桂枝加竜骨牡蛎湯にはどのような効果・副作用があるのか【漢方薬】

漢方薬の中には精神に作用するものがあります。

穏やかに効き、副作用が少ないという特徴を持つ漢方薬は患者さんから好まれることも多く、精神科領域でもしばしば用いられます。

不安などの精神症状・動悸や発汗・性機能障害などの自律神経症状に対して用いられる漢方薬の1つに「桂枝加竜骨牡蛎湯(けいしかりゅうこつぼれいとう)」があります。

漢方薬は多くの生薬が配合されているため、どのように使えばいいのか分かりにくいものです。しかしその特徴をしっかりと知れば、こころの健康を助けてくれる強い味方になります。

ここでは桂枝加竜骨牡蛎湯にはどんな効果や副作用があるのか、どんな人に向いているお薬なのかについてお話していきます。

1.桂枝加竜骨牡蛎湯の成分とそれぞれのはたらき

漢方薬は様々な生薬(しょうやく)が配合されています。桂枝加竜骨牡蛎湯も同様で、7種類の生薬が配合されたお薬になります。

桂枝加竜骨牡蛎湯について知るためには、まずは配合されている生薬とその代表的な作用を知りましょう。それぞれの主な作用は次のようになります。

たくさんあって分かりにくいですが、あとで詳しく説明しますので、まずはざっくりとご覧ください。

生薬 含有量 主な作用
経皮(けいひ) 4.0g  身体を温め寒邪を追い出す
芍薬(しゃくやく) 4.0g 血液の流れを改善させる、イライラを鎮める、収斂して汗を抑える、筋肉のコリをほぐす
大棗(たいそう) 4.0g 身体を温め緊張を和らげる、胃腸の動きを穏やかにする
生姜(しょうきょう) 1.5g 身体を温め代謝を良くする(発汗)、胃腸を整える(健胃)、食欲を上げる
甘草(かんぞう) 2.0g 緊張を和らげる事で痛みやけいれんを抑える
竜骨(りゅうこつ) 3.0g  気持ちを落ち着かせる(安神)、収斂作用
牡蠣(ぼれい) 3.0g  気持ちを落ち着かせる(安神)、収斂作用、制酸作用、止汗作用

桂枝加竜骨牡蛎湯はこれら7の生薬が配合されており、これらの作用があります。

これらの生薬を全て合計すると21.5gになりますが、これらを混ぜて乾燥させたもののうち3.25gを取り、それに添加物を加える事で計7.5g(1日使用量)としたのが桂枝加竜骨牡蛎湯になります。

ではこれら7種類の生薬を配合した桂枝加竜骨牡蛎湯は、どのような漢方薬なのでしょうか。

桂枝加竜骨牡蛎湯は「桂枝湯(けいしとう)」という漢方薬をベースとし、そこに「竜骨」や「牡蛎」といった安神剤(精神を鎮めるお薬)を加えたお薬になります。

桂枝湯は「万方の祖(全ての漢方薬の祖)」と呼ばれる調合で、漢方の基本となる代表的な漢方薬です。

桂枝湯は主に風邪などに用いられる漢方薬ですが、その作用は、

  • 解肌発表
  • 調和営衛

の2つが中心となります。

解肌発表とは、肌(体表)を和解(調子を整える)させ、発汗させることで体表から邪気を解き放つという作用です。

調和営衛とは「営」と「衛」のバランスと整える作用です。「営」は「営気」のことで、これは生きるために必要な「栄養」を指します。「衛」は「衛気」のことで、邪気(ばい菌など)から身体を守る熱気を持つ栄養の事です。

「営気」も「衛気」も漢方独特の概念になりますが、この両者のバランスを整える事で身体を邪気から守るのが調和営衛です。

このような作用から桂枝湯は、発熱や悪寒、頭痛、身体痛、動悸などを軽減させます。また、配合された芍薬・甘草の収斂作用によって発汗を抑えたり、大棗・生姜の健胃作用によって吐き気を抑えたりする作用も得られます。

この作用から桂枝湯は風邪やインフルエンザ、自律神経失調症やリウマチ、腹痛などに幅広く用いられています。

ここから分かるように、桂枝湯は本来は主に身体疾患に用いる漢方薬です。これに「竜骨」「牡蠣」といった安神剤(精神を鎮めるお薬)を加えたのが桂枝加竜骨牡蛎湯になります。

竜骨や牡蠣は安神剤と呼ばれており、これは主に精神に作用する事で不安や興奮を鎮め、穏やかな心を得る生薬になります。

つまり、桂枝加竜骨牡蛎湯は身体に対する作用(桂枝湯)と精神への作用(竜骨・牡蛎)の両者を持ち合わせている漢方薬という事になります。

ではこのような漢方薬がどのような時に役立つかというと、精神と身体の両方に症状が出ている場合です。

具体的に言うと、

  • パニック障害(不安が原因で動悸・めまいなどのパニック発作が出てしまう)
  • 心身症(精神的ストレスが原因で、身体的症状が出てしまう)
  • 自律神経失調症(精神的ストレスが原因で自律神経バランスが崩れ身体症状が出てしまう)

などに用いられる事が多い漢方薬になります。

また、それ以外にも桂枝加竜骨牡蛎湯は「夢精」「勃起不全(ED)」にも効果があるとされており、これらの治療に用いられる事もあります。

2.桂枝加竜骨牡蛎湯の証は?

漢方薬には「証」という概念があります。証は西洋医学には無い漢方独特の考え方なので、慣れないと分かりにくい概念かもしれません。

証とは、かんたんに言えば「あなたの体質」のようなものです。同じような症状でも、証(体質)が異なれば適した漢方薬も違ってくる、というのが漢方医学の考えなのです。

証にはいくつかの分け方がありますが、ここでは代表的な2つの証を見てみましょう。

まずは「虚実」という考え方があります。漢方医学では、実とは体力が強いこと、虚とは体力が弱いことを表します。「実」「虚」、そしてそれらの間である「中間」に分けられます。

次は、「寒熱」という考え方があります。これは代謝の良さや患者さん本人が自覚する身体の熱感を表します。よく間違えやすいのですが、体温の高さではありません。この証も「熱」「中等」「寒」の三段階に分けて考えます。

このうち、桂枝加竜骨牡蛎湯は、

虚実:虚証
寒熱:中等~寒証

の方にもっとも適した漢方薬になります。

つまり体力が弱く、代謝が低めで熱感がないような方に向いている漢方薬だという事です。

反対に、

  • 五心煩熱(手のひらと足の裏と胸に熱を持っている)
  • 帯下が黄色い
  • 発疹が赤い

など温熱を疑うような症状がある場合にはあまり向かない事が指摘されています。

なお漢方医学には多くの流派があり、証の考え方はそれぞれで違いがあります。「実虚」「寒熱」以外にも証はいくつかあります。しかし、このコラムは「証」を専門的に説明するものではないため、証の概念の説明はこれくらいにさせて頂きます。

3.桂枝加竜骨牡蛎湯はどのような疾患に効果があるのか

桂枝加竜骨牡蛎湯はどんな疾患に効果があるのでしょうか。

添付文書を見ると、

下腹直腹筋に緊張のある比較的体力の衰えているものの次の諸症

小児夜尿症、神経衰弱、性的神経衰弱、遺精、陰萎

(ツムラ桂枝加竜骨牡蛎湯の添付文書より)

と書かれています。

神経衰弱というのはいわゆるノイローゼの事で、現在でいう「自律神経失調症」「不安障害」だと言えます。

精神科領域では、自律神経失調症や、不安障害の1つであるパニック障害などによく用いられます。

また精神的原因によって夢精や勃起不全が生じている場合にも用いることがあります。

もちろん、これ以外の疾患でも主治医の判断によっては使用することもあります。

また添付文章には使用する際の参考として

【使用目標】
体質虚弱な人で、やせて顔色悪く、神経過敏あるいは精神不安などを訴える場合に用いる。

1)陰萎、遺精などを訴える場合
2)易疲労感、盗汗、手足の冷えなどを伴う場合
3)腹部が軟弱無力で臍傍に大動脈の拍動を触知する場合

と寒症・虚証に向いている事が書かれています。

4.桂枝加竜骨牡蛎湯の実際の効果

桂枝加竜骨牡蛎湯が効く疾患についてみてきましたが、実際の精神科臨床での桂枝加竜骨牡蛎湯の効果や評判はどうなのでしょうか。

「漢方薬に興味があるんですが、これって実際に効くんですか?」という事は患者さんから非常に多く頂く質問です。みなさん、安全性の高い漢方薬に興味を持っている方は多いのですが、「本当に効くのだろうか?」という不安から使用に躊躇してしまう事も多いようです。

まず、これは漢方薬全体に言えることですが、漢方薬は効果の個人差が非常に大きいです。西洋薬と異なり、特定の疾患を対象に開発されたお薬ではなく、あくまでも自然界にある生薬を配合したものであるため、ピンポイントの効果ではなく、広い効果を持つお薬だからです。

効く人には著効することもあります。しかし効かない人には全く効果を示しません。特に証から大きくはずれている患者さんや、症状の程度があまりに重度な患者さんは効果が乏しいことが多いと感じます。

強さとしても穏やかであり、飲めばガツンと不安が治まる、というものではありません。緩やかに自律神経症状を和らげていくという印象です。

即効性も乏しく、緩やかに効き始めます。抗不安薬のように即効性があって、すぐに発作をバシッととってくれるような作用は期待できません。ゆっくりと穏やかに、自然に症状を取っていってくれる印象を持ちます。

含有される生薬のうち生姜(しょうきょう)などは比較的即効性があるのですが、全体的には即効性は乏しいお薬です。生姜はいわゆる「しょうが」です。風邪を引いた時にしょうがを飲むと、すぐに身体がポカポカして食欲が出てくることがありますが、ここからも分かるように生姜には即効性があるのです。

自律神経失調症やパニック障害をはじめとした不安障害に用いる場合、効果判定には1か月は欲しいところです。

効果がすぐに分からなかったとしても、一か月ほどは服用して様子を見てみて下さい。

個人的な印象としては、身体症状を中心としたパニック障害には比較的効果を認めます。また精神的原因による勃起不全(ED)にも緩やかではありますが、効く事が多い印象があります。

5.桂枝加竜骨牡蛎湯の効果的な使い方

桂枝加竜骨牡蛎湯に限らず、漢方薬は食前に服薬することが推奨されています。ほとんどのお薬は食後に服薬するのに、なぜ漢方薬は食前なのでしょうか?

これは漢方薬に含まれる「配糖体」という成分が関係しています。

配糖体には糖が含まれていますが、これはこのままでは体内に吸収できない構造になっています。腸管で腸内細菌によって糖がはずされると、体内に吸収できる構造に変化し、これによって腸管から血液内へ吸収されていきます。

腸内細菌が糖をはずしてくれないと、配糖体は吸収されずにそのまま排泄されてしまうのです。

漢方薬を食後に服薬すると、腸内細菌は食物を処理するのに大忙しのため、漢方薬の配糖体をはずすヒマがありません。そのため、漢方薬の吸収効率が落ちてしまいます。空腹時であれば、食べ物がないため腸内細菌は漢方薬の配糖体をしっかり処理してくれるので、空腹時の方が好ましいと考えられているのです。

そのため、漢方薬は可能であれば食前に服薬しましょう。

しかし他のお薬のほとんどは食後に服薬するため、漢方薬だけ食前だと服薬の手間が煩雑になってしまいます。この場合は主治医と相談の上、漢方薬も食後に服薬することもあります。上記のように理論上は食前の服薬が良いのですが、実際には食前でも食後でもそこまで大きな効果の差はないと指摘する専門家もいます。

一般的なお薬はお水(冷水)と一緒に服用しますが、漢方薬の場合は熱湯に溶かしてから人肌程度に冷まして服用する事が良いとされています。

また、服薬回数は1日2~3回に分けて服薬することが推奨されています。

6.桂枝加竜骨牡蛎湯の副作用

漢方薬には副作用がないから安全と考えている方がいますが、本当にそうなのでしょうか。

確かに漢方薬は化学的な物質ではなく生薬から作られているため、副作用が少ないのは事実です。

しかし副作用が全く生じないわけではありません。

それどころか、頻度は稀ですが命に関わるような副作用が発現してしまう事もあります。

「漢方薬だから絶対に安心」という考えは間違いで、漢方薬は副作用は少ないけどもお薬であるため副作用には一定の注意は必要なのです。「安全だ」と安易に考えるのではなく、その効果と副作用をしっかりと理解したうえで使うようにしましょう。

では桂枝加竜骨牡蛎湯で注意すべき副作用にはどのようなものがあるのでしょうか。

報告のある副作用としては、

  • 発疹
  • かゆみ

などがあります。頻度は多くなく、また程度も軽いものがほとんどです。

これらの皮膚症状は桂枝加竜骨牡蛎湯に含まれる桂皮が原因で生じると考えられます。

稀ですが注意すべき重篤な副作用として「偽性アルドステロン症」を知っておく必要があります。偽性アルドステロン症は臨床でたまに見かける副作用で、見逃してしまうと患者さんに苦しい思いをさせることになってしまいます。

偽性アルドステロン症は、「甘草(かんぞう)」を含む漢方薬に認められる副作用です。甘草は「グリチルリチン」という成分を含みますが、このグリチルリチンは「アルドステロン」というホルモンと似たようなはたらきをします。

アルドステロンは身体の中のナトリウムを増やし、反対にカリウムを減らす作用があります。

甘草によってこのアルドステロン様の作用が強くなりすぎてしまうと、身体のカリウムが必要以上に失われ、「高ナトリウム血症」「低カリウム血症」になります。

ナトリウムは水を一緒に引っ張る作用があるため、高ナトリウム血症になると血圧が上がり、むくみ(浮腫)が強くなります。カリウムは筋力や心臓の収縮に関わっているため、低カリウムになると力が入りにくくなったり、けいれんするようになったり、尿がたくさん出るようになってしまったり、不整脈が出るようになってしまいます。

これが偽性アルドステロン症です。

偽性アルドステロン症を見逃さないためには、何よりもまず服用している患者さんが偽性アルドステロン症について知っておくことが大切です。その上で、むくみや血圧上昇、力の入りにくさやけいれんなどが出るようになったらすぐに主治医に報告することです。

また桂枝加竜骨牡蛎湯を服用の間は定期的に血液検査をしてナトリウムやカリウムの値をチェックすることも大切です。