対人恐怖症はどのような原因で生じるのか

他の人から注目されることを過剰に意識してしまい、恐怖を感じてしまう。
そのため人と接することを避けたり、外に出るのを避けてしまう。
自分の存在で他の人を不快しているのでは、自分は異臭を発しているのでは・・・、といった不安が消えない。

もし、このような状態に当てはまるのであれば、それは「対人恐怖症」かもしれません。

対人恐怖症を発症すると、他の人から注目されることを過剰に怖がってしまいます。「自分は嫌われているのではないか」「自分は相手にイヤを思いをさせているのではないか」という不安から、「自分の顔が醜いから他の人を不快にしている」「自分が異臭を放っていて他者を不快にさせている」といった妄想的な考えに至ってしまうこともあります。

対人恐怖症を発症すると、このように対人コミュニケーションに大きな支障をきたすため、日常・社会生活に大きな支障をきたしてしまいます。

この対人恐怖症がどのような原因で発症するのかについて、お話していきます。

1.対人恐怖症とは?

対人恐怖症の原因について考える前に、まずは対人恐怖症がどのような疾患なのかをお話します。

現在では対人恐怖症は、社交不安障害(社交恐怖)という疾患とほぼ同じ病態だと考えられています。

元々、対人恐怖症の報告は日本で突出して多く、海外ではほとんど報告がありませんでした。そのため、日本の文化的背景が原因となっている独特の疾患であると考えられていました。日本は「恥の文化」と呼ばれることもあり、「他の人の目」「他者からの評価」を気にしやすい文化だと言われています。そのため、「他者から悪く思われているのでは」「人が怖い」といったことを過剰に怖がってしまう対人恐怖症が発症しやすいと推測されていたのです。

しかし近年の調査では、海外でも対人恐怖症と似た病態は少なくないことが分かってきました。そして、これらは「社交不安障害(社交恐怖)」として定義されました。

様々な研究・調査が進むにつれて、対人恐怖症と社交不安障害はほぼ同様の病態であることが確認されてきており、現在ではどちらも「社交不安障害」として診断する方向になってきています。

対人恐怖症も社会不安障害も、

  • 「他者からの注目」に対して過剰なまでの恐怖を感じる
  • 人前で「恥をかくのでは」と過剰に恐れる

という症状が中心となる点では共通しており、基本的に両者は同様の疾患だと考えてよいものです。

社会不安障害と対人恐怖症の違いとして、人前で恐怖を感じた時に社会不安障害が、

  • 顔が赤くなっていて、変だと思われているのではないか
  • 声がうわずっていて、みんなに笑われているのではないか

などといった、一般的にも理解しやすい恐怖を感じるのに対して、対人恐怖症は

  • 自分が醜い顔をしているからではないか
  • 自分が異臭をはなっているのでないか

といった妄想的な恐怖に至りやすいと指摘する専門家もいます。また、これらは「他者を不快にしているのではないか」という思考から生じる妄想であることも特徴です。このような妄想が出現することから、対人恐怖症はしばしば妄想性障害や醜形恐怖症などの診断基準を満たし、これらの疾患だと診断されてしまうこともあります。

ただし社会不安障害でも恐怖が強ければ妄想的になってしまうこともあり、これは一つの見解に過ぎません。現在のところでは社会不安障害と対人恐怖症は、だいたい同じような病態だと考えてよいでしょう。治療法なども同様であるため、両者を厳密に鑑別するメリットはあまりありません。

ちなみに他者からの注目を浴びる状況で多少の恐怖を感じたり、「失敗して恥をかいたらどうしよう」と不安になることは何もおかしいことではありません。誰だってこのような不安や恐怖を感じた経験はあるでしょうし、これは正常な反応です。

したがって、こういった気持ちがあるだけで対人恐怖症になるわけではありません。

しかし正常であれば多少の不安や恐怖はありつつも、何とか人と接することは出来るものですし、場数を踏むごとに人との接触も慣れていくものです。

対人恐怖症の場合、恐怖・不安が過剰となってしまい、必要な対人コミュニケーションができなくなってしまい、次第に人前を避けるようになってしまい生活に支障をきたすようになります。進行すると外に出ることすらも怖くなり、引きこもり状態になってしまうこともありますし、自己嫌悪から自己評価がどんどんと低下してし、生きることすらもつらく感じてしまうこともあります。

正常な内気と対人恐怖症の境目は、人前での恐怖で「本人が大きく苦しんでいるか」「生活に支障を来たしているのか」が分かれ目になります。生活にも支障をきたしておらず、本人がそこまで苦しんでいないのであれば、無理矢理治療する必要はありません。

対人恐怖症は、対人接触に過剰な恐怖を感じてしまい、それが原因で生活に様々な支障をきたす疾患だと言うことが出来ます。

2.対人恐怖症が発症する原因は?

では、対人恐怖症の原因は何なのでしょうか。

結論から言ってしまうと、明確な原因というのは分かっていません。

しかし、ある特定の原因が1つあってそれを満たすと必ず発症する、という単純なものではないようです。いくつかの要因が複雑に絡み合って発症するという考えが主流で、これはほぼ間違いはないでしょう。

対人恐怖症が発症する原因として、現在考えられているもの紹介します。

なお、対人恐怖症の発症原因は、同様の疾患である社交不安障害の発症原因とほぼ同じです。

Ⅰ.性格

対人恐怖症を発症しやすい方には、共通した性格傾向が認められます。

特に「不安を感じやすい性格」「緊張しやすい性格」を持つ方は、そうでない方に比べて対人恐怖症を発症しやすくなります。これは「神経質」「心配性」などとも言われます。

日本の精神科医である「森田療法」で有名な森田正馬氏が、森田神経質という性格概念を提唱しましたが、これも対人恐怖症を生じやすいことが指摘されています。

Ⅱ.遺伝

特定の遺伝子が内気・恥ずかしがりやな性格と関連することを指摘した研究結果もあり、対人恐怖症にある程度の遺伝的要因があるのは十分に考えられます。

ただし、遺伝の影響はあるもののその程度は大きくはなく、その他の影響の方が大きいと考えられています。

つまり、親が対人恐怖症だからといって、子供に必ず対人恐怖症が発症するということにはなりません。

Ⅲ.幼少期からの環境

幼少期からどのような環境で育ってきたのかは、発症に影響すると考えられています。

例えば、恥をかくことを極度に嫌う家族のもとで養育されたのであれば、「恥をかいてはいけない」「他者を不快にしてはいけない」という気持ちが自然と強くなり、対人コミュニケーションにおける恐怖は高まりやすくなることが推測されます。これは対人恐怖症を発症しやすくなるでしょう。

また過保護に養育された場合も、社会的状況に接する機会を親が先回りして回避させてしまうため、社会的状況への対処能力が未熟なまま成長せず、これも対人恐怖症の発症に影響を与える可能性があります。

反対に両親から十分な愛情を受けることが出来なかったり、「こんなこともできないなんて恥ずかしい子だ!」などと厳しく養育されることも、対人恐怖症を発症してしまうリスクになりえます。

Ⅳ.失敗・恥などの強い経験

大勢の人前での発表で失敗して恥をかいてしまった(ように自分が感じた)などの、エピソードをきっかけに、人目を過剰に意識してしまうようになり対人恐怖症が発症することもあります。

また学生時代に友人からからかわれたり、ひどいいじめなどを受けていた場合はこれらも原因となりえます。

いじめの経験から「他人は自分に対して攻撃的である」という意識が根付いてしまうと、「自分は他人を不快にしてしまうのだ」と考えてしまい、対人恐怖症発症の原因となってしまうことがあります。

Ⅴ.年齢・性別

対人恐怖症は、10代の発症が圧倒的に多く報告されています。性差は明らかでなく、男性でも女性でも発症する疾患です。

なぜ10代に多いのかは明確には解明していませんが、この時期は成長の過程として多感な時期であり、他者からの評価(人目)を意識するようになる時期です。そのため「恥ずかしい」という感情が過剰になりやすいのかもしれません。

また10代は社会的にも様々なことにチャレンジする時期であり、試験・試合・発表など、緊張する状況や人前に出る機会も増えてきます。このようなことも影響しているのかもしれません。

10代の不登校や引きこもりが問題となっていますが、その中には対人恐怖症によって外へ出られなくなってしまっている方もいらっしゃるのではないかと考えられています。

3.生物学的な対人恐怖症の原因

対人恐怖症が発症してしまったとき、私たちの脳内ではどのような異常が生じているのでしょうか。これも社交不安障害と同様の機序が生じているのではないかと考えられます。

生きている人間の脳を解剖して直接見るわけにはいきませんので、これからお話することは、研究から導かれた仮説に過ぎませんが、現時点における対人恐怖症・社交不安障害の生物学的な原因について紹介します。

生物学的な研究は、主に社交不安障害の患者さんを対象に行われているため社交不安障害について説明しますが、対人恐怖症でも同様のことが生じていると考えて下さい。

画像検査などで社交不安障害の方の脳を見ると、扁桃体と呼ばれる部位のはたらきが過剰になってしまっていることが確認されています。

そして薬物療法(抗うつ剤)や精神療法(認知行動療法など)で治療して社交不安障害が改善されると、それに伴い扁桃体のはたらきが正常化することも確認されています。ここから考えると、社交不安障害は扁桃体になんらかの異常が生じた結果、生じているのではないかと考えることができます。

扁桃体は恐怖・不安という感情に深く関連している部位であるため、この仮説は納得のいくものではあります。その証拠として、ウィリアムズ症候群という疾患の方は、非常におおからで優しく、社会的な恐怖心を感じることが少ないことが報告されていますが、この疾患では扁桃体の活動性の低下が指摘されています。また動物実験において、扁桃体を破壊したラットでは、不安・恐怖が消失することも示されています。

つまり扁桃体の活動性が低いと恐怖・不安を感じにくくなり、高いと恐怖・不安を感じやすくなることが推測され、社交不安障害では扁桃体の活動性が高まってしまった結果、過剰に恐怖を感じるようになっていると考えられます。

また、扁桃体で具体的にどんな異常が生じているのかというと、主にセロトニン・ドーパミンといった気分に影響を与える神経伝達物質の異常が生じていることが報告されています。

これらのバランスが崩れた結果、社交不安障害が発症するのではないかというのが現在における生物学的な仮説になります。