テグレトール(一般名:カルバマゼピン)は1966年から発売されている気分安定薬です。
気分安定薬というのは主に双極性障害(躁うつ病)に用いられる治療薬の事で、気分の高揚を抑えたり、気分の落ち込みを持ち上げたりといった気分の波を抑える作用を持ちます。
テグレトールは、最初はてんかんを抑える「抗てんかん薬」として開発されました。その後に三叉神経痛や双極性障害にも効果がある事が分かり、現在はてんかん、三叉神経痛、双極性障害と多くの疾患の治療薬として用いられています。
このサイトは精神科のサイトになりますので、この記事も主に「気分安定薬としてのテグレトール」という見方で記事を書かせて頂きます。
気分安定薬にもいくつか種類があり、気分の上がりを抑える作用(抗躁作用)に優れるもの、気分の落ち込みを持ち上げる作用(抗うつ作用)に優れるものなどがあります。患者さんの症状に応じて最適なお薬も異なるため、それぞれの特徴を理解しておく必要があります。
ここでは気分安定薬としてのテグレトールはどのような効果や特徴を持ち、どのようなな人に向いているお薬なのかを紹介していきます。
1.テグレトールの特徴
まずはテグレトールの全体的な特徴を紹介します。
テグレトールは躁状態を改善する作用に優れる気分安定薬で、他剤より効きが速いというメリットがあります。ただし副作用の問題から使用される頻度は多くはなく、他の気分安定薬が使えない時に検討されるお薬になります。
双極性障害の治療薬に求められる作用は主に3つあります。それは、
- 躁状態を改善させる作用
- うつ状態を改善させる作用
- 将来の異常な気分の波の再発を抑える作用
の3つです。
テグレトールはこの3つの作用のうち、「躁状態の改善作用」はしっかりと有しています。躁状態の改善によく用いられるリーマス(炭酸リチウム)と比べても同等の効果がある事が確認されており、更にリーマスよりも効果発現が速いというメリットもあります。
テグレトールには「再発予防効果」もあります。しかしその報告は多くはないため、再発予防効果についてはやや頼りなさがあります。
そしてテグレトールには明らかな抗うつ作用は報告されていません。
以上から気分安定薬として用いる際には主に躁状態の改善を期待して使用されるお薬になります。
テグレトールは他の気分安定薬と比べると双極性障害の治療に用いられる頻度が少ないのですが、その理由として「副作用」が挙げられます。テグレトールは他の気分安定薬と比べると副作用が多いお薬です。生じる副作用は様々なものがありますが、眠気やめまい、ふらつき、倦怠感などが時に認められます。
また頻度は少ないものの重篤な副作用が生じる可能性もあります。特に注意すべきなのが「重症薬疹」です。この副作用は全身に発疹が出現し、最悪の場合は命を落とすこともあります。このような副作用のリスクから安易には使用しずらいという側面があるのです
テグレトールは他の様々なお薬と相互作用してしまうというデメリットもあります。併用する事であるお薬の作用を強めてしまったり、反対に弱めてしまったりする事があるのです。このためいくつかのお薬をすでに服用している方には使いずらさのあるお薬です。
また「催奇形性」の報告もあります。催奇形性とは妊婦さんがそのお薬を服用すると、赤ちゃんに奇形が発生する確率が高くなってしまうという事です。気分安定薬のほとんどは催奇形性が報告されており、リーマス(炭酸リチウム)やデパケン(バルプロ酸ナトリウム)にも催奇形性が報告されています。テグレトールも同様に催奇形性の報告があるため、妊娠中の方や妊娠の可能性がある方にもあまり向かないお薬となります。
以上から、テグレトールの特徴として次のような事が挙げられます。
【良い特徴】
- 抗躁作用を有し、効果発現が速い
- 再発予防効果がある
【悪い特徴】
- 明らかな抗うつ作用はない
- 副作用が多く、時に重篤な副作用も生じる
- 催奇形性がある
- 相互作用するお薬が多い
2.テグレトールの作用機序
テグレトールは双極性障害(躁うつ病)の治療薬として用いられ、気分の波のうち特に躁状態を抑える効果を持ちます。またそれ以外にもてんかんを予防したり三叉神経痛の痛みを和らげたりする作用も有しています。
ではテグレトールはどのような作用機序を持っているのでしょうか。
てんかんも三叉神経痛も双極性障害も、いずれも「脳神経」に異常が生じている疾患であるため、テグレトールは脳神経に作用するお薬になります(三叉神経は脳神経の1つです)。
テグレトールは神経細胞のナトリウムチャネルの活動を抑える事で、神経の興奮を抑える作用があると考えられています。チャネルというのはイオンが通る穴のようなものです。ナトリウムチャネルというのは、ナトリウムイオンが通れる穴だと考えて下さい。
チャネルを通って、神経細胞内にナトリウムイオンが入ってくると、神経細胞は興奮します(これを脱分極と言います)。テグレトールはナトリウムチャネルのはたらきをブロックするため、ナトリウムイオンが細胞内に入れなくなり、神経細胞を興奮しにくくさせます。
これによって神経細胞の興奮が抑えられ、躁状態も治まるのです。
躁状態は気分の異常な高まりですが、この状態では脳神経が過剰の興奮している事が考えられます。またてんかんも脳神経が過剰に興奮して生じます。三叉神経痛も三叉神経の過剰な興奮で生じます。テグレトールは脳神経の興奮を抑えてくれるため、てんかん・三叉神経痛のみならず躁状態の改善にも効果を発揮するのでしょう。
3.テグレトールの適応疾患
テグレトールはどのような疾患に用いられるお薬なのでしょうか。添付文書にはテグレトールの適応疾患として、
1.精神運動発作、てんかん性格及びてんかんに伴う精神障害、てんかんの痙攣発作:強直間代発作(全般痙攣発作、大発作)
2. 躁病、躁うつ病の躁状態、統合失調症の興奮状態
3. 三叉神経痛
が挙げられています。
一般的には「抗てんかん薬」として用いられていますが、精神科領域では双極性障害の治療のためにも用いられます。精神科でてんかんの治療を行うこともありますが、最近では神経内科で行われることが多く、精神科でてんかん治療を行う機会はそう多くはありません。
双極性障害におけるテグレトールは主に躁状態を抑えるために用いられます。また将来的な気分エピソード(躁状態やうつ状態)を生じないようにするための「再発予防」で用いられる事もありますが、再発予防効果の報告は多くはないため、この目的で用いられる事は多くはありません。抗うつ作用はほとんどないためうつ状態に用いられる事はありません。
テグレトールを4~24週間投与した際の有効率は、
- 双極性障害の躁状態の改善率は83.8%(著明改善例は40%)
- 統合失調症の興奮の改善率は77.9%(著明改善例は16.9%)
と報告されています。
ただし副作用の問題から、テグレトールは最初から用いられる事は少なく、まずは他の気分安定薬から用いられ、やむを得ず他の気分安定薬が使えない場合に検討される事が多いお薬になります。
4.テグレトールの歴史
テグレトールは1957年にスイスの製薬会社で初めて合成されました。けいれんを抑える作用が確認され、最初は「抗てんかん薬」として発売されました。
1962年には三叉神経痛の発作抑制効果も報告され、以後は三叉神経痛にも用いられるようになりました。
その後、精神症状も持っているてんかん患者さんにテグレトールを用いた例で、てんかんだけでなく精神状態の改善も得られたという報告があり、「躁状態にも効果があるのではないか」と考えられるようになります。
テグレトールの双極性障害への研究が進められた結果、1971年に抗躁作用がある事が確認され、以後は双極性障害の躁状態にも用いられるようになりました。
テグレトールはこのように
- てんかん
- 双極性障害
- 三叉神経痛
といった「脳」の幅広い疾患に対して効果を発揮するお薬なのです。
5.テグレトールが向いている人は?
テグレトールの特徴をもう一度みてみましょう。
- 抗躁作用を有し、効果発現が速い
- 再発予防効果がある
- 抗うつ作用はない
- 副作用が多く、時に重篤な副作用も生じる
- 催奇形性がある
- 相互作用するお薬が多い
ということが挙げらました。
ここからテグレトールがどのような方に向いているお薬なのかを考えてみましょう。
まずテグレトールは、副作用の問題から気分安定薬としては主役選手ではありません。
お薬を使う際は、「なるべく安全性の高いものを選ぶ」という事は最重要事項です。せっかくお薬で病気が良くなっても、今度はお薬の副作用で困るようになってしまっては意味がありません。
そう考えると他の気分安定薬よりも安全性で劣るテグレトールは、他の気分安定薬が使えない時に初めて検討される二番手の気分安定薬だと言えます。
テグレトールは、主に双極性障害の躁状態にしっかりと効果を発揮します。そのため、躁状態が問題となる事が多いタイプ(例えばⅠ型双極性障害)などに向いているお薬になるでしょう。
また躁状態を抑える効果発現の速さがリーマスなどの他の抗躁薬よりも速いため、速やかに躁状態を抑えたい場合にも向いています。
一方で副作用の多さや時に重篤な副作用が生じるという問題、相互作用するお薬が多いという問題から安易に使用はせず、やむを得ない場合のみ用いる気分安定薬だと言えます。