統合失調症の予後は、その周囲の方達がどのように患者さんに接するかで大きく変わってきます。特に、一番身近な存在である「家族」の接し方は非常に大きいものがあります。
どんな疾患であっても接し方というのは大切なのですが、その中でも統合失調症は特に接し方が重要な疾患だと言えます。
統合失調症は、家族の接し方によって再発率が大きく異なってくるというデータがあります。また統合失調症は幻覚妄想が発症してしまった時に自分が「病気だ」という認識を持ちにくい疾患であるため、周囲が気付いてあげることも必要です。そのため家族が普段から患者さんと良い信頼関係を作れているかどうかは、経過に大きく影響するのです。
「上手に接さないといけない」と考えるとプレッシャーに感じてしまうかもしれませんが、実際は接し方に特別な技法が必要なわけではありません。
いくつかのポイントを押さえておけば、それだけでお薬を使わずとも再発率を下げることが出来るのですから、ぜひ家族の方には意識していただければと思います。
今日は統合失調症の方との接し方で、意識しておきたいポイントについてお話します。
1.統合失調症という病気について知る
統合失調症の患者さんと向き合う時、まずは病気について正しく知ることが大切です。
統合失調症は「脳」という直接は見ることのできない部分に異常が生じているため、誤解と偏見をもたれやすい疾患です。そのため、「病気について正しく知る」ことは特に重要となります。
一番身近な存在である家族は、自分の病気について正しく理解していると、それだけでも患者さんは安心できるものです。
統合失調症という「病気」に対する知識を、精神科医並みに全て記憶する必要はありません。いくつかのポイントを知っておくだけでもいいのです。
統合失調症の患者さんを持つご家族の方に、接していくに当たって特に知っておいて欲しいことを紹介します。
Ⅰ.「陰性症状」と「甘え」「サボり」は違う
統合失調症は、幻覚や妄想といった派手な陽性症状に目を奪われがちですが、その本質は「陰性症状」だと考えられています。
【陽性症状】
本来はないものがあるように感じる症状の総称で、「本来聞こえるはずのない声が聞こえる」といった幻聴や、「本来あるはずのない事をあると思う」といった妄想などがある。
【陰性症状】
本来はある能力がなくなってしまう症状の総称で、活動性が低下しこもりがちになってしまう「無為自閉」や、感情表出が乏しくなる「感情鈍麻」、意欲消失などががある。
なぜならば、陽性症状が激しいのは経過の中でも一時的ですが、陰性症状は長く続くからです。日常生活を送るに当たって、むしろ大きな支障を来たしてくるのは長い目で見れば圧倒的に陰性症状なのです。
また陽性症状は、誰がみても明らかに「これはおかしい。病気ではないか」と気付きます。しかし陰性症状は、「無気力」「意欲消失」「感情平板化」などどちらかというと地味目な症状が多いため、「これってサボッてるだけじゃないの?」と誤解されやすいのです。
陰性症状は次のようなものがあります。
- 意欲・気力の消失
- 無関心・社会的ひきこもり
- 感情平板化
- 思考の低下、貧困化
- 会話(コミュニケーション)の低下
- 無為・自閉
典型的な統合失調症の陰性症状は、「一日中部屋に閉じこもって何をするわけでもなくボーッとしている」というものです。仕事もせず、外出もせず、テレビや本を見るわけでもなく、何もせずに時間が過ぎていきます。
これは一見すると、「サボっている」ように見えてしまいます。
しかしこれは「陰性症状」という統合失調症の症状であるという事を忘れてはいけません。
この症状を日々目にしているご家族の方は、最初は「これは病気なんだ」と分かってはいても、次第にイライラしてしまう事があります。自分が一生懸命仕事をしているのに患者さんは1日中家でボーッとしている。自分が仕事で疲れたあと家事を頑張ってやっているのに、患者さんは手伝うわけでもなく部屋でボーッとしている。
これが続くと、イライラしてしまうのは当然の感情かもしれません。しかし、そこでこれが病気の症状だということを忘れてしまい、「いい加減にしてよ!」「いつまでもサボってるんじゃないよ!」といった言葉をかけてしまうと、何の解決にもならないばかりか、患者さんの再発率を上げてしまうだけなのです。
陰性症状は、人が本来持っている感情や意欲・気力・関心といったものが「なくなってしまう」症状なのです。これは症状であって、決してサボッているわけではないのです。
Ⅱ.陰性症状・認知機能障害はゆっくりとしか治っていかない
統合失調症の症状は多岐に渡りますが、主な症状は、
- 陽性症状
- 陰性症状
- 認知機能障害
の3つに分けることができます。
【認知機能障害】
認知(自分の外の物事を認識すること)に関係する能力に障害を来たすことで、情報処理能力、注意力・記憶力・集中力・理解力や計画能力・問題解決能力などの高次能力(知的能力)に障害を認めること。
このうち、陽性症状はお薬への反応が良く、比較的速やかに改善します。お薬を服薬したら数日で幻覚や妄想が改善することも珍しくありません。
しかし陰性症状や認知機能障害はというと、はやくても数か月、普通は数年単位で徐々に徐々に治っていくのが普通です。
意欲がない状態がなかなか治らない。集中力がいつまで経っても低い。
このような状態が続くと、つい「もっとしっかりしなさい!」と怒ってしまいたくなりますが、これらの症状は少しずつしか治らないということを知っておかなければいけません。
しかし適切な治療(適度の薬物療法や作業療法、精神療法、SSTなど)を地道に続ければ、少しずつ少しずつ治していくことは可能です。
Ⅲ.高EEと低EE
統合失調症の家族の接し方を「高EE」という接し方と「低EE」という接し方をしているグループに分けると、「高EE」の家族の方が5倍も統合失調症の再発率を上げてしまうという報告があります。
その後もこの研究は多くの研究者によって行われており、どの研究でもほぼ同様の結果が出ているため、高EEが統合失調症を再発させやすいというのはほぼ間違いのない事実だと言って良いでしょう。
EEとは「Expressed Emotion」の略で「感情表出」という意味になります。ここでいう「EEが高い家族(高EE)」とは、
- 批判
- 敵意
- 情緒的な巻き込まれすぎ(患者さんの言動に左右されすぎてしまう)
といった主に3つの感情表出が多い家庭のことを指します。
批判というのは、「甘えてばかりいるな!」「お前はダメだ!」といった批判的な感情を患者さんに向けることです。敵意というのは、無視をしたり暴言を言ったり言葉や態度で攻撃するようなと敵意ある感情を患者さんに向けることです。また、情緒的な巻き込まれすぎというのは、患者さんを過度に気遣いすぎてしまう結果振り回されてしまうようなことです。
このような接し方を続けていると、統合失調症の患者さんは高い確率で再発してしまうのです。
「批判しないようにしましょう」
「敵意を向けないようにしましょう」
「感情的に巻き込まれすぎないようにしましょう」
これは別に特別なことを言っているわけではなく、当たり前のことばかりです。
しかし毎日毎日患者さんと向き合っていると、ついついこれらの感情を表出してしまうことは少なくありません。そのため、当たり前のことであっても改めて「低EE」を意識して接していくことが大切です。
Ⅲ.統合失調症が悪化すると脳にダメージが生じる
「再発してもすぐに入院させて治せばいいじゃないか」
乱暴な言い方ですが、このような考える方もいらっしゃるかもしれません。もちろん、再発してしまった場合は入院治療も場合によっては必要でしょう。
しかし統合失調症は、「再発しても治療すればOK」といった簡単なものではないのです。
統合失調症は、発症すると脳にダメージが生じることが分かっています。再発を繰り返せば繰り返すほど、脳のダメージが大きくなり、脳の萎縮が進みます。
脳へのダメージは、
・これといった特徴的な症状に乏しいが、何となくおかしい様子が続く「前駆期」
・激しい幻覚・妄想が出現する「急性期」
に特に生じやすいと考えられています。
一般的な統合失調症の再発は、再び前駆期が生じ、その後急性期に至ることを指しますので、再発を繰り返せば繰り返すほど、脳は激しくダメージを受けることが分かります。
ダメージを受けて萎縮してしまった脳は、現代の医学では元に戻すことはできません。再発した時に治療をすれば、幻覚・妄想といった症状は抑えることができますが、脳の萎縮を元通りにするわけではないのです。
統合失調症では、再発をさせないことが何よりも大切なのです。
2.統合失調症の方との接し方で家族が気を付けるべきポイント
次に統合失調症の患者さんの家族など、身近にいる方が気を付けておきたい接し方について紹介します。
Ⅰ.基本的には普通の接し方で良い
基本的には、「普通の家族として」接してあげて下さい。
よくある間違いが、
- 患者さんにストレスを与えないようにと腫れ物に触るように接する
- 下手に刺激したらまずいと考え、なるべくそっとしておく
といった接し方がありますが、これはよくありません。
統合失調症の再発には、「ストレス」も大きく関わっています。
みなさんが家でストレス少なく過ごせるのはどんな時なのか考えてみてください。
家族が自分に恐る恐る接してきたリ、反対にほとんど関わってこなかったりといった接し方をされて、あなたは家で安心して過ごせるでしょうか。むしろストレスですよね。
家で安心してゆったり過ごせるのは、家族が自分に対して「普通に」接してくれる時です。
だから家族の方は、いつも通り普通に接すれば良いのです。
腫れ物に触るような接し方は、「情緒的な巻き込まれ」につながりますし、「なるべくそっとしておく」というのは無視につながり、これはむしろEEを上昇させてしまいます。
Ⅱ.低EEを意識しよう
EEとは、
- 批判
- 敵意
- 情緒的な巻き込まれすぎ(患者さんの言動に左右されすぎてしまう)
といった感情表出のことです。
患者さんと長く一緒にいると、無意識のうちにストレスが溜まってしまってEEが高くなっていることがあります。
そうならないために、定期的に「高EEになっていないか」と見直してみることは大切です。
Ⅲ.陰性症状に対しては行動を後押ししてあげよう
統合失調症の患者さんの、陰性症状・認知機能障害を改善させるには、
- デイケアに参加してもらう
- 作業療法、作業所に参加してもらう
- 定期的に外出や運動してもうら
- 精神療法やSSTに参加してもらう
といったことが必要になります。これらの治療法は地味ですが、少しずつ少しずつ患者さんの陰性症状や認知機能障害を改善させてくれます。
しかしこのような治療法を導入するに当たって、必ず生じる問題があります。
それは、「患者さん自身が参加したがらない」という問題です。
なぜならば、陰性症状自体は、
- 無気力
- 意欲低下
- 無関心
- 社会的ひきこもり
であり、これらの症状が出現している患者さんは、基本的に「何もしたくない」と回答することが多いからです。
そのため、患者さんのためを思ってこれらの治療法を提案しても、患者さんは拒否するという事態が高い確率で生じます。
しかしこの場合、患者さんの希望に沿って無理矢理は導入せずに様子を見る、という方法はあまりいい方法とは言えません。様子をみているうちに陰性症状はどんどん悪化し、どんどん参加しにくい状態になっていくからです。
そのため、これらの治療を導入する場合は、患者さんが難色を示しても、できる限り説得を重ね、導入する方向に持っていく必要があります。患者さんはイヤがるため心苦しいのですが、長期的に見れば参加してもらう事が患者さんのためになるからです。
参加をしてもらう時、家族の後押しは非常に大切になります。
主治医が「では、デイケアに参加しましょう」といって、その場では患者さんはしぶしぶ了承したとしても、いざデイケアの日になったら「やっぱりいかない」となることは多いのです。そこで家族が
「まずは見学するだけでもいいから行ってみようよ」
「どうしても辛かったら帰ってきてもいいから、とりあえず今日は行ってみよう」
と適切に後押ししてくれるかどうかで、治療の導入率というのは大きく変わってきます。
Ⅳ.陽性症状が悪化したらすぐに主治医に相談を
幻覚・妄想といった陽性症状が悪化したらすぐに家族の方は主治医に連絡を取り、指示を仰いでください。
陽性症状が悪化する時というのは、病識(自分が病気だという意識)がないことが多いため、患者さん自身は医師に相談しないことが少なくありません。また先ほど書いたように、陽性症状が激しくなる急性期は特に脳のダメージが進行しやすい時期であるため、できる限り速やかに症状を抑えてあげる必要があるのです。
陽性症状を速やかに改善させ、脳へのダメージを最小限にするためには、一番身近にいる家族の協力は欠かせません。
Ⅴ.家族会に参加しよう
統合失調症は、現在の医学では「お薬で症状を抑えている」に過ぎず、根本を治せているわけではありません。
そのため、統合失調症とは長く付き合っていかないといけません。
何十年も1人で、統合失調症の家族と向き合っていくのは大変です。時には心細くなったり、投げ出してしまいたくなることもあるでしょう。
そんな時、同じ状況で頑張っている人がいれば、勇気をもらえます。
統合失調症には「家族会」があり、医療機関や公共機関など多くの場所で定期的に家族会が開催されています。
家族会では、統合失調症の家族を持つ方々がお互いの苦労を話したり、自分たちが行っている工夫を共有したりします。また精神科医や看護師、精神保健福祉士などに困ったことを相談することもできます。
一人で全てを解決するのはとても大変です。
ぜひ家族会を利用してください。
Ⅵ.自分の息抜きも忘れずに
統合失調症の治療は長期にわたります。
人は、長い期間ずっと頑張り続けることはできません。必ず息抜きは必要です。
近年、高齢者が増えたことにより老人の介護における「介護トラブル」「介護問題」が社会問題となっています。介護は何年、場合によっては何十年にもわたり、その間の自分の人生の大部分を介護に捧げなくてはいけないため、疲弊してしまう人があとを絶ちません。
統合失調症も同じです。高齢者の介護とは異なる部分もありますが、長期間向き合っていかなきゃいけないのは変わりません。大切な家族ですから、少しでも何とかしてあげたいと思う一方で、
「何で私がこんなことをしなきゃいけないの・・・」
「あと何年、こんな状態が続くのだろう・・・」
とイヤになってしまうことも現実的にはあるでしょう。
そうなってしまわないため、定期的にご家族の方も息抜きをしてください。
週に1回は友人とランチにいくとか、趣味に出かけるとか、無理をしてでもそういった時間を作ることは大切です。またこのような時間を作ることに罪悪感を感じてはいけません。
長い闘病生活を支えていくためには、息抜きは絶対に必要なものなのです。