他の人から注目されることに対して、過剰に恐怖を感じてしまう状態を対人恐怖症と呼びます。
対人恐怖症を発症すると、人とのコミュニケーションが困難となるため、精神的にも不安定となり、生活において様々な支障を来たします。
対人恐怖症は、現在では社交不安障害(SAD)と類似した病態だと考えられており、おおよその症状は両者で共通しています。
今日は対人恐怖症で認められる代表的な症状や、その特徴についてお話します。
1.対人恐怖症の症状の根底にあるもの
対人恐怖症では、対人恐怖から様々な症状が出現しますが、実はその根底にあるものはひとつです。
それは「他者からの否定的評価に対する恐れ」というものです。
「周りの人から笑われたらどうしよう」
「人前で失敗して恥ずかしい思いをしたらどうしよう」
このような「他者から悪い評価を受けるのではないか」という恐れが対人恐怖症の根底にはあります。そして、この感情から付随して様々な症状が出現するのです。
誰だって注目を浴びる場に立てば緊張するものです。しかし通常であれば、緊張はしてもなんとか対処することができます。
しかし対人恐怖症の場合、他者からの注目に対して恐怖が勝ってしまい、著しい恐怖とそれに伴う様々な症状が出現してしまいます。実際は注目されていなかったとしても、「見られているのではないか」と過剰に意識してしまい、恐怖を感じてしまいます。
問題は人と接している時だけではありません。
人と接する苦痛から、次第に人前や人目につく状況を避けるようになります。放置すれば社会的な支障はどんどんと大きくなり、恐怖から仕事が出来なくなってしまったり、外出が全く出来なくなってしまうことすらもあります。
よく誤解されるのですが、対人恐怖症の方は「人と接したくない」わけではありません。「接したいけど恐怖が勝ってしまって接せない」のです。そのため、対人コミュニケーションが取れない現状に対して、強いストレスを感じるようになります。また、「こんな事もできないなんて・・・」と自信の喪失にもつながってしまいます。
なお、似たような病態である社交不安障害においてもこれらは同様です。
2.対人恐怖症で出現する恐怖
対人恐怖症とは
他人と同席する場面で、不当に強い不安と精神的緊張が生じ、そのため他人に軽蔑されるのではないか、他人に不快な感じを与えるのではないか、いやがられるのではないかと案じ、対人関係からできるだけ身を引こうとする神経症の一種 (新版精神医学事典より)
と定義されています。
社交不安障害と同様に「他者からの否定的評価に対する恐れ」が主症状ではありますが、特徴的なのは「他者に迷惑をかけているのではないか」「他者を不快にさせているのではないか」といった恐れから、妄想的に自分の身体的な欠点を意識してしまうこともある点です。その具体的な内容は、
「顔が赤くなったらどうしよう」
「汗をかきすぎたらどうしよう」
という正常の緊張として了解できる内容のものから
「自分が異臭を発しているのではないか」
「自分は醜い顔をしていて他者を不快にさせているのではないか」
といった実際は認めないようなことに対する妄想的な恐怖まで出現することがあります。
実際に対人恐怖症で出現することのある恐怖について紹介します。
Ⅰ.視線恐怖
対人コミュニケーションにおいて、「注目されているのではないか」と視られていることを過剰に恐れてしまう状態です。
実際には特段注目されていなかったとしても、「見られているようで怖い」と過剰に捉えてしまいます。
Ⅱ.表情恐怖
人とのコミュニケーション時に、顔がひきつってしまったり、変な顔になってしまっているのではと心配になってしまう状態です。
Ⅲ.吃音恐怖
人と話したりしている時に、どもることを恐れる状態です。
Ⅳ.発汗恐怖
人と話したりしている時に、汗をかきすぎているのではないか、汗をかきすぎてしまうのではないか、と心配してしまう状態です。
Ⅴ.震え恐怖
人と話したりしている時に、手足や声が震えてしまうのではないか、と心配してしまう状態です。
Ⅵ.頻尿恐怖
人と話したりしている時に、頻回にトイレに行きたくなってしまうのではないか、と心配してしまう状態です。
Ⅶ.赤面恐怖
人と話したりしている時に、自分の顔が赤くなっているのではないか、と心配してしまうことです。
「自分が赤面していて相手に迷惑をかけているのではないか」
「自分の赤面で相手を不快にしているのではないか」
と考えてしまうこともあります。
Ⅷ.醜形恐怖
対人恐怖症に特徴的な恐怖で、自分の身体の「醜さ(みにくさ)」が人を不快にしているのではないかと悩む状態です。
実際はまったくそんなことはないのに「自分は醜いから人前に出てはいけない」と妄想的に考えてしまうこともあります。
Ⅸ.自己臭恐怖
対人恐怖症に特徴的な恐怖で、自分の体が異臭を発していて、それで人を不快にさせているのではないかと悩む状態です。
実際は何の臭いもしないのにも関わらず、「自分の臭いでみんなを不快にしている」と考え、人前や社会に出ないようになってしまいます。
Ⅹ.自己視線恐怖
先ほどの視線恐怖と名前が似ていますが、全く異なる症状です。
自己視線恐怖も、対人恐怖症に特徴的な恐怖で自分の視線が相手を不快にさせているのではないかという恐怖です。
「自分が相手を見ることで、相手はイヤな思いをしている」
「自分の目が泳いでしまって、相手は不快になったに違いない」
と考えてしまいます。
3.対人恐怖症の症状が増悪しやすい状況
対人恐怖症の症状は、どのようなときに出現しやすくなるでしょうか。
対人恐怖の根本にあるものは「他者からの否定的評価に対する恐れ」だとお話しました。
そのため、他者からの評価を受けやすい状況で症状は増悪する傾向があります。
反対に評価をあまり受けない状況では症状は発症しにくくなります。例えば気心の知れた家族や友人の前だったり、落ち着ける自分の部屋だったりでは症状が出現することはほとんどありません。
症状が悪化しやすい代表的な状況を紹介します。なお、これ以外の状況でも、本人が「他者から悪い評価をされるのではないか」と不安・恐怖を感じるような状況では症状が増悪しやすくなります。
Ⅰ.人とのコミュニケーション
対人恐怖症は、人とのコミュニケーションで恐怖を感じる疾患ですので、やはり人と接している時に悪化しやすくなります。
中でも「注目を浴びやすい状況」でのコミュニケーションではそれが顕著です。例えば仕事では、ミーティングや会議での発言・発表が典型的な状況です(演説恐怖・朗読恐怖)。また、仕事以外では結婚式などのイベントでのスピーチなども該当します。
特に大勢の人の前は、多くの人から評価を受けやすい状況ですので、症状は悪化しやすくなりますし(大衆恐怖)、目上の人との会話でも悪化しやすくなります(長上恐怖)。
人によっては、異性の前で特に恐怖が強くなることもあります(異性恐怖)。
Ⅱ.電話
電話対応は、対人恐怖症が増悪しやすい状況の1つです(電話恐怖)。
電話越しに話すため、直接対人しているわけではありませんが、やはり「人とコミュニケーションを取る」という事は同じだからです。
電話は突然かかってくるという点で恐怖を感じやすいものになります。特に仕事の電話などは、こちらの都合に合わせてかかってくるのではなく、相手の都合でかかってきて、それにあわせて対応しないといけません。
事前のこころの準備が出来ない分、症状が増悪しやすいのです。
Ⅲ.会食
患者さんによっては、人前で食事を食べる際に「見られている」ことを意識しすぎてしまい、緊張から上手に食べられなくなってしまうことがあります(会食恐怖)。
Ⅳ.記帳
患者さんからのお話で時々聞くのが、結婚式・葬儀などの記帳で手が震えてしまいうまく書けなくなってしまうというものです。
記帳の際は、目の前に受け付けの方がいます。記帳に「注目」しているというほどではありませんが、見てはいます。
これを「注目されている」と過剰に考えてしまうのです。
4.対人恐怖症はただの緊張ではない
対人恐怖症の症状は、「人前で緊張するくらいでしょ」「ちょっとシャイだってことでしょ」と軽く扱われてしまうことがありますが、そんな単純なものではありません。
対人恐怖症の緊張・恐怖は、正常な人が人前で緊張する生理反応とは異質の、強い恐怖や苦痛を伴うものなのです。
対人恐怖から、引きこもりがちとなったり二次的にうつ病を発症してしまうことも珍しくありません。最悪のケースでは自殺にいたる例もあるのです。そのくらい、本人は非常に苦しい思いをしているということです。社会的な障害も非常に高い疾患であり、「たかが緊張しやすいだけ」などと軽く見てはいけません。
人とのコミュニケーションが多少苦手でも、本人が気にしていなかったり、生活に特に支障のないものであれば、それは様子をみてよいでしょう。しかし本人がつらい思いをしていたり、生活に支障をきたしているような場合は、放置することはせず、私たちに相談してください。