪酸)」のはたらきを強めるという作用があります。デパケンはGABAのはたらきを強めることにより、脳神経の興奮を抑えているのです。GABAには催眠作用(眠くする作用)があるため、眠気を来たすと考えられます。
ちなみに「ベンゾジアゼピン系」という睡眠薬・抗不安薬もGABAのはたらきを強める作用があります。これらのお薬はGABAが作用する部位である「GABA受容体」をお薬が刺激することで強い催眠作用が得られます。ベンゾジアゼピン系睡眠薬・抗不安薬はGABAにしっかりと作用しますが、一方で耐性や依存性が生じてしまいます。
一方でデパケンはGABA受容体を直接刺激するのではなく、GABAの合成を促進したり、GABAの分解を抑えることでGABAの量を増やすという作用になります。このため、催眠作用は一般的には軽度であり、明らかな耐性や依存性も生じません。
2.デパケンの眠気の強さはどのくらいか
デパケンは眠気を来たすことのあるお薬です。ではその程度はどのくらいなのでしょうか。現在デパケンを服用されている方は、ほとんどが「デパケンR」という徐放製剤だと思いますので、ここではデパケンRの眠気という意味でお話させていただきます。
お薬の効きは個人差もあるため、一概に言う事は出来ませんが、一般的にはデパケンRで生じる眠気はそこまで強くない事が多いように感じます。ただ個人差が大きい印象があるお薬で、デパケンRの眠気がひどくて中止せざるを得なかった、というケースもあります。
しかしデパケンの眠気には1つ注意点があります。
デパケンRは一般的には眠気は強くはありません。それにも関わらず異常な眠気・だるさを感じるようであれば一度血液検査をすることが推奨されます。
デパケンは「眠気」という副作用が生じることもあるのですが、それ以外にも肝臓に負担をかけてしまい「肝機能障害」が生じる可能性がある事が知られています。
軽度の肝機能障害であれば自覚症状もなく、経過観察をして良い場合もあるのですが、重度の肝機能障害に至っていると、傾眠・倦怠感・意識レベル低下などが生じてしまうことがあります。
肝臓は、体内にある有害物質を解毒するはたらきを持つ臓器です。その機能がお薬の副作用によって障害を受けてしまうと、解毒が正常に行われなくなってしまい、有害物質(アンモニアなど)が体内に蓄積されてしまうことがあるのです。
この場合、デパケンの脳神経への作用による眠気ではなく、有害物質蓄積による傾眠・倦怠感・意識レベル低下ですので、早急に対処する必要があります。
明らかに異常な眠気を感じた時は主治医に報告するようにしましょう。
ちなみにデパケンRは徐放製剤であり、「ゆっくり効いてくるお薬」であるため、眠気などの副作用が軽減されています。普通のく、「デパケン」であった場合は、眠気の頻度はデパケンRよりも一段階上がります。
3.デパケンで眠気が生じたときの対処法
デパケンは眠気を来たす可能性のあるお薬です。その程度は一般的には強くはありませんが、個人差があります。ちょっとの眠気であれば良いのですが、生活に支障が生じるほどの眠気が出てしまった場合は、なんらかの対処を行う必要が出てきます。
デパケンで困るくらいの眠気が出てしまった場合は、どうすればいいでしょうか。
よく用いられている対処法を紹介します。なお、これらの対処法は決して独断で行わず、必ず主治医と相談の上で行ってください。
Ⅰ.様子をみてみる
あらゆる副作用に言えることなのですが「少し様子をみてみる」というのは有効な方法です。
特に内服を始めてまだ間もないのであれば、身体がまだお薬に慣れていないために副作用が強く出てしまっている場合があります。この場合は、1~2週間程度様子をみてみると、お薬が身体になじんでくるため、副作用も徐々に軽くなってくることがあります。
なんとか耐えられる程度の眠気なのであれば、もう少し様子をみてみるのも良いでしょう。
Ⅱ.服薬量を減らす
内服する量を減らせば、眠気の程度は軽くなります。
服薬量が減れば効果も弱くなってしまいますが、副作用で困っている場合は検討すべき方法の1つになります。
副作用が強く出すぎている場合、「薬の量が多すぎる」という可能性があります。この場合はお薬の量を減らした方が適量になるため、良い結果をもたらします。
服薬量が今の自分にとっての適正量なのか、定期的に主治医と相談し、服薬量の見直しを行いましょう。
Ⅲ.気分安定薬の種類を変えてみる
精神科のお薬は、効果や副作用の個人差が大きくあります。患者さんとお薬の相性というのは軽視できるものではなく、「お薬の種類を変えたら病気が改善してきた」という事はしばしば経験します。
デパケンの眠気がひどい場合、デパケンがあまり合っていないという可能性もありますので、あまりに困るようなら種類を変えてみるのも手です。
まず検討したいのは、「デパケンR錠」です。デパケンR錠は「徐放製剤」という製剤で、ゆっくりと長く効くように作られている製剤になります。通常のデパケン錠やデパケン細粒よりもゆるやかに作用する分、副作用も少なくなっており、眠気の程度も改善することが期待できます。
デパケン錠やデパケン細粒を服薬している方は、ぜひ「デパケンR錠」へ切り替えてみてください。
その他の気分安定薬に変薬するという方法もあります。同じ気分安定薬としては、
- リーマス(炭酸リチウム)
- ラミクタール(ラモトリギン)
などがあります。
しかし気分安定薬というのは、どれも作用機序は不明確であり、どれも恐らく異なる作用機序を持つため、安易に変薬してしまうと精神症状が悪化してしまう可能性もあります。
変薬は主治医とよく相談して、慎重に判断しましょう。
Ⅳ.服薬時間を変えてみる
服薬する時間を変えれば、眠気が起こる時間をずらすことができます。
例えば、デパケンR400mgを1日2回朝夕食後に服薬していたとします(1日量800mg)。この状態で、日中に眠気が出てしまって困っているようであれば、デパケンRの服薬を1回にまとめてみてもよいかもしれません。例えば800mgを1日1回夕食後に服薬する、などです。
デパケンRは用法が「1日1~2回に分けて経口投与する」となっており、1日1回の投与も認められています。デパケンRの半減期は12時間ほどですが、1日1回投与でも定常状態で血中濃度は安定することが示されています。
そのため、眠気で困るようであれば眠前1回にまとめて服薬するという方法を主治医に相談してみても良いかもしれません。
(半減期:お薬の血中濃度が半分に落ちるまでにかかる時間の事で、お薬の作用時間を知る目安の1つになる値)
Ⅴ.睡眠を見直す
意外と見落としがちなのですが、根本の睡眠に問題がないのかを見直し忘れてはいけません。睡眠の質が悪ければ、日中の眠気が悪化してしまうのは当然です。
例えば、最近毎日夜更かしをしているのだとしたら、日中に眠いのは当たり前ですよね。
この場合、デパケンの副作用で眠気が出たというよりは、元々睡眠不足であったのがデパケンの服用を始めたことで問題が表面化したという判断をすべきです。そのため、対処法はデパケンをどうこうするではなく、まずは睡眠の改善になります。
お薬を飲み始めて不調を感じると、つい「薬のせい!」と考えてしまいがちですが、「他の原因は本当にないのか?」という視点は必ず持つようにしましょう。
患者さんのお話を聞いていて、よくある問題点として、
- 実は最近、睡眠時間が少ない
- うるさい、明るいなど寝室の環境が悪い
- ベッドに入ってからマンガを読んだりスマホをいじっている
- 寝る前にお酒を飲んでいる
- 寝る前に食べ物を摂取している
などがあります。思い当たる原因はありませんか?
睡眠の質を悪くしてしまう原因があるのであれば、まずはそちらの改善を優先してみてください。
Ⅵ.異常な眠気に対しては血液検査を
デパケンの眠気は一般的に軽度です。
にも関わらず、明らかに異常な眠気やだるさ、ボーッとする感じがあるようであれば、一度血液検査をすることが推奨されます。
先ほども説明したように、デパケンは時に肝臓を傷付けてしまうことがあるからです。これにより肝臓の解毒作用が弱まると、アンモニアなどの有害物質が体内に蓄積し、傾眠・倦怠感・意識レベル低下などを来たすことがあります。
この場合は早急な治療が必要になります。
デパケンでこれらの副作用が出る確率は決して高くはありませんが、絶対に生じないとはいえません。
明らかに異常な眠気が出現した場合は、血液検査にて肝機能やアンモニア値を測定してみましょう。