社会不安障害(社交不安障害)は、人前など「他者からの注目を浴びるかもしれない状況」において著しい恐怖を感じてしまい、恥をかくことを極度に恐れてしまう疾患です。
社会不安障害には、特に仕事に支障が出やすいという特徴があります。その理由は、社会不安障害は「社会」という「他者との接する場」が苦手になってしまう疾患であり、仕事というのは社会的(社交的)な活動の代表格と言えるものだからです。
仕事をしている方が社会不安障害にかかってしまった場合、社会不安障害に対する正しい知識を身に付け、なるべく仕事で社会不安障害が悪化しないように注意しなければいけません。また、可能であれば本人だけでなく周囲(上司や同僚など)も社会不安障害についてある程度の知識が持つ事が望ましいでしょう。
社会不安障害の治療をしながら仕事も並行して頑張っている方は実際にいらっしゃいます。しかし、仕事で注意すべきことや周囲に協力してもらうべきことをしっかりと理解していないと、仕事が原因で社会不安障害がどんどんと悪化してしまう危険があります。
今日は、社会不安障害の方が仕事をするにあたって特に気を付けて欲しいことについてお話します。
1.社会不安障害への正しい理解が最重要
社会不安障害を持ちながら仕事をする場合、疾患を悪化させないような工夫が必要になります。仕事は頑張っているけども、社会不安障害はどんどんと悪化しているようであれば、それは長期的に見ればデメリットの方が大きく、本人のためになっているとは言えません。
では、仕事を続けつつ、疾患を悪化させないようにするにはどうしたらいいでしょうか。
仕事で社会不安障害を悪化させないために一番大切なことは、何よりもまず社会不安障害に対する正しい知識を身に付けることです。
社会不安障害は、「不安障害(不安症)」に属する疾患であり、その根本にあるのは不安や恐怖になります。更に詳しく言えば、社会不安障害の不安・恐怖の根底にあるのは「他者からの否定的評価に対する恐れ」だと考えられています。
つまり他者からの評価を受けやすい状況になると不安や恐怖を感じてしまい悪化しやすくなります。反対にそれが少ない状況であれば悪化しにくいということです。
仕事というのは責任のあるものですから、多かれ少なかれある程度他者からの評価は受けるものです。仕事は責任を持ってやるべきものである以上、全く評価されなくても済む仕事などはあるはずがありません。しかし、そんな中でもなるべく不安・恐怖を感じにくい状況を作ることは出来ないか、と考えてみることは大切です。
社会不安障害についての詳しい情報は、このサイトでも詳しく紹介しています。社会不安障害の正しい知識を得るために、ぜひご覧ください。
2.仕事で社会不安障害を悪化させないためには
どのような状況で不安・恐怖を感じるかは、職場にもよって違うでしょうし、その人その人でも異なります。そのため「こうすれば恐怖を感じずに仕事が出来ますよ」ということは一概に言えるものではありません。
しかし、社会不安障害を抱えながらも仕事を頑張っている方をみていると、みなさん様々な工夫をされています。「仕事で不安や恐怖を感じにくくする工夫」として有用なものはいくつかありますので紹介させて頂きます。
職場での立場、職場の雰囲気などによっては出来ない工夫もあるかとは思いますが、周囲や上司・会社側と相談して、少しでも不安を軽減し、安心を得やすい環境に整えていくことは大切です。
またこれらの工夫は、社会不安障害の改善に伴って徐々に解除していって良いものです。経過が良好であれば職場側や産業医などと相談しながら、徐々に負荷を高めていきましょう。
Ⅰ.上司や同僚に疾患を理解してもらう
やはり一番安心できるのは、周囲が自分の状況を理解してくれている事です。同じフロアの同僚や上司が、自分が社会不安障害であることを分かってくれている、そして社会不安障害という疾患について正しく理解してくれている。こんな状況であれば、それだけで安心することができるでしょう。
職場によっては、同僚全員に自分の病気について伝えるのは難しいかもしれません。しかし職場の中の一人だけでも理解してくれていれば安心感は全く違ってきます。
「自分は精神科で治療中である」ということについて出来るだけ伝えたくない、と思う方もいらっしゃるでしょう。確かに精神科の疾患について偏見を持つ人はまだまだいらっしゃいますので、その気持ちも分かります。
しかし誰にも伝えていない事で、仕事中の不安・恐怖が強くなっているのであれば、それは誰かに伝えるメリットの方が大きいと考えられます。伝える事のメリットとデメリット、そして伝えない事のメリットとデメリットを考えてみて、総合的にみて伝えるメリットや伝えないデメリットの方が大きいようであれば、伝えることはぜひ検討してみてください。
周囲に伝えることで安心して仕事が出来るようになれば、安心を得られる分だけ病気も早く改善していきます。
病気について自分からうまく伝える自信がない場合は、産業医を通して上司に伝えてもらうなどの方法もあります。また、職場によっては病院に上司や人事担当が付き添ってくれる事もあります。この場合、そこで上司や人事担当に疾患について医師から直接説明するという方法もあります。
Ⅱ.困った事をすぐに相談できる体制を整える
健常な人でも、仕事で「どうしていいのか分からない」という状況は不安になります。社会不安障害でなくても、胸がドキドキしたり、冷や汗が出てきたりするでしょう。健常者でもこのような症状が出るのですから、社会不安障害の方であれば、その不安はより顕著なものになります。
反対に、何かトラブルがあった時に相談しやすい体制が整っていれば、不安を悪化させにくくする事が可能です。つまり社会不安障害を悪化させないためには、困った時にすぐに相談できる体制が有用だということです。
大切なのは、困った時の相談先がはっきりとしている事です。漠然と「困ったらその時考えろ」とか「その場にいる誰かに聞け」とあいまいにするのは良くありません。誰に聞いていいか分からなくなり、不安や緊張が高まってしまいます。「こういった事で困ったら〇〇さんに相談する」「こういった問題であれば△△さんに相談する」とフォロー体制がしっかりしていると、それだけで安心できますよね。
Ⅲ.一定期間、人前での発表を免除してもらう
社会不安障害の方が恐怖・緊張を感じやすい代表的な状況が、「人前」です。人前というのはダイレクトに他者からの注目を浴びる状況です。
仕事ですから、どうしても人前に立たなくてはいけない時もあると思います。しかし一定期間であれば延期できるものであったり、他の人が発表を代行できそうなのであれば、一定期間人前での発表を免除してもらうことは治療的にも有効です。
人前での発表を免除する場合、これは治療のために行われるものですので、素人判断は危険です。いつまで免除するのか、どんな発表を免除するのかなど主治医あるいは会社の産業医と相談の上で行うと良いでしょう。「医師の判断で治療の一環として免除となっている」という事実がある方が、周囲も納得しやすくなります。
これは、決して患者さんに「楽をさせる」「甘やかす」ということではありません。病気の悪化の原因になりそうな仕事内容だけ、疾患が改善するまでは免除するということです。骨折してしまった人に対して、一定期間力仕事を免除してあげて、その分事務作業を頑張ってもらうのと同じことです。
そのため、発表を免除する代わりに資料作成は多めにやってもらうなどの埋め合わせをしてもらい、総合的にみて他の職員と比べて仕事量が不公平にならないように調整してください。
また、この免除は社会不安障害の改善に伴って少しずつ解除して問題ありません。解除する際も、最初は少人数の前での発表から再開させるとか、発表中に問題が生じても他の同僚がすぐにフォローできる体制を作っておくと、より安心感を得られます。
Ⅳ.一定期間、電話対応を免除してもらう
仕事における電話対応も、社会不安障害の方にとって緊張・恐怖を感じやすい状況のひとつです。
電話対応を行わないといけない立場なのであれば、疾患がある程度改善するまでは、電話対応を免除してあげると患者さんは安心感を得やすくなるでしょう。
これも前項と同様、患者さんに「楽をさせる」「甘やかす」ということではありません。電話対応を免除した分、別の仕事をしてもらい、総合的な仕事の負荷が他の職員と不公平にならないように調整することは問題ありません。
Ⅴ.仕事上の会食を自由参加にしてもらう
以外なところで言うと、仕事に関係した会食は、社会不安障害の方は苦手です。
「見られている」という恐怖・緊張から、上手く食事が飲み込めなくなったり、手が震えて箸を持てなくなったりすることもあります。特に得意先との会食や、上司との会食だと恐怖・緊張は更に強くなります。
自分が食事しているところなど、注意深く見られるはずがないのは頭では分かってはいるのですが、「見られている」「変に思われたらどうしよう」という気持ちが勝ってしまうのです。
仕事によっては、会食も仕事の一部と捉えられ、強制参加のところもあると思います。しかし社会不安障害の方にとっての会食というのは恐怖・緊張の増悪因子となってしまいます。反対に強制ではなく、無理そうなら参加しなくても良いよ、という体制だと安心できますので、症状も早く改善しやすくなります。
3.症状が重ければ休職も検討する
あまりに症状が思いケースや、仕事が明らかな悪化因子になってしまっている場合では、一定期間仕事を休職する必要があることもあります。
● 社会不安障害の悪化に仕事が大きく関係している
● 無理して仕事を続けることで社会不安障害が悪化したり長引いてしまう可能性が高い
このような場合、医師の判断で休職の診断書が発行されることがあります。
医師から休職の必要性を告げられたら、出来る限りその指示には従いましょう。仕事を休む事に抵抗があるのは普通の反応ですし、私たち医師も「患者さんはなるべくなら休職したくないと思っている」というのは重々承知しています。
しかしこのまま無理して仕事を続けてしまうと、社会不安障害が悪化してしまい、もっとまずい状況になる可能性が高いため、医師は休職を指示しているのです。
このまま無理を続けて、仕事が出来ない程まで悪化してしまうよりも、一定期間しっかりと治療に専念してから仕事に復帰した方が、長い目で考えれば損失は少ない事も多いのです。
どのくらいの状態で休職が必要になるかは、社会不安障害の重症度だけでなく職場の状況なども合わせて判断されます。そのため具体的な休職の期間などは、主治医とよく相談して下さい。
(注:社会不安障害は現在では「社会恐怖症」「社交不安障害」「社交恐怖」という名称になっています。しかし現場感覚ではまだ「社会不安障害」と呼ばれることも多いため、この記事では社会不安障害という呼び方に統一してお話しています)