社会不安障害は、「人から悪く思われたらどうしよう」という気持ちから、人前などの注目を浴びる状況で過剰に緊張・恐怖を感じてしまう疾患です。
「ちょっと人より緊張しやすいだけでしょ」と軽く扱われてしまう事がありますが、そうではありません。緊張・恐怖によって人前を避けるようになってしまうと、仕事が出来なくなったり外出が出来なくなってしまったりと、生活において様々な支障が生じるようになります。社会不安障害は疾患であり、決して放置して良いものではないのです。
社会不安障害は、専門家の指示のもとで適切に治療を行えば、改善率は高い疾患です。そのため、一人で悩むのではなく、ぜひ精神科を受診していただき、適切な治療を受けていただきたいと願っています。
ここでは社会不安障害を克服するための治療手順について紹介します。
1.まずは精神科を受診する
社会不安障害の方は、なかなか病院を受診しない傾向があります。そしてこれが、病気の治りを遅くさせてしまう原因となるのです。
社会不安障害の症状は「人から悪く思われるのが怖い」という気持ちが背景にあります。そしてこの症状が病院受診を遅らせてしまうのです。病院に行くこと自体が「人から悪く思われるのではないか」という感情につながってしまうのです。また何とか受診に至ったとしても「医師から悪く思われたらどうしよう」という気持ちが今度ははたらくため、症状をしっかりと訴えて頂けない傾向にあります。
社会不安障害をしっかりと克服するためには、まず社会不安障害という疾患にかかることは「悪いこと」ではないのだとしっかり認識する必要があります。
昔と比べると、精神疾患に対する偏見は少なくなり、正しく理解されることは増えてきました。しかしまだまだ誤解は多く、精神疾患を「気持ちの問題」と考えてしまう方は少なくありません。
「緊張なんて皆しているんだから、自分も頑張らないと」
「気持ちを強く持てば大丈夫」
社会不安障害の症状が出ていても、このような考え方から精神科の受診をしない方もいます。
もちろん正常範囲内の「緊張しやすい性格」に過ぎないのであれば、自分なりの工夫で改善させていくことも可能です。しかし社会不安障害であった場合は、治療のプロである精神科医の力を借りた方がいたずらに悪化させることなく、確実に改善させることができます。
社会不安障害を自力で治そうと頑張る方もいらっしゃいます。自分なりに人前に出る訓練を重ねて克服された方も確かにいらっしゃいます。しかし、自力での克服はリスクも高いため、私たち医療者としてはあまりお勧めできる方法ではないのです。
社会不安障害を克服するために行う訓練(暴露療法など)は、導入する時期ややり方を間違えるとかえって緊張・恐怖を強めてしまう危険があります。そのため、治療は社会不安障害の扱いに精通している専門家のもとで行うのが望ましいのです。
精神科という場所に自分が行くことを「情けない」と考えてしまう方もまだまだいらっしゃいますが、社会不安障害は「病気」なんだという認識をしっかりと持っていただ来たいと思います。自分の気持ちの問題だと判断し、治療をいたずらに遅らせることは避けるべきです。
実際、近年の研究で、社会不安障害の患者さんの脳内では、主に扁桃体を中心とした恐怖に関係する神経回路が過活動になっていることが報告されています。また社会不安障害に対して適切な治療を行うと、扁桃体の活動が正常化することも示されています。
社会不安障害では実際にこのような脳のはたらきの異常が生じているのです。社会不安障害は気持ちの問題だけではなく、治療すべき「疾患」だということがここからも分かります。
「社会不安障害は病気なんだ」
「病院を受診して治療を受けるべきものなのだ」
このような正しい認識を持ち、一人で治そうとするのではなく、専門家と協力して治療していきましょう。適切な治療を受ければ社会不安障害の多くは治せるのですから。
2.社会不安障害を正しく知る
病気を適切に治療するためには、その病気について正しく知らなければいけません。特に精神疾患は誤解されることの多い疾患ですので、とりわけ正しい理解が重要になります。
診察を通して、主治医から病気について学びましょう。また診察だけでは充分に説明を受ける時間が取れない場合は、おすすめの書籍などを紹介してもらってもよいでしょう。当サイトでも、社会不安障害に対する記事をいくつか書いていますので、参考にして頂ければ幸いです。
3.まずは生活習慣の見直しから
社会不安障害は不安障害(不安症)に属する疾患であり、その根本にあるのは「不安」です。
より正確に言えば「他者からの否定的評価に対する恐れ」が症状の本質になります。そのため治療の目的は、このような不安・恐怖を軽減させることになります。
不安を軽減させる方法としては、お薬であったりカウンセリングだったり色々な方法がありますが、まず第一にすべきことは生活習慣の見直しです。
生活習慣が乱れると精神状態は不安定になり不安が高まってしまいます。睡眠不足や栄養の偏りが続くと、いつもよりネガティブになってしまったり怒りっぽくなってしまったり、精神的に不安定になってしまうのは誰もが経験があるのではないでしょうか。社会不安障害の方でもそれは同じです。
そのため、まずは治療がスムーズに進むように生活習慣を改善し、できる限り不安や恐怖を取り除きやすい体制を作りましょう。
主治医と相談して、不安が高まるような生活習慣がないか、一つずつ確認していきましょう。不安を悪化させるような生活習慣がある場合、それを改善するだけで不安が大きく改善することもあります。
不安を悪化させやすい生活習慣の一例を挙げます。
Ⅰ.睡眠不足・不規則な生活
睡眠時間が不十分だと精神的に不安定になることが知られています。また、不規則な生活を送っている方は、規則正しい生活の方と比べて精神状態が崩れやすい傾向にあります。
十分な睡眠を取っていないと、それだけで不安や恐怖を感じやすくなります。明らかな睡眠不足があることが分かれば、まずは睡眠時間を十分に確保できないか考えてみましょう。ついつい夜更かしをしてしまう、昼夜逆転がちの生活をしている、などの乱れた生活習慣が社会不安障害を悪化させる原因になっていることもあります。
Ⅱ.食生活の偏り
食事の間隔が不規則だったり、栄養の偏りが著しい場合、脳に十分な栄養が届かないため、不安が高まってしまうことがあります。
1日3食、バランス良く食べているかどうかを見直してください。
仕事が忙しい方などでは、どうしても昼食を食べれないこともあるかもしれませんが、簡単に食べれる軽食を用意しておくなど、出来る範囲で良いので工夫することが大切です。
Ⅲ.運動不足
厚生労働省の報告によれば、定期的な運動習慣を持っている成人は3割ほどしかいないそうです。
忙しいとつい運動から遠ざかってしまいますが、適度に身体を動かすことは前向きなこころを作るために大切です。運動でいい汗をかいた後は、気持ちも前向きになるという経験はみなさんもあるのではないでしょうか。
適度な運動は睡眠の質を上げることにもなるため、不安や恐怖の改善に大きく貢献してくれます。
Ⅳ.過剰なストレス
ストレスが過剰であれば、一般的に不安や恐怖を感じやすくなります。
現実的には、仕事上のストレスや家庭のストレスなど簡単には取り除けないこともあるでしょう。しかし、主治医や周囲と相談して、少しでも軽減できないか工夫してみることは大切なことです。
Ⅴ.過剰なアルコール
適度なアルコールは、気分も高揚させて良い影響を与えることもあります。しかし、過剰にアルコールを摂取すると精神状態は不安定になります。晩酌の習慣などがあり、その量が多い場合は、主治医とともに飲酒量の再検討を行う必要があります。
またアルコールは多くの向精神薬(精神科のお薬)との飲み合わせが悪いため、今後お薬による治療を行う予定であれば、そのような意味でもやめておく必要があるでしょう。
4.急性期はお薬を使うことも多い
社会不安障害の治療は大きく分けると、「薬物療法(おくすり)」と「精神療法(カウンセリングなど)」の2つに分けることができます。
このうち、急性期(治療の初期)は薬物療法から開始されることが一般的です。その理由は、急性期は恐怖の程度が強いためです。
精神療法というのは、ある程度気持ちに余裕がないと効果が十分に発揮されません。緊張や恐怖が強くて精神状態が不安定な時に、カウンセリングを受けてもカウンセラーの話に集中できないでしょう。落ち着かない精神状態なのに、「こんな風に考えたらうまくいきいますよ」なんてカウンセラーから言われても頭に入らないし、実行することも困難です。
気持ちにまだ余裕を持てる軽症例などでは精神療法から治療を始めるケースもあります。しかし緊張・恐怖が強い場合は、お薬による治療から入るケースが多いのが実際のところです。
社会不安障害で使うお薬については、「社会不安障害(社交不安障害)に使われるお薬にはどんなものがあるか」で詳しく説明していますので、ご覧ください。
主剤としては、SSRIなどの主にセロトニンを増やす作用に優れる抗うつ剤を使います。また、抗不安薬と呼ばれるお薬も補助的に使うことがあります。症例によっては不安に効果のある漢方薬を使う場合もあります。
抗うつ剤は、主にセロトニンを増やし、これが不安や恐怖を改善させるはたらきを持ちます。安全性も高く、依存性もないのが利点ですが、効果が発現するまでに数週間かかることが欠点です。対して抗不安薬は、即効性があり、飲んだらすぐに不安を改善してくれる利点がありますが、使い続けると徐々に耐性や依存性が出来てしまうのが欠点です。
そのため、抗うつ剤が十分に効くまでは抗不安薬も併用し、抗うつ剤が十分に効いてきたら抗不安薬は徐々に減らしていく、というのがよく行われている治療手順になります。
5.気持ちに余裕が出てきたら精神療法も併用
緊張・恐怖がある程度改善され、精神療法をじっくりと受ける精神的余裕が出てきたら、精神療法も併用するとより良い治療になります。
精神療法は、副作用も少なく安全性の高い治療ですが、日本ではまだ保険が効かないため高額になってしまうのが欠点です。また、時間がかかる治療法のため、社会人など忙しい方はなかなか受ける時間が取れないという問題もあります。
精神療法は、しっかりと受ければ薬物と同等の効果が期待できます。また再発予防に関しては薬物療法よりも効果を認め、再発しにくくすることができます。
社会不安障害で主に行われる精神療法を紹介します。
Ⅰ.認知行動療法(CBT)
認知行動療法は、ものごとのとらえ方(認知)を修正していくことにより、不安や恐怖を軽減させて気持ちを楽にしていく治療法です。
医師や臨床心理士と1対1で行う個人療法と、患者さん4~8名が一緒に行う集団療法がありますが、どちらも効果を認めます(費用面では集団の方が安価になります)。
認知行動療法では、不安・恐怖のメカニズムを学び、これらが生じやすい状況を客観的に見ていきます。その中で自分の不安・恐怖に対するクセ(自動思考)を把握し、不安・恐怖を過剰に起こさなくするにはどうしたらいいのか、あるいは不安・恐怖が起こりそうな時・起こった時にはどのように考えればいいのかを考えていきます。
特に社会不安障害の方は、「人から悪く思われるのではないか」という恐怖から、高率で認知の歪みが生じてしまっています。例えば、「全ての人に自分はおかしいと思われている」「自分は会社の人全員からバカにされている」などといった強い思い込みに至ってしまっている事も珍しくありません。
認知行動療法を行うことで、認知の歪みを修正していくことは社会不安障害の治療においては非常に有用な治療となります。
Ⅱ.暴露療法
恐怖を起こしやすい状況にあえて自分を暴露させ、それを乗り越えることで自信をつけていく治療法です。
ただし、これは失敗するとより恐怖が強くなるため、どの段階でどんなものに暴露していくかは慎重に判断しないといけません。病状を悪化させないためにも、必ず専門家の指示のもとで行う必要があります。
暴露療法では、恐怖を感じやすい状況に段階を作り、少しずつ成功を積み重ねていくことが重要です。
例えば、人前の発表で著しい恐怖を感じてしまう方であれば、
1.まずは気の許せる家族の前で発表してみる
2.比較的気の許せる同僚1人の前で発表してみる
3.比較的気の許せる同僚2人の前で発表してみる
4.上司の前で発表してみる
・・・・
というように、段階を踏んで少しずつ暴露していきます。なるべく失敗せずに成功体験を積み重ねていくことが重要です。成功体験は自信につながり、自信は不安・恐怖を消してくれます。
Ⅲ.森田療法
森田療法というのは、日本の精神科医である森田正馬氏が1910年代に考案した精神療法で、社会不安障害に対する治療としても有効です。
社会不安障害では、緊張場面において様々な身体・感情反応が生じます。森田療法では、様々な身体反応(ふるえ・動悸・赤面など)や不快な感情反応(不安・緊張・恐怖など)は自然な反応であり、異常なものではないと考えます。生理的に起こるものですから、これらの反応は「変えることの出来ないこと」として、治療の対象としません。
問題は、身体反応や不快な感情反応ではなく、「その反応にとらわれてしまうこと」であり、ここが治療の対象となります。
緊張時に生じる様々な反応は、生理的な反応であり「起こって当然の反応」です。それに対して「人前に出たら緊張しないようにしなくては」というのは無理な話でしょう。緊張を消そうとしても消せない。むしろ、消そうとすればするほど緊張を意識することになり、どんどんと緊張にとらわれてしまう。これが社会不安障害の方に認められる悪循環です。
この悪循環の根本は、緊張を「あってはならないもの」としている点であり、「緊張は自然な反応である」と受け入れることが森田療法の基礎になります。「緊張するのは正常な反応である」と受け入れることで、「緊張しないようにしなくては」と考えないようになり、悪循環が絶たれます。
また森田氏は、人前で「恥ずかしい」と緊張を感じてしまうのは、「人から良く思われたい」「より良く生きたい」という欲望があるからだと考えています。しかし社会不安障害の方は、そういった欲望よりも「悪く思われはしないか」という恐怖が優ってしまっているのです。森田氏は、とらわれから逃れることで、「よりよく生きたい」という欲望を取り戻すことも治療において大切だと指摘しています。
まとめると、
・生理反応を抑えようとしてもそれは無理なのだから受け入れよう
・緊張するのは「より良く生きたい」気持ちがあるのだから、それを自分を苦しめるために使うのではなく、自分を生かすために使おう
ということです。
例えば、人と話していて緊張してしまい「人から悪く思われているのでは」「恥ずかしい」と感じている状況であれば、それは「人前では緊張してはいけない」という思考にとらわれていることに気付いていきます。人と話していて緊張するのは普通のことなのに「緊張してはいけない」という考えには矛盾があることを理解していき、あるがままの自分を受け入れられるようにしていきます。
また、人と話していても「緊張しているのではないか」と不安や恐怖ばかりに気持ちが行ってしまうのであれば、会話で大切なのは「自分が緊張しているか」ではなく、「会話が出来ていたか」「相手の話を聞くことができたか」であることを再確認し、本来の会話の目的を達成することを考え、「相手からより良く思われる」「より良く生きることにつなげる」ことを意識していきます。
しっかりと話を聞くことが出来れば相手は満足し、それは自分がより良く生きることにつながります。緊張・恐怖へのとらわれによって、会話の本来の目的を見失っている場合、それを取り戻していくのです。
森田療法は、神経質、心配性、完璧主義などの神経質的な性格傾向を持つ方に、特に有効であると考えられています。森田療法は、外来では患者さんは日記を書いていただき、それを治療者と確認していきながら進められていきます。
(注:社会不安障害は現在では「社会恐怖症」「社交不安障害」「社交恐怖」という名称になっています。しかし現場感覚ではまだ「社会不安障害」と呼ばれることも多いため、この記事では社会不安障害という呼び方に統一してお話しています)