統合失調症の陰性症状とはどのような症状なのか

統合失調症は、100人に1人(1%)の割合で発症すると報告されており、決して稀な疾患ではありません。

統合失調症では様々な症状が出現しますが、本質的な症状は「陰性症状」だと考えられています。

統合失調症の症状を見ると、一見、幻覚や妄想といった派手な症状に目を奪われがちです。しかしこれらの激しい症状が目立つのは経過の中での一時的なことであり、それよりも無為自閉・感情平板化といった陰性症状の方が長く付き合っていかないといけない症状になります。そのため陰性症状について正しく知り、正しく治療を行っていくことが統合失調症の治療においては大切になります。

幻覚妄想は落ち着いたけども意欲もなく、一日中何もせずに家に閉じこもっている、という状態では良い治療を行えているとは言えません。

今日は統合失調症の陰性症状についてみてみましょう。

1.陰性症状とは何か?

統合失調症では様々な症状が生じますが、その症状の中には一定の共通項があるものがあります。

幻覚や妄想といった症状は、「本来はないものがあるように感じる」症状だという共通点があります。また、意欲が低下したり、自分の中に閉じこもる傾向になったり(自閉)というのは「本来はあった能力がなくなってしまった」症状だという共通点があります。

統合失調症に認められるこれらの症状のうち、前者を「陽性症状」と呼び、後者を「陰性症状」と呼びます。

【陽性症状】
(具体的な症状)幻覚・妄想など

陽性症状は統合失調症の特徴的な症状の1つで「本来はないものがあるように感じる」症状の総称です。「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」妄想などが該当します。

【陰性症状】
(具体的な症状)無為自閉・感情平板化・意欲減退など

陰性症状も統合失調症の特徴的な症状の1つで、陽性症状とは逆に「本来はあるものがなくなってしまう」症状の総称です。無為自閉(=活動性が低下し、こもりがちになる)、感情鈍麻(=感情の表出が乏しくなる)などが挙げられます。

このような分け方は、イギリスの神経学者であるジャクソンが初めて行ったとされています。「陽性症状」「陰性症状」という分類法は、統合失調症の症状を理解する上で非常に分かりやすい分類の仕方であるため、現在でも用いられています。

2.統合失調症の陰性症状にはどのようなものがあるか

では統合失調症で認められる陰性症状にはどのようなものがあるでしょうか。

「本来はあるはずの能力がなくなってしまう」症状であるため「欠陥症状」「貧困症候群」という呼ばれ方をされることもあります。具体的には次のような症状が認められます。

Ⅰ.無為・自閉

人間が本来持っている「興味」「感心」が乏しくなってしまう症状です。

周囲への関心や興味が乏しくなり、日常の多くのことに無関心になってしまう事を無為と呼びます。

似たような症状として、うつ病の症状に「興味と喜びの喪失」があります、統合失調症の無為はこれとは異なります。うつ病の「興味と喜びの喪失」は、心の底では「何とかしないと・・・」という焦りがあるけど、実際には興味や関心を持てないというものです。しかし統合失調症の無為はそういった焦りもなく、興味・関心が乏しくなってしまう状態です。

自閉とは「自分の中に閉じこもってしまうこと」で、現実世界から離脱するような症状になります。これは周囲からは無口で冷たい人という印象として写ります。

Ⅱ.意欲低下・無気力

人間が本来持っている「意欲」「気力」が乏しくなってしまう症状です。

これもうつ病で生じる意欲低下・気力低下と異なり、統合失調症では「何とかしないと・・・」という焦りがありません。

Ⅲ.感情鈍麻・感情平板化

喜怒哀楽といった感情の動きが乏しくなってしまう症状です。

3.陰性症状の特徴

「本来はあるはずの能力がなくなってしまう」という共通項を持つ症状を陰性症状と呼びます。

陰性症状は症状に共通項があるだけでなく、その他の特徴においても次のような共通項がいくつか認められます。

Ⅰ.統合失調症の消耗期・回復期に生じやすい

統合失調症の典型的な経過というのは次の4段階に分けられます。

1.前駆期:「何となくおかしい」といった感じはあるが、明らかな症状に乏しい時期
2.急性期:幻覚・妄想などの激しい症状が出現する時期
3.消耗期:急性期の反動として、自閉・意欲低下・無気力・感情平板化などが出現する時期
4.回復期:緩やかに症状が回復していく時期

このうち、陰性症状は、「3.消耗期」に顕著になる症状です。また「4.回復期」にもある程度認められます。反対に「2.急性期」には幻覚・妄想といった陽性症状が優位となり、陰性症状はあまり目立ちません。

Ⅱ.統合失調症への特異度は低い

陰性症状は一見すると地味な症状であるため、その症状だけで統合失調症と診断するのが難しい症状です。

特異度が低いというのは、「その症状だけでは統合失調症と診断できる確率が低い」という意味になります。

「自分の中に引きこもってしまう」
「意欲が低下する」
「感情が乏しくなる」

このような陰性症状は一見すると、うつ病などの他の精神疾患で出現する症状と見分けがつきません。つまり陰性症状は、統合失調症への特異度が低いのです。

反対に幻覚・妄想といった陽性症状は、統合失調症への特異度が高い症状になります。

しかし特異度は低いものの、統合失調症で重要なのはむしろこの「陰性症状」なのです。統合失調症の患者さんは陽性症状と陰性症状のどちらも認めるのですが、長く付き合っていかなければいけないのは圧倒的に陰性症状だからです。

そのため、この陰性症状を上手に治療することが統合失調症においては重要になります。

ブロイラーというスイスの精神科医は、

・連合障害(思考のまとまりを欠く)
・感情鈍麻(感情の鈍麻・平板化)
・両価性(同一の事柄に対して相対する感情を持つ)
・自閉

の4つの症状を統合失調症の「基本症状」だと提唱しており、この概念は現在においても受け入れられています。

ブロイラーの提唱する基本症状の多くは陰性症状に当てはまるもので、これを「基本症状(=本質となる症状)」だと昔の著名な精神科医も指摘しているのです。

Ⅲ.抗精神病薬があまり効かない

主に統合失調症の治療に用いるお薬を「抗精神病薬」と呼びます。

陽性症状に対しては、抗精神病薬が良く効きます。初発の統合失調症の場合、7~8割ほどの患者さんには抗精神病薬が効果を示すと言われています。

反対に陰性症状は抗精神病薬をはじめとしたお薬が効きにくく、ここが統合失調症の薬物治療の問題点となっています。

Ⅳ.予後に関係する

陽性症状は派手な症状であるため、発症すると周囲は驚きます。幻覚や妄想に基づいて他者に迷惑をかけてしまう事もあり、入院治療になる事も多い症状です。

しかし予後(その病気の経過の良し悪し)に陽性症状はあまり影響しないと考えられています。幻覚や妄想が激しかったからといって、必ずしも予後が悪いという事にはなりません。むしろ予後に関係するのは主に陰性症状であると考えられています。

3.陰性症状はなぜ生じるのか

「本来はあるはずの能力がなくなってしまう」症状を陰性症状と呼びますが、これらが生じる病態というのはまだ解明されていません。

統合失調症の病態として提唱されている仮説に「ドーパミン仮説」があります。これは統合失調症の原因は脳のドーパミンのはたらきが過剰になるために生じるという仮説で、陽性症状についてはある程度説明のつく仮説になっています。

しかし陰性症状においてはドーパミン仮説だけでは十分な説明がつきません。

ドーパミン仮説では、特に大脳辺縁系(扁桃体など)と呼ばれる部位のドーパミンが過剰になることで発症すると考えられており、これが幻覚や妄想・興奮といった陽性症状を引き起こすと考えられています。

しかし脳全体でドーパミンが過剰になるわけではなく、近年の研究では前頭葉と呼ばれる部位のドーパミンは反対に少なくなっていることが報告されています。この前頭葉におけるドーパミン低下が、無為・自閉・感情鈍麻といった陰性症状の原因になっているのではと推測されています。

4.陰性症状はどのように治療すればいいのか

陰性症状は、どのように治療をすればいいのでしょうか。

陰性症状の治療は陽性症状と比べると難しく根気がいりますが、絶対に治らない症状だというわけではありません。

陰性症状の治療において大切な事を紹介します。

Ⅰ.お薬のみの治療には限界がある

統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想など)に対しては、比較的お薬が良く効きます。そのため、陽性症状を抑えるためにある程度の抗精神病薬(統合失調症の治療薬)は必要です。

しかし陰性症状に対してはと言うと、抗精神病薬はあまり効きません。

昔の抗精神病薬である第1世代抗精神病薬に比べると、最近の抗精神病薬である第2世代抗精神病薬は陰性症状に対しての効果は多少得られるようになりました。また、抗うつ剤などを併用することにより陰性症状に対して多少の改善が得られる症例も臨床的には経験します。

しかし全体としてみると、お薬だけで陰性症状を十分に改善するのには無理があります。

どんどんとお薬を増やしていけば、今度は副作用の問題が大きくなってしまうでしょう。これは患者さんにとって望ましい状態とは言えません。

統合失調症の陰性症状にお薬は「ある程度」は効果があります。しかしあくまでも「ある程度の効果」であり、「十分な効果」ではないことを忘れてはいけません。

Ⅱ.お薬以外の治療法を積極的に導入する

統合失調症の陰性症状を改善させるには、お薬以外の治療法が必須になります。

具体的には、「作業療法」「SST(社会生活技能訓練)」などを導入することが挙げられます。

作業療法とは、精神科デイケアや作業所、就労所などに通所してもらい、治療の一環として作業を行うことです。

SSTは「social skill training」の略で、日常生活において必要な技術を学んでいく治療法になります。ただ勉強するというだけでなく、認知行動療法的な治療法を用いて学んでいきます。技術自体の獲得を目指すだけでなく、その技術を行えない理由が認知や感情といった「内面」にある場合には、そのような内面にもアプローチをしていく治療法です。

これにより陰性症状や認知機能障害の改善が得られることが報告されています。

統合失調症の方は、症状として「無為自閉」「無気力」などを認めるため、デイケアや作業所の通所を促しても「行かなくて大丈夫です」「やめときます」と参加に消極的な方が多いため、周囲が協力して通所を粘り強く促すことも大切です。

無理矢理デイケアに連行してしまうのはよくありませんが、場合によっては本人が乗り気でなくても連れていった方が、長期的に見れば本人のためになることもあります。

Ⅲ.陰性症状はすぐに改善しない

陽性症状はお薬が効くと比較的速やかに改善していくことが珍しくありません。入院して1週間もしたら妄想がほぼ消失していた、という事もあります。

しかし陰性症状に関してはこのような速やかな改善はまず得られません。数か月、場合によっては数年単位で改善していくものだという認識を持つ必要があります。

陰性症状は焦らずにゆっくりと治療していくことが大切です。