強迫性障害(OCD:Obesessive Compulsive Disorder)は、強迫観念(ある考えにとらわれてしまう)と強迫行為(ある行為を繰り返し行ってしまう)を主とする疾患です。
典型的な症状として
「家の鍵がかかっているのか不安になり、何度も確認してしまう」
「手の汚れが気になり、何度も手洗いをしてしまう」
などがあります。
生涯有病率は1~2%前後と言われており、決して珍しい疾患ではありません。
強迫性障害は、本人自身も「なんでこんなバカバカしい事を考えてるんだ」「こんな事、何度もやっても意味ないのに・・・」と分かっているのに、それでも不安や恐怖が勝ってしまってやめられないという事が多く、本人は非常に苦しい思いをします。
この強迫性障害、なぜ生じるのでしょうか。
今日は強迫性障害が生じる原因についてみてみましょう。
1.強迫性障害(OCD)とは?
強迫性障害の原因について考える前に、まずは強迫性障害がどのような疾患なのかを簡単にお話します。
強迫性障害は・、強迫症状を主とする疾患です。強迫症状には、
- 強迫観念
- 強迫行為
があり、これが強迫性障害の中核症状となっています。
強迫観念とは、ある考えやイメージが頭から離れず、繰り返し考えてしまう事です。考える対象は多岐にわたりますが、多いものに汚染恐怖と加害恐怖があります。
汚染恐怖は「汚れてしまったのではないか」という恐怖で、例えば外出先で手すりに触ったら「手が汚れてしまったのではないか」という考えが浮かび、それが頭から離れなくなるといった事です。加害恐怖は「自分が誰かを傷付けてしまったのではないか」という恐怖で、例えば車を運転中に「誰かを引いてしまっていないだろうか」という不安が消えなくなってしまうといったことになります。
強迫行為というのは、強迫観念などに基づいて何度も同じ行動をしてしまう事です。。「ガスの元栓を閉め忘れているのではないか」「家の鍵を閉め忘れたのではないか」と不安になり何度もガスの元栓や家の鍵を確認しに戻ったり、「車で人を引いてしまったのではないか」と不安になり、ちょっと運転するたびに「何も引いていないよな」と車から降りて確認したりします。強迫行為の多くは、強迫観念の不安・恐怖を打ち消すために行われます。
また、中には強迫観念がなくても行為にとらわれてしまうというケースもあります。例えば家具が対象・正確に配置されていないと落ち着かず、何度も何度も時間をかけて家具を整頓したりする強迫行為もあります。リモコンの置き方や本棚の本の並び方など、本人の中で落ち着く配置になるまで整頓を繰り返し、ちょっとでもズレると気になって仕方がなくなってしまいます。
強迫性障害の一番つらいところは、多くの患者さんはこの強迫症状を「意味のない行動」「不合理」「過剰な行動」だと自分自身でも認識している点です。
患者さんは。「何回も鍵を確認しにいく必要なんてない」と頭では分かっているのです。しかしそれでも不安や恐怖が勝ってしまい、確認せずにはいられません。周囲からも「そんなに何回も確認しても意味ないよ」と言われますが、本人自身が一番そのことはよく分かっているのです。
「分かっているけどやめられない」という状況が患者さんをどんどんと苦しめていきます。これは自信の低下や絶望感につながり、二次的にうつ病などを引き起こしてしまうこともあります。
また強迫行為が続くうちに、自分の中でのルールが固定化してしまい、それに従わないと落ち着かなくなってしまう事があります。例えば「家の鍵は10回確認しないといけない」というルールが出来てしまうと、例えどんなに忙しい時でも10回確認しないといけません。日常のあらゆる行動にこのような確認行動が出てしまうと、1つの行動に多くの時間を割くようになってしまいます。
このような状況が続くと、患者さんは強迫症状に疲弊してしまい、「強迫症状が出る状況を避ける」という回避行動が出てくるようになります。「鍵の確認がつらすぎるから外出できない」「外で汚染されるのが怖いから外出できない」といったように、強迫症状を回避するために日常で必要な活動がどんどんと制限されていきます。
回避行動が顕著になれば、日常生活にも大きな支障をきたす事になり、仕事や学校などにも行けなくなってしまいます。患者さんはますますつらい思いをすることになるのです。
強迫性障害はWHO(世界保健機関)が挙げる、「生活の質・経済的損失に関わる10大疾患」の1つに位置付けられています。それほど、患者さんにとって多大な苦しみを与える疾患なのです。
2.強迫性障害はなぜ起こるのか
強迫性障害という疾患について、かんたんにですが説明させて頂きました。
では、この強迫性障害の原因は何なのでしょうか。なぜ発症するのでしょうか。
実は、発症の明確な原因というのはよく分かっていません。
強迫性障害は、他の精神疾患と比べても発症の原因はとりわけ分かっていない疾患です。多くは明らかな原因なく生じます。
しかし手がかりが全くないわけではありません。現時点で分かっている強迫性障害の原因について、いくつか紹介します。
Ⅰ.ストレス
強迫性障害は原因なく生じることもありますが、何かストレスになるような事があった後に発症してしまうことがあります。
「ストレス」というと漠然としていますが、本人がストレスと感じたものは全て原因となりうるため、その内容は多岐に渡ります。
・仕事のストレス
・学校のストレス
・家庭のストレス
・自分の健康への心配
など、本人にとってストレスとなる事は何でも原因となりえます。
また幼少期の虐待なども強迫性障害のリスクを高めると指摘されており、これも幼少期の大きなストレスが発症の一因になっているものと考えられます。
女性では、特に結婚や出産といった機会が多くなる20代中盤に発症しやすいことが分かっています。これも結婚・妊娠・出産といった環境変化のストレスが発症の一因になっている可能性があります。
Ⅱ.遺伝
強迫性障害は遺伝するのでしょうか。
強迫性障害には遺伝の要素が多少あることが考えられます。特に若いうち(未成年)で発症してしまった強迫性障害は遺伝の影響が大きいと考えられています。
一度親族に強迫性障害の人がいる場合は、そうでない場合と比べて強迫性障害を発症する確率は2倍多くなります(成人の場合)。これは遺伝の影響が多少ある事を表しています。
【一度親族】
自分の親、子供、兄弟姉妹を指す。自分と遺伝情報が50%同じである人達のこと。
Ⅲ.チック障害
強迫性障害は、チック障害を合併している事が多くあり(最大で約30%)、この2つは深く関連しているのではないかと考えられています。
特に儀式的な強迫行為が主症状となるタイプ(「ぴったり(just right feeling)」タイプとも呼ばれる)ではチック障害との関連が強く指摘されています。
このタイプは、リモコンをテーブルの上に置く時は、位置や角度を「ぴったり(正確)」にしないと気がすまないというタイプです。他のも本を整理する時も、自分の中のルールをしたがって「ぴったり」でないと気が済まず、ぴったりでない場合は何度でも時間をかけて整理しなおします。
チック障害も強迫行為もどちらも「反復行為」という共通した症状があるため、ある程度機序に共通点があってもおかしくはありません。
Ⅳ.性格は?
強迫性障害に性格は関わっているのでしょうか。
以前は強迫性障害は「不安障害」に属する疾患であり、他の不安障害と同様に、
- 神経質
- 完璧主義
の方に発症しやすいと考えられていました。
しかし近年では、必ずしも元々の性格は発症要因とは関係しないのではないかという指摘もあり、性格と強迫性障害発症の関係は明らかではないという考えになってきています。
Ⅴ.年齢・性別は?
強迫性障害は、どの年代にも発症する疾患ですが、20歳前後に発症する事が多いと報告されています。男女差はありませんが、未成年においては若干男性に多く、成人においては若干女性が多いようです。つまり男性の方が早期発症しやすいという事です。
OCDは発症していても、病院を受診しないケースが多いことが指摘されており、発症は20歳前後であっても病院を受診するのは30歳前後だと言われています。
3.生物学的にみる強迫性障害の原因
強迫性障害が発症したとき、私たちの脳内ではどのような異常が生じているのでしょうか。
実はこれもまだ明確に全てが解明されているわけではありません。ただし、「何も特定できていない」というわけではありません。
強迫性障害では脳に何らかの異常が生じているというのはほぼ間違いなく、様々な部位の異常(体積の増減や代謝の増減)が報告されています。しかし特定の一か所に異常が生じているという単純なものではなく、脳の様々な部位に異常は生じており、それぞれがどう関わっているのかは未だ研究の段階にあります。
またどうやら強迫性障害にも様々なタイプがあるようであり、そのタイプによって障害されている部位が異なっているようなのです。このような事もあり、強迫性障害が生じている時の脳内変化の研究はまだ途中段階にあります。
現在のところ、脳の皮質-線条体-視床-皮質回路(CSTC回路)の異常が指摘されています。皮質の中でも眼窩前頭皮質(OFC)と呼ばれる部位の過剰な活性化が生じ、それによって線条体・視床を抑制することができなくなり、CSTC回路が正常に動作しなくなることによって、強迫症状が出現するのではないかという考えです。
線条体は習慣的な手順を無意識で選択・調整するという機能を持っているため、ここに異常を来たすと、反復行動(確認行動)が多くなる可能性があります。
ちなみに先ほど紹介したチック障害も線条体系の異常が指摘されています
また、強迫性障害にはセロトニンが大きく関わっていると考えられています。これは脳のセロトニンを増やすはたらきを持つ抗うつ剤(SSRIや三環系抗うつ剤)が、強迫性障害に対して効果を認めるからです。しかし具体的にセロトニンがどう関わっているのかについてはまだ明らかにはなっていません。
一般的に強迫性障害は、うつ病や不安障害と比べて、抗うつ剤が効きにくく、またより高用量必要になる事が普通です。そのため、これらの疾患とは異なる部位に作用していると考えられています。
近年ではセロトニン以外にも、ドーパミンやグルタミン酸、ヒスタミンなどの関与も指摘されていますが、これもまだ明確には解明されているわけではありません。
強迫性障害は、不安・恐怖が症状として出現するため、以前は「不安障害」に属する疾患だと考えられていました。しかし、研究が進むにつれ、「不安」のみならず、その本質は「とらわれ」や「反復行動」であると考えられるようになり、また近年このような脳機能異常が明らかになるにつれて、他の不安障害とは生じている機序が異なることが分かってきました。そのため、診断基準であるDSM-5からは強迫性障害は、他の不安障害とは別のカテゴリーの疾患だと考えられるようになっています。