精神科のお薬は服薬することで「太ってしまう」ことが少なくありません。中でも抗精神病薬（統合失調症の治療薬）は太りやすいものが多く、それに悩む患者さんも多いように感じます。
インヴェガも抗精神病薬に属し、太る可能性のあるお薬です。その程度は同種類の第2世代抗精神病薬の中では少なめではありますが、抗精神病薬は長期間飲むことが多いため、体重が増えてしまうことがあります。
インヴェガなどの精神科のお薬を内服をする前に「この薬は太る可能性がある」と知っておくことは大切です。
知らないで服薬してしまうと、太ったことへのショックでかえって精神的に不安定になることがあるからです。特に若い方や女性は体重増加に過敏であり、太ってしまうと大きなショックを受ける方は少なくありません。そのショックが原因で症状が悪化してしまう事だって考えられます。
今日はインヴェガの体重増加がなぜ生じるのか、対処法にはどのようなものがあるのかをみていきましょう。また、他の抗精神病薬と比べて体重増加の程度はどのくらい多いのかもみていきます。
１．インヴェガはなぜ太るのか
抗精神病薬のほとんどに太る副作用がありますが、これは主に抗ヒスタミン作用と代謝抑制作用が原因だと考えられます。
抗ヒスタミン作用とは、ヒスタミンという物質のはたらきをブロックする作用のことです。インヴェガをはじめとした抗精神病薬にはヒスタミン1受容体をブロックすることで、ヒスタミンが作用できないようにしてしまう事が知られています。
ヒスタミンには食欲を抑えるはたらきがあります。ヒスタミン受容体がお薬によってブロックされてしまうと、ヒスタミンが作用を発揮できなくなります。すると食欲を抑えることができなくなるため、食事量が増えてしまい、太ってしまうということです。
また、抗精神病薬はこころや身体をリラックスさせる方向にはたらきます。これは「落ち着かせる」という意味では良いのですが、同時に代謝を落とす方向に働くため、糖や脂肪が燃焼しにくくなり、体重増加を引き起こしてしまうのです。
実際、抗精神病薬（中でも第2世代抗精神病薬）はメタボリックな作用が強く、血糖や脂質を上げてしまうことが報告されています。
抗精神病薬は、主にこの二つの働きによって体重が増えてしまうのです。
２．他の抗精神病薬との太りやすさの比較
インヴェガは抗精神病薬の中では、体重増加の程度はやや少なめだと言えます。それぞれの抗精神病薬の太りやすさを比較すると次の表のようになります。
| 抗精神病薬 | 体重増加 |
|---|---|
| ｺﾝﾄﾐﾝ | +++ |
| ｾﾚﾈｰｽ | + |
| ﾘｽﾊﾟﾀﾞｰﾙ | ++ |
| ｲﾝｳﾞｪｶﾞ | + |
| ﾛﾅｾﾝ | ± |
| ﾙｰﾗﾝ | + |
| ｼﾞﾌﾟﾚｷｻ | ++++ |
| ｾﾛｸｴﾙ | ++++ |
| ｴﾋﾞﾘﾌｧｲ | ± |
まず、抗精神病薬には第1世代（定型）と第2世代（非定型）があります。第1世代の方が古いお薬のため、作りが荒く副作用が多く、そのため現在は第2世代から使うのが基本になっています。
しかし体重への影響に限って言えば、第2世代の方が強めです。
錐体外路症状、高プロラクチン血症、悪性症候群、重篤な不整脈・・・。このような重篤な副作用は第2世代の方が確かに少ないのですが、メタボリックな副作用は第2世代の方が多くなっています。しかし全体的に見れば第2世代の方が安全性は高いため、現在は第2世代を優先して使うようになっています。
上の表ではクロルプロマジンン（商品名コントミン）とハロペリドール（商品名セレネース）が第1世代に該当し、その他は第2世代になります。
第2世代には、SDA、MARTA、DSSの三種類のおくすりがありますが、この中で特に太りやすいのはMARTAです。
具体的には、オランザピン（商品名ジプレキサ）、クエチアピン（商品名セロクエル）、クロザリル（商品名クロザピン）がMARTAに属し、これらは体重増加を起こしやすい第2世代抗精神病薬です。
インヴェガが属するSDAは、体重増加は起こすもののその程度は少なめです。SDAの中では、ペロスピロン（商品名ルーラン）やブロナンセリン（商品名ロナセン）、インヴェガは体重増加が少なく、リスペリドン（商品名リスパダール）の体重増加はやや多めになっています。
ちなみにDSSにはアリピプラゾール（商品名エビリファイ）がありますが、これも体重増加は少なめです。
ただし、副作用の程度は個人差が大きいため、 実際はこの通りにいかないこともあります。あくまでも目安として考えてください。
３．安易にお薬のせいにしない事
精神科の薬を飲むと太る・・・
この情報は、患者さんの間では大分浸透しているように感じます。
お薬の副作用が患者さんにしっかり理解されることは良いことです。しかし、太ってきたらすぐに「あぁ、薬のせいか…」と決めつけてしまうのはよくありません。
太ってきてしまった時、それは本当にインヴェガのせいなのかをしっかり見極めることは大切です。薬物治療を行っている時に体重が増えたときは、「それは本当に薬のせいなのか？」「他の原因はないのか？」ということを必ず考えてください。
なぜならば、インヴェガのようなお薬を服薬する時というのは、精神状態が不安定な時だからです。そして、精神状態が不安定な時は、お薬以外にも体重を増やしてしまう要因が多くあるのです。
例えば、病状が悪くて一日中部屋に閉じこもりっぱなしで全く身体を動かしていないのであれば太るのは当然かもしれません。ストレスでやけ食いしている頻度が多いのでしたら、原因はそちらでしょう。
もし、運動不足や過食が原因で太っているのに、「インヴェガのせいで太った！」と決めつけて服薬をやめてしまったらどうなるでしょうか。
お薬の服薬を急に中断すれば、更に精神的に不安定になってしまう可能性があります。それによって無気力や過食が 更に悪化することも考えられます。しっかりと見極めないで安易に原因をお薬だと決めつけてしまうと、更に状況を悪化させてしまうこともあるのです。
４．インヴェガで太ってしまった時の対処法
インヴェガが原因で体重が増えてしまった時は、どのような対処法があるのでしょうか。一般的に良く取られる対処法を紹介します。
これらの対処法は独自の判断では行わず、必ず主治医と相談の上で行ってください。独断でお薬の量を減らしたりすると病気が悪化する可能性もあり大変に危険です。
また、ここで紹介する方法はインヴェガの体重増加に特化した方法ではなく、お薬による体重増加が出現した時に取られる一般的な方法になります。
Ⅰ．生活習慣を見直す
副作用に限らず、太ってきたときにすべき一番のことは「生活習慣を見直す」ことです。
規則正しい生活、適度な運動などの生活改善を行えば、たとえ抗精神病薬を内服していたとしても体重は落ちます。抗精神病薬は体重が「落ちなくなる」お薬ではありません。｢落ちにくくなる」だけですので、しかるべき行動をとれば体重は必ず落ちます。
毎日三食、規則正しく食べていますか。
量やバランスは適正でしょうか。
間食や夜食などをしていませんか。
適度な運動はしていますか。
散歩などの運動でも脂肪燃焼には効果があります。余裕があればジョギングやサイクリングなど強度の高いものにトライすれば代謝は更に改善されます。
Ⅱ．インヴェガの量を減らしてみる
もし精神状態が安定しているのであれば、 減薬を考えてみるのもいいかもしれません。主治医と相談してみましょう。
体重が増えてしまって、つらい思いをしているのに、それを主治医に伝えていない患者さんは少なくありません。しかし困っているのであれば主治医に相談することは大切なことです。
副作用に対してどのくらい困っているのかは、患者さんそれぞれで異なります。
「もう少し太りたいな」と思っている痩せた男性であればちょっと体重が増えても全然困らないでしょう。でも、スタイルに気を使っている若い女性の体重がちょっとでも増えることは大変なことです。多くの女性にとって体重は、とても気になるものだからです。
体重増加に対して、あなたが「困っている」のであればそれは主治医先生に相談すべきです。特に年配の先生だったりすると、若い女性が悩むポイントというものは意外と気付かないものです。
ただし、病状によっては薬の量を減らせないこともあります。先生と相談した上で、「お薬を減らせない」という結論になった場合は、勝手に減らすことはせず、主治医の指示に従ってください。
Ⅲ．別の抗精神病薬に変えてみる
別の抗精神病薬に変えてみるという手もあります。
インヴェガ自体が抗精神病薬の中では太りにくい部類に入るため、他のお薬というと候補は少ないのですが、お薬の効きには個人差があるため、変薬することで体重増加が軽減する可能性はあります。
候補に挙がるのは、「太りにくい」という観点で見れば、DSSのアリピプラゾール（商品名エビリファイ）があります。同じSDAであれば、ブロナンセリン（一般名ロナセン）、ペロスピロン（商品名：ルーラン）も候補に挙がります。
また、飲み薬にこだわらないのであれば、「持効性注射剤」に切り替えるという方法もあります。これは1回注射をすることでお薬が数週間身体に留まって効果を発揮し続けてくれる製剤です。注射ですので痛いのがデメリットですが、数週間かけてゆっくりと効くため、副作用も少なくなることが期待できます。
・リスパダールコンスタ（2週間に1回注射する。リスパダールの注射剤）
・ゼプリオン（4週間に1回注射する。インヴェガの注射剤）
・エビリファイ持続性水懸筋注用（4週間に1回注射する。エビリファイの注射剤）
など近年多くの注射剤が発売となっています。
特にゼプリオンはインヴェガの注射バーションになりますので、「ゼプリオンの効果は感じているんだけど、副作用がもうちょっと少なくなればなぁ・・・」という方には良い選択肢だと考えられます。
ただし、それぞれの抗精神病薬には長所と短所がありますので、体重増加の視点だけで考えるのではなく、総合的に判断することが大切です。体重増加は改善されたけど、今度は別の副作用で悩むようになってしまった、ということもあります。
主治医とよく相談して決めてください。