端から見るとよく眠っているのに、本人が「眠れない」と訴える逆説性不眠とは

不眠症の診察をしていると、しばしば不思議な事態に遭遇します。

本人は「全然眠れなくてつらいんです!」と訴えるのですが、
同席した家族は「私が横で見ている限りは良く眠ってますよ」と言うのです。

このように、本人の自覚症状と周りから見た他覚症状に大きな食い違いがあるケースがあるのです。

専門的にはこれを「逆説性不眠」と呼びます。自覚症状(自分が感じる症状)と他覚症状(周囲から見た症状)が逆になるため、このような名称がついています。

逆説性不眠に出会うと、つい「どっちが正しいのか?」「どっちがウソを言っているのか?」と考えてしまいがちですが、これは大抵どちらもウソを言っていません。

逆説性不眠では、周囲が見ればグッスリ眠っているように見えます。睡眠の検査などを行っても、「正常な睡眠が取れている」という結果が出ます。客観的には間違いなく眠れているのです。

しかし、自覚的には熟眠感が無く、「眠れていない」という感覚を患者さんが持っているのも事実です。決してウソをついているわけではありません。

逆説性不眠はなぜ生じるのでしょうか、また治療法はあるのでしょうか。今日は逆説性不眠について詳しくみてみましょう。

1.逆説性不眠の特徴

逆説性不眠は、自覚症状と客観的症状に大きな違いが出るのが特徴です。本人は、「眠れない」と訴えますが、周囲から見るとしっかり眠れています。

これはどちらがウソをついているわけでもありません。

睡眠検査をしても、自分で睡眠の状態を記録する睡眠日誌では不眠という結果になりますが、客観的な睡眠評価(PSGやアクチグラフ)では正常な睡眠がとれているという結果になります。

「一睡もできていない」と不眠の訴えがありますが客観的には睡眠はとれているため、日中の眠気は軽度で日中の活動も出来ていることが多いのも特徴です。

しかし本人が熟眠感を得られていないのは事実であり、「ちゃんと眠れているんだからいいじゃないか」と放置して良いものではありません。

患者さんの訴えに向き合わずに放置していると熟眠感の欠如から、睡眠薬の多量服薬に至ったり、二次的に不安や抑うつ状態になってしまうことがあります。

2.なぜ、逆説性不眠が生じるのか

ちゃんと眠れているはずなのに、「眠った感じがしない」と訴えるのは一見、おかしく感じます。このような状態はなぜ起こってしまうのでしょうか。

臨床で見ていて、特に多いと感じられる原因を紹介します。

Ⅰ.睡眠にとらわれ過ぎている

睡眠について過度にとらわれてしまっている方は逆説性不眠に至りやすいようです。

元々不安が強い方、心配性の方などには多く、また疾患で言えば不安症や強迫性障害の方に多く認められます。

何らかのきっかけで「眠れていない」という思い込みが出現し、その後はちゃんと眠れているにも関わらずその思いにとらわれ過ぎてしまっています。仮に検査でちゃんと眠れているという証拠があったとしても納得しないことが多くあります。

Ⅱ.年を取れば眠りが浅くなることへの理解不足

高齢の方に多いのですが、若い時と同じレベルの睡眠の質を求めていると逆説性不眠になりやすくなります。

人間は、生理的に年を取れば眠りが浅くなります。高齢の方は早起きだったりなかなか寝付けなくなりますが、これは仕方がない生理的な現象です。

正常内の生理的な現象なのに、若い時と同じレベルで眠れないことに不満を感じてしまうと、「眠れていない」という訴えにつながります。

3.逆説性不眠の治療

逆説性不眠では、客観的にはしっかりと眠れている場合がほとんどです。そのため、本人の「眠れなくてつらい」という訴えのままに睡眠薬を処方することはあまりいい方法とは言えません。

眠れているのに睡眠薬を使っても、何も変わるはずがないからです。

逆説性不眠の患者さんに睡眠薬を投与しても、効果が乏しいことがほとんどです。睡眠薬を飲んでも全然眠れないため、「睡眠薬がまだ足りないんだ」という考えから睡眠薬の多量投与につながってしまいます。安易な睡眠薬の投与は、むしろ害となることがあるため、注意が必要です。

また、

「ちゃんと眠れているじゃないか」
「気にしすぎているだけだ」

などと、冷たく患者さんに言い放ってしまうのも良い方法とは言えません。客観的には眠れているため、その事実だけを見て「眠れているから問題ない」と対応してしまいがちですが、本人が熟眠感を得られていないのは事実であり、それで苦しんでいるのも事実なのです。

客観的事実だけにしか目を向けず、本人の苦しみと向き合わなければ、

「この苦しさを分かってもらえない」
「見放された・・・。もうこれは治らないんだ・・・」

と患者さんをより不安にしてしまい、不眠がかえって悪化してしまいます。

逆説性不眠症に対する治療は、おくすり以外の治療法(非薬物療法)が重要になってきます。

有効な治療法として、まず認知行動療法が上げられます。認知行動療法(CBT:Cognitive Behavioral Therapy)とは、精神療法の一つで、物事のとらえ方(認知)を修正していくことにより精神状態の改善をはかる治療法のことです。主にうつ病や不安障害の治療に用いられていますが、実は不眠症にも認知行動療法は有効です。

不眠における認知行動療法では、どうして不眠を感じるのかを探索し、解決していくことによって不眠症の治療を行います(不眠症の認知行動療法の詳細は、別コラムで書いてますのでそちらをご覧ください)。

また、刺激制御法睡眠制限法という方法も有効です。

睡眠記録を取り、それを見せることで睡眠がとれていることを証明し、安心してもらうという方法もありますが、これは安心される方もいらっしゃる一方で、納得しない患者さんもいますので、適応を見極める必要があります。

刺激制御法、睡眠制限法やその他有効と考えられる治療法を詳しく説明します。

Ⅰ.刺激制御法

本来私たちにとって、寝室は眠る場所です。しかし「眠れない」と訴える患者さんでは、脳が「寝室は眠れない場所」と条件づけてしまっていることがあります。

この状態だと、寝室に入ったら脳が「ここにいると眠れないんだ」と勝手に意識してしまいます。これでは、実際には眠れていたとしても、眠った気がせずに熟眠感が得られません。

この場合、「寝室は眠る場所なんだよ」と脳に再度教えてあげる必要があります。
具体的には、

・眠る時にだけ寝室を使う
・寝室で睡眠以外の行動はしない(寝室で本を読んだりしない)
・眠れなければ寝床から離れる

などを行っていきます。

これを続けることで、脳が「寝室は眠る場所なんだ」「寝床に行けば眠れるんだ」と再び認識してくれるようになります。

Ⅱ.睡眠制御法

睡眠制限法も、先ほどの刺激制御法と似ているのですが、あえて寝床にいる時間を制限することで、「寝床は眠るところなんだ」という意識づけを行う方法です。

不眠症の方は、眠れないために「少しでも長く横になっていよう」と考え、長時間寝床にいる傾向があります。しかしこれはかえって生活リズムを崩し、不眠症を悪化させる原因になります。また、寝床にいる時間が必要以上に長いと、「寝床は眠れない場所」という認識も強くなってしまいます。

そのため、あえて寝床にいる時間を制限することで、生活リズムをただし、「寝床は眠るところ」という意識づけを行うのです。

Ⅲ.逆説性不眠について理解する

逆説性不眠症は、不眠症の5%ほどに認められる疾患だと言われています。

自分では眠れていないと感じているのに、検査は正常で「実はちゃんと眠れているんですよ」と医師から言われると、自分の症状を認めてもらえてないようで、なかなか眠れている事を受け入れられないものです。

しかし、自分が感じる症状だけを信じて安易に睡眠薬などを使ってしまえば、過度に鎮静がかかり日中にまで眠気が生じてしまう可能性があります。睡眠薬による依存性などの副作用が出てしまう可能性だってあり、デメリットの方が大きいのです。

逆説性不眠という不眠があるんだ、ということを患者さん自身が理解することは治療のためにとても大切なことです。

これは患者さんがウソを言っているとか、患者さんが不眠を大袈裟に言っているとか、そういう事ではありません。逆説性不眠症という疾患があり、この疾患にかかると客観的には眠れているのに、自分では眠れていないと感じてしまうのです。

だから、患者さん自身が眠れないと感じるのは仕方がないことなのですが、それに対して安易に睡眠薬を投与してしまうのは逆効果なんだということを理解しましょう。

これは自分の健康を守るためにも大切なことです。

これらの治療が理想ですが、患者さんは眠れないため、睡眠薬を希望することが多いのが現状です。

薬物以外の方法を提案しても反対されてしまうことも多いため、最初は少量の睡眠薬と非薬物療法を併用して行うことも実際は少なくありません。