精神科・心療内科でプラセボ効果を得て治療効果を最大限に高める工夫

みなさんはプラセボというお薬をご存じでしょうか。

プラセボ(placebo)は「偽薬」という意味で、「有効成分が何も入っていないお薬」のことです。

有効成分が入っていなければ当然何の効果もないはずですので、服薬する意味はないと思われるかもしれません。しかし特に精神科・心療内科領域においてはプラセボは決して侮れない、魔法のお薬なのです。

今日は精神科におけるプラセボについて、そしてそこから考えられる治療のヒントについて考えてみます。

1.プラセボって何?

プラセボ(Placebo)は何の有効成分も入っていないお薬のことで、日本語では「偽薬」と呼ばれます。

プラセボは何の有効成分も入っていないものですから、当然何の効果もないはずです。

しかしプラセボを飲んだという「安心感」によって、主に心因性に生じている症状に対して効果が得られることがあります。これを「プラセボ効果」と呼びます。

例えば、「胃が痛い」と訴えるけども、診察・精査をしても何の異常も認められない患者さんがいたとします。このようなケースでは、「では良く効く胃薬を出しておきますね」と医師がプラセボを投与すると症状が改善することがあります。患者さんはプラセボを胃薬だと思って服薬するので、「胃薬をもらったから安心」という安心感が生まれ、その安心感から症状が改善していくというわけです。

プラセボ効果は、単なる気持ちの問題と扱われることがありますが、そうではありません。

プラセボ効果を得るために大切なことは、患者さんが「安心」が得られることです。お薬が投与された事で不安が解消され、安心が得られるようになると、精神状態は安定します。すると、自律神経のはたらきや神経伝達物質の量も正常になっていき、症状が改善していくと考えられています。

プラセボは研究や試験においてはよく用いられていますが、実際の臨床では用いられることはほとんどありません。プラセボはそれ自体何の有効成分を持たないものですので、それを「薬」だと説明して患者さんに投与することは、患者さんを「騙す」ことになってしまうからです。

しかし、プラセボは有効成分を持たないならではのメリットもあります。それは「副作用がないこと」です。プラセボ投与で患者さんに安心感を得てもらうことに成功すると、副作用なく患者さんの症状を改善させることが出来るのです。

患者さんを「騙す」側面があるため、臨床現場では積極的な導入が難しいプラセボですが、そのメリットも少なくありません。

ちなみに余談ですが、プラセボ効果と似たような用語として「ノセボ効果」というものがあります。ノセボ効果とは、何の有効成分も入っていないプラセボ(偽薬)を処方しても、それに害があると信じ込んで飲めば、実際に副作用が出やすくなってしまうことです。

精神科は、「精神(こころ)」を治療する科ですので、他の科よりもプラセボ効果・ノセボ効果の影響が強いと考えられています。

2.向精神薬はプラセボに勝つのが難しい!?

製薬会社がお薬を開発すると、効果を検証する試験を行わないといけません。向精神薬(精神科のお薬)ももちろん同様です。

この時に行われる試験というのは、プラセボと新薬とで比較して「プラセボと比較して、この新薬はこんなに効果があるんですよ」というのを証明することが一般的です。

しかし精神科領域では、このプラセボというのがなかなかの強敵だと言われています。

「プラセボに有意差をつけるのが難しいんですよ・・・」と製薬会社の方はよく言います。特に軽症例ではプラセボと向精神薬に有意差がつかないことは珍しいことではありません。

これは、向精神薬に効果がないというわけではありません。その反対で、プラセボが良く効いてしまうのです。

新薬とプラセボのそれぞれの経過を診て、どちらも疾患の改善が得られなかった、というのであればその新薬は効果がないお薬だと言えるでしょう。しかし向精神薬の多くの試験結果はそうではありません。向精神薬を服薬することで患者さんの症状は改善していくのですが、プラセボでも同様に改善していくのです。

この「向精神薬とプラセボに有意差がつきにくい」という事実を表面的に理解して、「抗うつ剤なんて効果がないインチキ薬だ」「精神科の病気なんて気持ちの問題だ」と言う方がいらっしゃるのですが、それは違います。向精神薬に効果がないのではなく、精神科においてはプラセボは効果を持つ「薬」なのです。

ちなみに軽症例の精神疾患においては、プラセボと向精神薬に有意差がつきにくいとお話しましたが、逆に重症例だと、プラセボよりも向精神薬が明らかに有効だという結果になることが多いです。

精神疾患の中でも軽症例に関しては、安易な薬物療法は開始せず、まずは環境調整や精神療法から開始すべきとしているガイドラインもありますが、これはこういった事が根拠となっていると思われます。

3.魔法の薬「プラゼホ」の作用機序

では精神科においてプラセボというのはどういった効果があるのでしょうか。

プラセボには何の有効成分もありませんので、その作用機序などないはずです。

しかし実際にはプラセボを「有効成分の入っているお薬ですよ」と説明して投与することで、患者さんの症状は改善していきます。これはどういった機序なのでしょうか。

プラセボで症状が改善する理由として、次のようなものが挙げられます。

  • 薬を処方されたという安心感
  • 薬に対する期待感
  • 主治医に対する信頼感

プラセボを投薬されることでこのような感情が発生すると、症状が改善していくのです。これは、プラセボを服薬をすることで「安心感」を得られていることが理由だと言うことができます。

そして、この安心が精神状態を安定させ、脳の神経損傷を防いだり、神経新生を促したり、神経伝達物質の量を適正化するはたらきを持っているのではないかと考えられています。

4.プラセボ効果は薬以外からも得られる

プラセボの効果というのは、決して侮れないということをお話してきました。

しかし実際の臨床では患者さんにプラセボを投与することは難しく、日常的に行える治療法ではありません。なぜならば、プラセボを投与する際に「これは有効成分のあるお薬ですよ」とウソの説明をした上で患者さんに服用してもらわなくてはいけないからです。

どうしても患者さんを「騙す」側面を持つため、日常的には行いずらい治療法だと言えます。もしウソだと気付かれてしまえば怒る患者さんもいるでしょうし、反対に主治医に不信感を感じてしまう患者さんもいるでしょう。そのため、実臨床でプラセボを投与して治療を行うというのは現実的ではありません。

しかし「プラセボ効果を期待する」ということは、実は日常の臨床でも十分行えることなのです。

プラセボは、その薬自体に何の作用も持たないものを指します。

それを服薬して改善するということは、その変化はお薬に含まれている成分によってもたらされたものではなく、お薬を飲んだという「安心感」をきっかけに、患者さんの中で自分の力での治療が行われたということになります。

この患者さんに生じた変化は、必ずしもプラセボというお薬を介さなくても、行うことは可能です。

医師の診察を受ける中で、「プラセボをもらった」のと同じくらいの安心感を患者さんが受けることが出来れば、プラセボを渡さなくても同様の精神状態の改善が得られるはずです。

精神科は他の科よりも先生との相性が大事だと言いますが、これは本当にその通りなのです。その先生から安心を感じることができ、信頼することが出来れば、その安心感だけでプラセボ効果と同程度の効果が得られるのです。これだけで、患者さんの精神状態は改善されていくということです。

みなさんも治療を受けるに当たって、

「この先生で本当に大丈夫かな?」
「この先生を信頼していいのかな?」
「この薬、本当に効くのかな?」

と色々不安になることはあると思います。

しかし、治療に対して最大限の効果を得たいのであれば、

「この先生に任せているんだから大丈夫!」
「私はこの先生を信頼しているし安心」
「信頼している先生が出してくれた薬なんだから大丈夫」

と先生を信じて、安心して治療に望んだ方が実際の治療経過も良くなるということです。

また、どうしても上記のように考えられない状況が続くようであれば、セカンドオピニオンを求めたり転院を考えても良いでしょう。

治療にあたってプラセボ効果を味方につけることは決して小さなことではありません。先生を信頼し、処方してもらったお薬を安心して服薬するだけで、そうでない場合と比べてより早く改善が可能となります。

私たち医師が、プラセボ効果を患者さんに持ってもらうように努力することももちろん大事ですが、患者さんもプラセボ効果を十分に得るため、私たちをぜひ信頼して安心して治療を受けてください。