新しい作用機序を持つ睡眠薬である、オレキシン受容体拮抗薬が平成26年8月1日、厚労省で承認を了承されました。
ついに発売が近づいてきましたね。
発売は、おおそよですが今年末(11月~12月ごろ)になりそうとの事です。MSD社から発売され、商品名は「ベルソムラ」です。
なんだかかっこいい名前ですね。ゲームのボスキャラで出てきそうです。
ちなみに「ベル」はフランス語で「美しい」という意味、「ソムニア」はラテン語で「眠り」という意味ですので、「美しい眠り」という意味になります。ベルソムラで美しい眠りを提供したい、という想いが込められているのでしょう。
発売が近づいてきたオレキシン受容体拮抗薬、ベルソムラ(一般名スボレキサント)の特徴についてみていきましょう。
1.ベルソムラの特徴
ベルソムラの特記すべき点は、主に二つあります。
それは、
今までの睡眠薬と全く異なった作用機序で眠りを導く点、
そして、依存性がないという点です。
ベルソムラには他にも次のような特徴があります。
- 半減期は12時間、だいたい6-8時間ほどの長さの薬効がある
- 即効性もまずまずあり、内服してから1~3時間で効きが最高値に達する
- 今回日本での発売が世界初!
オレキシン受容体拮抗薬であるベルソムラは、今までにない作用機序で眠りを導きます。
現在主に使われている睡眠薬は、ベンゾジアゼピン系や非ベンゾジアゼピン系ですが、
これらは抑制系の受容体であるGABA-A受容体のはたらきを強めることで眠気を生じさせます。
対してベルソムラはオレキシン受容体という部位を遮断するとこで眠りを導きます。
オレキシンは脳の覚醒を維持させるはたらきがあるため、それを遮断すると眠くなるのです。
ベルソムラは耐性や依存性形成が起きない、と考えられています。
これはとても大きなことです。
現在の睡眠薬の多くは耐性や依存性形成を起こす可能性を持っており、よく問題となっています。
半減期は約12時間、実際の薬効としては6-8時間ほどであり、バランスの取れた薬物動態を示します。
人の平均睡眠時間と同じくらいの長さの効きであるため、ある程度まとまった眠りも提供してくれますし、
服薬してから1~3時間ほどで血中濃度が最大になるということなので、即効性もまずまず期待できます。
不眠は、寝つきが悪いタイプ(入眠障害)と夜中に何回も起きてしまうタイプ(中途覚醒)に分けられますが、
ベルソムラはそのどちらにもある程度効くことが予想されます。
データでは寝付くまでの時間を50%ほど短くし、総睡眠時間も長くしたと報告されています。
また、12か月使用を続けた後の中断でも、依存性は認めなかったと報告されています。
最後に、オレキシン受容体拮抗薬は世界で先駆けて日本で一番早くに発売されます。
これは非常に珍しいことです。
世界初が日本!というのはなんだか嬉しいですが、海外での評判が聞けないのは難点ですね。
ちなみに米国で発売が遅れているのは、FDAの発表によると
高用量のベルソムラは安全性への問題を懸念されているからのようです。
臨床試験でベルソムラに認められた副作用については後述します。
2.ベルソムラの作用機序
ベルソムラは「オレキシン受容体拮抗薬」という種類の睡眠薬です。
オレキシンは脳の覚醒の維持に関わっている物質です。
そのオレキシンの「受容体に拮抗するくすり」ということです。
これは簡単に言うと、オレキシンのはたらきをジャマにして、オレキシンがはたらかないようにする、
ということです。
オレキシンがはたらいていると脳が覚醒します。
ということは、オレキシンがはたらけなくなると脳は眠ります。
これがベルソムラの作用機序です。
ちなみにオレキシン受容体には2種類あると言われています。
オレキシン1(OX1)受容体とオレキシン2(OX2)受容体です。
どちらも覚醒レベルを維持する受容体なのですが、研究によると、
- OX1は覚醒に少ししか関わっていない
- OX2は覚醒に大きく関わっている
ことが分かっています。
そのため、
- OX1受容体を遮断すると、少し眠くなる
- OX2を遮断するとかなり眠くなる
- OX1・OX2両方を遮断すると、一番眠くなる
というデータがあります。
ベルソムラはOX1、OX2両方を遮断するはたらきがあります。
ふたつのオレキシン受容体を遮断するため、
DORA(Dual orexin receptor antagonist)=二つのオレキシン受容体の拮抗薬
とも呼ばれています。
ベルソムラは半減期は12時間ですが、薬効は6-8時間程度だと考えられています。
具体的にはオレキシン受容体に65%以上おくすりが結合していると眠らせる作用が出るのですが、
内服後、6-8時間ほどで結合率が65%を下回るように設計されているのだそうです。
6-8時間というのは人の平均的な睡眠時間と合致しますから、翌朝に眠気が持ち越しにくい
おくすりであることが予想されます。
3.ベルソムラの副作用
ベルソムラは依存性がないと言われています。
睡眠薬で一番問題となる副作用の「依存性」が無いのは大きなメリットですが、
しかし副作用がまったくないわけではありません。
FDA(アメリカの厚労省のようなところ)が発表したベルソムラの副作用を紹介します。
- 眠気
- 夜間の行動異常
- 自殺念慮
- ナルコレプシー様症状
睡眠薬ですので、眠気の副作用は出る可能性があります。
データによれば、日中に持ち越しにくいとはされているものの、持ち越す可能性は0ではないという事です。
夜間の行動異常は他の睡眠薬でも認められる副作用です。
内服直後など、睡眠薬が中途半端に効いている時に起こりやすいと思われます。
これは、脳が中途半端に眠ってしまっている時に起こるもので、
自分では覚えてないけど、歩いていたり人と話したりするような症状です。
自殺念慮は、「死にたくなってしまうこと」です。
その程度は「軽度」であり、ベルソムラのせいだけでなく、
精神的なストレスがあったり過去にも自殺念慮が起きた既往がある人に多く認めたそうですが、
おくすりの影響が否定できないため記載されていました。
特に高用量(30-40mg)を内服している患者さんで多かったそうです。
(プラセボでは0.1%、低用量では0.2%、高用量では0.7%)
また、ナルコレプシー様症状が起きる可能性があります。
臨床試験では実際には認めなかったようですが、機序的に考えると可能性がある、ということです。
ナルコレプシーというのは「眠り発作」とも呼ばれており、突然眠ってしまったり
全身の力が抜けてしまったりする病気です。
ナルコレプシーは、オレキシンの欠乏が原因だと言われているため、
オレキシンを人工的に遮断するベルソムラで、
ナルコレプシーのような症状が起こる可能性はありえる、と言えます。
これらの副作用はいずれも高用量(30-40mg)で多く認められ、
低用量(10-20mg)では少なかったようです。
そのため、FDAでは「高用量のベルソムラは安全性に懸念がある」という姿勢を示しています。
副作用はどんなおくすりにもあります。
副作用だけを見ると「自殺念慮」なども書いてあるため怖く感じるかもしれませんが、
特に低用量で使用すれば危険性はそこまで高くないと思われます。
ただし危険な副作用が絶対に無いとは言えませんので、
主治医の先生とよく相談して、使用するかは判断しましょう。
4.今までの睡眠薬との違い
ベルソムラは今までの睡眠薬と何が違うのでしょうか?
今までに使われていた睡眠薬を古いものから順にみていきましょう。
Ⅰ.バルビツール酸睡眠薬
1900年代に発売された初期の睡眠薬です。
GABA-Aという抑制系の受容体のはたらきを強めることで鎮静をかけ、眠りを導きます。
バルビツール系の特徴は、非常に強い催眠作用があることです。
眠らせる強さだけで言えば最強の睡眠薬です。
非常に強力な催眠作用があるため、現在でも重度の不眠症などに使用されることがありますが、
副作用も強いため、極力使うべきではありません。
大量に投与すると脳に鎮静がかかりすぎて呼吸まで止まってしまう可能性もあり、
効果は非常に強いけど危険も非常に高いおくすりです。
また、依存性も非常に強いと考えられています。
Ⅱ.ベンゾジアゼピン系睡眠薬
1960年代に登場して以来、不眠症治療の主力選手であり、
現在でもよく使われています。
前述のバルビツール系の副作用があまりに多く、依存、乱用や死亡例が問題となったため
もっと安全な睡眠薬が強く要望され、開発されました。
作用点はバルビツール系と同じでGABA-A受容体を増強することなのですが、
バルビツール系と比べると安全性はかなり高くなっています。
依存形成は起こしますが、その程度はバルビツール系よりもはるかに軽く、
また仮に大量に飲んでも致命的となることはほとんどありません。
しかしその分、効果もバルビツール系よりは弱くなってます。
安全性が高く、使い勝手が良くなったことは良いことなのですが、
安易な処方、長期処方による依存形成が問題となっています。
Ⅲ.非ベンゾジアゼピン系睡眠薬
ベンゾジアゼピン系を更に改良したもので、1980年代に登場しました。
具体的には、GABA-A受容体のうち、眠りに関係するω1受容体にのみ選択的に作用するように作られています。
反対に筋弛緩作用などを持つω2受容体には作用しにくいため、ふらつきなどの副作用が起きにくくなっています。
依存形成もベンゾジアゼピン系より若干軽くなっていると言われていますが、無いわけではありません。
安全性に優れる良いおくすりですが薬効が短めのものがほとんどであるため、
中途覚醒タイプの不眠にはあまり使えません。
Ⅳ.メラトニン受容体作動薬
2010年に発売された、今までの睡眠薬と異なる機序を持つ睡眠薬です。
人は夜になり暗くなると、脳の松果体という部位からメラトニンが出ます。
メラトニンは眠りを導き、体内リズムを調節するはたらきがあると言われています。
暗くなると眠くなりますが、これはメラトニンのはたらきによるのです。
メラトニン受容体作動薬は、メラトニンを強めてあげることで、眠りを後押しするおくすりです。
このおくすりの特徴は、自然な眠りが得られる点です。
ベンゾジアゼピン系のように、GABA-Aを無理矢理強めて鎮静をかけて眠らせるのではなく、
あくまでも自然な眠りの機序に沿って後押しをするおくすりなのです。
そのため副作用も少なく、安全性は極めて高いと言えます。
しかし、効果が弱く即効性にかけるのがデメリットです。
イメージとしては「一ヶ月くらい飲み続けて少しずつ睡眠を改善していく」というもので、
ベンゾジアゼピン系のように「使ってすぐに眠れました!」というものではないため効果を感じにくく、
現時点ではそこまで普及していないのが現状です。
ゆっくり時間をかけて、安全に眠りを改善したい方には最適なおくすりです。
5.ベルソムラに期待すること
不眠に悩む方は多く、日本では約6人に1人が不眠を感じており、
約20人に1人が睡眠薬を内服していると言われています。
今までの睡眠薬は、そんな不眠に苦しむ多くの患者さん救ってきました。
しかし一方で問題となっているのが依存性などの副作用です。
バルビツール系、ベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系いずれにも依存性があり、
特に日本は睡眠薬の長期処方、大量処方が多い国であるため、副作用は大きな問題となっています。
睡眠薬の内服を続けていて依存形成を起こしてしまい、睡眠薬をやめられなくなったり、
睡眠薬が無いと全く眠る事が出来なくなっている方は少なくありません。
このような背景があるため、「依存になりにくい睡眠薬」というものは
現在、非常に強く求められています。
メラトニン受容体作動薬は、その流れの第一歩として発売された
とても良い睡眠薬でした。
しかし効果が弱めであり、効くまでに時間がかかるため、
ベンゾジアゼピン系に取って代わるほどの普及は得られませんでした。
効果の強さと副作用の多さは表裏一体です。
効果が強いと言うことは、それだけ大きく身体に変化を及ぼすと言うことですから、
当然副作用も多くなります。
反対に副作用を少なくすれば、効果が弱くなるのは仕方ないことなのです。
メラトニン受容体作動薬の例からみると、いくら安全性の高い睡眠薬を開発しても、
効果が弱かったり、効きを感じるまでに時間がかかるものだと普及しない印象があります。
となると、メラトニン受容体作動薬よりも、もう少しだけ効果が強く、効きが早いものがいいのでしょう。
将来的にはベンゾジアゼピン系が主流である時代が終わり、
依存のより少ないなんらかの睡眠薬が主役を取っていくことになると思います。
オレキシン受容体拮抗薬がその主役を取るためには、メラトニン受容体作動薬よりももう一段階、
効果の強さがあることが必要です。
オレキシン受容体拮抗薬の効果の強さは、発売されて実際に使ってみないと分かりません。
「すごく強い!」までいく必要はありませんが、「効いている感じはある」くらいの効果があり、
数日で効果を患者さんが実感できるくらいの即効性があれば理想ですね。
この睡眠薬が、依存で苦しんでいる患者さんたちの救いになることを願います。
(注:ページ上部の画像はイメージ画像であり、実際のベルソムラ錠とは異なることをご了承下さい)