ストレスで動悸が生じた時に考えられる疾患とその対処法

私たちは毎日、ストレスを受けながら生きています。

生きていく上で適度なストレスというものは必要なものです。適度なストレスには大きな害はなく、心身に良いメリハリを与えてくれます。

しかしストレスが強すぎたり、あるいはストレスを慢性的に受け続けてしまうと、ストレスは心身を徐々に害を与え始めるようになってしまいます。

過剰なストレスは私たちの心身の至る部位に問題を生じさせます。

ストレスで生じる症状の1つに「動悸」があります。緊張したときに「心臓がバクバクする」という経験は誰もがあると思いますが、これが過剰となれば作業(勉強や仕事など)に集中できなくなったり、怖くて外出できなくなってしまったりと生活に様々な支障をきたすようになります。

今日はストレスで動悸がなぜ生じるのか、ストレスで生じる動悸とその他の原因で生じる動悸の見分け方、そしてストレスで生じた動悸に対する対処法・治療法にはどのようなものがあるのかなどについて紹介します。

1.ストレスでなぜ動悸が生じるのか

動悸は様々な原因で生じますが、主な原因の1つとして「ストレス」が挙げられます。

ストレスで動悸が生じるのは、どのような機序によるものなのでしょうか。

過剰なストレスを受けると心身に様々な症状が生じますが、これらは主に、

  • ストレスホルモン(副腎皮質ホルモン)の乱れ
  • 自律神経系の乱れ

の2つが原因だと考えられます。

そして動悸も、主にこの2つの原因によって生じます。

それぞれについて詳しくみてみましょう。

Ⅰ.ストレスホルモンが増える

ストレスホルモンは、副腎皮質から分泌される「コルチゾール」などのホルモンのことで、これは体内で合成・分泌されているステロイドホルモンになります。

副腎皮質ホルモンの作用の1つに血液量を増やすはたらきがあります。血液量が増えれば全身に多くの栄養・酸素が届くようになります。ストレスを受けた時、私達の身体は副腎皮質ホルモンを分泌することで、高い負荷の活動にも適応できるようにするのです。

副腎皮質ホルモンは2つのはたらきによって全身の血流量を増やします。

1つ目が血液量を増やすことです。血液量が増えれば血圧が上がります。

2つ目は心拍数を増やすことです。心拍数を増やせば、より多くの血液を全身に送ることが出来ます。

このようにストレスを受けることで副腎皮質ホルモンの分泌が増えると血圧が上がり、心拍数が増えるため、動悸を感じやすくなるのです。

Ⅱ.自律神経系の乱れ

また自律神経系の乱れも、動悸の原因となります。

自律神経系というのは私たちの身体の全身に分布している神経で、私たちが意識しなくても自動的に身体の機能を調節してくれる神経になります。例えば、私たちは普段意識していなくても呼吸をしているし、心臓も動いてくれていますが、これも自律神経系が自動的に臓器のはたらきを調整してくれているからです。

自律神経系には交感神経と副交感神経という2つの神経のバランスによって成り立っています。かんたんに言うと交感神経は緊張の神経であり、副交感神経はリラックスの神経になります。

緊張状況にあるときは交感神経が活性化します。交感神経は緊張環境でも対応できるように身体の機能を変化させます。具体的には瞳孔が開き、呼吸が速くなり、心拍数が上がります。このように変化させることでより高い負荷の活動に身体が適応できるようになります。

反対にリラックスできる状況にあるときは副交感神経が活性化します。副交感神経心身がリラックスできるように身体の機能を変化させます。具体的には呼吸がゆっくりとなり、心拍数も下がります。胃腸の動きも活性化して栄養を吸収しやすい体制を作ります。

ストレスを受けると、身体は「緊張状態」だと判断し交感神経が活性化し出します。交感神経が活性化すれば、血圧が上がり、心拍数も上がります。これによって私たちはストレスを受けると動悸を感じやすくなるのです。

また交感神経が活性化しているときは緊張状態に適応して、感覚が研ぎ澄まされ、敏感になります。実際に心拍数が上がっていないのに動悸を感じるという方もいますが、この場合は交感神経が活性化している事で感覚が敏感になり、いつもより心臓の鼓動を感じやすくなっているためだと考えられます。

このような機序によってストレスで動悸が認められるのです。

2.ストレス以外で生じる動悸の原因

動悸が生じた時、それがストレスで生じている可能性はもちろんあります。

しかしそれ以外の原因で動悸が生じている可能性も否定できません。

動悸を自覚された時、多くの方が心配することが「心臓に異常が生じているのではないか」というものです。心臓は私たちの臓器の中でも特に重要な臓器であるため、とりわけ不安になってしまいますよね。

動悸が生じた場合、ストレス以外の原因としてはどのようなものが考えられるのでしょうか。

動悸の原因となる疾患は数多くあり、それをすべて羅列してもわかりにくくなってしまいますので、ここでは代表的な動悸を生じる疾患について紹介したいと思います。

Ⅰ.不整脈

実際に脈が不整になっていて動悸を感じることもあります。

不整脈もストレスが原因で生じることもあるため、不整脈だからストレスではない、と言えるものではないのですが、不整脈を動悸として感じている場合、不整脈の種類によっては内科的な治療が必要になることもあります。

不整脈は多くは心臓が痛んでいる方(心不全など)で生じやすいため、若い方には少ないのですが、中には若い方にも生じるタイプの不整脈もあります。

不整脈は心電図をとることで分かる事があります。動悸が出ていない時にとっても所見が出る不整脈もあるため、不整脈が疑われたら心電図を撮ることは意味があります。

しかし心電図を撮る時に都合よく動悸が出現するとは限りません。このような場合、動悸が出ているときの心電図をとらえるために「24時間心電図(ホルター心電図)」というものもあります。これは1日中ずっと付けるタイプの小型の心電図で、これにより1日を通して不整脈が出ていないかを確認することが出来ます。

Ⅱ.貧血

貧血で動悸が出現していることもあります。

貧血というのは全身に酸素を運ぶ役割を持っている「赤血球」が少なくなっている状態です。

このような状態になってしまうと、全身に十分な酸素を運ぶには「心拍数を増やす」しかないため、心拍数が増えます。するとこれを動悸として感じてしまうことがあります。

貧血は、特に女性の方で注意すべき疾患になります。

栄養(特に鉄分)の摂取不足であったり、月経での出血が多い方だと貧血になりやすくなります。

貧血になっているかどうかは診察所見でも推定できますが、血液検査をすることで正確に判断することが出来ます。

Ⅲ.甲状腺機能亢進症(バセドウ病)

甲状腺ホルモンが過剰になってしまうと、動悸が出現することがあります。

甲状腺ホルモンは代謝を亢進させるホルモンであり、全身の代謝が亢進します。その症状の1つとして脈が速くなります。

その他にも代謝が亢進するため、体重が落ちたり、呼吸が速くなったり、四肢の震えが出現したり、イライラしやすくなったりします。

甲状腺ホルモンも血液検査で測定することが出来ます。

3.動悸の原因がストレスなのか、それ以外なのかの見分け方

過剰なストレスは動悸を引き起こすことがあります。

一方で動悸というのは、ストレス以外の原因で生じることもあります。先ほど説明したような疾患(不整脈、貧血など)でも生じることがあるのです。

動悸が生じた時、その原因がどちらにあるのかはどのように判断したらよいでしょうか。

特に動悸という症状は心臓系の症状になるため、「心臓がおかしくなってしまったのではないか」と不安になってしまう方も多くいらっしゃいます。

動悸がストレスで生じているのか、それとも身体疾患によるものなのか。

この見分け方はなかなか難しいことも多いのが実情です。ストレスと動悸がどれくらい関連しているのかを見極めることが出来れば両者を鑑別できるのでしょうが、ストレスというのは数値化できるものではないため、「今自分がどのくらいストレスがかかっているのか」ということは客観的な指標として出すことはできません。そのため、ストレスと動悸との関係性がどのくらいかというのは正確に判断することが難しいのです。

このようにストレスとその他の原因を見分けるということは難しいのですが、それでもできる範囲で「こっちの可能性の方が高そうだ」と原因に近づくことは大切です。なぜならば、どちらが原因なのかによって治療・対策が異なってくるからです。

ストレスが原因なのであれば、ストレスに対して対処を行わないといけません。一方で例えば貧血が原因なのであれば対処法は赤血球を増やす治療を行うことです。対処法は全く異なってきます。

両者を見分けるための一番の方法は、やはり「ストレスと動悸の関連」を正確に見てみることです。例えば仕事が大きなストレスになっているのであれば出勤日と休日の動悸の差を正確に記録すると分かりやすいでしょう。ストレスが原因なのであれば動悸の頻度は出勤日に明らかに多くなるでしょう。

反対にストレスと無関係に発症する不整脈や貧血、甲状腺疾患が原因であれば、ストレスに関係なく動悸は生じるはずです。

また、ストレス(精神的理由)なのか身体疾患なのかがどうしても見分けられない時、原則としては「身体疾患から除外する」べきになります。まずは身体疾患を検査で調べて、それで原因が見つかれば身体疾患、見つからなければ精神的理由、という流れで考えます。

なぜならば、身体疾患の方が検査によってより明確に特定できるからです。例えば不整脈であれば心電図で検出できれば不整脈が原因だと特定できます。貧血も血液検査で赤血球の減少が認められれば可能性は高くなります。甲状腺疾患も血液検査で甲状腺ホルモンの数値を診れば原因かどうか特定できます。

反対に精神的理由というのは明確に検出できる検査がないため、特定がしにくいのです。

そのため精神的理由から除外しようと考えると困難になります。

迷った場合はまずは内科などの身体科を受診し、身体疾患から除外するようにしましょう。

4.ストレスで動悸が生じたときの対処法・治療法

ストレス以外が原因で動悸が生じているのであれば、その原因に応じた対処法が必要になります。

例えば不整脈であれば抗不整脈薬を使うこともあるし、あるいは不整脈によって血栓が出来にくいように抗凝固薬(血液を固まりにくくするお薬)を使うこともあります。貧血が原因なのであれば止血処置や食生活の改善、鉄分摂取が治療になるでしょう。甲状腺疾患が原因なのであればお薬によって甲状腺ホルモンを適正値にしてあげる必要があります。

ではストレスが原因で動悸が生じているときは、どのような対処法・治療法があるのでしょうか。

「動悸」に限らず、ストレスで症状が出ている際に共通する対処法になりますが、紹介させていただきます。

Ⅰ.ストレスから離れる

動悸がストレスによって生じているのであれば、ストレスから離れることが最善の治療になります。例えばどうしても苦手な人がいて、その人と話すと動悸が治まらなくなってしまうということであれば、なるべくその人には近づかないようにする、というのはすべき工夫の1つになるでしょう。

しかし「ストレスから離れる」というのは必ずしも出来る対処法ではありません。「仕事がストレスだから仕事を休みます」という事は普通は出来ません。

ストレスから離れることは簡単なことではありません。しかし少しでも距離を取る、離れる時間を増やすことを工夫してみましょう。例えば仕事がストレスであるならば、なるべく早く帰宅できるように自分で出来る努力をしてみる、昼休みは職場から出て外に食事しに行く、などちょっとした工夫でもいいので考えてみましょう。

ストレスをゼロに出来なくても、多少でも軽減させることが出来れば、それは意味があることです。

Ⅱ.ストレス発散の手段を持つ

動悸がストレスによって生じている場合、一番の解決策は「ストレスから離れること」に尽きます。

しかしこれは現実的な方法ではないため、現実的に大切になるのは、「受けたストレスを発散できる場を持つこと」になります。

ストレスを無限に溜め込める人はいません。どんなにメンタルが強そうに見える方であってもストレスを受け続ければ必ず症状は現れてしまいます。そのためストレスを受けている方は定期的にストレスを発散できる時間を必ず作るようにしてください。

ストレスを発散する方法はたくさんありますが、大切なのは「自分が心から楽しいと思える行動」か「副交感神経を活性化させる行動」のどちらかを満たす行動をとるようにすることです。

「自分が心から楽しいと思える行動」というのは、その人によって異なるため、一概に言えるものではありません。

「カラオケで思いっきり歌う」
「友達に心ゆくまで愚痴を話す」
「スポーツで汗を流す」

などが人気の行動ですが、これは人によって異なります。

「副交感神経を活性化させる行動」というのは、「リラックス状態」を作れるような行動です。例えば、

「銭湯で温泉にゆっくりつかる」
「静かな場所でゆっくりと好きな本を読む」
「いつもより少し多めに眠る」

などがあります。

Ⅲ.オンとオフを意識した生活を

ストレスを受け続けていると、常に緊張の神経である交感神経が活性化しています。この状態が続くと「緊張」⇔「リラックス」の切り替えがうまくいかなくなります。

通常私たちは、仕事などの緊張時は交感神経のスイッチがオンになっていますが、仕事が終わると副交感神経のスイッチがオンになりリラックス状態が作られます。これが仕事が終わっても交感神経がオンになっているままだと、24時間ストレスを受け続けていることになります。これでは動悸が生じてしまっても仕方ありません。

このように交感神経がずっと活性化してしまうような状態を防ぐには、意識して生活にメリハリをつけることです。

仕事を自宅に持ち帰るという方は、仕事が終わったあとも交感神経がオンになってしまいやすいでしょう。休日も仕事の事が頭から離れない方も交感神経が常にオンになっている可能性が高いといえます。

「仕事中はしっかりと集中する」
「仕事が終わったら仕事の事は考えない」

などのメリハリをつけた生活は、非常に大切になります。

Ⅳ.生活習慣を改める

ストレスを受けているときというのは、生活習慣も悪くなりがちです。

ストレスから

・過食、やけ食いする
・食生活が不規則になる
・睡眠不足となる
・タバコの本数が増える
・アルコール飲酒量が増える

ということはみなさんも経験があるのではないでしょうか。

これらの行動はどれも自律神経を更に乱してしまう行動になります。

ストレスを受けているときこそ、このような行動を控えることが大切です。ストレスがひどいときこそ、意識して、

・三食規則正しく食べる
・夜はしっかり眠る
・タバコ・アルコールは控えめに

を意識しましょう。それによって不必要に動悸が悪化することを防ぐことが出来ます。

Ⅴ.補助的に抗不安薬を使うことも

場合によっては、抗不安薬で動悸を抑えてあげることもあります。抗不安薬は安易に使うべきものでありませんが、動悸によって生活に支障をきたしていたり、このまま動悸が続けば将来的に生活に支障をきたす可能性が高そうだと判断されるような場合において検討されます。

抗不安薬は直接心臓に作用するお薬ではありません。しかし抗不安薬は文字通り「不安を和らげる」「緊張をほぐす」作用があるため、これにより副交感神経が活性化しやすい状態が作られ、動悸が改善することがあります。

実際、抗不安薬の一部は「心身症」に対して適応を持っています。

【心身症】
ストレスが原因となって生じる身体疾患。例えばストレスによって生じる胃潰瘍やストレスによって生じる高血圧など。

どうしてもリラックス状態が作れない状態になっている方は、このようにお薬でリラックス状態を作ってあげることも時には有効です。

ただし、この方法は「お薬の力を借りて治している」だけで根本の解決にはなっていません。Ⅰ.やⅡ.の方法でストレス自体を何とかしないと、お薬だけでは根本の解決にはならないため注意が必要です。一時的にお薬の力「も」借りるという方法は有効ですが、お薬だけで完結してしまわないようにしましょう。

5.動悸で生活に支障が生じている場合は病気の可能性もある

ストレスによって動悸が生じて苦しい思いをするというのは、それだけで病気だというわけではありません。

しかしストレスで動悸が生じ、それによって生活に支障をきたしている場合、それは何らかの疾患を発症している可能性があります。

例えばパニック障害は、動悸やめまい、息苦しさなどの「パニック発作」が突然出現する疾患です。突然このような発作が出るため、「また発作が起こったらどうしよう」と怖くなってしまい、外に出れなくなったり仕事に行けなくなったりと生活に大きな支障をきたします。

社会不安障害という疾患も人前などの「他者から注目される状況」で過度に緊張してしまい、動悸やめまい、息苦しさなどが出現します。社会不安障害を発症すると、対人コミュニケーションに支障をきたしたり、日常・社会生活に大きな支障をきたしてしまいます。

このような疾患であれば、薬物療法(お薬による治療)や精神療法(カウンセリングなど)といった適切な治療が必要になります。

動悸で苦しい思いをしていて、生活にも支障が生じている場合は、我慢し続けるのではなく、一度精神科を受診し相談してください。