トロペロンの効果と特徴【医師が教える抗精神病薬の全て】

トロペロン(一般名:チミペロン)は1984年から発売されている抗精神病薬(統合失調症の治療薬)です。

抗精神病薬には古い第1世代と比較的新しい第2世代があり、トロペロンは第1世代に属します。第1世代は古いお薬で副作用のリスクが高く、新しい第2世代の方が安全性が高いため、現在では第2世代が主に使われています。

しかし第2世代があまり効かない方や第2世代が合わない方もいらっしゃり、そのような場合にはトロペロンのような第1世代が使用されることもあります。

古いお薬で副作用にも注意が必要であるため、安易に使用して良いお薬ではありませんが、第1世代は効果に定評があり、頼れるお薬でもあります。

ここではトロペロンの効果や特徴、どんな作用機序を持っているお薬でどんな人に向いているお薬なのかを紹介していきます。

1.トロペロンの特徴

まずはトロペロンの特徴について簡単に紹介します。

トロペロンは、脳のドーパミン受容体をブロックすることで、幻覚・妄想を改善させる抗精神病薬です。

第1世代のブチロフェノン系抗精神病薬に属し、同種の中でもドーパミンを強力にブロックします。また第1世代でありながら陰性症状に若干効果が期待でき、鎮静作用も持ちます。

抗精神病薬は、脳のドーパミンのはたらきを抑える作用を持ちます。より具体的に言うと、ドーパミンが作用する部位である「ドーパミン受容体」をブロックする事でドーパミンが作用出来ないようにしてしまうのが抗精神病薬です。

これは統合失調症は脳のドーパミンが過剰になっている事が一因だと考えられているためです。この考えに基づけば、ドーパミンのはたらきを抑えることができれば統合失調症の症状を改善できる事になるため、抗精神病薬はドーパミンのはたらきを抑える作用を持つのです。

抗精神病薬もいくつかの種類に分けられますが、トロペロンは抗精神病薬の中でも「第1世代」の「ブチロフェノン系」という種類に属します。

抗精神病薬は古い「第1世代」と比較的新しい「第2世代」に分けられます。

第1世代は1950年頃から使われている古いお薬であり、効果はしっかりしているものの、副作用の頻度が多く、また重篤な副作用を起こすリスクがあるという問題点があります。

重篤な不整脈(心室細動、心室頻拍など)や悪性症候群、麻痺性イレウスなど命に関わるような副作用が生じることがあり、これらの危険性から第1世代は近年あまり使われなくなってきています。

また、第1世代の中でブチロフェノン系は、ドーパミンを集中的にブロックする特徴を持ちます。ピンポイントでドーパミン受容体を狙うお薬、といったイメージを持ってもらうと良いかもしれません。

そのためドーパミン過剰によって生じている症状に対しては、強力な効果を発揮します。具体的には、統合失調症における「幻覚」「妄想」といった陽性症状は、ドーパミン過剰によって生じると考えられており、ブチロフェノン系はこれらの症状に対して高い効果を発揮します。

【陽性症状】
本来はないものがあるように感じる症状の総称で、「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」といった妄想などがある。

しかし強力にドーパミンをブロックするブチロフェノン系は、ドーパミンをブロックしすぎてしまうリスクもあります。これがブチロフェノン系のデメリットになります。

脳のドーパミンは多すぎても問題ですが、実は少なすぎてもこれまた問題なのです。

脳のドーパミンが少なくなりすぎる疾患に「パーキンソン病」がありますが、ブチロフェノン系はドーパミンを強力にブロックするため、薬剤によるパーキンソン病(薬剤性パーキンソニズム)を引き起こしてしまう事があります。

抗精神病薬による薬剤性パーキンソニズムは「錐体外路症状(EPS)」とも呼ばれ、手足のふるえや動かしにくさ、不随意運動(勝手に動いてしまう)などが認められます。

【錐体外路症状(EPS)】
ドーパミンのブロックによって生じる神経症状。手足のふるえやムズムズ、不随意運動(身体が勝手に動いてしまう)などが生じる。

また脳のドーパミンのはたらきが低下すると、下垂体からプロラクチンというホルモンが多く分泌されるようになるため、これによって高プロラクチン血症という副作用が生じることもあります。

【高プロラクチン血症】
脳のドーパミンのはたらきがブロックされることでプロラクチンというホルモンが増えてしまう症状。プロラクチンは本来は産後の女性が乳汁を出すために分泌されるホルモンであり、通常の方に高プロラクチン血症が生じると乳房の張りや乳汁分泌などが生じ、長期的には性機能障害や骨粗しょう症、乳がんなどが発症しやすくなる。

ちなみに第1世代にはブチロフェノン系の他に「フェノチアジン系」という種類もありますが、こちらはドーパミンのみならず、ヒスタミン、アドレナリン、ムスカリンなど様々な受容体に作用し、様々な効果が得られるのが特徴です。

フェノチアジン系はブチロフェノン系と異なり、ドーパミン系の副作用(EPSや高プロラクチン血症)は少ないものの、その他の受容体に作用する事による副作用は多くなります。

ブチロフェノン系の中でのトロペロンの特徴はというと、基本的には上記のブチロフェノン系の特徴を持ちます。更にトロペロンはブチロフェノン系の中でも特にドーパミンをブロックする作用が強力なお薬になります。

そのため、幻覚・妄想といった陽性症状をしっかりと改善させますが、錐体外路症状や高プロラクチン血症といった副作用も他のブチロフェノン系に比べて起こしやすくなります。

またブチロフェノン系はドーパミンを集中的にブロックするのが特徴ですが、トロペロンはドーパミンの他、多少ですがセロトニンをブロックしたり、メタンフェタミンやアポモルフィンという覚醒系物質をブロックする作用があります。

セロトニンをブロックする作用は、統合失調症の陰性症状・認知機能障害の改善に役立ちます。

【陰性症状】
本来はある能力がなくなってしまう症状の総称で、活動性が低下しこもりがちになってしまう「無為自閉」や、感情表出が乏しくなる「感情鈍麻」、意欲消失などががある。

【認知機能障害】
認知(自分の外の物事を認識すること)に関係する能力に障害を来たすことで、情報処理能力、注意力・記憶力・集中力・理解力や計画能力・問題解決能力などの高次能力(知的能力)に障害を認めること。

トロペロンのような第1世代は基本的には陰性症状・認知機能障害といった症状には効かないのですが、トロペロンは多少ですがこれらの症状に効果が期待できます。

また覚醒系物質をブロックする作用は「鎮静作用」となり、興奮や易怒的になっている患者さんを落ち着かせる作用が期待できます。

このような特徴を持つトロペロンですが、基本的には危険な副作用の可能性がある第1世代になりますので、現在では積極的に用いられる事はありません。

第2世代でトロペロンと似たような作用を持つものにはSDA(セロトニン・ドーパミン遮断薬)があります。現在ではトロペロンの適応となるような症例ではSDAから用いられることが一般的です。

以上から、トロペロンの特徴として次のような事が挙げられます。

【良い特徴】

  • 抗幻覚・妄想作用に特に優れる
  • ドーパミン以外の部位にあまり作用しないため、余計な作用(副作用)が生じにくい
  • ブチロフェノン系の中でも効果が強い
  • 陰性症状・認知機能障害の改善や鎮静作用も多少期待できる

【悪い特徴】

  • 錐体外路症状や高プロラクチン血症などのドーパミン系の副作用が特に生じやすい
  • 重篤な不整脈や悪性症候群など命に関わる副作用も起こり得る
  • 副作用が多い第1世代であるため、現在ではあまり用いられない

2.トロペロンの作用機序

トロペロンはどのような作用機序を持つお薬なのでしょうか。

抗精神病薬は、脳のドーパミンのはたらきをブロックするのが主なはたらきになります。

統合失調症発症の一因として、脳のドーパミンが過剰に放出されている事が関係しているという仮説(ドーパミン仮説)があります。これに基づき、ほとんどの抗精神病薬はドーパミンのはたらきを抑える作用を持ちます。

トロペロンは抗精神病薬の中でも「ブチロフェノン系」という種類に属します。

ブチロフェノン系には、トロペロン以外にも、

  • セレネース(一般名:ハロペリドール)
  • インプロメン(一般名:ブロムペリドール)
  • プロピタン(一般名:ピパンペロン)
  • スピロピタン(一般名:スピペロン)

などがあります。

ブチロフェノン系の特徴はドーパミン受容体を集中的に狙い、それ以外の受容体(ヒスタミン受容体、アドレナリン受容体、ムスカリン受容体など)には作用しにくいという点です。

そのため、ドーパミン過剰で生じる陽性症状(幻覚・妄想など)への効果に優れています。

またヒスタミン受容体、アドレナリン受容体、ムスカリン受容体など、その他の余計な受容体には作用しにくいため、これらの受容体に作用する事で生じる症状はあまり起きません。

具体的に言うと、

  • ヒスタミン受容体がブロックされると眠気や食欲亢進が生じる
  • アドレナリン受容体がブロックされるとふらつきや鎮静が生じる
  • ムスカリン受容体がブロックされると抗コリン症状(口喝、便秘、尿閉など)が生じる

などが挙げられますが、これらの作用はブチロフェノン系では少なめになります。

トロペロンはブチロフェノン系の中でも、幻覚・妄想といった陽性症状を抑える作用が強力です。そのため激しい幻覚・妄想に対してもしっかりとした効果が期待できる一方で、ドーパミンが足りなくなる事で生じる錐体外路症状(EPS)や高プロラクチン血症も起こしやすくなります。

またトロペロンは、第1世代が苦手てする陰性症状・認知機能障害にも多少の効果が期待できます。ただし高用量を使用している場合では反対にこれらの症状を悪化させてしまうリスクもあります。

近年、第1世代はあまり使われなくなっており、トロペロンを用いるような症例に対しては、まずは第2世代抗精神病薬が用いられる事が一般的となってきています。第2世代の中でも特にSDAという種類の抗精神病薬がトロペロンと比較的作用が似ているため、検討されます。

SDA(Serotonin Dopamine Antagonist:セロトニン-ドーパミン拮抗薬) は、1990年頃より発売され始めた比較的新しいお薬で、セロトニン2A受容体とドーパミン2受容体を遮断する作用に優れるお薬のことです。

具体的なお薬としては、

  • リスパダール(一般名:リスペリドン)
  • インヴェガ(一般名:パリペリドン)
  • ロナセン(一般名:ブロナンセリン)
  • ルーラン(一般名:ペロスピロン)

などがあります。

SDAとブチロフェノン系は、共にドーパミンを強力にブロックして主に幻覚妄想といった陽性症状をしっかりと改善させるという特徴があります。

更にSDAの利点として、

  • 全体的に副作用が少ない
  • 命の関わるような重篤な副作用が少ない
  • 陰性症状にも多少の効果が期待できる

というメリットがあります。

このような利点から現在ではまずはSDAから使われることが多く、トロペロンなどの第1世代が検討されるのは、第2世代では効果が不十分な場合など、やむを得ないケースに限られます。

3.トロペロンの適応疾患

トロペロンはどのような疾患に使われるのでしょうか。

添付文書にはトロペロンの適応疾患として、

統合失調症

が挙げられています。

臨床現場でも主な用途は添付文書の通り統合失調症です。統合失調症の中でも特に幻覚妄想が前景に立っているタイプによく使われます。

また鎮静作用も持つため

  • 興奮や易怒性の強い方
  • 双極性障害の躁状態の方

などにも用いられる事があります。

しかし前述の通り、トロペロンは現在では第1選択として用いられるお薬ではありません。

4.抗精神病薬の中でのトロペロンの位置づけ

抗精神病薬には多くの種類があります。その中でトロペロンはどのような位置づけになっているのでしょうか。

まず、抗精神病薬は大きく「第1世代」と「第2世代」に分けることができます。第1世代というのは定型とも呼ばれており、昔の抗精神病薬を指します。第2世代というのは非定型とも呼ばれており、比較的最近の抗精神病薬を指します。

第1世代として代表的なお薬は、コントミン(一般名:クロルプロマジン)やセレネース(一般名:ハロペリドール)などです。これらは1950年代頃から使われている古いお薬で、強力な効果を持ちますが、副作用も強力だという難点があります。

更に第1世代は「フェノチアジン系」と「ブチロフェノン系」に分けられます。

フェノチアジン系はコントミンなどが該当し、ドーパミン受容体をはじめ、ヒスタミン受容体、アドレナリン受容体、ムスカリン受容体など様々な受容体に幅広く作用するという特徴があります。

そのため、幻覚・妄想といった陽性症状の改善のみならず、不眠や不穏・興奮を改善させたりと付加的な効果も期待できます。しかし一方で、眠気やふらつき、食欲亢進といった余計な作用(副作用)も生じやすいというデメリットもあります。

ブチロフェノン系はセレネースなどが該当し、トロペロンもここに属します。ブチロフェノン系はドーパミン受容体に集中的に作用するのが特徴で、その他の受容体にはあまり作用しません。

そのため、幻覚・妄想といった陽性症状の改善作用にはとても優れますが、その他の症状を抑える作用は低めです。またドーパミンをブロックしすぎる事による副作用(錐体外路症状や高プロラクチン血症など)が生じやすいというデメリットがあります。

また全体的にみると第1世代は錐体外路症状の出現頻度が多く、これは第1世代が主で使われていた当時から問題となっていました。また、悪性症候群や重篤な不整脈など命に関わる副作用が起こってしまうこと問題視されていました。

そこで、副作用の改善を目的に開発されたのが第2世代です。

第2世代は第1世代と同程度の効果を保ちながら、標的部位への精度を高めることで副作用が軽減された抗精神病薬になります。また、ドーパミン受容体だけでなくセロトニン2A受容体にも作用することで、陰性症状や認知機能障害の改善効果も多少期待できます。

第2世代には、

  • SDA(セロトニン・ドーパミン拮抗薬):リスパダール(一般名:リスペリドン)など
  • MARTA(多元受容体作用抗精神病薬):ジプレキサ(一般名:オランザピン)など
  • DSS(ドーパミン部分作動薬):エビリファイ(一般名:アリピプラゾール)など

があります。

現在では、まずは副作用の少ない第2世代から使用することがほとんどであり、第1世代が使われるのは、第2世代がどうしても効かないなど、やむをえないケースに限られます。

トロペロンの抗精神病薬の中での位置づけは、

  • 第1世代のブチロフェノン系抗精神病薬である
  • 幻覚・妄想の改善に特に優れる
  • 錐体外路症状や高プロラクチン血症が特に多い
  • 陰性症状・認知機能障害の改善や鎮静作用も多少期待できる
  • 第1世代であり、重篤な副作用が生じるリスクもある
  • 副作用の多さから、現在では限られたケースにのみ用いるお薬

といったところです。

かんたんに言えば「昔のお薬」であり、現在では「今のお薬が効かない場合に限って使用を検討されるお薬」という位置づけになります。

5.トロペロンが向いている人は?

トロペロンの特徴をもう一度みてみましょう。

  • 抗幻覚・妄想作用に特に優れる
  • ドーパミン以外の部位に作用しにくく、余計な作用(副作用)が生じにくい
  • 陰性症状・認知機能障害の改善や鎮静作用も多少期待できる
  • 高プロラクチン血症や錐体外路症状などのドーパミン系の副作用が特に生じやすい
  • 重篤な不整脈や悪性症候群など命に関わる副作用も起こり得る
  • 副作用が多い第1世代であるため、現在ではあまり用いられない

ということが挙げらました。

古いお薬であり、副作用の多さもありますので、現在では積極的に用いられる事はありません。

トロペロンが使われるのは、

  • 第2世代がどうしても使えないケース
  • 第2世代では効果が不十分なケース

などにやむを得ないケースに限られるでしょう。

昔であればトロペロンの使用を検討された症例は、現在では作用機序が比較的似ているSDA(リスパダール、ロナセンなど)が検討されます。

何らかの理由で第2世代が使えず、

  • 幻覚・妄想といった陽性症状が主の方
  • 興奮や易怒性が高い方

などにはトロペロンを検討しても良いかもしれません。