パニック障害(Panic Disorder)は、動悸、めまい、息苦しさなどといった「パニック発作」が突然生じる疾患です。突然生じるパニック発作は、ものすごい恐怖であり「このまま死んでしまうのではないか」「頭がおかしくなってしまうのではないか」という感覚に襲われます。
救急車を呼んで救急病院に搬送されることもありますが、検査をしても異常は何も見つかりません。そのため「気にせいだろう」とそのまま放置されてしまうことがあります。しかしパニック障害は決して軽視して良い疾患ではありません。
パニック発作が何度も起きると、「またパニック発作が起こるのではないか」という不安や恐怖にとらわれて生活をするようになってしまいます。発作への恐怖から、仕事や外出などの生活に必要な活動ができなくなってしまうことも珍しくありません。
突然パニック発作が生じてしまうこの疾患は、なぜ発症するのでしょうか。ここでは、パニック障害はなぜ生じるのか、その原因についてみていきましょう。
1.パニック障害が発症する原因
パニック障害は誰にでも起こりうる疾患です。
その原因は完全には解明されていませんが、いくつかの要因が重なった結果、脳の神経や神経伝達物質の異常が発生して生じるというのが有力な考え方です。(パニック障害の要因として指摘されているものについては次項で詳しく説明します)
一度パニック発作を経験すると、その恐怖体験から「また発作が起こってしまったらどうしよう・・・」という不安(これを予期不安を言います)が頭から離れなくなり、不安がどんどん増悪してしまうという悪循環に陥ってしまうことが多いため、パニック障害はしっかりとした治療を行う必要があります。
たまに、「気持ちが弱いから発作なんて起こすんだ」とか信じられないことを言う人がいますが、これはまったくの誤解です。
このような事を言う方は、パニック発作を起こすとどれくらいの恐怖を感じるのかを全く分かっていません。
例えば、パニック発作の症状のひとつに呼吸苦がありますが、突然息が出来ない感覚に襲われるのはものすごい恐怖です。溺れかけた経験がある方は、その時の苦しさが日常で突然起こってしまうことをイメージしてもらうと分かりやすいかもしれません。
しかも、それがいつ起こるか分からないのです。これではとてもじゃないけど外に出れませんし、仕事を続ける自信も無くしてしまいます。溺れかけた人がしばらく水中に入るのを怖がるのと同じように、日常の全てが怖くなってしまいます。
繰り返しますがパニック障害は、様々な要因が重なった結果、脳の異常が起こってしまい発生する「脳の病気」です。これを誤解してはいけません。
「私のこころが弱いから」「私がダメだから」なるのではなく、誰にでも生じる「病気」なのです。そして、病気である以上、適切な治療を行えばしっかりと治すことができます。
2.パニック障害になりやすい要因
パニック障害の原因は一つではなく、いくつかの要因があると考えられています。具体的にどんな要因があるのか見ていきましょう。
なお下記に挙げる要因が一つでもあると必ず発症する、ということではありません。パニック障害とは、要因のいくつかが重なり、それらが続いた結果、ある時期になんらかのきっかけで発症してしまうものだと考えられています。
Ⅰ.性格
元々の性格も発症に関係します。パニック障害は不安障害に属する疾患であり、その根本にあるのは「不安」です。
そのため、元々不安が強い方、心配性の方、こだわりが強くて神経質な方はパニック障害を起こしやすいと言われています。
このような性格を持っている方は、普段から不安を感じやすく、不安なことがあるとドキドキしやすかったり、冷や汗をかいてしまったり、焦って上手く呼吸できなくなることを経験していることも多いため、ある時になんらかのきっかけでそれがパニック発作に移行してしまうことがあります。
Ⅱ.虐待など幼少期の辛い体験
幼少期につらい体験をしている場合(虐待など)、パニック障害が発症しやすくなることが指摘されています。
幼少期に大人から虐待を受けてしまうと、大人には力で勝てませんから、常に気を張ったり、ビクビクして生活するようになってしまいます。その状態が幼少期に長く続いていると、成長してからも普段から強い緊張や不安が抜けなくなります。そのため、パニック発作も起こりやすくなってしまうのです。
Ⅲ.喫煙
喫煙はパニック障害を発症させやすくすることが指摘されています。
「タバコを吸うと気持ちが落ち着く」という人もいますが、ニコチンによる鎮静効果は喫煙した時のみの一時的なものに過ぎません。
ニコチンの連用を続けると、総合的に見ればイライラや不安は強くなります。更に依存性が形成されれば、ニコチンが切れた時に強い不安を感じるようになり、パニック発作を起こしやすくなります。
Ⅳ.ストレス
強いストレスを受け続けていると、精神的に余裕がなくなり不安・緊張が高まります。パニック発作も起こりやすくなります。
近い人の死、大きな病気、大災害、離婚や離別などの大きなストレス、仕事や人間関係などのストレスの持続が認められる場合は、普段よりもパニック障害が発症しやすくなります。
また日本をはじめとした先進国は、ストレス社会の影響か、途上国と比べてパニック障害の発症率が高いという指摘があります。
Ⅴ.遺伝
パニック障害の原因遺伝子が特定されているわけではありませんが、複数の遺伝子がパニック障害の発症に関係していると考えられています。
パニック障害の家族歴がある場合は、そうでない人と比べ4~8倍、パニック障害にかかりやすいという報告もあります。
また、人種間でも発症率に差があることが指摘されています。具体的にはラテン系や南米系の人種はパニック障害の発症率が低いことが指摘されています。
Ⅵ.性別
パニック障害は男性にも女性にも発症しますが、女性の方が男性よりも2倍程度発症しやすいと言われています。
3.生物学的に見たパニック障害
生物学的に見ると、パニック障害には3つの神経伝達物質が関係していると考えられています。それは、
- セロトニン
- ノルアドレナリン
- GABA(ɤアミノ酪酸)
です。
パニック障害において脳のセロトニンが不足しています。パニック障害にはセロトニンを増やすお薬であるSSRIが良く効きますが、これもパニック障害でセロトニンが不足していることを証明する一つの根拠になります。
しかし一方でセロトニンの過剰も不安を増強するという指摘もあります。少なくともセロトニン量が適正であることが不安の改善には良いのでしょう。
GABAもパニック障害には関係しており、GABAのはたらきが弱まると不安が強くなることが指摘されています。抗不安薬(安定剤)はGABAの増強が主な作用機序ですが、抗不安薬がパニック障害に良く効くのも、ここに理由があります。
また、パニック障害においてはノルアドレナリンが発作の一因であることが言われています。脳の青斑核に存在するノルアドレナリン性の神経が活性化し、発火頻度が高くなるとパニック障害が起こりやすくなると考えられています。
α2受容体拮抗薬(ヨヒンビン)というお薬はα2受容体を遮断することでノルアドレナリンの濃度を上げますが、これはパニック発作を起こしやすくすることが知られています。
反対に、α2受容体作動薬(カタプレス)は、α2受容体を刺激することでノルアドレナリンの濃度を下げますが、パニック発作を抑制することが知られています。
神経学的にみると、パニック障害では、扁桃体や海馬、帯状回などが過活動になり、前頭前野の活動が低下すると報告されています。これらの部位は不安や恐怖の神経回路だと言われています。
なんらかの原因で恐怖・不安神経回路が過活動になってしまうと、パニック障害が発症するのではないかと考えられます。