精神分裂病はなぜ、統合失調症に病名が変わったのか

精神分裂病は、2002年まで使われていた病名です。2002年以降、精神分裂病は「統合失調症」という名称に変わりました。

今では精神分裂病という言葉を聞くことはほとんどなくなりました。

精神分裂病はなぜ、統合失調症に名前を変えたのでしょうか。

精神分裂病という名前にはどのような問題があって、統合失調症という名前にはどのような意味が込められているのでしょうか。

今日は統合失調症の昔の疾患名である「精神分裂病」について、紹介したいと思います。

1.精神分裂病とはどんな疾患か

精神分裂病は、昔に使われていた病名で今では使われていない病名です。

精神分裂病は日本では1937年から2002年まで使われていました。2002年からは統合失調症という病名に変更され、現在では統合失調症という用語が定着しています。そのため、現在では精神分裂病という言葉を聞くことはほとんどなくなりました。

精神分裂病と統合失調症は同じ疾患のことです。名称が変わっただけで表す疾患が変わったわけではありません。

統合失調症は、脳のドーパミン分泌などに異常が生じることにより、

  • 幻覚・妄想・興奮などといった陽性症状
  • 無為・自閉・感情平板化などといった陰性症状
  • 判断力低下などの認知機能障害

を呈する疾患です。

統合失調症について詳細に説明すると非常に長くなってしまい、これは別記事で詳しく説明していますので、そちらをご覧いただければ幸いです。

統合失調症について

2.精神分裂病から統合失調症に名称が変わった理由

精神分裂病はなぜ統合失調症に病名が変わったのでしょうか。

その理由には、

  • 精神分裂病という名前が患者さんに大きな不利益を与えてしまうため
  • 精神分裂病という名称がこの病気の本質を表していないことが分かってきたため

が挙げられます。

精神分裂病という名前からは、その人の精神(こころ)が分裂してしまう怖い疾患のような印象を受けます。この疾患はあくまでも症状として「精神機能が分裂したかのように見える」疾患であり、その人の人格やこころといった根本に問題があるわけではありません。

しかし、この病名では患者さんの人格そのものに対する誤解や偏見を生んでしまう可能性があります。

確かにこの疾患は陽性症状と陰性症状といった一見正反対の症状が生じます。それ以外にも急性期には奇異な言動や支離滅裂な言動が生じるため、表面上は「精神が分裂している」ように見えなくもありません。しかし「精神分裂病」という病名は、その方の精神が分裂しているという意味で付けられた病名ではありません。その人のこころ(精神)が分裂しているわけではなく、あくまでも精神的な機能(思考や認知、感情など)がまとまらなくなってしまい、分裂しているように見えるだけなのです。

精神が分裂しているわけではなく、精神が混乱してしまい認知・思考や行動などの精神機能がまとまりにくくなっている(統合するのが難しくなっている)状態に陥っているという認識がより適切であり、そのため、より誤解が生じにくいと考えられる統合失調症という病名になったのです。

そもそも病名を付けるのは、その患者さんを守るために行われるべき行為です。

患者さんに病名を付ける意味は悪いレッテルを貼ることではありません。患者さんを「あなたは病気だから治療が必要なんですよ」という位置に置き、適切に治療する環境に置くことでその方の将来を守るのが本来の意味です。

それなのに病名を付けることで患者さんが誤解や偏見を持たれ、より苦しい思いをするとなれば、これは明らかにおかしいことです。

実際、精神分裂病から統合失調症への名称変更のきっかけになったのは精神障害者の家族会からの要請です。実際にこの疾患と向き合っている家族達が「精神分裂病」という病名によって本人が大きな不利益を被っているという事を強く感じていたという事です。

これを重く受けとめた日本精神神経学会は、その後精神分裂病という病名に対する調査を行い、「やはり誤解と偏見の一因になっている可能性が高い」という判断がなされ、2002年に精神分裂病は統合失調症に名前が変更されました。

精神疾患に対する誤解はいまだゼロにはなっていないのが実情ですが、これによりこの疾患に対する誤解や偏見は以前よりは少しずつ弱まっていると感じています。

病名が変わっただけで、誤解や偏見の全てがなくなるわけではありません。名称変更はわずかにしか貢献していないかもしれません。しかし、このような小さなことでも積み重ね、患者さんが不利益を受けない社会を少しずつでも作り上げていくことはとても大切なことです。

3.精神分裂病・統合失調症の歴史

精神分裂病は今では「統合失調症」に名称が変わりました。

これにより確かに患者さんへの誤解・偏見は少しは減ってきたと現場にいる身としては感じます。とは言ってもまだまだ誤解・偏見が多いため、これからも正しく疾患を理解してもらえるよう、私たちは考えていかなければいけません。

なぜ「精神分裂病」といった誤解・偏見を持たれやすい病名が最初付いてしまったのでしょうか。

もちろんこの病名を付けた人は、患者さんへの悪意を持って付けたわけではありません。

現在においても統合失調症はまだその原因が十分に解明されていない疾患です。現在でさえそうなのですから、昔はというと原因がほとんど分かっていない疾患でした。

統合失調症についてはじめて報告したのは、ドイツの精神科医であるエミール・クレペリンだと言われています。彼は現在の統合失調症を、認知症(当時でいう痴呆症)よりも早期に発症し、幻覚・妄想などから支離滅裂な言動が出現し、やがて人格の崩壊を引き起こし早期に荒廃に至る疾患だとして「早発性痴呆」と名付けました。

その後、オイゲン・ブロイラーというスイスの精神科医が早発性痴呆を「精神分裂病(schizophrenia)」と改名しました。ブロイラーはこの疾患は痴呆のように脳の老化によって生じる疾患ではないと考えました。

「schizophrenia」という用語は、これはSchizo(分裂)、Phrenia(精神病)から作られた用語です。しかしブロイラーは「精神が分裂している疾患」だと言う意味でこぼ名称を付けたわけではなく、「精神機能が分裂している疾患」だという意味でこの名称を付けました。精神機能というのは、思考や認知、感情などの機能の事で、確かにこの疾患は正反対の精神症状を呈することがありました。

興奮状態になることもあれば、感情鈍麻・無為自閉と感情が乏しくなることもあります。
両価性という、2つの相反する感情(好きと嫌いなど)が同時に出現することもあります。

確かにこの疾患は、精神機能があたかも分裂しているような症状を呈します。その意味では当時のブロイラーの解釈は現在においても間違っているとは言えません。しかし実際は「分裂する」というよりは「まとまりにくくなる(統合できなくなる)」という表現がより適切です。

その後、schizophreniaという病名は日本においても1937年にも導入されましたが、表面的な文字通り「精神分裂病」と訳されてしまいました。

これも「精神機能が分裂する病気」という意味で付けられた病名だと思われますが、一般の方が見れば「精神(こころ)が分裂する病気」だというイメージを持つ名称です。

その当時は精神分裂病に対する有効な治療法など何もなく、この病気は重症例が多く、治療法のない予後不良な疾患という認識をされており、このため悲しい事ですが精神分裂病という名称はそこまで批判を受けることなく受け入れられてしまいました。

当時、今のように有効なお薬があれば、お薬で症状が改善することで「こころがおかしくなったわけじゃなくて、病気の症状だったんだ」と多くの方が気付いたのかもしれません。しかし有効な治療法がなかったため、精神機能がまとまらなくなったままでいた患者さんに対して、「こころが分裂している」という誤解が生じやすくなってしまったのです。

しかし現在では1950年代にクロルプロマジン(商品名:コントミン)という治療薬が開発されたのを機に、多くの治療薬が開発されています。また治療法も少しずつ確立されていき、薬物療法だけでなく、心理社会的治療も併用することで、多くの患者さんが社会に復帰できるようになってきています。

こうなってくると、今までは大きな問題となっていなかった「精神分裂病」は患者さんに大きな不利益をもたらしてしまいます。

実際は精神というその人の人格が分裂してしまっているわけではないのに、「怖い」「不気味だ」という誤解と偏見を持たれてしまい、それが理由でせっかく症状が良くなったのに社会に受け入れてもらえないことが目立つようになってきたのです。

そもそも精神分裂病という訳し方も誤解を生みやすい訳し方であったため、改めて調査や検討を行い、その結果「やはり精神分裂病という名称は好ましくない」と結論付けられ、2002年に精神分裂病は「統合失調症」という病名に変わりました。