強迫性障害(OCD:Obesessive Compulsive Disorder)は、強迫観念(ある考えにとらわれてしまう)と強迫行為(ある行為を繰り返し行う)を主症状とする疾患です。
強迫性障害の症状は、精神疾患の中でも生活への支障が非常に大きいことが知られており、WHO(世界保健機関)は、「生活の質・経済的損失に関わる10大疾患」の1つに強迫性障害を挙げています。
強迫性障害の症状について詳しく知ることは、強迫性障害を正しく知り、病気と向き合っていくための重要な第一歩になります。
強迫性障害の症状は、本人を苦しめるだけでなく周囲も巻き込んでしまうこともあります。またそのつらさを周囲が正しく理解することは、本人の安心につながり、症状の軽減にも貢献します。そのため本人だけでなく家族など周囲の方も、出来るだけ正しく症状を知って頂くことが望ましいのです。
今日は強迫性障害で生じる症状について詳しくみていきましょう。
1.強迫性障害の2つの症状
強迫性障害で生じる症状を「強迫症状」と呼びますが、強迫症状には大きく分けて2つあります。
それは、
- 強迫観念
- 強迫行為
です。
「強迫観念」とは、ある考えやイメージが頭から離れず、繰り返し考えてしまう事です。ただ考えるだけならいいのですが、その考えは不安や恐怖を引き起こすものが多く、これが患者さんを苦しめます。
例えば、
「家の鍵をちゃんと閉めただろうか」
「ガスの元栓をしっかり閉めただろうか」
「今、手すりを触ったことで手が汚染されたのではないか」
「今、運転中に誰かを引いてしまっていないだろうか」
といった強い観念が生じ、これにとらわれてしまいます。この観念は繰り返し浮かび、患者さんを大きく不安にさせます。また、更に観念は妄想的になることもあり
「この順序で行動しないと不吉なことが起こる」
「4という数字を使うと不吉なことが起こる」
「この言葉を発すると不吉な事が起こる」
「あの場所に行くと自分が汚染される」
といった観念にとらわれてしまうこともあり、これは大きな生活に支障を来たします。
「強迫行為」とは、強迫観念の不安・恐怖を消すために何度も同じ行動を繰り返してしまう事です。
例えば、
「家の鍵をしめたかが不安」⇒家に何度も戻って確認する
「手が汚染されたのではないか」⇒何度も手を洗う
「車で誰かを引いてしまったのではないか」⇒何度も車を降りて確認する
などといった行動を取ることになります。また妄想的なとらわれから強迫行為を起こすと、周囲には一見理解できず儀式的なものとしてうつることもあります。
例えば「食事を食べる前は身体が10分間お祈りをしないと、毒で汚される」という観念にとらわれてしまうと、食事のたびにお祈りをせずにはいられなくなり、周囲からみたら一見理解不能で奇異な行動を取るようになります。
基本的には強迫観念が生じて、それを打ち消すために強迫行為を行うという形式であり、強迫観念と強迫行為はセットになっています。
しかし中には強迫行為だけが出現することもあります。明確な対象を持つ観念があるわけではないけども、家具の配置が正確でないと落ち着かなくなってしまい、何度も何度も時間をかけて家具の整頓をし直すような症状がこれに当たります。
このように強迫性障害の主な症状は「強迫観念」と「強迫行為」になりますが、これ以外にも患者さんを苦しめるものがあります。
1つは「強迫症状が非合理的である事を自分自身が理解している」ということです。強迫観念や強迫行為は一般的な見方をすれば明らかにいきすぎた観念や過剰な反復行動です。そして多くの患者さんはそれをよく理解しています。
「こんなことで不安になるなんておかしい」
「こんなに何回も確認する必要なんてないのに」
患者さん自身、このようなことはよく理解しているのです。しかし理解はしているけど、それでも不安・恐怖が勝ってしまい強迫症状を止めることができないのです(中には病識が不良な方もいます)。
この「頭では分かってはいるんだけど、どうしてもやめられない」というのが患者さんにとっては非常に苦痛となります。周囲は「何でそんなに何回も確認するの?」「そんな事で不安になるなんて考えすぎだよ」とアドバイスしてくれますが、そんな事言われなくとも十分分かっているのです。
自分も周りの人も「それっておかしいよ」と言っている。そして自分もおかしいと思っている。でもやめられない。
この矛盾は患者さんにとって非常に大きな苦痛・絶望となります。
またこのような強迫症状が続くと、患者さんはこの苦痛から逃れるために、強迫症状が生じる状況を回避するようになります。これを回避行動を呼びます。回避行動は生活に非常に大きな支障を来たすことが多く、回避康応を取ることで患者さんの人生に大きな不利益が生じます。
「鍵を何回も確認するのが苦痛だ」「ガスの元栓を何回も確認するのがつらい」を回避するとなれば、外出が出来なくなります。「車に乗るたびに人を引いていないか心配になる」を回避するとなれば、車を使えなくなります。「外に出て何か触ると手が汚染された気になる」と回避するとなれば、どこにも出かけられなくなります。
こうなってしまえば、日常において必要な活動は出来なくなり、仕事や学校などにも行けなくなってしまいます。回避行動から自宅に引きこもるようになってしまい、仕事や学校もやめざるを得なくなってしまうというケースもあります。
強迫性障害は、
- 強迫症状(強迫観念、強迫行為)
- 自身で強迫症状の非合理性を認識している
- 回避行動
このような症状を認めるため、患者さんの生活に大きな支障を来たす疾患なのです。
それでは次に、これらの症状を1つずつみていきましょう。
2.強迫観念と強迫行為
強迫性障害の症状の1つに強迫観念があります。
強迫観念とは、ある考えやイメージが頭から離れず、繰り返し考えてしまう事です。ただ考えるだけならいいのですが、その考えは不安や恐怖を引き起こすものが多く、これが患者さんを苦しめます。
そしてその強迫観念を打ち消すために行われるのが強迫行為になります。強迫観念で生じた不安・恐怖を消すために何度も同じ行動を繰り返してしまう事です。
強迫観念・強迫行為は様々な事に対して生じるのですが、中でも頻度の多いものがありますので紹介します。
Ⅰ.汚染恐怖
汚染恐怖とは自分が「汚れてしまったのではないか」という観念にとらわれてしまうことです。
例えば、
「トイレのあと」
「外に出た時」
「外出時に特定のもの(てすりやつり革など)に触ってしまった場合」
に「自分の手が汚れてしまっている」という観念にとらわれてしまいり、過剰なまでに手洗いを繰り返すことがあります。
これらの観念は、一定の理解はできるものではあります。トイレのあとや外出から帰ってきた時に手洗いをするのはおかしい事ではありません。しかし強迫性障害の場合は、一般的に十分と考えられる程度の手洗いをしても、「汚れが落ちた」という安心が得られないのです。そのため手洗いが過剰になり、その結果手が真っ赤になってしまったり、むしろ手に傷が出来てしまったりすることもあります。
また、更にとらわれがひどくなると、
「〇〇駅には昔いじめられた××が住んでいたから、そこを通ると身体が汚染される」
「××に似た人をみると、身体が汚染される」
と一般的には理解できないような妄想的な解釈での汚染恐怖が生じることもあります。
汚染恐怖という強迫観念に対しては、「洗浄行為(洗うこと)」という強迫行為が行われます。
Ⅱ.加害恐怖
加害恐怖とは、「自分が誰かを傷付けたのではないか」という観念にとらわれてしまう事です。
「あやまって誰かを傷付けていないか」
「車を運転中、誰かを引いていないか」
といったものから、更にとらわれがひどくなると、
「目の前を歩いている人を突然自分が殴ってしまわないだろうか」
「自分が他人のものを盗んだりしていないだろうか」
などといったものまであります。
加害恐怖に対しては「確認」という強迫行為が行われます。しかし確認は自分が確認するだけでは不安である事も多く、周囲に「大丈夫だよね?」と過剰に確認することもあり、これは周囲にとっても負担となってしまうことがあります。
Ⅲ.不完全恐怖・ぴったり(Just right feeling)
ものが綺麗に整理整頓されていないと落ち着かず、ぴったりと左右対称・正確に配置する事に過剰な手間と時間をかけます。
「テレビのリモコンは必ずテーブルのここに配置する」
「スリッパは必ず左右対称に配置する」
「本棚の本は大きさが同じものをまとめて配置する」
「洗濯物のたたみ方は〇〇でないとダメ」
と、整理整頓のために多大な時間を使います。
この不完全恐怖は、他の強迫観念のように「ものを整頓していないと〇〇が起こるのではないか」といったものは認めないこともあり、理由は「整頓されていないと落ち着かない」というものである事もあります。つまり強迫観念は乏しくても強迫行為に至るケースもあります。
正常内の完璧主義・几帳面であればこのような傾向はあれども、これによって生活に大きな支障を来たすことはありません。しかし強迫性障害の場合は整理整頓によって仕事や学校を遅刻・欠勤したりと生活への支障が生じるのが違いになります。
Ⅳ.その他
その他も強迫症状は多岐に渡ります。他に認める代表的な強迫観念として、日常生活における、ちょっとした「忘れ」への不安・恐怖が挙げられます。
典型的なのは外出時に家の鍵やガスの元栓、窓などを閉め忘れているのではという観念にとらわれてしまい、何度も何度も自宅に戻って確認を行うことが挙げられます。
また特定の「数」「言葉」に異常なこだわりを持っていて、その数字・言葉を一切つかうことができないという観念にとらわれていることもあります。この場合は、必要な数・言葉がつかえないため日常生活に苦労することとなります。また周囲がうっかりその数字・言葉を言ってしまうと取り乱し、精神的に非常に不安定になってしまう事も多いため、周囲も巻き込んでしまう形となります。
3.強迫症状の非合理性を認識している
強迫性障害の主な症状は強迫症状、つまり強迫観念と強迫行為になります。
しかし問題はそれだけではありません。
強迫性障害の患者さんの多くは、自分が持っている強迫観念・自分が行っている強迫行為が非合理的で過剰なものだと分かっています。分かってはいるのだけども、それでも不安・恐怖が勝ってしまい強迫行為をやめることができないのです。
そしてこの「分かっているけどやめれない」という矛盾が、また患者さんを苦しめます。
「何で自分がこんなことを繰り返しているんだ」
「止められないなんて自分は意志が弱いんだ」
このように考えてしまい、自信を喪失し二次的にうつ病などの疾患を発症してしまうことも少なくありません。最悪の場合は、自分に絶望し命を絶ってしまう危険性もあり、それほどまでに強迫症状とは苦しいものなのです。
4.回避行動
強迫症状が続くと患者さんは疲れ果ててしまい、次第に強迫症状が生じる状況を避けるようになります。
これを「回避行動」と呼びますが、回避行動も患者さんの生活や将来に大きな支障を来たす強迫性障害の症状の1つです。日常的な行動に対しての回避行動が行われれば、日常生活を普通に送ることができなくなってしまいます。
例えば、
「家の鍵を何度も確認するのはイヤだ」「ガスの元栓を何回も確認したくない」となれば、取る回避行動は「外出しない事」になります。
汚染恐怖による洗浄行為を回避するためには、汚染されると思われる場所に行かないことであり、これは外出場所が制限されます。つり革などに汚染恐怖を持っていれば電車やバスを利用することもできなくなるでしょう。
「誰かを傷付けたらどうしよう」「車で誰かを引いてしまったらどうしよう」という加害恐怖を回避するためには、人がいる場所へいかなくなることになり、また車は運転しない事になります。
このような回避行動は、患者さんの活動範囲をどんどんと狭めてしまうのです。回避行動がどんどん強まれば、仕事や学校にも行けなくなり、自宅に引きこもりがちに過ごすという結果になってしまいます。
このように強迫性障害は、生活に大きな支障を来たしていく疾患なのです。強迫性障害は、適切に治療をしないと特に人生に大きな不利益が生じてしまう疾患です。
「自分は強迫性障害かもしれない」と感じたら、自分で何とかしようとするのではなく、ぜひ精神科に相談してください。医療機関で医療者と協力して治せば、一人で頑張るよりもずっと高い確率で強迫性障害を克服することができます。