ナルコレプシーは過眠症に分類される疾患で、日中に耐えがたいほどの強い眠気が生じます。
頻度の多い疾患ではなく世界的に見れば有病率は2000人に1人と言われていますが、日本人に多い事が知られており、日本人では600人に1人に発症すると報告されています。
過眠症は睡眠障害(睡眠に異常をきたす疾患)ですが、睡眠障害は「不眠症」が有名で「過眠症」はあまり世間的には知られていません。
眠れない日が続けば病院に足を運ぶ方は多いのですが、「日中いつも眠いな」「十分な時間寝ているのに眠った気がしないな」と感じていても、それを病気だとは考えない方も多いのではないでしょうか。
このように過眠症は過眠・日中の眠気が生じていても「ただ気が緩んでるだけ」「ちょっと疲れているだけ」と見過ごされてしまいがちなところがあり、ナルコレプシーも同様です。しかしナルコレプシーは日中に突然眠りに落ちてしまう事もあるため、事故や外傷などを引き起こしてしまう事もあり、適切に診断・治療を行う必要があります。
ではどのような症状があったらナルコレプシーを疑えばよいのでしょうか。
ここではナルコレプシーの診断がどのようにされるのかと、「このような症状があったらナルコレプシーの可能性がありますので、病院を受診してみてください」という指標になるようなチェック方法を紹介していきたいと思います。
1.ナルコレプシーの4大症状
まずナルコレプシーを疑う症状として、ナルコレプシーの「4大症状」を紹介します。
ナルコレプシーであっても、この4つの症状がすべて出ていない方もいらっしゃいますが、少なくともこの4つの症状を認める場合はナルコレプシーを疑う必要があります。
- 日中の強い眠気・居眠り・睡眠発作
- 情動脱力発作
- 睡眠麻痺(金縛り)
- 入眠時幻覚
この4つの症状はナルコレプシーの4大症状として知られています。
まずは「日中の強い眠気」です。ナルコレプシーは過眠症に分類される疾患ですので、日中に強い眠気が生じます。
ただ日中に眠いだけでは病的とは言えませんがナルコレプシーは、夜にちゃんと睡眠をとっていても日中に耐えがたいほどの強い眠気が生じます。実際に日中に眠ってしまう事も多く、また普通に考えれば「そんな状況で眠るなんて普通じゃない」という状況でも眠ってしまうのが特徴です。
人と話している最中に眠ってしまったり、中には食事中に眠ってしまうという事もあります。これは「睡眠発作」とも呼ばれ、まさに発作のように睡眠に落ちてしまい、患者さんは「気付いたら寝ていたという感じです」と訴えます。
2つ目が「情動脱力発作」です。情動脱力発作はナルコレプシーに特徴的な独特の症状です。情動(強い感情)が生じると身体の力が抜けてしまうという症状で、笑ったり、泣いたり、怒ったりと情動が生じると、発作のように身体の力が抜けます。
全身の力が抜けて倒れてしまう事もあれば、身体の一部の筋肉の力が抜けるだけでバランスを崩す程度で済むこともあります。
睡眠麻痺と入眠時幻覚は睡眠時に生じる症状です。睡眠麻痺はいわゆる「金縛り」です。ナルコレプシーでは睡眠中、目が覚めた時に身体が動かないという状態がしばしば生じます。また入眠時幻覚は寝入りばなに幻覚が生じるという症状です。ナルコレプシーで生じる幻覚は生々しい幻覚であり、実態感を伴うのが特徴です。
この睡眠麻痺と入眠時幻覚は、金縛りの中で幻覚をみるという症状になるわけで、患者さん本人は非常に強い恐怖を感じます。
ナルコレプシーで生じる症状はいくつかありますが、この4大症状が認められるかどうかは診断のための重要なチェックポイントとなります。
特に最初の2つ、
- 日中の強い眠気・居眠り・睡眠発作
- 情動脱力発作
は、ナルコレプシーを特に疑う所見になります。
2.ナルコレプシーの診断基準をチェックしてみる
ナルコレプシーは睡眠障害の1つに位置付けられており、診断基準があります。
精神科医は精神疾患を疑った時、必ず「診断基準を満たすか」という事を考え、それを診断の根拠の1つとします。ナルコレプシーにおいても同様で、ナルコレプシーの診断基準を満たしているかを考えながら診断は行われます。
診断基準は、ただ書いてある事に本人が「当てはまっている」と感じただけで診断できるものではありません。精神疾患のプロ(精神科医)が、精神医学的に見てその項目を満たしているかを判断する必要があるため、一般の人が読んだからといってそのままナルコレプシーの診断が出来るものではありません。
しかし診断基準を詳しく知る事で、自分がナルコレプシーの可能性が高いのかどうかを理解できるようになりますので、ナルコレプシーの診断基準をおおまかに知っておく事は意味のあることです。
ナルコレプシーの診断基準を紹介します。
【ナルコレプシー DSM-5診断基準】
A.抑えがたい睡眠欲求、睡眠に陥るまたはうたた寝する時間の反復が、同じ1日の間に起こる。これらは、過去3か月以上にわたって、少なくとも週に3回起こっていなければならない。
B.少なくとも以下のうち1つが存在する:
(1)(a)または(b)で定義される情動脱力発作のエピソードが、少なくとも月に数回起こる。
(a)長期に罹患している人では意識は維持されるが、突然の両側性の筋緊張消失の短い(数秒~数分)エピソードが、笑いや冗談によって引き起こされる。
(b)子供や発症6か月以内の人では明確な情動の引き金がなくても、不随意にしかめ面をする、または顎を挙げるエピソードがあり、舌の突出、または全身の筋緊張低下を伴う
(2)脳脊髄液(CSF)のオレキシンの免疫活性値によって測定されるオレキシンの欠乏(同じ分析を用いて測定された、健常者で得られる値の1/3以下、または110pg/ml以下)。脳脊髄液のオレキシン低値は、急性脳外傷、炎症、感染の状況下のものであってはならない。
(3)夜間のポリソムノグラフィでは、レム睡眠潜時が15分以下であり、睡眠潜時反復検査では、平均睡眠潜時が8分以下、および入眠時レム睡眠期が2回以上認められる。
Aを満たし、Bのいずれか1つを満たした場合、ナルコレプシーと診断されます。
実際は、
A(耐えがたいほどの眠気)+B(1)(情動脱力発作)の組み合わせで診断される事が外来ではほとんどです。
B(2)の脳脊髄液の検査は精神科領域ではあまりメジャーな検査法ではないため、脳神経外科などで行われます。またB(3)も入眠による睡眠時脳波測定が必要となるため、外来で手軽には行えません。
B(1)の情動脱力発作を確認できないがナルコレプシーが疑われる時、B(2)の脳脊髄液検査やB(3)のポリソムノグラフィ、睡眠潜時反復検査が検討されます。
診断基準は難しく書かれているため、これだけだと分かりにくいですね。1つずつ詳しく見ていきましょう。
Ⅰ.耐えがたい眠気・うたた寝が続く
A.抑えがたい睡眠欲求、睡眠に陥るまたはうたた寝する時間の反復が、同じ1日の間に起こる。これらは、過去3か月以上にわたって、少なくとも週に3回起こっていなければならない。
ナルコレプシーの中核症状の1つは、日中の耐えがたい睡眠欲求(眠気)、そして実際に居眠り・うたた寝をしてしまう事です。
ナルコレプレシーの眠気は、20~30分仮眠をとれば一時的にはスッキリ目覚めますが、またすぐに眠くなってしまうというサイクルを繰り返すのが特徴です。
そのため、1日の中で何度も「耐えがたい眠気」→「居眠り」→「覚醒」→「耐えがたい眠気」→・・・・と繰り返します。
またこのような眠気は一時的に生じているのではなく、一定期間・一定の頻度で続いている必要があります。
Ⅱ.情動脱力発作
(1)(a)または(b)で定義される情動脱力発作のエピソードが、少なくとも月に数回起こる。
(a)長期に罹患している人では意識は維持されるが、突然の両側性の筋緊張消失の短い(数秒~数分)エピソードが、笑いや冗談によって引き起こされる。
(b)子供や発症6か月以内の人では明確な情動の引き金がなくても、不随意にしかめ面をする、または顎を挙げるエピソードがあり、舌の突出、または全身の筋緊張低下を伴う
耐えがたい眠気と並んで、ナルコレプレシーの中核症状となるのが、「情動脱力発作」です。これは情動(強い感情)が生じると身体の力が抜けてしまうという症状で、笑ったり、泣いたり、怒ったりと情動が生じると、発作のように身体の力が抜けます。
情動脱力発作は、筋肉の緊張は失われて脱力しますが、通常意識を失う事はありません。また脱力の時間も短時間で数秒から長くても1,2分程度です。
典型的なのは全身の脱力ですが、中には局所(顎や舌など)の脱力の事もあります。
Ⅲ.オレキシンが低下している
(2)脳脊髄液(CSF)のオレキシンの免疫活性値によって測定されるオレキシンの欠乏(同じ分析を用いて測定された、健常者で得られる値の1/3以下、または110pg/ml以下)。脳脊髄液のオレキシン低値は、急性脳外傷、炎症、感染の状況下のものであってはならない。
ナルコレプシーはオレキシンという物質が低下する事で生じると考えられています。
より詳しく言えば、オレキシンを作る「オレキシン産生細胞」の量が少なくなったり機能が低下してしまう事で、発症すると考えられています。
そのため検査をすると脳脊髄液のオレキシン濃度の低下という所見が得られます。
ただしこの項目は、大きな病院で検査しないと分かりませんので、小さなクリニックなどで診断を行う場合は、この判定は行えない事がほとんどです。
Ⅳ.レム睡眠障害
(3)夜間のポリソムノグラフィでは、レム睡眠潜時が15分以下であり、睡眠潜時反復検査では、平均睡眠潜時が8分以下、および入眠時レム睡眠期が2回以上認められる。
ポリソムノグラフィは夜間睡眠中の呼吸・脳波・睡眠状態などを記録する検査です。レム睡眠潜時とは眠りに入ってからレム睡眠が出現するまでの時間です。
睡眠潜時反復検査(MSLT検査)は、日中の眠気を見る検査で、前日の夜にしっかりと眠った上で翌日中にどれくらいの時間で眠ってしまうかを見ます。2時間置きに計5回検査をします。ナルコレプシーでは平均して8分で眠りに落ちてしまい、また入眠時にレム睡眠が出現しやすいという特徴があります。
ナルコレプシーは日中にすぐに眠ってしまうという特徴の他、入眠してすぐにレム睡眠が出現するという特徴があります(この特徴のために入眠時幻覚や睡眠麻痺が生じます)。
これを検査で確認するという事です。
この項目も外来で簡単に調べる事はできませんので、大きい病院でしっかりと検査をしないと判定が出来ない項目になります。
Ⅰを満たし、かつⅡ、Ⅲ、Ⅳのいずれか1つを満たす場合にナルコレプシーと診断されます。
3.ナルコレプシーのチェックテスト
ナルコレプシーの診断は医師の診察によってなされますが、診断に補助的な役割を持つものとして、質問紙検査があります。
質問紙検査は、紙に書いてある質問に患者さんが答えていき、点数を出す事で疾患の疑いの強さを推測するもので、疾患の診断を補助するために役立ちます。
ナルコレプシーに特化した質問紙検査はありませんが、ナルコレプレシーが属する「過眠症」に用いられる質問紙検査はありますので、この検査は時にナルコレプレシーの診断にも役立ちます。
過眠症に用いられる質問紙検査には、
- エプワース眠気尺度(ESS)
- スタンフォード眠気尺度(SSS)
- 関西学院眠気尺度(KSS)
- カロリンスカ眠気尺度(KSS)
などがあります。
それぞれ長所・短所があり、一概にどれを用いるのが良いと言えるものではありませんが、ここでは一番有名な「エプワース眠気尺度」を紹介します。
【エプワース眠気尺度(ESS)】
次の状況でどのくらい眠ってしまいやすいか答えてください。自分で判断できない場合は、家族などにも協力してもらって解答してください。
[jazzy form=”ess”]
【ESS結果判定】
11点以上 過眠症の疑いあり
このESSを満たした上で、
- 情動脱力発作がある
- 入眠時幻覚あるいは睡眠麻痺がある
という事であれば、ナルコレプレシーの疑いは高いと言えます。