ピーゼットシー(一般名:ペルフェナジンマレイン酸塩)は1958年から発売されている抗精神病薬(統合失調症の治療薬)です。
抗精神病薬には古い第1世代(定型)と比較的新しい第2世代(非定型)がありますが、ピーゼットシーは古い第1世代に属します。
第1世代の問題点として、副作用が多いという点が挙げられます。特に問題なのは、命に関わるような重篤な副作用が生じるリスクがあるという点です。
このような理由から、現在ではピーゼットシーのような第1世代は投与される事は少なく、やむを得ない症例に限ってのみ用いられています。
ここでは、ピーゼットシーで特に注意すべき副作用と、臨床で比較的見られやすい副作用について紹介させていただきます。
1.ピーゼットシーの副作用の特徴
抗精神病薬は、大きく分けると2つの種類に分けられます。
1つ目が1950年頃から使われている古いタイプである第1世代(定型)抗精神病薬で、2つ目が1990年頃から使われている比較的新しいタイプである、第2世代(非定型)抗精神病薬です。
第1世代にはしっかりした作用がありますが、副作用が多いのが難点です。そのため、副作用の軽減を目指して開発されたのが第2世代で、現在では第2世代が主に使用されています。
第2世代は、第1世代と比べると、
- 錐体外路症状(ふるえなどの神経症状)
- 高プロラクチン血症(ホルモンバランスの異常で生じる副作用)
などの神経系の副作用やホルモンバランスを崩してしまう副作用は少なくなりました。
また、
- 悪性症候群(高熱、筋破壊で死に至ることもある危険な副作用)
- 心室細動・心室頻拍(命に関わることもある重篤な不整脈)
- 麻痺性イレウス(腸がまったく動かなくなってしまう副作用)
などの命に関わる可能性もある重篤な副作用も起こしにくくなりました。
しかし、第1世代よりも身体をリラックスさせて代謝を抑制するため、
- 血糖やコレステロールなどを上昇させる
- それに伴い、動脈硬化や心筋梗塞、脳梗塞などの発症リスクを上げる
といったデメリットがあります。
第2世代は全てにおいて第1世代と比べて優れているわけではなく、第2世代は第2世代の問題点があります。しかし総合的に見れば、第2世代の方が安全性は高いため、現在の統合失調症治療は第2世代から始めることが基本となっています。
この中でピーゼットシーは第1世代(定型)抗精神病薬に属しています。第1世代ですので全体的に副作用は多めで、頻度は稀ながら重篤な副作用が出現しうるというリスクがあります。
ピーゼットシーの副作用の特徴として、
- 第1世代の中では全体的な副作用は穏やか
- 錐体外路症状・抗プロラクチン血症は他の第1世代と同様に生じる
- 眠気・ふらつき・体重増加・抗コリン症状(口渇・便秘など)は少ない
といった点が挙げられます。
ピーゼットシーは脳の様々な物質のはたらきをブロックします。統合失調症の原因と考えられているドーパミンのはたらきをブロックする他、アセチルコリンやヒスタミン、アドレナリン、セロトニンなどのはたらきもブロックすることで様々な作用を発揮します。そして様々な作用があるという事は副作用も様々なものが生じうる可能性があります。
具体的には、
- ドーパミンのブロックによって錐体外路症状(EPS)や高プロラクチン血症
- アセチルコリンのブロックによって抗コリン症状(口渇、便秘、尿閉など)
- ヒスタミンのブロックによって体重増加や眠気
- アドレナリンのブロックによって血圧低下やふらつき
- セロトニンのブロックによって性機能障害など
といった多彩な副作用が生じます。
【錐体外路症状(EPS)】
ドーパミンのブロックによって生じる神経症状。手足のふるえやムズムズ、不随意運動(身体が勝手に動いてしまう)などが生じる。
【高プロラクチン血症】
脳のドーパミンをブロックすることでプロラクチンというホルモンが増えてしまう事。プロラクチンは本来は産後の女性が乳汁を出すだめに分泌されるホルモンであり、これが通常の方に生じると乳房の張りや乳汁分泌などが生じ、長期的には性機能障害や骨粗しょう症、乳がんなどのリスクとなる。
しかしピーゼットシーはアセチルコリンやヒスタミンをブロックする作用は弱いため、抗コリン症状や眠気・体重増加はあまり生じません。
またピーゼットシーをはじめとした第1世代は、時に命に関わるような副作用が生じることがあります。
具体的には、
- 悪性症候群
- 重篤な不整脈(心室細動、心室頻拍)
- 麻痺性イレウス
- 無顆粒球症
など、命に関わるような副作用の報告がされています。特に高用量を服用していると生じやすく、このため第1世代は現在では積極的に投与することは推奨されていません。
以上からピーゼットシーの副作用の特徴として、下記のことが言えます。
- 古い第1世代であり、全体的に副作用は多め
- 命の関わるような副作用の報告もある
- 副作用の問題から、現在では第1選択として使われる薬ではない
- 第1世代の中では全体的な副作用は穏やか
- 錐体外路症状・抗プロラクチン血症は他の第1世代と同様に生じる
- 眠気・ふらつき・体重増加・抗コリン症状(口渇・便秘など)は少ない
2.ピーゼットシーの副作用
それでは、ピーゼットシーの副作用をそれぞれみていきましょう。
一般的な対処法なども記載しますが、これらの対処法は独断では行わないでください。必ず主治医と相談の上、主治医の指示に基づいて慎重に行ってください。
Ⅰ.錐体外路症状(EPS)
統合失調症は脳のドーパミン過剰で発症すると考えられていますが、お薬で逆に脳のドーパミンを少なくしすぎてしまうと生じるのが、錐体外路症状です。
ピーゼットシーは錐体外路症状を起こすことがあります。その頻度は少なくなく、珍しい副作用ではありません。
錐体外路症状として生じる主な症状には、
- 振戦(手先のふるえ)
- 筋強直(筋肉が硬く、動かしずらくなる)
- アカシジア(足がムズムズしてじっとしてられなくなる)
- ジスキネジア(手足が勝手に動いてしまう)
などがあり、直接命に係わるものではないものの、患者さんにとっては非常に苦痛な症状です。ピーゼットシーがドーパミン受容体をブロックしすぎることで生じる副作用のため、特に高用量のピーゼットシーを服用している場合に起きやすいと言えます。
これらの副作用が生じた場合は、まずはピーゼットシーの減薬、あるいは副作用の少ない第2世代への変薬が試みられます。
また抗コリン薬と呼ばれるお薬で副作用の改善をするという方法が取られることもあります。具体的には、
- ビペリデン(商品名:アキネトン)
- プロフェナミン(商品名:パーキン)
- トキヘキシフェニジル(商品名:アーテン)
などが用いられます。
抗コリン薬によってアセチルコリン神経の活性を抑制してあげると、ドーパミン神経の活性が相対的に上がります。するとドーパミン濃度が増えるため、錐体外路症状を改善させてくれるのです。
ただし、お薬によって起こった副作用をお薬で治す、というのはあまり推奨されている方法ではありません。お薬の量がどんどん増えてしまいますし、抗コリン薬にだって別の副作用があるからです。
Ⅱ.高プロラクチン血症
高プロラクチン血症というのは、脳下垂体から出るプロラクチンというホルモンの量が多くなってしまうという副作用です。原因は、ピーゼットシーが脳下垂体のドーパミン受容体もブロックしてしまうためです。ドーパミン受容体がブロックされると、プロラクチンがたくさん出てしまうのです。
ピーゼットシーが高プロラクチン血症を起こす頻度も、決して珍しいことではありません。
プロラクチンとは、本来は授乳中の女性で上昇しているホルモンです。授乳中の女性は胸が張り、乳汁が出て、月経が止まります。高プロラクチン血症になるとこれと同じ状態になるため、胸の張り、乳汁分泌、月経不順、性欲低下などが生じます。また男性であれば、勃起障害などが生じることもあります。
問題はこれだけではありません。一番の問題は、プロラクチンが高い状態が続くと乳がんになる可能性が高くなります。また、骨代謝に影響を与えて骨粗しょう症にもなりやすくなります。
そのため、高プロラクチン血症を発見したら放置せずに速やかに治療することが望まれます。
ピーゼットシーで高プロラクチン血症が出現した時は、原則としてピーゼットシーを中止する必要があります。中止し、必要があれば第2世代などの別の抗精神病薬に変更しましょう。
Ⅲ.重篤な不整脈
稀ですがピーゼットシーのような第1世代は重篤な不整脈を起こすことがあります。
不整脈といっても、大きな問題がない程度のものであればまだ良いのですが、時に心室細動、心室頻拍などの重篤な不整脈を生じることがあります。服薬量が多いと起こしやすいため、服薬量は最小限になるように注意を払わないといけません。
特に注意すべきなのがQT延長という心電図上の変化です。これを放置していると致命的な不整脈(心室細動やトルサード・ド・ポアンツ)を起こす可能性があります。
抗精神病薬を使う際は、定期的に心電図検査を行い、QT延長を見逃さないようにしないといけません。そしてQT延長が認められた場合は、速やかに減薬あるいは変薬が必要です。
Ⅳ.悪性症候群
悪性症候群では、
- 高熱
- 意識障害(意識がボーッとしたり、無くなったりすること)
- 錐体外路症状(筋肉のこわばり、四肢の震えや痙攣、よだれが出たり話しずらくなる)
- 自律神経症状(血圧が上がったり、呼吸が荒くなったり、脈が速くなったりする)
- 横紋筋融解(筋肉が破壊されることによる筋肉痛)
などが突然生じます。その原因は明確に解明されてはいませんが、ドーパミンが関係すると考えられており、ドーパミンに作用するピーゼットシーは悪性症候群のリスクがあるお薬だと考えられます。
特にお薬の増薬・減薬時に生じやすいため、増薬・減薬は慎重に行う必要があります。
悪性症候群は命の関わる可能性もある重篤な副作用であるため、悪性症候群が疑われたら原則入院とし、十分な点滴やダントロレンというお薬の投与などを行う必要があります。
Ⅴ.ふらつき
ピーゼットシーは時にふらつきを起こす事があります。
ふらつきが生じる機序はいくつかあります。お薬の作用でヒスタミン受容体がブロックされると眠気が生じてふらつくこともあります。また、アドレナリン受容体がブロックされると血圧が下がってしまうため、これもふらつきの原因となります。
ピーゼットシーはヒスタミン受容体への作用は弱いのですが、アドレナリン受容体にまずまず作用するため、時にふらつきが生じる事があります。
ピーゼットシーによるふらつきの副作用がひどい時は、減薬・あるいは変薬を行います。
ふらつきはお薬で改善するという方法もあります。特に血圧低下によって生じているふらつきであれば、は昇圧剤(リズミック、メトリジンなど)が用いられることがあります。しかし血圧を上げるお薬ですので、高血圧の方などは使用する際に注意が必要です。
Ⅵ.眠気
ピーゼットシーは眠気を起こす頻度は少ないお薬ですが、中には眠気が出てしまう方もいます。
眠気は主にヒスタミン受容体をブロックすることで生じます。他にもアドレナリン受容体やセロトニン2受容体なども関与している考えられています。
ピーゼットシーはヒスタミン受容体への作用が弱いため、眠気はそこまで強くは生じません。
眠気の副作用に対しては、まずは睡眠環境の見直しから行います。睡眠時間がしっかりとれているのか、睡眠の質を下げるようなことをしていないか、などを改めて見直しましょう。
寝床でスマホをいじってる、寝る前にタバコを吸っている、寝る前にアルコールを飲んでいる。
こういった習慣を持っている人は少なくありません。思い当たる原因がある場合は、まずはその習慣を治しましょう。
それでも改善が無い場合は、可能であればお薬の減薬や変薬が検討されます。しかしどの抗精神病薬でも眠気は起きるため、変薬は慎重に行われます。また、どうしても減薬できない場合はやむを得ず多少の眠気と付き合っていきながら生活せざるを得ないこともあります。
Ⅶ.体重増加(太る)
ピーゼットシーは体重増加を起こす頻度は少ないお薬ですが、中には体重増加が認められる方もいます。
体重増加は精神科のお薬の多くに認められる副作用ですが、その原因はお薬が主にヒスタミン受容体、セロトニン2C受容体をブロックするためだと考えられています。
ピーゼットシーのヒスタミン受容体、セロトニン2C受容体への作用は強くはないため、体重増加はそこまで生じません。しかし高用量を長期間服用していれば体重が増えていってしまう可能性はあります。
ピーゼットシーで体重増加が生じた時、まず望まれるのは生活習慣の改善です。食生活の偏りや運動不足など、太りやすい習慣がある場合は、まずそちらを是正することで体重の軽減ははかれないかを見ます。
それでも難しい場合は、減薬あるいは変薬です。
現在はピーゼットシーのような第1世代よりも、全体的には副作用が少ない第2世代を使うように推奨されていますが、体重増加の副作用に限って言えば、第2世代もその頻度は少なくありません。
第2世代の中でもMARTA(ジプレキサ、セロクエル)などは体重増加の頻度が多いため、体重増加に限って言えば、MARTA以外のお薬が好ましいかもしれません。具体的には、エビリファイ(アリピプラゾール)、ロナセン(ブロナンセリン)、ルーラン(ペロスピロン)辺りが体重増加は比較的起こしにくいと考えられています。
Ⅷ.口渇、便秘(抗コリン作用)
ピーゼットシーは抗コリン作用を起こす事は多くはありません。
これはアセチルコリンという物質の働きをブロックしてしまうことで生じる、抗精神病薬の副作用です。抗コリン作用は、お薬がアセチルコリン受容体に結合してしまうことで生じます。
口渇や便秘が代表的ですが、他にも尿閉、顔面紅潮、めまい、悪心、眠気なども起こることがあります。
ピーゼットシーはアセチルコリンにあまり作用しないため、これらの副作用は少なめです。
抗コリン作用への対応策としては
- ピーゼットシーを減量する
- 他の抗精神病薬(第2世代)に変更する
- 抗コリン作用を和らげるお薬を併用する
などの方法があります。
抗コリン作用を和らげるお薬として、
- 便秘がつらい場合は下剤(マグラックス、アローゼン、大建中湯など)、
- 口渇がつらい場合は漢方薬(白虎加人参湯など)、
などが用いられます。
3.他の抗精神病薬とピーゼットシーの副作用比較
ピーゼットシーの副作用を見てきましたが、最後に他の抗精神病薬との比較をしてみましょう。
まずは代表的な抗精神病薬の副作用頻度一覧を紹介します。
抗精神病薬 | EPS、高PRL | 体重増加 | ふらつき | 性機能障害 | 眠気 | 抗コリン作用 |
---|---|---|---|---|---|---|
コントミン | ++++ | +++ | ++++ | ++++ | +++ | ++++ |
セレネース | +++++ | + | +++ | +++ | + | + |
リスパダール | +++ | ++ | ++ | ++ | + | ± |
インヴェガ | ++ | + | + | + | + | ± |
ロナセン | +++ | ± | ± | ± | ± | + |
ルーラン | ++ | + | + | + | + | ± |
ジプレキサ | ++ | ++++ | ++ | ++ | ++++ | +++ |
セロクエル | + | ++++ | ++ | ++ | ++++ | + |
エビリファイ | ++ | ± | + | + | ± | ± |
*EPS・・・錐体外路症状
*高PRL・・・高プロラクチン血症
*抗コリン作用・・・口渇、便秘など
次に第1世代の副作用頻度一覧を紹介します。
抗精神病薬 | EPS、高PRL | 体重増加 | ふらつき | 性機能障害 | 眠気 | 抗コリン作用 |
---|---|---|---|---|---|---|
コントミン | ++++ | +++ | ++++ | ++++ | +++ | ++++ |
セレネース | +++++ | + | +++ | +++ | + | + |
ヒルナミン/レボトミン | ++++ | +++ | ++++ | ++++ | ++++ | ++++ |
ピーゼットシーは第1世代であるため副作用に注意が必要ですが、第1世代の中では副作用は少ないお薬になります。ドーパミンをブロックしすぎる事による錐体外路症状、抗プロラクチン血症には注意が必要ですが、その他の副作用の頻度は多くはありません。
しかし第1世代の副作用で忘れてはいけないのが「命の関わるような重篤な副作用を生じるリスクがある」という点です。
眠気やふらつき、体重増加を起こしにくく、穏やかに治療してくれるピーゼットシーですが、このようなが重篤な副作用が生じてしまうリスクを考えると、安易に処方して良いお薬ではありません。
やむを得ないケースに限って使用するべきお薬になります。